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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
10/132

二人の魔物使い

 ゼリアリスの街からユクレステたちの目指すコルオネイラの街までは、順調に行って二日三日の距離にある。観光という名で行く旅人も多く、荷馬車を走らせるために地面は平らにならされており、歩く身にも優しい作りになっている。

 コルオネイラまでに小さな村が二か所に設置されており、きちんと宿も整備されていた。

 そんなこんなで彼らの旅は順調であった。小さな体に巨大な大剣を背負ったミュウも、あまり疲れた様子はない。むしろ、あちこちの景色を見て興味津津に見ていたり、ユクレステがたまに話す豆知識を興味深そうに聞いて楽しそうにしていた。森や植物についての知識はあるようだが、人の手によって作られたものとは無縁の生活をしていたため、そういった小さな知識を聞くのは楽しいようだ。

 そんな訳で、ゼリアリスを出て二日。既に辺りは暗くなり始めていた。少しゆっくりとしたペースだったために着くのは明日になることだろう。



 宿場までたどり着くことが出来なかったので、今日は野宿をすることになった。ユクレステは道を外れ、少し広い場所に焚火の準備をしていった。あまり得意ではない火の魔法でたき火を起こし、簡単な食事を作る。それを食べ終え、ようやくホッと一息入れて寝転んだ。

「あー、たまにはこういうのもいいなー。あ、ミュウは野宿って平気か?」

「あ、はい。森でもよく、外で寝ることがあったので」

「そういえばミーナ族って森に住む種族だもんな、本当は」

 普段見ているのが街の中でお手伝いをしているだけに、本来の生態を忘れてしまいがちだ。まあ、それを言ったらそれ以上に変な奴もここにいるのだけど。

「ん? 今こっち見た?」

「いいえ、見ていません。気のせいだと思われます」

「なーんでそんな片言かなぁ?」

 草原の上で寛ぐ人魚(水生動物)。水気はどこにも無いはずなのに、しっとりと湿ったマリンの下半身。そんな彼女は現在、火で焙ったマシュマロを美味しそうに頬張っていた。

「ってか、大丈夫なのか?」

「あふふっ……ん。なにが?」

「人魚は陸上で生活するような身体じゃないんだろ? 水無しでいいのかって話」

「あー、問題ないんじゃない? いよいよヤバくなったらさっさと宝石に戻るから。という訳でミュウちゃーん、いつでも戻れるように側にいてね」

 ニッコリと笑顔をミュウに向け、木の枝に差してあるマシュマロを一つ彼女に手渡した。

「あ、ありがとうございます」

 少し離れた位置にいたミュウはマリンの側に行きそれを受け取った。

 美味しそうに食べている姿は実に愛らしく、小動物チックな可愛さが感じられる。

「……ま、いっか」

 あの人魚姫のことはもうどうでもいいや、と放置して、ユクレステはさっさと寝転ぶことにした。これはミュウの前では言えないのだが、実は、若干疲れているのだ。流石にもう一歩も歩けないー、などと言うことはないのだが、それでも足が痺れるくらいには疲労している。

 それでも決して口に出さない理由は、

「ミュウちゃん今日も結構歩いたけど、疲れてない? 疲れてるんならホットミルクでも作ったげるよ?」

「え、と……疲れては、ないです。でもホッとミルクは欲しい……です」

「あはは、オーケーオーケー! 私も飲みたかったし一緒に作るね。マスター、ミルクってどこだっけ?」

「……」

 自分よりも年下で、なお且つ自分よりも重たい荷物を背負った少女に負けたくないだけだ。いわゆる、男の子の意地と呼ばれるものである。

 マリンに言えば、そんなものあったのかと茶化されること請合いだろうが。

「ん、サンキュー」

 ユクレステは寝転がったまま袋を一つ手に取り、放るようにしてマリンへと渡した。危なげなく受け取った彼女は、袋に入ったビンを取り出して中身の液体を鍋に注いでいく。

 しばらくして湯気が立ったカップを一つミュウへと手渡した。ミュウは零さないようにゆっくりとユクレステに近寄り、ソッと差し出す。

「お、ありがとさん」

「マスター、それ作ったの私ー」

「はいはい、マリンもありがとうな。いやー、マリンさんの淹れたホットミルクは最高やなー」

「なに? その口調。似合ってないよー」

 体を起こしてカップを受け取る。軽口を言い合いながら、再度ミュウに感謝の言葉を送っておく。口パクだったので届いたかは分からないが、少し嬉しそうだったので大丈夫だろう。

「はー、冷たいミルクもいいけど、こうして温めて砂糖を入れたミルクもまた最高だよねー」

 マリンの言葉に同調するようにミュウもコクコクと頷いている。

 息を吹きかけ少し冷まし、啜るように一口。甘い香りと、味が舌から鼻へと抜けて行く。少し甘過ぎるような気もするが、女性陣を見るに美味しそうに飲んでいるため、間違って砂糖を入れ過ぎたと言う訳ではないのだろう。観念して一息に飲み干した。

「さて、明日にはようやくコルオネイラか。この時期だとなにかあったっけ?」

「剣術大会は春季で魔法大会は冬季だったから、大きいのは多分なかったと思うよ? あるとしたら、細々とした大会が主かな?」

 カップを地面に置きながらの言葉に、マリンが律儀に返してくれる。

 当の彼女はと言うと、現在ミルクのビンを袋に入れ直しているところだった。この袋、実はユクレステの魔法で袋の中を冷気で満たしているため、保存するのに特別便利な代物だったりする。

「一週間前コルオネイラに寄った時は……なにやってたっけ?」

「確かアメ食いバトルロワイヤル、とかだったっかな? 大きな器に小麦粉を入れて、その中にアメを隠して探し出す奴。全身真っ白になってて笑えたよ」

「あー、それそれ。手を使わずに取らないといけないんだよな? 出場者が全員犬みたいな格好してたのは爆笑ものだった」

 まあつまり、その程度のことしかしないのだ。巨大なコロッセオなどがあるにはあるが、大きな大会以外有用な使われ方をしないのである。近所の子供たちのお遊戯会の舞台に使われていたりしたが、有用な使い方などそれくらいなものだろう。一週間に一度、そう言った下らない演目で使われるコロッセオも、闘技の街コルオネイラならではの観光スポットなのだ。

「今回はあれじゃない? 棒倒しとか、玉転がしとか」

「老人会の紙芝居教室とかでもいいかな。あれは割と楽しめたし」

 やたら酷い言われようである。頑張れコロッセオ、せめてその名の通りバトルロワイヤルでも繰り広げられれば面白いのかもしれない。

「……クスクス」

 二人の遠慮のない言葉に、ミュウは静かに笑っていた。



 ユクレステたち一行が就寝し、まだ朝日も出ていない明け方。サワサワと気が揺れる音が聞こえる。

 それを遮るように、突如轟音が響いた。

「な、なんだなんだ!?」

 地面に転がっていた荷物がカタカタと震えている。突然の出来事に夢の世界から引き戻され、ユクレステは飛び起きた。

「ご、ご主人さま……!」

 震える声の方向へと視線を向けると、そこにはミュウが不安気にこちらを見上げていた。彼女も先ほどの轟音に目を覚ましたのだろう。

「大丈夫、ちょっと見てくるからそこのねぼすけ姫を見といてくれ」

「は、はい……!」

 ピッと人差し指を未だ眠り続けているマリンへと向け、小さい杖を拾い上げて音のした方向へと駆け出した。

 その途中で彼の愛杖、リューナの杖を忘れていることに気がついたが、それも後の祭りだろう。


「うっわ、なんだこれ!?」

 音のした場所、街道のど真ん中に大きなクレーターが出現していた。半径五メートルはあろうかという大穴が、平らな道に忽然と出来上がっていたのだ。

 覗き込むように穴の中心を見てみると、茶色い肌のなにかがそこにいた。いや、あったと言うべきだろうか。

堅牢蜥蜴けんろうとかげ?」

 三メートルはあろうかという巨大な爬虫類の死骸。それが、そこにあったモノの正体だった。どす黒い蜥蜴の血が地肌に染み込み、体はなにか凄まじい重量にでも押しつぶされたかのようにぺしゃんこだ。

 なにが起きたのかは分からないが、人間技じゃないのは確かだろう。魔法を使えば可能かもしれないが、魔力の残滓は見当たらない。魔法とは違うなにか、別の力が振るわれたのだろう。

 例えば、そう。

「何者だ、貴様は」

『グルル――』

 人ならざるものである――――魔物、とか。

 いつの間に背後を取られたのか、振り返るとそこには一人の男が立っていた。年齢はまだ若く、ユクレステとそう変わらないくらいだろうか。手には鞘に入った東域国で使われることの多い武器、刀が握られている。

 そして最も注目すべきは、彼の足元。

「あ……」

 忠犬のように付き従う、白い毛皮を持つ三匹の魔物の姿。

風狼かざおおかみだ! こんなとこに風狼かざおおかみがいる!?」

「……は?」

 驚きに声を出す少年をよそに、ユクレステは魔物に詰め寄ってその毛皮をもふもふと撫で始めた。

「うっわ、凄いふかふか! やっぱわんわんはこうじゃないとな! へえ、いい毛づやしてるなー、かわいーなー、強そうだなー!」

「わ、わふっ!」

 撫で繰り回すユクレステから逃げようとして一匹の風狼が後ろから捕まえられる。魔物の背中に顔を押し付けてグリグリと頬ずりしていた。仲間の二匹に助けてくれとアイコンタクトを飛ばす風狼だが、生憎と残る二匹はこちらが捕まっては堪らない、と距離を取っている。

「やーらかいなーかわいーなー! 俺犬って大好きなんだよなー! 熱帯魚より犬派だしー!」

「いい加減にしろこの変質者!」

「キャイン!?」

 刀の鞘で頭を思いっきり叩かれ、悲鳴を上げて風狼の背中から叩き落された。これ幸いと逃げ出す狼、残り二匹を恨みがましく睨みつけ、その二匹は明後日の方向を向いて知らん顔をしている。

 痛い痛いと頭を押さえるユクレステもようやく落ち着いたのか、再度少年たちへと振り返る。

 キツク吊り上った瞳がユクレステを捉えながら、白い髪の少年が油断なく立っていた。その後ろには三匹の風狼が行儀よくお座りの姿勢でこちらを睨んでいた。

 しかし、と疑問する。風狼はこのセントルイナ大陸でも限られた地域にしか住んでいない、言ってしまえばレアな魔物である。迷いの森よりも危険度の高いそこは、天上への草原と呼ばれる場所だ。一度入れば永遠にさ迷うと言われ、現地の人間でさえ滅多に近づかない。そんな場所にしか生息しない風狼を従えた、この少年は一体なにものなのだろう。

 疑問の尽きないことを延々と考えるのもバカらしくなり、ユクレステはニッと笑った。

「初めまして、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンだ。よろしくな」

「……ウォルフだ。貴様、何者だ?」

 先ほどと同じ言葉を発し、黙り込む。ユクレステからすればそれはこちらのセリフなのだが、なにやら怒っているので素直に答えることにした。

「ただの旅人だよ。向こうの広場で野宿してたら凄い音がしたんで見に来たんだ。安眠妨害で訴えるぞ?」

「ふん、人の魔物に手を出した貴様がなにを言う。窃盗の容疑で訴えてもいいんだぞ?」

 なるほど、それは確かに。訴えられても嫌なので、話を切り替えることにした。

「そんなことよりこれやったのおまえだろ? なんでこんなことしたんだ?」

「襲われたからに決まっているだろう。自衛のために魔物を殺した、それだけだ」

「いやそういうことじゃなくてだな……」

 ため息を一つ吐き出し、ユクレステは魔物の死骸を再度見た。あの魔物は堅牢蜥蜴、それに間違いはないだろう。だが、それは可笑しいのだ。

「なんでこんなとこに堅牢蜥蜴がいるんだよ。こんな森林地帯にこいつがいること自体可笑しいだろ」

 そう、本来堅牢蜥蜴は緑のない岩山に住んでいるのが普通だ。それなのにここまで出てくるなど考えられない。

 ユクレステのその疑問は、ウォルフによってすぐに答えられた。

「中途半端に契約した奴がいたんだろうな。自分で契約を外し、契約主を殺してここまで逃げてきた」

 手に持っていたなにかを放り投げ、地面に落ちる。金属で出来た首輪だ。所々欠けているが、契約の呪文が描かれている。

「それをおまえが殺したのか」

「ああ。余程腹が立っていたのだろうな。見かけた瞬間飛び掛かって来たぞ」

 ウォルフの言葉に知らずのうちに頭を押さえていた。恐らくこの堅牢蜥蜴と契約していた人物は、この子を無理やり仲間にしたのだろう。それも、契約しているからと言って相当ヒドイ扱いをしてきたと思われる。魔物にだって意思があり、感情だってあるのだ。主の扱いに我慢出来ず、中途半端に着けられた首輪を噛み壊して殺してしまったのだろう。

「なんでそんな無茶したんだか……」

「全くだ。力のない者が過ぎた力を求めるからこんなことになるんだ」

 然も当然とばかりに吐き捨てる。ユクレステも、特に否定はしない。魔物使いという存在を甘くみたのが原因なのだろう。だれでもなれる魔物使い。けれど、それは危険がないということではないのだ。自分よりも格上の相手を従えようとして失敗するのは、ままよくある話だ。

「それにしたって堅牢蜥蜴だなんて、少し考えれば分かるだろうに」

 堅牢蜥蜴は魔物で言えば中級以上の力を持っており、動きもそれほど俊敏でないため契約すること自体は簡単だ。普段ならば性格は温厚だし、そこそこの力を持った人間ならだれでも仲間にすることは出来るかもしれない。ただし、彼らは故郷を特に愛している種族だ。生まれた場所を離れるとストレスが溜り、凶暴な性格へと変貌する。それを知らずに契約し、結果、人死にが出るケースが稀に報告されていた。

 少し調べれば分かることなのに、なぜそれを怠ったのだろうか。

「理由なら簡単だろうな」

「えっ?」

 思考を遮ってウォルフが口を開いた。

「今度コルオネイラで開かれる大会が目当てなんだろうな」

「コルオネイラで? なんかあるのか?」

「知らないのか? 今度の末日に魔物限定の大会が開かれるらしい。王族の、なんて言ったかは忘れたけど偉そうな名前の奴が発案でな」

「もしかして、ロイヤード・アレイシャークティアラ・モーディナリディアナ・ルイーナ十二世閣下?」

「……お前、よくそんな長ったらしい名前を言えるな」

 感心したような呆れた様な顔でそう言った。

 以前大層お世話になったので、脊髄反射的に名前を唱えることが出来るようになりました、とは言えず。もちろん、悪い意味で。

 とにかく、ウォルフの言うロイヤード・アレイ……ロイヤードは現ルイーナ国国王、レイヤード八世陛下の実の弟であり、度々国を賑わす人物として有名なのだ。無論、悪い方に。

 ちなみにやたら長い名前と、十二世とか言うのは自分で勝手に言っているだけであって特に意味はない。

「王族の人間が開く大会なだけあって賞品が国宝級だって話が広まってな、その結果、ああいったバカが身の程を弁えずに魔物を連れているんだよ」

 心から嫌そうに言い捨てる。ユクレステとしても、彼の気持ちが分からないでもないので言葉は挟まない。

「貴様も魔物使いなんだろう? コルオネイラに向かっているのだし、出るのか?」

「んー、それはない、かなぁ。あのジジイ……いや、閣下が発案ってだけで嫌な予感しかしないし。それより、俺が魔物使いだってよく分かったな」

「魔物に対して少しの怯えもない貴様を見れば分かる。あの蜥蜴のことも気にかけていたようだしな」

 今ここにミュウとマリンはいない。それでも魔物使いと言い当てた彼の観察眼はかなりのものと見ていいだろう。まあ、どんな魔物を仲間にしているかは当然のことながら分からないようだが。

「ま、出ようにもまだ未熟な子が一人と陸じゃあダメダメな人魚が一人だから流石に出られるような状態じゃないのが本音だよ」

 マリンはともかくとして、ミュウはまだ戦いのイロハも教えていない。道中、少しだけ剣術や魔法のことについて話をしたくらいで、実際に体を動かして教えたことはないのだ。怪力と才能だけでそこそこ戦えそうではあるが、目の前の風狼と対峙するにはまだ早いだろう。

「へぇ、人魚を仲間にしているのか。珍しいな」

「そうか?」

「それはそうだろ。人魚なんて滅多にお目にかかれない上、水の中では最強とも言われるほどだ。実力で仲間に出来る人間なんて数えるくらいしかいないだろうさ」

 それはそうだろう。ユクレステとて、水中でマリンに勝てるとはとてもではないが思えない。大体、ユクレステがマリンを仲間にしたのだって、ミュウやディーラの時のように力比べをした訳ではないのだ。二人の合意の上での契約だった。

 だがそれを知らないウォルフは面白そうに目を輝かせ、なおも聞いてくる。

「俺は見ての通り剣士をしている。お前はなんだ? 見たところ魔法使いのようだが……どこか剣士としての佇まいにも見える。どちらにしろ、そこそこ出来るようだな」

 これまた正解である。この男、本当によく見ている。

 それと同時に、この目。どこかで見たことのある輝きだ。そう、つい最近見た、若干寒気のするような……。

(あ、あかん……こいつきっとアレだ、ディーラと同じで、戦うことが好き過ぎる奴の目だ! 強くなることに全力を尽くすタイプのアレだ!)

 悪魔族のディーラが力を求めるのは分かる。しかし、この少年はどこからどう見ても人間だ。絹のような白い髪が僅かに気にかかるが、紛う事なき人間である。今にも一戦交え(やら)ないか、と言って来そうな雰囲気の中、この場に控えめな少女の声が響き渡った。

「ご、ご主人さま……大丈夫、ですか?」

 ふわふわの黒いロングヘアーに若干の寝癖を付けて、彼の旅の仲間、ミーナ族のミュウが駆けつけた。

「あ、ああ、うん。多分、平気だ」

 今のところは、と心の中で注釈。

 丁度いい所にミュウが来てくれた。少し心苦しいがこの子をダシになんとかこの場を離脱しよう。

「あー、悪いけど連れが待ってるんでこの場は」

「お前……ミュウか?」

「解散って――えっ?」

 呟かれた言葉に驚愕する。なにかの聞き間違いだろうかとウォルフの視線を追うが、彼の顔の先には怯えた表情のミュウがいた。

「あ……ウォルフ、さま?」

 ミュウもまさかと声を絞り出す。どうやら彼らは、お互いを知っているのだろう。いや、知っているというだけではない。恐らく、彼らは……

「ハッ、なんだ。お前の仲間ってミュウのことか」

「そ、そうだぞ! ミュウは俺の大事な仲間だ。それがどうした」

「別にどうしたって訳じゃあないが、そうか。俺に捨てられて今度はこいつに拾われたのか」

「あ、うぅ……」

 かつての、主従なのだろう。

「……訂正だ、やっぱりお前、大したことなさそうだ」

「はっ?」

 興味が失せたかのように、ウォルフは視線を切った。

「その程度の魔物を連れているようじゃ高が知れる。魔物使いの力量は連れている魔物の質によるからな」

 つまらなそうに吐き捨てる。それは、先ほど堅牢蜥蜴の契約者に向けていたのと同じ感情だった。

「あ、あのなぁ! いきなりなに言ってんだよ!」

 温厚なユクレステ君も、流石にこの態度にはカチンと来るものがある。一歩を踏み出し、彼の肩をつかもうとする。しかし、

「グッ――!」

「ご主人さま!」

 それを遮るように、三匹の魔物が主を守るために立ち塞がった。風狼の一匹がユクレステを押し倒し、その鋭い牙で威嚇している。なんとかしようと杖を握りしめるが、その途端風狼が目をうるうると潤ませた。

「こ、このもふもふわんわんめ! お、俺が手を出せないって分かって……チクショウ!」

 可愛い可愛いと頭を撫でる。ダメだ、どうしても手を出せない。犬派のさがが邪魔をして魔法を放つことが出来ないのだ。

 それに近寄ってシッシッ、と手を払う動作のミュウだが、普通の犬でもない風狼がそんなことで退くはずもない。

「ヒュウ、もういい。退いてやれ」

 ウォルフの言葉に素直に従い、一鳴きしてユクレステの腹から退いた。ミュウに支えられて立ち上がり、風狼……ではなく、契約主であるウォルフを睨みつける。

「ひ、卑怯だぞ! もふわんを人質にするなんて!」

「勝手に変な名前を付けるな! 大体こいつらは元々おれの仲間だろうが!」

 怒鳴り返され、しょんぼりと頭を垂れる。代わりにミュウが精いっぱい睨んでいた。涙目で。

「ふん、よかったな、ミュウ。お前みたいな弱い奴を拾ってくれる人間がいて」

「ぅ……ぁぅ」

 逆に睨みつけられ、思わず俯いてしまう。それでもウォルフの言葉は止まらない。

「魔物を見れば契約者の実力が分かる、全くだ。お前のような魔物の主は、お前のように雑魚なんだからな」

 その通りだとミュウは頷いた。自分は弱いのだ。弱いから捨てられて、いらないから捨てられた。だから、彼の言っていることは正しいのだろう。そう、自分のことは。

「……ぃ……ぅ」

「うん?」

 自分は弱い。それは正しい。けれど、違うことだってあった。

「ちが……す」

 こんな自分を救ってくれた人がいた。弱かった私を必要だと言ってくれた人がいた。その人は自分よりもずっと強い人にでも立ち向かえる強さを持っていた。

 だから、その一言だけは許せなかった。

「違い、ます! ご主人さまは、弱くなんか、ないです!」

 声を振り絞り、必死に発した声。それはユクレステも聞いたことのない、彼女の心からの叫び。

「ご主人、さまは、強いです! わたしを、必要だって、言ってくれました、一緒に居ていいって、言ってくれました! 怖い人にだって、勇敢に立ち向かって、いました! だから、だからご主人様は……!」

 ツンと鼻が痛かった。涙がこみ上げ、なぜ泣いているのか分からない。それでも、これだけは言っておかなければならない。

「ご主人さまは、あなたよりもずっと強い、です!」

 吐息が聞こえた。涙で顔がぐしゃぐしゃになったミュウのすぐ近くで、笑みと共に空気の揺れる音がした。

 同時に、詠唱。

「重圧なる風雲よ、眼前にそびえる高きものを暴力の嵐によって吹き飛ばせ『ストーム・カノン』」

 耳鳴りのするような空気の砲撃が放たれる。突き出した杖の先から、破壊の風が吹き荒れた。

 それはウォルフに向けられ、三匹の風狼が即座に反応して彼の前に立つ。

「ォ――――!」

 そして雄叫びが風を呼び、吹き荒れ、ユクレステの放った風の砲撃を掻き消した。

 僅かな静寂が訪れる。

「……なんのつもりだ?」

「先に喧嘩吹っかけて来たのはそっちだろ?」

 睨みだけで人を殺せそうな視線を軽く受け流し、ミュウの頭に手を置きながらニヤリと笑う。

「人を弱いだなんだって勝手に言いやがって。あまつさえミュウが弱い? 普段温厚な俺でもキレることはあるんだぜ? 」

「事実だろうが。そいつは最弱のミーナ族。異常種イレギュラーとは言え、力がないのに変わりはない」

 風狼がウー、と声を低くして唸っている。それでも怖気づくことなく、ユクレステは言い放つ。

「ハッ、そんなに言うんなら証明してやろうか?」

「なに?」

 その言葉に反応した。

 勿体ぶったような動作で、イラつかせるように笑いながら再度言う。

「だから、証明してやるって言ってんだよ。のミュウが、本当はどれだけ強いかってな」

 えっ、と思ったのはだれより先にミュウだった。ハンカチで顔を拭いている途中で、思わずユクレステへと視線を向ける。

「コルオネイラで今度闘技大会があるんだろ? 魔物だけの。俺……って言うか、ミュウをその大会に出場させて、おまえのそのもふわん共を倒す。そうすれば、ミュウが弱いなんて言えないだろ?」

「お前……本気か?」

 唖然としたウォルフの言葉になぜかミュウが頷いている。それも必死に。まるで、考え直せ、と言っているようだ。だがそんな彼女の願いも空しく、ユクレステは鷹揚に頷いた。

「当たり前だろう? あれだけバカにしてたんだ、まさか拒否なんかしないよなぁ?」

 ニヤニヤとムカつく笑みを浮かべながら言う。

 お願いだから拒否して下さいとはミュウの心の声。ふんバカバカしい、これ以上お前たちと遊んでいられるか、俺は先に進むぞ、とか言って。

 もちろん、ウォルフはそんな死亡フラグを立てるようなことはしない。

「いいだろう。下らないと思っていた闘技大会だが、そこまで言うなら出場してやろう。そして、お前らの力とやらを試してやる」

 ユクレステを睨みつけ、背を向ける。

「大会まで後一週間だ。精々足掻いておくんだな」

 そう言って三匹の風狼を連れて去っていく。彼らの見えなくなり、この場には二人の人物しかいない。

 そんな片方、ユクレステは晴れ晴れとした笑顔でのたまった。

「よし、がんばるぞミュウ! あのもふわんたちを倒して、あのキザ野郎の鼻を明かしてやろうぜ!」

「ぁぅ……ぁぅ……」

 もはやなにも言えなかった。かつての主に対して思わず言ってしまったせいで、まさかこんな事態に陥るなんて、人生経験の浅いミュウでは想像すらしていなかった。

 まあ、そもそも悪いのは挑発しまくったユクレステなのかもしれないが、残念ながら今の彼女にそんなことを考える余裕などあるはずもない。ただただ、声にならない叫びがミュウの頭の中をグルグルと駆け回っているのだった。

なんだか書けてしまったので投稿。い、一体どうしたんだ、自分……!

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