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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
103/132

言葉の交流

「えっと、どうぞ。ちょっと散らかってますけど、その辺に座っちゃって下さい。あ、靴はそこで脱いで下さいね?」

 自室の扉を開き、部屋の主である天星叶は客人を招き入れた。友人の少ない彼女にとってだれかを自分の部屋に招くようなこと自体が初めてで、緊張の面持ちで迎え入れる。それが一人二人ならばまだ構わないのだが。

「お邪魔シマス」

『ここが秘匿大陸の家かー。なんか思ったより狭い?』

「まあ一人暮らしみたいだし、こんなもんじゃない?」

「ほほう、なんだか見た事もないものが沢山置いてあるな。むっ、あれはなんだ?」

「ゆ、ユゥミィさん……! 人のおうちですから、勝手に触ったらダメですよぅ」

 先ほど叶を助けてくれた少年を先頭に、ゾロゾロと三人の少女達が続く。声は四人聞こえたのだが、気のせいだと無理やり判断し、叶はなぜこうなったのかを思い出していた。

「……もしかしてあたし、厄介事に首突っ込んじゃった?」

 きっとそれは、間違いない。



 つい先ほどの事だ。

 男達が気絶しているうちに荷物を拾い、叶は慌ててその場を後にした。

「はぁ、はぁ……も、もう大丈夫だよね?」

「……?」

「あ、ごめんなさい!?」

 チラリと後ろを見て、男達がついて来ていない事にひとまず安堵する。そこでようやく、叶は少年の手を引っ張っていたことに気付き、慌てて手を離した。これでもうら若き乙女である叶には、ただ繋いだだけの手でも衝撃的であったようだ。

 走ったせいで高鳴った心臓と、それとは別の意味でドクンドクンうるさい鼓動を必死に宥め、チラリと視線を少年へと向けた。

 ブラウンの髪に、瞳には優しそうな光が宿っている。顔もそこそこに整っており、今まで繋いでいた手をチラリと盗み見て若干頬を赤く染めた。

 とは言え、そんな彼の姿は少々疑問するような格好である。

(……コスプレ?)

 小説や漫画から飛び出して来たような、子供が夢想するような魔法使いの格好をしているのだ。

 白いローブを着て、長い杖を持ち、着ている服もどこかファンタジーっぽさがにじみ出ている。数年前から復活した日本の文化にあるコスプレと言うものを見た事はあるが、それだろうか。その割には着なれた感じではあるが。

「大丈夫、でしタか?」

「え? あ、ああ、はい。全然大丈夫です! それで、その……あなたは?」

  観察していると少年と目が合い、思わず背筋を伸ばした。片言の日本語だが、なんとか言葉は通じるようだ。ホッと安心する反面、一つの疑問が過ぎる。

 この世界では今や外国語というものはほとんどが使われていない。英語や中国語を使うものも僅かで、それも十五年前に旅行に来ていて巻き込まれたといった者がほとんどだ。そんな人々もこの十五年で日本語をある程度話せるようにもなっており、ここまで片言の日本語を話すような人物とは今まであったことも無かった。

 訝しむ叶の視線に気づいたのか、少年は苦笑しながら片言の言葉を発した。

「ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンです。少しあなたに聞きタいことがあるノですが、よろしいでしょうか?」

「ユクレステ……あ、名前ですか? あたしは叶、天星叶です。叶、って呼んで下さい」

 自分を指差してそう言い、自己紹介を行う。ユクレステ、と名乗った少年は一瞬思案するように顎に指を添え、コクリと頷いた。

「了解デス、カナエ。それで聞きたいノですが……」

『あ、マスター見つけたー!』

 言葉の途中で、高い女の子の声が聞こえて来た。思わずそちらに視線を向けて見ると、そこには三人の少女の姿があった。そのだれもがハッとするような美少女で、思わず叶は三人とユクレステを交互に見てしまった。

 一体どういう関係なのだろうか。気になってユクレステを見る。

「あー、忘れてた……んー、どうすっかなぁ」

 分からない言語が耳に入る。困ったような雰囲気のユクレステは、苦笑しながらこう言った。

「すみませン。あなたにこノ大陸の事をお聞きしたいノデスが」

 それから彼の語った話の内容は、叶の理解の外を行っていた。



 キッチンでヤカンに湯を沸かしながら、部屋でくつろぐ人物たちをチラ見する。

「セントルイナに、秘匿大陸、かぁ……。変な世界観を持ったコスプレイヤー、って言うのが一番現実的だとは思うんだけど……うーん」

 まだ大まかな説明しか受けていないが、彼の語った話はにわかには信じられないような話だった。

 セントルイナと言う大陸から星のカーテンに守られた大陸――秘匿大陸へゲートを通じてやってきた。セントルイナには魔物と言う存在がたくさんおり、あの美少女たちは人ならざるものなのだと。

「……でもあれ、とてもコスプレとは思えないクオリティだし……」

 覗き込んだ先には赤い髪の美少女がいる。小柄で、ある部分も小さ目な少女の視線は物珍しそうにテレビにくぎ付けになっていた。その背中にはコウモリのような羽が生えていて、さらに腰の辺りからは尻尾のようなものが生えており、テレビの動きに合わせてヒョロヒョロと動いている。若草色の髪の少女は褐色の肌で、耳が異様に長かった。ダークエルフという種族らしい。

 メイド服を着た少女は遠目からでは普通の人間のようにも見えるが、その背中には巨大な剣を背負っており、少し持たせてもらったのだが危うく潰されるかと思った。小柄な体のどこにあれだけの力があるのだろうか。

 そして極めつけは、家に着いてから現れた人魚の存在だ。一体どこから現れたのか、その少女は人懐っこい笑みを浮かべて今もこちらを見ている。慌てて視線を逸らし、ヤカンを火から下ろす。なぜわざわざ連れて来てしまったのだろうかと、自問自答。結局、好奇心に負けたのだと諦めのため息を吐いた。

 好奇心は猫をも殺す、とは言うが、それが本当にならなければと願う平凡な高校生であった。



 ユクレステ達にとって僥倖だったのは、叶と名乗った少女が思いの外友好的な人物だった事だろう。つい先ほど殺されかけた身からすれば、秘匿大陸の人間が皆あんな対応をしてきたらどうしようかと心配になってしまうのも仕方ない事だ。

 助けられたからとは言え素直に家に招待してくれたのは、逆に心配になる程だ。

「それで、その……ユクレステさん達は一体なにをしにこちらに?」

 丁寧に話してくれているおかげなのだろう。先の少年や男たちとは違いきちんと理解する事が出来る。喜びに顔がニヤけるのを必死に我慢し、ユクレステは聖霊言語で応えた。

「ここへは旅と、そレと聖霊使いニついて調べニ来ました。大部分は気ままな旅ガ主デスが」

「はぁ、旅ですか……」

 彼女にとってはあまりピンと来ないのか、首を傾げたままの表情だ。

 先ほども道中に色々と尋ねていたのだが、どうにもこの大陸そのものが孤立しているようなのだ。星のカーテンに囲まれ、外に出る事さえ不可能。それが、十五年に渡って続いている。ならば確かにユクレステ達の言う旅と言うものが理解出来ないのも納得だ。

 どう言ったものかと思考していると、話を変えるようにポンと手を合わせた。

「そ、そう言えばユクレステさん、日本語がお上手ですよね。どこで習ったんですか?」

 日本語、と言うのは恐らく聖霊言語の事なのだろう。聖霊使いが使っていたから付けられた名前も、本当の名前があったらしい。

「大体は独学デス。母が調べていたノを引き継いだ形デスが」

「お母さんですか……」

 ふとなにかを考えるような表情をして、叶はにこりと微笑んだ。

「あ、そうだ。ちょっと待ってて下さい」

 腰を上げ、自分の部屋に引っ込む叶。戻って来た時には、いくつかの本が握られていた。

「それハ?」

「簡単な教科書と、国語辞典です。あたしが昔使ってたようなのですけど」

 テーブルの上に並べられたものを見て、ユクレステからは上擦った声が上がる。必死に感情を押さえようとしているのだろう。なにせ、目の前にはセントルイナではお目に掛かれないような聖霊言語の教材が揃っているのだ。興奮するなと言う方が無理がある。

 一冊の教科書を手に取りながら、キラキラと輝かんばかりの目で眺めて行た。へえ、とか、ほお、とか感嘆の言葉が続く。

 見ると、周りの少女達が苦笑いしながらユクレステを見ていた。

「またご主人が自分の世界に……」

「まあ、マスターが聖霊言語を完全習得してくれればこの先楽だろうし、ちょっとくらい多めに見てあげようよ」

「むぅ……だがそうなるとまた私たちほっとかれるじゃないか。そんなのつまんないぞ?」

「あはは……ご主人さま、わたしも見て良いですか?」

 なにを言っているのかは分からないが、楽しそうに話している少女達を眺める。個人的に叶のツボはメイド服の少女だろうか。ふわふわと儚げな印象で、別にそのはないのだが抱きしめたくなる。小動物を愛でる様な感じなのだろう。

 他三人も驚く程の美少女だし、一体彼女たちとユクレステがどのような関係なのか気になった。いや、仲間だ、というのは聞いたのだが、お年頃な高校生としてもう一歩踏み込んで問い質したい。

「もう外も暗いですし、狭いですけど今日は泊まってって下さい。夜は危ないですから」

「……良いノですか?」

 不思議そうな顔のユクレステ。だが彼の疑問ももっともだろう。と言うか、叶自身驚いているのだ。

 こんな知り合って間もない不審者を自宅へ招き入れ、さらには一宿を進めている。普通ならば考えられないことだろう。

 そんなことを口にした理由を考えると、好奇心が疼いたと言うべきだろうか。もう少し考えて見れば、理由はもう一つあった。

「こういう空気、久し振りなんです」

 だれかと一緒にいるという事自体久し振りなのだ。友人は多くないし、家族と言うものも魔法学校に入学してから会っていない。

 魔法学校に入学出来るというのはそれだけである種のステータスであり、入学者は国から様々な補助を受けられるのだ。金銭的な事であり、この住居に関しても貸し与えられているものの一つである。それだけ、魔法術士というものが重要視されているのである。

 叶の住んでいた場所は東北地方の片田舎にあった。

 十五年前の世界落ち(フォールアウト)が発生し、多くの人が家族と離れ離れになった。海外へ出張に行っていた父親だったり、旅行で遊びに来ていた者達だったり。叶もまた、両親と離れ離れになってしまった一人なのである。父母がだれなのかも分からない状況で、生まれたばかりの彼女はある施設に預けられていた。今は孤児院となっており、身寄りのない子供達を世話している。そのうちの一人だった叶は、賑やかな環境に慣れていた。そのため、一人暮らしをするようになって余計に一人の寂しさを感じ続けていたのだ。

「むっ、見ろディーラ! あの人間たち、変な場所で戦っているぞ!?」

「そだね。なんか弱そうだけど」

「そりゃまあ、一般的な人間を悪魔の物差しで見られてもねぇ」

 なんと言っているのか分からないが、こう言う空気が懐かしいのだ。

「……あ、でも食事はちょっと無理ですよ? 一人分しか材料ないですし」

「分かりましタ。お言葉に甘えさせテ下さい」

 その表情を見てなにかを感じ取ったのか、ユクレステは片言の言葉でそう言った。野宿を覚悟していた身としては嬉しい申し出であることは確かなのだ。

 ミュウ達へとその旨を伝え、一晩厄介になる事にした。食事もゼリアリスを出る際にもらった弁当があるので問題はないだろう。

 叶の食事の準備を待ち、一緒に夕食を取るのだった。



 翌日。まだ朝の早い時間だ。遅くに寝たはずなのに不思議と目が冴え、目覚ましが起動するより早く目が覚めてしまった。一体どうしたのだろうと考えながら、パジャマを脱ぐ。そのままいつもの癖で隣のリビングへと向かった。

「おはよう、カナエ。余計なお世話かもしれないけど、男のいる場所にその格好は止めた方が良いと思うぞ?」

「えっ?」

 その言葉は優しげで、少し呆れたような声だった。半分寝ていた頭が冷水をぶっかけられたように覚醒し、見開かれた瞳で先を見る。テーブルを退かしてカーペットに三人の少女が寝ており、男が一人、壁を背に本を開いている。

 続いて視線を自身へと落とす。目が覚めてから無意識に脱いだパジャマ。いつもはリビングで着替えるため、片手には制服と下着を握っており、辛うじてパンツだけは穿いた状態だ。処女雪のような白い肌に、小さ目ながらも女性的な胸のふくらみ。ボサボサだが幻想的な紫がかった銀髪が、朝の陽ざしを受けて仄かに輝いている。

 つまるところ、現在十分の八は裸である。

「あ、い、い、や……」

「うん待とう、取りあえず落ち着こう。その手に持ったものをゆっくり下ろそう!」

「いやぁあああー!?」

 知らずの内に手に取っていた花瓶を力の限り投げ放ち、慌ててその場から姿を消した。

「んー? ご主人、どうしたの?」

「い、いや……不幸な事故が起きました」

 したたかに腹を強打した花瓶を弄りながら、脂汗を流して突っ伏すユクレステがそこにいた。


 そしてそれを行った人物は、今度こそ着替えをキチンと済ませて自己嫌悪である。昨日出会った少年たちを招き入れたのをすっかり忘れ、いつものように行動してしまい、結果として……。

「み、見られた……見られた……」

 孤児院の男連中にも見せた事のない、正真正銘清い体を余す所なく見られてしまった。本人が聞けばパンツ穿いてただろう、とかツッコミが入りそうだが、彼女の中ではそうなのだ。

 顔を真っ赤に染め、髪を梳かして身だしなみを整えた叶はとても気まずい表情でリビングへと突入した。

「お、おはようございます……」

「おはよう。朝から随分なご挨拶をありがとさん」

 皮肉気な言葉に、うっ、と呻く。

 うな垂れ気味に台所へと向かおうとして、僅かな違和感を感じた。

 ん、と視線をユクレステ達へと向ける。ダークエルフのユゥミィと悪魔族のディーラがかぶり付くようにしてテレビにくぎ付けになっており、メイド服姿のミュウはこちらを見ると、テテ、と近付いてきた。

「お、オ手伝い、シマス」

「えっ!?」

 彼女の口から出た言葉は、昨日の理解出来ない異国の言葉ではなく、慣れ親しんだ日本語だった。

「日本語話せてる!?」

「へ、変でスか?」

「そ、そんなことはないけど……」

 片言ではあるが、確かに理解出来る言葉に驚愕する。昨日までは話せていなかったと言うのに、たったの一日で話せるようになったのだろうか。慌ててユクレステを見る。

「ミュウは賢いからな。昨日教えてたんだよ。本人のやる気もあったし」

 なんの気なしにそう応える。そこでようやく違和感の正体に気付いた。

「ユクレステさん、なんか流暢にしゃべってませんか?」

 昨日までは片言な日本語だったのだが、今朝からは日本人さながらなネイティブな発音だ。ユクレステはきょとんとしてから、ああ、と頷く。

「元々下地はあったから。読み方とかはカナエが教えてくれたし、参考書や辞書もあったからな。一晩徹夜すれば大体理解できるよ。こいつらはさっさと寝ちまったけど」

 ディーラとユゥミィを指差し、吐息する。

 元々ユクレステは聖霊言語……つまり日本語の大部分は習得済みだった。後は発音や現代の言葉づかいなどで、それも昨晩叶から詳しく聞いたり辞書を読み耽ったりで覚えてしまったらしい。

 彼はこれでも魔術学園でも言語の分野においては一、二を争う程の秀才だと言う事を忘れてはいけない。

「そんな訳で、昨日はありがとう。カナエのおかげで一つの懸念事項はなくなったよ。お礼と言っちゃなんだけど……えーっと、確かここに」

 ごそごそと荷物の中を引っかき回す。そうして出て来たのは、小石ほどの赤い宝石がついた指輪だった。

「宿代って事で持っといてくれ。あと色々と情報代込みで」

「こ、これって……本物ですか!?」

 ルビーをあしらった指輪を手の平で転がしながら引きつった表情を浮かべる。孤児院育ちの叶は見るからに高価な指輪など持ったこともないのだ。

「こっちの大陸ではどう評価されるかは分からないけど、一応宝石だよ。いざとなったら換金用にいくつか持って来てたんだ。あ、それで換金できる場所ってない?」

 あっさりと言うユクレステに呆然としてしまう。本物の宝石と言っていたが、もしかしたらこの少年はいいとこのお坊っちゃんなのだろうか。だとしたら昨日のような態度ではなにか無礼な振る舞いをしてしまったのではないだろうか。

 どうでも良い事に頭を悩ませるカナエであった。


 彼女の悩みなど気付きもせず、ユクレステはこれからの事を考えていた。

(聞く限りこの大陸の通貨は俺たちの知ってる物と似てはいる。ただ、やっぱりと言うかエルは使えそうにないからな。働くか、それとも向こうから持って来たのを売ッ払うか……。あの反応を見るに宝石の類は高価なものだろうし、いざとなったら魔法具アーティクションも……)

 一人思考しながら、チラリと横を見る。未だ衝撃から立ち直れていないのか、ボーっとした様子で朝食の準備に取り掛かる叶。それを補佐するようにミュウが手伝い、ディーラとユゥミィはテレビに夢中だ。

『ふぁ……おはよ、マスター。なんか考え事?』

 ようやく起きて来たマリンが声を上げる。テーブルに置かれたアクアマリンを顔の前に持って来た。

「おはようさん。考え事って言うかこれからどうすっかなって。一応、いくつかの案はあるんだけど、ちょっと決めかねててな」

『まあ、いつまでもカナエちゃんにお世話になるってのもあれだしね。じゃあどうするの?』

 まず最初に潰したのは彼女の厄介になるという案。学生でまだ子供の彼女に住居の世話をしてもらうのは対外的にも難しいだろう。だれとも知れない集団が集まっていると分かれば、最悪憲兵にしょっぴかれそうだ。

 ならば外へと出る必要があるのだが、どうやらこの大陸には冒険者ギルドのような組織が存在しないらしい。と言うか、魔物自体が少ない、もしくはいないのだろう。それは昨日の叶との会話から察しており、モンスターマニアのユクレステが非情に残念に思っていたのは内緒だ。

「確かな指針はないけど、気になる奴らがいただろ?」

『ああ、昨日の』

 思い出すだけで肋骨が痛む。ツンツンと尖った髪を揺らしながら襲い掛かって来た謎の少年。彼はセントルイナ言語を喋り、なにかを知っているようだった。頼りにする、と言う訳ではないが、色々と情報を得るならば彼が適任だろう。

「それに帰るにしたってゲートは必要だしな。なんとか交流を持っておきたい」

『そだねー。いきなり攻撃とかされなきゃ良いんだけど』

「一応そのために聖霊言語――日本語を覚え直したからな。……あんまり関係なかった気もするけど。襲われたらまた逃げればいいんだし、難しく考えるのはよそう」

『人それを現実逃避と言うー。ま、上級魔法が使えないなら使えないなりにどうにかなる、かな?』

 だれかに問うように言ったマリンの言葉に、ピクリとディーラが反応する。どうやら彼女も色々と考えているようで、頼りになるその背中に笑みを向けた。

「とりあえず、朝食だな。食糧はまだいっぱいあるし、しばらく野宿でも大丈夫だぞ」

『出来れば広いプールのあるお家に住みたいものだけどね』

「あ、私このてれびって言うのが欲しいな!」

「僕も」

「はいはい、出来たらなー」

 贅沢な願いを語る仲間たちの話を聞きながら、ユクレステはくぐもった青空を見上げていた。




 ユクレステ達がゲートのある公園から逃げ出した頃。不可解な侵入者を逃した黒髪の少年は憮然とした表情で扉の上に腰掛けていた。くあ、と欠伸をしながらなにかを待っている。

 と、がさりと草を踏む音が耳に届く。少年はそちらに視線を向け、息を吐いた。

「やっと来たかい。おめぇもうちっと早う来んかい」

「おやおやおや、これは申し訳ありません。アナタ一人で十分だと思ったのですよ。ふふ、ええ本当に」

 にこやかな笑みを浮かべたその人物は、白い衣服を震わせながら笑っている。

「チッ、相変わらずじゃな、その性格。まぁええわい。報告じゃ。ついさっき扉が起動してその後に侵入者が四人入って来おった。ぶっ潰そうとしたんじゃが逃げられた。以上じゃ」

「いえ、ですからそれでは報告にはならないと何度も……まったく、アナタは相変わらずおバカさんですねぇ」

「それを承知でつことるのがおめぇらじゃろうが。わいはもうちーと暴れられる役職が良かったんに」

「それですと一体どれだけの被害が出るか……まあ、良いでしょう。それで、その侵入者はどのような人物でしたか? やはり夜月の手の物? それとも一番の?」

「いーや、そのどれでもなかったわい」

「おやっ?」

 意外だと言わんばかりに表情を変え、少年の言葉を聞く。

「セントルイナの言葉を使っとったしな。多分、あいつら……ディエ・アースの人間じゃな」

「ディエ・アースの……」

 得意気に言い切る少年の言葉に呆然とし、すぐにハッと我に帰る。そして、胸を張る少年の背後へと回り、

「この、おバカ!!」

「ふぎゃ!?」

 全力で背中を蹴飛ばした。前のめりに倒れた少年は受け身も取れずに顔面から地面にキスをして、鼻を押さえながら立ち上がった。

「な、なにすんじゃ!」

「なにじゃありません! 本当にアナタは……バカだバカだと思ってはいましたがここまでとは……お姉さん恥ずかしいですよ!?」

「だれが姉じゃあほんだらぁ!!」

 さらに吠えようとした少年を遮るようにズイと指を突き付た。

「良いですか? その人達はワタシ共が待っていた切っ掛けです。その人物を見つけたら連れて来いと、上の方から何度も言われていたでしょう!?」

「……そうじゃったか? ふぎゃ!」

「ちゃんと覚えてなさいこのバカ鬼!」

「顔面蹴りをマジでやめぇ! 顔が歪むわ!」

 気持ちを整えるように呼吸し、キッと少年を睨みつける。対して少年はやれやれと肩を竦めている。

「分かってますね? これからその来訪者様をお迎えに行きます。間違っても! くれぐれも! 手を出さないように! オーケー?」

「わぁっとるわい! ったく、面倒じゃのぉ」

「なにか言いまして? クキ」

 小さく呟かれた言葉を耳聡く拾い上げ、女性は底冷えのするような声で威圧する。クキと呼ばれた少年は慌てて訂正する。

「な、なんでもないわい! シェルーは怒らせると面倒じゃからなぁ」

「ああそうそう、見つかるまで帰ってきてはダメですよ。もし見つけずに帰ってきたら、その時はアナタのゲームは全てポイです」

「んなぁ!? ちょー待てやシェルー!」

 そそくさとその場を離れるクキ。その背に、容赦のない言葉が突き刺さった。振り向いた時にはもうだれもおらず、一人少年だけが取り残されている。

 ふるふると肩を震わせ、次いで空へ向かって叫んだ。

「ざっけんなわれー!?」

 もちろん、そんな彼の言葉などだれも聞いてはいなかった。


 その後クキも肩を怒らせながら移動し、一瞬の静寂が訪れる。だが、彼等は気付かなかった。

「……移動完了。秘匿大陸……日本、音葉市ト推測」

 機械のような音を出し、一体の機械人形が扉から現れたのを。

「マスター……イエ、今ハ」

 目的地を参照し、機械人形はすぐに移動を開始する。かつての機械人形、オームが故郷へと舞い戻って来たのだった。

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