氷の心 後編
本日二度めの更新です!
ダーゲシュテンの街から離れた場所に広い盆地がある。ユクレステは現在、そこにいた。
「えーっと、こっちはこうだからそっちは……」
ブツブツとなにかを呟きながら石灰で陣を描いて行く。魔力が込められた石灰は地面に落ちると光を放った。
今描こうとしているのは精霊召喚の魔法陣だ。普段からヒョイヒョイと現れる精霊達だが、それを強制的に呼び出すともなればかなりの労力が必要となる。具体的には、魔法陣を描くための魔力と、純粋な疲労。かれこれ半日ほど、紙に下書きした魔法陣の通りに描いて行く。しかもそれを行うのは契約主でなければならないため、必然的にユクレステは足りない魔力を補うために魔力回復薬をがぶ飲みしていた。そろそろ腹がタプンタプン鳴りそうだ。この時ほど魔力量が化け物級のアランヤードを羨ましく思った事はないだろう。
「あらぁ、そっちはそうじゃなくてこうじゃないかしらぁ? あ、それよりもここをこうした方が面白い事になるかもぉ」
くふふと笑いながらユクレステの下書きに余計な絵を追加する。ジッとそれを眺め、明らかに必要ないものだと判断すると怒鳴りながらシルフィードを追っ払った。
「……だー! 邪魔するんなら帰れ! シッシッ!」
「あん、ひどぉい。ちゃんと役に立ってるじゃない」
これで全部間違った事を言っているのなら無理やり帰すところだが、時々本当に効果的な指摘をしてくれるから邪険にも出来ない。
ちなみにもう一人の主精霊、オームはジッとユクレステの作業を見守っていた。
「ったくもう……」
「あらぁ? ここ、間違ってるわよ?」
「マジで!?」
マジだった。
魔法陣を描き切り、肩で息をしているユクレステの姿は雪山へ登山に行くような重装備だ。これはシルフィードの助言によるもので、召喚場所を人気のないこの場所にしたのも彼女の発案だ。街中で呼ぼうものなら本気で町全域が凍りつくかもしれないと忠告を受けたためである。
息を整え、いつだかディーラのために作った耐寒の魔法薬をグッと呷る。
「けぷっ。さっきから薬ばっかり飲んでるなぁ。変な副作用とかでないだろうな……」
ぶつくさと呟き、チラリと二人の主精霊へと視線を交わした。
「それじゃ、頼んだぞ、シルフィード、オーム」
「くふふ、ええ、任せてぇ」
「了解」
これだけの前準備を行っても、アリスティアを本当に呼べるのかは分からない。もし本気で抵抗されたのならば、これでも来ない場合が考えられる。そのため、保険として二人の精霊の力を借り、無理やりにでも呼ぶ事にしたのだ。
下手をすれば余計に怒らせるだけかもしれないが、それでもスカで終わるよりもずっと良い。
魔法陣の中心にリューナの杖を突き刺し、魔法陣を発動させていく。
「契約に従い姿を現せ、美しき氷雪の精霊――アリスティア!」
眩いばかりに魔法陣が輝き始め、杖に嵌められた氷水晶が青く光を放つ。手応えを感じ、喜びの表情がユクレステに生まれる。
「よし、これで――っ!?」
刹那、猛烈な吹雪が襲い掛かった。
慌ててコクダンの杖を手にし、自身を覆う魔力障壁に力を入れる。それでも完全には防げないようで、体のあちこちに氷が張り付いている。
寒いと言うよりも痛い。これだけの前準備をしているにも関わらずこの威力。
「流石は、主精霊だな」
乾いた唇をぺロと舐めて湿らせ、久方振りの威圧感に緊張する。
「――一体、なんのようですか、人間」
吹雪に吹き飛ばされる形で尻もちをついたユクレステの前に、宙に腰掛ける少女がいた。
青白い肌に露出の激しい服を着て、その上に着ていたローブはない。ただどこまでも冷たい視線がユクレステを見下ろしている。
チラリと周りを見れば、半径数百メートルの範囲で地面は凍り付いていた。本気ではないためにこの程度で済んでいるのだと理解して、ようやく彼女を見やる。
澄んだ氷の彫像のように美しい彼女の姿は、以前となんら変わった所はなかった。苛立ちや怒りを見せるその姿も美しく、普通の人間ならば彼女を見ただけで固まってしまうだろう。しかし、ユクレステはまた別の理由で固まっていた。
(えっと、呼び出したのは良いけどまずなんて挨拶すればいいんだ? 何事も初めの挨拶が肝心だってのは分かってるんだけど、でもあんまり堅いのは変じゃないか? かと言ってフランク過ぎると火に油注ぐだけだし……ならいっそのこと)
「やあレディ、君にそんな顔は似合わないよ。さあ、僕と一緒に笑ってごらん」
「…………」
スッと手を上げ、下ろす。すると人間大の氷塊がユクレステに向かって落ちて来た。
「うおぉおお!?」
間一髪避け、冷や汗を流す。
普段からテンパると余計なひと言が口を突いて出る彼は、今回も見事に外したようだ。無表情さが余計に加速し、その視線に晒されているだけで心臓が止まりそうになる。
「ま、待った、ちょっと待った! ええと、とにかくええっと――!」
散々悩んだ末に、こう言う時は素直に最初に浮かんだ言葉でいいんだよ、とのマリンの言葉を思い出した。
「久し振り、アリス。また会えて良かった」
その言葉にピクリと眉を動かし、僅かの間を置いて口を開いた。
「そうですか。私は出来ればこのまま潰れてしまえば良かったと思っていたのですが」
辛辣な言葉に一瞬気圧されるが、グッと腹に力を入れてアリスティアと相対する。ズボンの霜を払って立ち上がり、深く頭を下げた。
「……なんのつもりですか?」
「――なにはともかく、ごめん。おまえの期待を裏切った事、情けない姿を見せてしまった事、無理やり呼び出してしまった事。色々あるけど、だからこそ謝りたかったんだ。ずっと、そう思ってた」
それでもこれだけの時間が掛かってしまったのは、やはりユクレステが弱かったからだろう。アリスティアと会って話しても許してもらえないんじゃないかと言う不安。それが二の足を踏んでいた一番の原因だ。
許してもらう事が重要なんじゃない。なによりも自分の気持ちを表さなければそれ以前の問題だといううのに。
「おまえとこうして顔を突き合わせて、ようやく決意がついたよ。ヘタレな俺でごめん。期待外れでごめん。見限らせてごめん、弱い俺で、本当にごめん」
頭を下げているから相手の顔は見えないが、それでも言葉を続ける。
「どれだけ罵られても仕方ないさ。でも俺はアリスと仲直りがしたいんだ。契約主と精霊じゃない、友達として――仲間として、もう一度おまえと向き合いたい」
顔を上げ、真っ直ぐな瞳でアリスティアを見つめた。それは以前に夢を語った時と同じ、光に満ちた瞳。
「…………」
その瞳を視界に収め、瞬間、アリスティアは思い出した事があった。
かつて見た聖霊使いも、このような眼差しでアリスティアを見つめていたっけ、と。
「……ふざ、けるな」
思い出せばそれだけ、苛立ちが募る。
小さく呟かれた声に反応してさらに雪風が舞った。
「……では、こう言うのはどうですか?」
必死に気を落ち着け、ニコリとした笑みを見せる。
「仲直り、ですが。受けてもいいですよ? ただし、その場合は――――秘匿大陸へ行く事を諦めてもらいますが」
「えっ――?」
「別にそんな難しい事ではないでしょう? もっとも、おまえが本当に私との関係を修復したいのであれば、ですが」
ショックを受けたように呆けるユクレステに、アリスティアは笑顔の下で侮蔑の表情を浮かべていた。しょせん、彼にとって自分など秘匿大陸へ行くための道具なのだ。どれだけ仲良く、などと言っても時期が来ればアリスティアを置いて行くのは目に見えている。
(そうです。あいつらのように……)
あの瞳を見てから、遠い過去の出来事が鮮明に思い出される。
――氷のアリスティア。貴方はこの地で人の子を導く手伝いをしなさい。精霊として生まれた貴方にとって大切な仕事です。
――そんな! 嫌です! 私はまだ皆と一緒にいたいです! なぜ、なぜ私だけ置いて行かれなければならないのですか!? 私だって、私だってあいつの……。
――聞き分けなさい、アリスティア。貴方では向こうの地は踏めないのです。それに、貴方がいなくなればリーンセラはまた氷河に埋もれてしまう。それは貴方だって嫌でしょう?
――それは、でも……。
――世界が生み出した貴方は世界に縛られるのは当然の理。理解なさい。
(なにが、縛られるですか! 縛っているのは、貴方じゃないですか!)
一連のやり取りを思い出し、悔しそうに奥歯を噛みしめる。その時聞いた答えは今ならば十全に理解出来るのだ。セントルイナ大陸ならば自由に移動できるアリスティアでも、それ以降ともなれば精霊の力は届かなくなる。もしあの時共に行っていれば、今頃リーンセラは永遠の凍土に沈んだ土地になっていたことだろう。
だから、それだけは理解出来る。けれど――。
「……うん、決めた」
ハッと意識を過去から呼び寄せ、今のユクレステを見る。一しきり悩んだのか、うんと頷いてアリスティアに向き直った。
「決めた、と言うのはどちらを取るのかを決めたと言う事ですか? ならば、どちらを選んだのか――」
「両方」
「……は?」
きっぱりと言い切った少年の言葉に、思わず聞き返してしまう。問うたのは、どちらか、だ。二者択一を迫ったはずが、彼はその両方だと言い切った。
小さく吐息し、再度問う。
「……良いですか、人間。私は、精霊との再契約か秘匿大陸への道かを――」
「だーかーらー、そんなの選べるはずがないだろ。だから両方選ぶ。アリスと仲直りして、秘匿大陸へ行く。まあ、当然だろう?」
ふふん、と得意気に胸を逸らす彼の姿に、一息。
「――ふ、っざけるなぁ!」
次いで、怒号。
怒りの声と共に周囲の気温は一気に低下し、雑草がピシリと凍りつく。それを見て焦りながらユクレステは障壁に魔力を注ぎ込んでいく。
「おまえは! またそんなバカげた答えを選ぶのですか!? その結果なにが起きたか、なにを失ったのか忘れた訳じゃないですよね? 戦争を止めます、夢を叶えます、その結果得ようとしていた物を失った強欲なおまえが、また同じ轍を踏むつもりですか!?」
彼女の言葉は正論だ。全てを得ようとして、友人を失った。それは確かにユクレステの心を抉った。けれども、
「ああ、選ぶ!」
「――っ!?」
ユクレステにとって、それだけは譲れないものなのだ。
「アリスと秘匿大陸、どっちも俺にとっては大切なことだ! だからこそ、俺はその二者択一なんて認めない! 例え傲慢であろうと、得たいと思うものを両方選び取るさ! 何度だって、何度だってな!」
欲張りで傲慢であろうとも、ユクレステは宣言する。例え何度失敗しても、何度だって同じ答えを求めてやるのだと。
「おまえは――」
「それに! 夢を諦めておまえと仲直りなんて出来る訳ないだろ! 俺は、おまえが好きだと言った俺のままで仲直りがしたいんだよ!」
アリスティアは言ったのだ。目的に向かって真っ直ぐに進むユクレステの姿を美しいのだと。ならば、ここで夢を諦めてしまえばアリスティアとの関係修復などできるはずがないではないか。
だからこそ、ユクレステは頑なにその二つを同時に得ようとする。
「だから、見ててくれ! 俺は秘匿大陸へ辿り着く! そして――」
一息。
「――ちゃんとおまえのいる場所に、帰って来るから!」
「あっ……」
泣いていた。生まれたばかりのアリスティアは、聖霊使いがいなくなった事に気付き神殿の奥で泣きじゃくっていた。
瞳からポロポロと零れる氷の涙、泣きじゃくるアリスティアの声に反応して氷が空から降り、憤る心が雪崩を起こした。
その日、リーンセラ全土で彼女の悲しさを表すような出来事が起こっていた。
なぜあんなに悲しかったのだろうと、今になって思う。この身は精霊、人のように悲しさに振り回されるはずがないのに。ただ精霊としての仕事を全うしていれば、それで良いのに。
もし、悲しみの原因があるとすればそれは……。
――決めた! この子の名前は、アリスティア!
帰って来て欲しいのに。また、一緒に笑いたいのに。なにも言わずに、行ってしまった。またね、の一言もなく……。
分かっていた。聖霊使いがもうこの地に戻って来る意志が無いのだと。だから、二度と会える事がないのだとはっきりと分かってしまった。
きっとそれが、なによりも悲しかったのだ。
「…………」
吹雪がピタリと止んだ。足元は未だに凍り付いている。それでも、ユクレステは一歩を踏み出した。
「大丈夫、俺は帰って来るよ。ちゃんと、皆の所に」
あの時、絶望に淀むユクレステの瞳を見て思ったのは、安堵。これで彼は秘匿大陸へ行かずに済む。また置いて行かれずに済むんだと喜んだ自分の汚さに吐き気がした。苛立ちの原因は、そう言ったアリスティアに対しての自己嫌悪だったのだろう。
精霊としての職務を忘れ、ユクレステに必要以上に肩入れしてしまい、結果彼を潰しそうになってしまった。それも、八つ当たりのようなものでだ。
「おまえは……おまえは、変わらないですね」
地上に降り立ち、顔を伏せながらアリスティアが言う。
「あの時に歪んだおまえの瞳も、今では前と変わらない……いえ、前よりも余計に輝いて見えます。ええ、認めましょう。美しいです、綺麗です、ずっとずっと、側に置いておきたくなるくらいに」
ぐっ、と拳を握り締め、でも、と首を横に振った。
「その瞳は、凍らせてしまえばなくなってしまうのですね。夢を諦めてしまえば、その輝きは失われる。そんな事、分かっていたのに……それでも、それでも……」
震える彼女の体は、魔力が暴れているのか冷気が立ち昇っている。その状態のアリスティアを見てもユクレステは構わずに彼女のちいさな体を胸に抱いた。
「それでも私は、一緒に行きたかった! 皆と一緒に、あいつの故郷へ行ってみたかった! それが叶わないなら、せめてまた戻って来てくれるって……言って、ほしかったのに……。
なんで、なんでいなくなったのですか? 私は、そんなに……邪魔だったのですか? 答えて下さい……聖霊様……」
もはやだれを思って言っているのか自分でも分からない。ユクレステは今までの苦しみを吐き出す様に、弱弱しく涙を流すアリスティアをギュッと抱きしめた。
背に回した手は赤く凍傷になり、彼女が流した涙を受けた厚い服は徐々に凍って行く。それでも怯えず、安心させるように背を叩いた。
「答えは、分からない。俺はまだ聖霊使いでも聖霊でもないから。でも、だからこそ何度だって言ってやる」
「あ……」
主精霊の涙に触発されてか、チラチラと雪が降り始めた。大粒の雪はユクレステの頭を白く染め、アリスティアをさらに輝かせる。抱きしめていた腕を放し、涙で濡れる頬を指で拭った。
「……帰って来るよ。絶対に、何年、何十年経とうと。俺はアリスや皆のいるこの世界に戻って来る。それだけは絶対にだ」
「ユクレステ……」
雪の積もった頭では格好もつかないが、ニッと笑ってみせる。
それから、とユクレステはポケットからなにかを取り出した。
「これはまあ、プレゼントと言うか……仲直りにはプレゼントを上げるのが良いとか言ってたから、その、選んでみました。まあ、おまえからしたらセンスないかもしれないけど」
「これを……私に?」
取り出したのは、氷の結晶を模した六花のイヤリングだ。アリスティアはそれをまじまじと眺め、小さく声を出した。
「つ、つけなさい」
「お、おう」
どこか緊張したように震える言葉に、ユクレステも緊張してしまう。震える手でアリスティアの耳に触れ、彼女がビクリと肩を震わせた。
「んっ……」
甘い声に若干頬を染めながらも、なんとか耳に装着する。その様子を少し眺めた後、ユクレステは笑って言った。
「うん。似合ってるよ、アリス」
「っ……! う、あ……」
照れによるものか、それとも涙を見られた事による気恥ずかしさか。恐らくその両方が、今さらながらにアリスティアを襲った。頬を朱に染め、どうしようもないくらいに狼狽する。
それを遠くで見ていた風の主精霊は珍しい物が見れたと笑い転げていたようだが、それはそれとして。
「このっ――!」
「のわっ!? い、いきなりなにを――ひぃいい!?」
一気に恥ずかしさのピークが来たのか、アリスティアは頭上に六角形の氷柱を出現させ次々に落としていく。必死になって避けるがいかんせん数が多過ぎる。周りを氷柱で囲まれ、本気で死を覚悟した。
「……ユクレステ」
だがその寸前に我に返ったのか、深呼吸を繰り返してアリスティアが近付く。
「本当に……本当に、帰って来て、くれるのですか?」
尻もちをつきながらキョトンとした表情で彼女を見つめ、微笑みながら力強く頷いた。
「当然だろ? 俺はおまえの契約主なんだ。おまえをほったらかしになんてするはずがないだろ?」
根拠のない自信だ。でも、なぜだか安心出来る笑みでもある。
きっとチャンスは今なのだろう。
「……仲直り、してやってもいいですよ?」
「えっ? 本当に?」
「ただし、一つだけ条件をつけます」
「じょ、条件ですか……」
条件と言う言葉に警戒心を抱くユクレステ。だが、今回に限っては警戒する必要はないだろう。
「条件は、その……おまえを、ユクレと呼んでも良いですか?」
顔を伏せ、真っ赤に染まりながら吐き出した言葉。
もっと複雑な条件を提示されると思っていたユクレステは、クスリと笑いながら頷いた。
「もちろん。むしろそう呼んでくれると俺も嬉しい」
あっさりと頷き、パッと顔を上げるアリスティア。赤い顔のまま、囁く様に声を出す。
「そ、そうですか。……で、では。ユ、ユク……レ」
「ああ、アリス」
彼女の心を表すかのように、雪はさらに降り注いだ。
一時はどうなるかと思われた雪も止み、今では太陽も出て雪が積もっているだけになっている。あまり雪の降らない地域であるダーゲシュテンにこれだけの雪が積もれば、ちょっとした事件にはなってしまいそうだ。明日はフォレスの仕事が増えるかもしれない。
そんな父親を憐れみながら、ユクレステは雪玉を転がしていた。
「よーし、こっちは出来たぞー」
「ん、ご苦労です。それじゃあ、よっと」
魔法使いのローブを来たアリスティアがもう一つの雪玉を乗せ、さらに石や棒を刺していく。そうして出来上がったのは、大きな雪だるまだ。
服を着替えたユクレステがその出来栄えに頷き、手を上げた。
「完成ー! 結構いい出来じゃないか?」
「まあまあですね」
パン、とアリスティアとハイタッチ。美しい物が好きだと言うアリスティアがこんな簡素なもので喜んでいるのは意外だったが、ユクレステとしても作っていて楽しかったので満足だ。
雪だるまを眺めながら、アリスティアはポツリと声をあげた。
「雪だるま……これだけは私も好きなんです。子供っぽいとは思うのですが」
「へえ。なにか思い入れでもあるのか?」
ユクレステの疑問に、少し言い淀むアリスティア。仕方ないとばかりに話し始めた。
「思い入れと言うか……雪だるまは、私の元になりそうだったんですよね」
「元に?」
「いえ、あくまでなりそうだった、と言うだけでギリギリ思い止まってくれたのですが……聖霊使いが芸術性がまったくのゼロの人で、氷の主精霊を作る際に元にする像を作る時に出したのが雪だるまだったんです。流石にそれはないだろうと仲間が言ってくれたおかげで聖霊様が選んだ氷像になったのですが……あの時止められていなかったら間違いなく私の外観は雪だるまになっていましたね。聖霊様もあれで結構ふざけた方でしたから」
「あー、それはまた……。もしかしてアリスが美しい物が好きなのって……」
「……真に遺憾ですが、その時の記憶が残っているのが原因なのでしょうね。まあ、もっと強烈な氷像が現れるとは思いもしませんでしたが」
遠い目をするアリスティアにはマイア・トーキー作の氷像が見えているのだろう。あの悪魔像もかくやと言う代物に比べれば、雪だるまのなんと可愛らしいことか。
慰めるようにポンポンと頭をなでる。
「まあ、あれだ。それならもっと作ろう。雪だるまも一つだけじゃあ寂しいだろうしな」
「……そうですね。それがいいです」
笑って言うユクレステに、アリスティアも笑って応える。
そうして雪が溶けるまでの時間、ユクレステとアリスティアはたくさんの雪だるまを作り続けた。びしょ濡れになってしまったけれど、アリスティアの心は驚くほど満ち足りていたのだった。
次回からようやく二部に入りますよー。