ファーストコンタクト
お待たせしました、秘匿大陸編、スタートです!
空は暗く、その代わりに遠くの方では目が痛くなるような光がこぼれている。あれがこの大陸の街なのだろうと思いながら、ユクレステの心臓はドクンドクンと鳴っていた。
ようやく。本当にようやく辿り着いたのだ。ずっと夢見て来た、あの場所に。
秘匿大陸。
なにもかもが謎に包まれた、聖霊使いが創り出したと言われている場所。母が挑み、遂には辿りつけなかった場所。
そこに今、ユクレステは立っている。
「くぅ~! ヤバい! 本当の本当に着いたんだ! やったなユゥミィ! ひゃっほー!」
「うわぁ!? ちょ、主落ち着いて! ど、どこを触ってるんだよー!」
『あー、これ全然聞いてないね』
「まあ、分からないでもないけどね」
「ふふ、ご主人さま嬉しそうです」
仲間たちの温かい視線も気付かない程に、今のユクレステは興奮していた。それに付き合わされているユゥミィは堪ったものではないのだが、顔を赤く染めての必死の講義もまるで聞く耳を持たないでいる。
流石に見かねたのか、マリンが声を上げた。
『マスターマスター、はしゃぐのは良いけど宿でも探さない? もう夜みたいだし、このまま踊ってたら野宿になっちゃうよ?』
「そ、そうだな。悪い、ちょっと興奮し過ぎた」
マリンに言われ、ようやくハッと我に返った。
『ま、しょうがないよ。それだけ嬉しかったんだし』
「ユゥミィも、悪かったな」
「べ、別に構わないぞ。うん」
顔を赤くするユゥミィに謝罪も終えた所で、ユクレステは全員に声をかけた。
「それじゃあ移動しようか。一応、周りへの警戒は怠らないようにな。なにが起こるか分からないし」
はい、と頷くミュウ達。
それじゃあ、とユクレステは灯りの見える方向へと向き、一歩を踏み出す――
「そこまでじゃ、不審者共」
「へっ?」
寸前で、突然かけられた声によって止められる。ちょうどユクレステ達が向かおうとしていた場所から来たのか、見事に真正面から相対する形となり、薄明かりの下でその人物が姿を現した。
「こんな場所にようも来たのう。じゃがここでわいに見つかったんが運のツキじゃ。素直に帰りゃー良し。それでも残るゆーんなら――」
一方的に捲し立てるその人物は、随分と小柄な少年だった。ミュウとそれほど変わらない身長だろうか。そんな人物が威圧しながら言う。
「この場でわいが直々にぶっ潰しちゃる!」
ゴガンと足を踏み下ろし、その衝撃で地面が割れた。凄まじい脚力を目の前で見せつけられ、咄嗟に戦闘態勢へと移る――
「……えっと?」
「なに?」
「あぅ……」
『あははー、ちょっと分からないかなー?』
――事もせず、ユクレステを除いた全員が首を傾げていた。忠告しているにも関わらず良く分かっていない視線を向けられた少年は、イライラと怒鳴り声をあげる。
「おめぇら人の話聞いとんのか!?」
彼の怒号を聞いてもミュウ達の様子は変わらず、首を傾げているだけだ。こそこそと円陣を組みながら、少年を盗み見る。
「あの子供は一体なにを言っているのだ? 正直、少しも分からないのだが……」
『あ、私もー。あれ多分セントルイナ言語じゃないよね?』
「なに言ってるのか分からないけど、なんか怒ってるみたいじゃない?」
「ど、どうしましょう?」
そうなのだ。彼女達には少年の言葉が分からない。大陸を一つまたげば言語が変わるのは当然ではあるのだが、それを考えなかったのはあの世界に慣れていたと言うのもあるだろう。基本的にセントルイナ大陸や東域国、西域国では似たような言語が話されている。多少の違いはあれど、ここまで別の言語体系には出会った事がないのだ。
だが一人、彼の言葉を理解出来る者がいた。
「せ、聖霊言語だ……確かに聖霊言語は聖霊使いが使っていたものだけど、まさか秘匿大陸で一般的な言葉だとは……いや待て、でも全部は理解出来ないな。もしかして訛りのようなものなのか?」
ユクレステだ。聖霊言語を勉強していた彼は、あの少年が言っている事もなんとか理解出来ていた。早口で捲し立てられたせいかその全てを聞き取る事は出来なかったが、それでも大まかの趣旨は分かる。
「ご主人、なんて言ってるのか分かるの?」
「あ、ああ、なんとか。多分だけど、ここから出てけって事だと思うぞ」
『ありゃ、それじゃあここってもしかしてどこかの国の私有地だったりして』
マリンの言葉になるほどと頷いた。確かに、そんな場所に突然見知らぬ集団が現れれば警戒もするだろう。
なんとか交渉が出来ないか、今まで学んだ聖霊言語をフルに使って対話を試みる。
「すみまセん。俺たちハ怪しい者でハありまセん。ただの旅人デす。少し尋ねたいのデすが、ここはどこデしょうか」
「あん? なんじゃおめぇら、外国人か? それも珍しーが、とにかくここは西音葉城台公園。公園ゆーても今はわいらのシマじゃ、勝手したら許さんぞ?」
片言の言葉ではあるが、きちんと意味は通ったのか少年が怪訝な顔をしながらもちゃんと答えを返して来た。
会話に成功したのが嬉しいのか、ユクレステはおー、と歓声をあげながら皆に振り返った。
「や、やった! 通じたぞ! 俺の長年の苦労がようやく報われたんだ……ああっ、秘匿大陸最高!」
「こんなにテンションの高いご主人、初めて見るんだけど」
『うん、まあ……嬉しいのは分かるけどここまでとは思わなかったかな?』
その喜び具合に若干苦笑いを浮かべているマリンとディーラ。
「いや夢が叶えば嬉しくもなるだろう」
「ご主人さま、かわいいです」
一方で他二名は好意的な眼差しを向けていた。薄々感じていた事だが、この二人は若干ズレているのではなかろうか。
少年を放ったらかしにして盛りあがるユクレステ一行。ふとその言葉を聞き、秘匿大陸の少年は首を傾げていた。
「なんじゃ? あれは確かセントルイナ言語じゃったはず……んん? なんであいつらが喋れるんじゃ?」
んー、と必死に考える少年だが、おつむはあまりよろしくないのか段々と頭から熱が発生して来た。湯気が出ているのは、考え事のし過ぎによるものなのだろう。
その様子を訝しみながらユクレステが声をかける。
「えー、と。どうカしましタか?」
「あー! もうどうでもええ! とにかくあいつらぶっ潰せばええだけじゃ!」
それに答えず、少年は腕を大きく振るった。瞬間、地面が揺れる。
「なっ!?」
いつの間にその手にあったのか、彼の手には巨大な鉄の棒が握られていた。二メートルはあろうかというその巨大な金棒が地面を割り、瞳には好戦的な色が宿っている。
「ちょ、ちょっと待って下さイ! 私たちハ怪しい者では……」
「うるっせぇ! わいに考え事さすなや! ええからさっさと、潰れんかい!?」
もはや問答無用とばかりに地面を蹴る。その様子に慌てながら、ユクレステ達は各々の武器に手をかけた。
「チッ、なんか知らんが交渉決裂だ! ミュウ!」
「はい……!」
突貫してくる少年は、体は小さいが得物を見る限りパワーファイターだ。赤みがかったボサボサの黒髪をなびかせながら振りかぶっている。ならば、こちらも力はパーティー1のミュウに任せた。
「なんじゃあ!? 潰されたくなきゃあ去ねや餓鬼がぁ!!」
「……っ!」
少年の剣幕に気圧されるが、構わず背に担いだ大剣を振り下ろす。少年の振り払うように薙いだ金棒を受け、
「――っ!?」
鍔迫り合いの状態で停止する。それと同時にミュウは驚愕の表情で相手を見た。
ニヤリと、笑っている。
「ほぉ、中々やるのぉ。こがやるとは思いもせんかったわ」
カラカラと笑い、そして目をさらに凶悪なものに変化させた。
「じゃけぇ、ちぃーと本気でやっちゃるわ!」
「っ!」
グッ、と押され、対抗するようにさらに力を込める。だが、止まらない。ズリズリと後ろに押し返される。
「そーら、よ!」
ギン、と大剣を弾き、金棒を横薙ぎに振り切った。
「あっ――!?」
先ほどとは比べ物にならない衝撃に、押し返す事も出来ずに弾き飛ばされる。
「むぎゅぅ!?」
「ミュウ! ユゥミィ!?」
巻き込まれる形でユゥミィもろとも転がって行く。その間にも少年は迫っていた。
「ハハハ! なんじゃなんじゃ、気合が足りんのぉ! 次はどいつじゃあ!」
「な、なんて力だよ……。ディーラ、足止めはしてみるから出来るだけ早めに頼む!」
「了解」
リューナの杖を持ち駆け出すユクレステ。ディーラと視線が交差し、彼女も魔晶石を取り出す。
詠唱が始まったのを聞きながら、ユクレステは無詠唱のまま呪文を唱えた。
「ストーム・エッジ!」
風の刃が生まれ、そのまま少年へと向かう。
金棒を我武者羅に振り回して相対し、ユクレステの杖を見て疑問の声を上げた。
「あん? なんじゃ、そのMMC。しかも旧魔法体系? おめぇら、時代遅れって奴けぇ?」
「はい? すみませンが、良く分からなイのですが……」
心底不思議そうな声を拾い、訳してみるが、所々分からない単語がある。質問をしてみようとするが――
「まあええか。楽しめりゃあなんでもええわ!」
「おまえ勝手過ぎるだろうがぁー!?」
勝手に自己完結して再度金棒を振り回し始める。思わずセントルイナ言語で悲鳴を上げながら金棒の一撃を避け、隙をついて風の刃を振るう。
「ハン、効かんわそんなもん!」
「うそぉ!?」
だがそれも通用しない。風の刃が少年に掴まれ、有り得ないことに風をパキンとへし折られた。
「飛べやぁ!」
「ガハっ!?」
ゴゥ、と風を切る音と共に金棒がユクレステの腹に直撃し、吹き飛んだ。
『マスター!?』
「こ、の――」
吹き飛ぶ主を横目で見ながら、ディーラは一瞬遅れて完成した魔法を魔晶石に乗せて解き放つ。
「……えっ?」
いや、解き放ったはずだった。
けれどもそこに変化はなく、魔力は霧散する。
「な、なんでっ……?」
珍しく狼狽するディーラ。それもそうだろう。百戦錬磨の彼女が、今さら上級魔法の発動に失敗するはずがないのだ。普段と変わらずに魔力を練っていたはずだ。それが突然、抜けてしまった。
「あいつつつ……まったくひどい目にあったぞ。うん?」
場の空気が読めていないようにユゥミィが立ちあがり、腰を擦っている。そしてなにかに気付いたのか、ディーラを指差した。
「そう言えばディーラ。刺青は消したんだったか?」
「は? なにを……っ!?」
間の抜けたユゥミィの言葉に思わず疑問の声を上げてしまったが、すぐにその言葉の意味を理解した。
長袖を着ていたために先ほどまで見えていなかったのだが、捲れた状態の今ならば良く分かる。
「ウ、ウソ……ザラマンダーとの契約紋が、ない?」
炎の主精霊、ザラマンダーと契約した際により効率良く力を受け取れるように描かれた刺青が、今は存在していないのだ。その事に気付いたディーラはハッと先ほどの光景を思い出した。
「まさか、上級魔法が撃てなかったのって……」
「なんじゃ? 知らんかったんか?」
うろたえるディーラへと少年が気だるげな雰囲気で声をかけてきた。驚いた事に、聖霊言語ではなくセントルイナ言語でだ。
「どういうこと?」
そこも確かに疑問だが、今はそれよりも上級魔法が不発になった事の方が大事だと判断する。
「簡単な話しじゃ。ここには精霊はおらんけえ、上級魔法なんぞは使えんってーだけの話じゃ。しかし驚いたのぉ、おめぇらディエ・アースの人間かい。この言葉を使うのも久し振りじゃなぁ」
なにやら懐かしむように目を細めているが、彼の話が本当ならばディーラとユクレステ、ユゥミィの戦力は半減したのと同義である。
「ご、ご主人さま?」
痛みに喘ぎながらそれを聞いていたユクレステは、ミュウの耳に口を近づけボソボソと指示を出した。
「まあええ! とにかく今はおめぇらを──」
「みなさん!」
今まさに攻撃を加えようと金棒を振り上げる少年。それよりも早く、ミュウの声が届けられた。
声をあげたミュウの手にはなにかが握られており、豪腕によって少年へと投擲された。
「なんじゃこげなもん!」
少年はそれを鬱陶しそうに払いのける。──瞬間、白い蒸気が一斉に吹き出した。
「な、なんじゃあ!?」
ミュウが投げたのはユクレステお手製の魔法薬だ。目眩まし程度にしかならないが、今の状況には効果的であった。
「チィ! 舐めた真似しよーてからに!?」
手に持った金棒を力強く振り、突風を巻き起こす。すると先ほどまでの蒸気は消え去り、クリアな視界が戻った。
しかし、その頃には既にだれの姿も見当たらない。
「……逃げたんか? ハッ、口ほどにもねぇ」
持っていた金棒を地面に突き立て、少年はつまらなそうに呟いた。
もちろん、逃げたのである。何もかもが未知数の相手に対し、無策で突っ込むのは無謀というもの。それでも普段のディーラであればあのまま戦闘を続行していただろう。だが、今回不足の事態が起こり、一度退かなければならないと判断したのだ。
彼女は決して愚かではない。全力を出せず、敵の力が相当なものならば退く選択だって行える。
「お、おいディーラ? その、なんか怖いオーラがビンビンと……」
「んなこたぁ、ない」
しかしながら悔しく思いはするようだ。不機嫌そうな顔をしてユゥミィに返事をする。
『マスター、大丈夫? 割といい角度で入ったけど』
ミュウの胸元に提げられたアクアマリンの宝石から心配そうにマリンの声が聞こえた。
「っ、けっこ、キツい……」
なんとかあの場を脱したユクレステ達は道も分からないまま、明るい方向へと向かっていた。だが腹部を強打された際のダメージが響くのか、すぐに膝をつく。
「くっそ、あのガキンチョ……どんな馬鹿力してんだよ……」
頑丈さには定評のあるユクレステだ。崖から落ちてもピンピンしている彼がここまでのダメージを負っている。ミュウとの打ち合いでも軽く弾き飛ばしたところを見るに、少年の腕力は彼女に勝っているのだろう。
心配そうにしている仲間たちの視線を感じ、立ち上がる。ほんの少し痛みが引いた気がした。
「悪い、もう大丈夫だ」
「本当? 今にも吐きそうなくらい顔悪いけど」
「ディーラ違う、悪いのは顔色だからな? 顔は悪くない……と思う」
周りが美形だったため目立つことがなかっただけだ。そうなんだ、と必死に納得させる。
横にいるミュウやユゥミィまで心配そうに覗き込んでおり、これ以上心配させり訳にはいかない。踏ん張って足に力を入れ、歩き出した。
「と、とにかくだ。現状、俺たちはこの大陸についてなにも分かっていないんだ。情報がなにもない。このまま突っ走るのは危険だな」
『なるほど。つまりさっきのマスターみたいな状態はダメ、と』
「ぐっ……言ってくれるじゃんか」
興奮していた先ほどのことを持ち出されると痛い。秘匿大陸へたどり着き、言葉が通じた事が嬉しくて周りが見えていなかったのは本当だ。そのせいで逃げの判断が遅れてしまった。責められても仕方ないだろう。
だがそのおかげで、もう一つ重要な事を把握出来たのは僥倖だった。
「やっぱりダメか?」
ユクレステの問いに、宙を飛びながらついて来ているディーラが首を横に振った。
「……ダメだね。中級は大丈夫だけど、上級魔法、もっと言えば精霊の力がまるで感じられない。あいつの言っていたことも本当なのかもね」
グーパーと手を動かし、その結果にため息を吐く。
ユクレステも杖に手を伸ばしてみるが、氷水晶の輝きは失われていた。
これまでの事から判断するに、結論は一つだろう。
「……この大陸にまで精霊の力は届かないのか?」
『うぅん、これって星のカーテンの影響なのかな?』
どうなのだろう、と疑問する。
星のカーテン。秘匿大陸を世界と隔絶させる超巨大魔術障壁だ。それが原因だと言われれば、否定の材料はないだろう。だが、果たしてそれだけなのか。現状ではまだ分からなかった。
ただ一つ分かっていることは。
「精霊を介した呪文は、使えそうにない、か……割と不味くね?」
剣をメインに据えるミュウはそこまでの制限はないだろうが、ユクレステやディーラなどの魔法メインの戦力はかなりの痛手だろう。
そしてなにより、一番の懸念事項は、彼女だ。
「ん? どうした主?」
「いや、ユゥミィは大丈夫か? 気持ち悪かったり、具合悪かったりしてないか?」
「ははは、なにを言ってるんだ。健康優良児の私が具合なんか悪くする訳ないだろう」
いや、しかし一番精霊の影響を受けるのは間違いなくダークエルフという種である彼女だ。以前も精霊が少ない土地にいたせいで具合を悪くしていた。今回も似たような状態になるのではと心配しているのだが……。
「むう、そうは言っても問題はないぞ。というか、精霊ならばここにいる訳だし」
そう言って胸元のペンダントを一つ取り出した。木彫りの手作りのそれには、樹の中級精霊が宿っており、今も彼女に力を与えているのだろう。
「取りあえずは大丈夫そうだな」
元気そうな彼女の姿に、ひとまずは安心しておいた。
街灯の下を歩いていると、土の道から舗装されたものに代わっていく。石畳とは違う、不思議な光沢の道だ。
「にしても、変な道だな。この真ん中の広い道はなんだ?」
「ご主人様! なにか来ます!?」
白いラインに区切られた道に疑問を覚えているとミュウが警戒したように道の先を睨みつけた。
確かに彼女の言う通り、なにかが近づく音がする。馬車かなにかか、と身構える彼らの前に、目を光らせたモノが現れた。
「な、なんだこれ!? 馬車か?」
「馬はいないみたいだけど? 前に見た征戦車に似た感じかな?」
首を傾げるディーラの言葉に、ユクレステは再度確認する。
光沢を放った鉄の箱のようなもの。前面のライトが彼らを照らしており、ゴムで出来た車輪が四つついている所を見ると、馬車の一種なのかもしれない。
観察していると右側面にあった窓が下がり、男が顔を出した。
「道の真ん中でなにやってんだ! さっさと退け!!」
「えっ、あ、はい」
聖霊言語で怒鳴られ、慌てて皆を連れて道の端へと移動する。
「チッ、コスプレイヤーがこんなとこで集まってんじゃねーよ」
「コスプ……なに?」
ぶつくさと悪態をついて去って行く乗り物を見送り、男の言っていた言葉に首を傾げた。どうにも、言葉の意味が分からないものが多いようだ。
それにしても、もう見えなくなってしまった。かなりの速度が出ているのだろう。
「なるほど、この白い線はさっきの乗り物が走るための道だって事か」
『あんなに怒鳴らなくてもいいのにねー』
「……燃やす?」
「やめい。……こっちの常識も学ばないといけなさそうだな。まったく、やることがたくさんあって困る」
ふう、とため息を吐きながら歩き始めるユクレステを眺め、ミュウはクスリと微笑んだ。
「ご主人様、楽しそうですね」
『まったくもう、さっき自分で興奮しないようにって言ってたのに、すぐこれなんだから』
苦笑気味に言うマリン。そんな彼女の言葉を無視するように周りの建物に目を向けていく。
遠目から見えた四角い建物よりは幾分か小さいが。それでもユクレステから見ればとても巨大な建物だ。思わず見上げ、息を漏らした。
「凄いなぁ、これは家なのか? こんなデカい家に住んでるんならきっと金持ちなんだろうな」
「そう言えば、お金で気付いたんだけどさ」
ふと気付いたようにディーラが声をあげる。
「今持ってるお金って秘匿大陸で使えるの?」
「……えっ?」
「いや、だから貨幣。僕がこっち来た時はお金で苦労したからさ、気になって」
こてんと首を傾げながら尋ねるディーラ。その質問も最もであり、なぜ失念していたのかと後悔さえする。
「ああ、そう言えばディーラはお金が使えなかったんだったか? ぷふー、私だって知ってたぞ?」
「……おおぅ、今のは割と本気でムカッときた。なによりもユゥミィを引き合いに出されると圧倒的バカにされた感がある」
イラッと額に怒りマークが浮かんだ。
しかし以前の彼女の話からすれば魔界にも貨幣に似たものはあるはずなのだが……。
そんな彼女達の話しを耳に入れず、ユクレステはひたすらに頭を悩ませていた。
「こ、こうなったら直接人に聞くしかない……! 本当に通じるのかちょっと不安ではあるけど」
そうと決まれば話は早い。すぐにキョロキョロと周囲を見渡して通行人を探し出す。
「だれもいませんね……」
だがミュウの言う通り、この辺りに人の気配はない。四角い建物の中からは明かりが漏れているため、人はいるのだろう。だが建物の外には人っ子一人いない。夜だからだろうか。
「やっぱりさっきの明るい場所を目指した方がいいんじゃないか?」
『でもさっきの子、あそこから来たっぽいし、鉢合わせたらちょっと不味くない?』
「む、むむむ……」
二人の意見に頭を悩ませる。出来るだけ安全かつ楽に事を進めたいユクレステとすれば、この選択は非常に重要だ。
そして悩んだ末、どちらにするのか決める──
『いやぁあー!?』
直前、絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんですか?」
「悲鳴?」
驚いたように目を見開くミュウ。ディーラは声の聞こえた方角を向いて首を傾げている。そして残る二人はと言うと、
『あれ? マスターとユゥミィちゃんは?』
「えっ?」
「いない、ね?」
二人の姿は既になかった。
さて、夜の闇を疾走する二人、ユクレステとユゥミィ。今彼らがなにを考えているのかを見てみよう。
まずユゥミィ。
(女性の悲鳴、とくれば悪漢! すなわち活躍チャンス! ここで目立てば騎士としてまた一歩前に進める! ふふふ、はははは!)
そしてユクレステ。
(人がいた! と言うことはこの大陸の情報が得られる! あわよくば聖霊使いの話も聞けるかも!? いよっし待ってろ第一村人ー!)
どうやらユクレステの中では先ほどの少年は第一村人には入らないらしい。彼の選考基準によれば、友好的であることが絶対条件なのだ。
「ふははー! 一番乗りはもらっ──あっ」
この瞬間、ユゥミィのいつも通りのドジが発動。躓いて顔から地面にダイブ。
その間に前に出たユクレステは思考に耽っていたために彼女が転んだ事にすら気づいていなかった。
「お、発見!」
明かりの下にいたのは男が四人に、そいつらに囲まれた少女が一人。ペタリと座り込んでおり、今にも男の手が伸びようとしている。
どのような状況なのかはさっぱり分からないが、古今東西悪人顔をした男四人組が少女を囲んでいれば八割の確率で男が悪者だ。残る二割はふざけた男子学生を粛正するセイレーシアンくらいなものだろうか。
とにかく、悪人面の男を敵と定め、ユクレステは地面を蹴った。
「サンダーキーック!!」
「グハァアアー!?」
サンダーキックと言う名のドロップキックを少女を捕まえようとしていた男に見舞い、盛大に吹き飛ばした。突然の出来事に男達は疎か少女でさえ目を白黒させている。
長い滞空時間を終え、スタ、と着地する。
「ちょっと待つデス。悪人共!」
男達を指差しながら聖霊言語で話しかける。
そこまでだ、悪党諸君、と言いたかったようだが、不完全な彼の言葉では片言になってしまった。
それでもなんとか意図を理解したのか、残りの三人が怒鳴り散らす。
「あんじゃテメェ!? いきなり蹴りぶっかますたぁどういう了見じゃい!? ぶっ殺すぞわりゃあ?」
「ほうじゃほうじゃ! 兄貴の仇じゃあ!!」
小太りの男がナイフを取り出し、ユクレステへと斬りかかる。だが普段からセイレーシアンやシャシャの剣捌きを見ている身からすれば遅過ぎだ。
闇雲に振るわれたナイフを避け、杖で足を引っ掛けて転ばせて頭を踏みつける。
「テ、テメェ!?」
吠える男。だがユクレステは先ほど聞こえた聖霊言語に首を傾げていた。
「んー? やっぱりちょっと分かんないな。まあ、なにを言ってるかは大体分かるけどさ」
あれだけ怒り心頭で怒鳴っていれば、なにを言わんとしているのかは容易に想像できた。
「あ、あの……」
ふと後ろを見れば、座り込んでいた少女が目を見開いてこちらを見上げていた。
「に、逃げて下さい! その人達、夜月なんです!?」
「ヤーゲツ?」
少女の言葉をオウム返しで口にすると、リーゼントヘアの男が勝ち誇ったように言葉を吐き出す。
「そうだぜ、小僧? 正義の味方気取りのガキが! 俺たち夜月に手を出したらどうなるか、分からねえとは言わせねぇぞ!?」
「……」
「へへ、ビビりやがった。テメェは半殺しで許してやるよ。だがまずはその女を渡しな!」
怒声に肩を震わせる少女。まだ十代の中ほどで、紫がかった銀髪が街灯の光を吸収している。よほど恐いのか、顔は真っ青だ。
リーゼントと彼女を交互に眺め、一つ頷く。
「そーだ、素直に言うこと聞いてりゃいいんだよ。おい」
「へい!」
残ったもう一人の男が代わりに近づき、イヤらしい顔でユクレステへと向けた。ナイフの腹で顔を叩く脅しつきだ。
「ハン! クソガキが出しゃばんじゃねッぶろばぁ!?」
「んなぁ!?」
ムカついたので装甲魔法込みで殴っておきました。
驚きに染まる男に、ユクテステは聖霊言語で言い放った。
「全然理解ムリです!」
知るかボケ! と言いたかったようだ。
「な、なにやってるんですか!? あいては夜月の──!?」
「テ、テメェー!?」
少女の言葉を遮り、男はナイフを持って突撃する。その間にも慌てず、リューナの杖を相手へと向ける。そして、一言。
「ストーム・カノン!?」
「ぐあぁ!?」
圧縮された風の砲撃が放たれ、リーゼントの男を盛大に吹き飛ばした。
四人の男が全員意識を失ったのを確認し、ユクレステは改めて後ろを振り向いた。
びくりと体を縮こまらせ、不安そうな紫の瞳が見える。ガリガリと頭を掻きながら、んー、と唸り、出来るだけ優しげに微笑んだ。
「はジめまシて、こんニちは」
その言葉はやはり片言だったが、優しさだけは伝わってきた。少なくとも、この人物が自分に危害を加えないだろう思えるほどには。
だから少女も、元気いっぱいな笑みを作って応えた。
「は、はじめまして! でも今はこんばんは、ですよ?」
これがユクテステの指定する第一村人、天星叶とのファーストコンタクトだった。
初めて投稿してから一年、ようやくここまで辿り着きました! 百話突破、そして一周年! これからもよろしくお願いします!