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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
1/132

水の神殿

 


 人間は嫌いだ。珍しいと見世物のようにして、使えないと分かればすぐに捨てる。

 他人は嫌いだ。他と違うからといって、すぐに排除してかかる。

 だから、だからわたしは――



 ゴポ、と自分の口から泡が吐き出される。吐き出された気泡は上へ上へと昇っていき、弾けて消える。とてつもなく大きな部屋に、水がいっぱいに溢れていた。水中に沈んだ青い神殿の中で、ユラユラと揺れる一つの影。

 柔らかな肢体を投げ出すように伸ばし、上を見た。空は見えず、永遠に続くような青い壁だけが見える。

 ここには一人なのだ。時折、ガタンと音がするが、それはこの場所が他者を拒絶している音。耳慣れた、喧しい音。

 目を閉じればやはりそこには一人の呼吸しか聞こえない。水中のど真ん中にいるのだが、どうした訳か呼吸を繰り返す。まるで夢の中にいるような感覚で、静かに目を閉じた。

「――――」

 なにか、聞こえた。本来ここにはだれも入ることが出来ないはずだ。魔法でもさらに特殊な体系『神殿』は、作り上げた者しか受け入れないはず。もしそれ以外が近づけば。神殿は外敵者を排除するための機能が発動するはずだ。だとすれば、この喧しい音はそれが作動しているからなのだろう。鋭く尖った丸太や、岩、その他様々な罠が牙を向き、中心地であるここにたどり着くのは至難の技だ。

 片目を開ける。数百メートルに渡ってなにもない、水に満たされた空間でコポ、と息を吐いた。

「……ぃ」

 声が水を伝導する。それを聞くものがいないため、なにを言っているのかは分からないが。

「ぅ……ぃ」

 ドン、と音が大きくなっていく。その音はすぐそこまで。

「うる、さぃ……」

 振動が微かに震わせた。水が揺れ、影が揺れ、神殿そのものが小さく揺れた。

「うるさい、よぅ!」

 揺れる。大きく大きく、この世界を壊そうと異物が神殿を揺らす。今まで喧しかった音は消え、さらに耳障りな音が身体全体を駆け巡った。

「開、通――!」

 頭上の壁が瓦解し、瓦礫と共になにかが降ってくる。自分の世界に、土足で、無遠慮に。黒い髪が自分を見ているようで腹が立ち、輝く笑顔が眩し過ぎて我慢ならない。

 総じて、ムカつく。

「だれ? なに? なんでいるの?」

 新たに現れた人影は二つ。黒い髪が水の中でゆらゆらと揺れ、その眼差しはこちらを射抜く。彼等は互いに手を取り合い、仲睦まじそうに寄り添ってそこにいる。

「おまえがこの神殿の主だな?」

 恐らく人間がそういった。傍らにいた下半身が魚の少女に一度目配せし、ニヤリと楽しそうに笑いながら。

 訳が分からない。なぜそんな顔をするのか。だから、言ってやった。

「出てけ、ここは、他人が入っていい場所じゃないんだ!!」

 声は波紋となり、波紋は槍となって水を動かす。水中が渦巻き、飛び出すように射出した槍は一目散に恐らく人間へと向かっていく。

「おっと、させないよん」

 人間を守るように前へと出た人魚が手を翳し、それだけで槍は方向を見失った。その結果を見もせずに、人間は高らかに言い放つ。

「オレはユクレステ・フォム・ダーゲシュテン! 魔物使いで、いずれ聖霊使いになる男だ!」

 自身たっぷりに言い放つ様に、ちょっと驚いた。

「神殿すら作るおまえに頼みがあって来たんだ!」

 そういえばなぜ人間が水中で喋れるのか、と益体もないことを考える。2秒で放棄した。

 人間は胸を張りながら、最後の言葉と共に動いた。

「……っ!」

「――是非とも仲間になって下さい! お願いします!!」

 水中での土下座に、時間が止まったような感じだったそうな。



 ******



 居た堪れない空気に、若干泣きそうになっていた。そもそもあれだ。人の領域にズカズカと、それも神殿破壊しながらやって来た奴が突然土下座なんてしだしたら相手はなんて思うだろうか。冷たい汗が水に溶けるのを感じながら、侵入者、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンは考えた。結果として嫌な感じに思考が纏まりつつあったのですぐ隣の少女へと助け舟を要請してみる。

「…………」

「ん? あー、ちょっと引くかな?」

「グハッ!?」

 にぱっ、といい笑顔でそう言われ、危うく魔法の制御を失いかけた。今彼が使用しているのは水中での呼吸、並びに水中行動を補佐する魔法だ。人間である彼がこうして水中で会話出来ているのは、この魔法のおかげである。それが解かれればどうなるのか、想像に難くないだろう。早い話、溺死体が一人前出来上がるのだ。

「ど、どうする? ここは一旦出直した方がいいかな?」

「えー、ここまで来て? ダメだよマスター。優柔不断は嫌われるんだから」

「そ、そうは言っても……じゃあマリンだったらどう思う? 向こうの立場から見て」

「んー、取りあえず……あんな感じになるかも?」

「あんな感じ?」

 ピ、と指差す先にはこの神殿の主である少女がムスッとした顔でユクレステを睨んでいる。ゆらゆらと揺れる長い黒髪が不機嫌さを表しているようだ。

「わ、わー。なんかとってもお怒り中?」

「まーそうだよね。いきなり現れたら警戒くらいするよ。それもお家をあんなに壊しちゃったら」

 砕けた天井を仰ぎ見ながら。やれやれと首を横に振る。

「あれやったのマリンだろ! めんどくさがってぶっ放したの!?」

「だってしょうがないじゃん。道が分からなくなっちゃったんだから」

 言い争う二人を睨みながら、少女は苛立ちを抑えられずにいた。五月蝿い、喧しい、人の領域で喚くな。言葉にこそしていないが、雰囲気がそう告げている。

「……もういい」

 だから切った。話の流れとか、彼らの言い争いなどを全て切り捨て、関係を切る。後は全部いなくなれば、それでいいのだから。

「いなく――――なれっ!」

 衝撃。突き出した腕が水の壁を叩き、波紋を呼ぶ。水を伝わる純粋な衝撃がユクレステとマリンを襲う。

「来たぞ、マリン!」

 ユクレステの指示に素早く反応して回避行動を取るマリン。人魚という水中がホームグラウンドの彼女にとって、伝わる衝撃を避けることなど造作もないことなのだろう。

「ああっ――邪魔!」

 一発では当たらないと判断したのか、連続で腕を突き出した神殿の主。幾度も繰り出される衝撃波だが、それも容易く避けられる。

 ユクレステの手を引いて泳ぎ回る人魚は一度くるりと少女に向き直り、にこりと笑みを見せた。

「へへ、そんなんじゃ捕まえられないよ? 人魚族最速は伊達じゃない! ってね?」

 確かにその素早い動きに対応出来ていない。手を引かれ顔を青くしている人間はいるが、人魚の方は少しの焦りもない。余裕で水中を舞っている。

 人魚が踊る。元々水中が得意分野なため、その動きは滑らかで一切の無駄がない。羨ましく思い、それが嫉妬なのだと理解してさらに歯がみした。

「――嫌い!」

 そうだ、嫌いなのだ。自分を捨てる者を、受け入れてくれない者を。この世界のどこにも居場所がないのだ。だから、作った。自分一人でいられる、この場所を。

「嫌い――っ!!」

 それなのに、こんなところで壊されて堪るか――。



 怒りに震える少女の声が聞こえたかのように、マリンはチラと横目を向けた。連続して繰り出される衝撃波を交わしながら、感心したように吐息する。

「どうだ?」

 手の方から自分の主が声をかけてくる。今はまだ余裕があるのでそちらへ顔を向け、小首を傾げて問い返した。

「なにが?」

 聞き返しはしたが、彼の言いたいことは大体予想がつく。散々振り回したせいか顔が真っ青になったご主人様マスターは、息も絶え絶えに言った。

「あの子の実力」

 一言発するだけでもキツイのか、開いた右手で口元を押さえている。マリンはそれに笑いながら答えた。

「すごいね」

 ただの一言。しかしそれだけで十分なように、力の込められた一言だ。

「この神殿を作り上げたのももちろん凄いけど、本当に凄いのはあの子の学習能力や成長速度だね」

 マリンは人魚という種族だけあって水中戦は大得意だ。特に水中での移動速度では絶対の自信を誇っている。水中に住む魔物の中で最速と呼ばれる人魚。その中でも最速だという自負もあった。それなのに、あの少女はそんな自分の動きについて来ている。いや、正確には『ついて来られるようになっている』のだ。始めは全然ついてこれていなかった。こちらを見失い、あらぬ方向に攻撃をしていたのだが、今ではしっかりとこちらに狙いを定めている。

「この短時間で学んで成長してるんだろうね。すごいよ、あれが噂の――」

「マリン」

 異常種イレギュラー。そう口にするより早くユクレステが遮った。彼の意図を読み取り、少し済まなそうに表情を歪め、すぐに元に戻す。

「まーとにかく、マスター的にはどうなの? 強さ的には一級品だよ、あの子」

 衝撃を避けながらなんでもないように尋ねる。ユクレステは難しそうに顔をしかめた。

「……神殿ってさ、どんな時に作られるもんなんだっけ?」

「神殿? そりゃ、他人を信じられなくなって、だれにも心を許さなくなった時だよ。マスターだって知ってるでしょ?」

 もちろん、当たり前だ。魔物使いとして、それくらいは既に学習している。けれど、実際に見たのはこれが初めてなのだ。

 神殿は心が生み出した自分が一番安心出来る場所。神殿に張り巡らされたトラップや、強固な城壁などは他者に関わりたくないという心が生み出したものだ。つまり彼女はそれだけ、傷付けられてきたのだろう。

「……うん、やっぱり決めた」

「おっ、決まった? あの子を、どうするか」

 神殿を作り出すような強力な力を持った魔物。それの辿る道は二つ。その危険性により退治されるか、神殿の中で自らを消し去るかのどちらかだ。今の彼女ならば、後者になる可能性が高い。それは危険視されないという訳ではなく、この場所に理由がある。この湖は迷いの森という場所にあるのだが、元々この地に侵入して来るものなどそうはいない。一度入れば帰って来れないと噂される場所に、一体だれが好き好んで侵入するだろうか。つまるところ、危険性が極端に少ないのだ。町の近くに出来た訳でもなく、街道に現れた訳でもなし。わざわざ退治するリスクを背負う必要がないのだ。

 けれど、そこに人が来た。後は静かに消え去るだけの彼女の前に、魔物使いを名乗る人間が。

「俺はあいつを仲間にする、絶対にな」

 なぜ、と問えば。

「決まってるだろ、俺があいつを気に入ったんだ。異常種イレギュラーだとか、強いからとか、そんなもん仲間にしたい理由にはならない」

 神殿で消えた魔物はどうなるのか。それを詳しく知るものはいないが、一般的に朽ちた肉体は精霊になると聞く。己が最も得意とする属性で神殿を作り上げ、属性を最高まで高めて精霊となる。

 それを聞いて、思ったのだ。そんな精霊がいるのなら、それはなんて悲しい出生なのだろうか。そんな風にして生まれた精霊では、人と交わることが出来ないじゃないか、と。

 なぜなら彼は――

「俺は、聖霊使いになるんだからな!」

 聖霊使い。

 魔物を従え、魔物使い。

 精霊を従え、精霊使い。

 そして、神を従え、聖霊使い。

 数百年前、実在したと言われる伝説の存在だ。それになると言うのだ。伝説上の存在になると、彼は豪語する。

 そんな存在を目指す自分が、精霊になりかけの魔物を仲間に出来なくてどうするのか、救えなくてどうするのかと。

「……ふふ」

 自信満々なマスターを見ていると自然に笑みが零れるから困る。

「分かったよ、マイマスター……。なら、ボクに命令して! そのためにまずすべきことを!」

 魔物は自分よりも強い存在に一目を置く。逆に言えば、自分に負かされる程度では話をすることすら叶わないのだ。

「俺のために勝て! マリン!」

 力強い言葉に、不思議と実力以上の魔力が沸き上がる。マリンは掴んでいたユクレステの腕をグイと引っ張った。

「りょーう、かーい!!」

「って、うえぇええ!?」

 力の限り振り回し、そしてスポーンと放り投げた。凄い勢いで飛んでくユクレステに、神殿の主も唖然としてしまう。

 ちゃんと飛んで行ったのを見届け、マリンは大きくグルグルと腕を回した。

「行くよ、神殿の主! 不生の人魚姫、マリンちゃんが相手をしてあげる!」

 ニィ、とその美しい顔を狂暴に歪め、最速と呼ばれるに足る速さで突貫した。


  ******


 マリンは自身の髪を掻き上げながら眼前を凝視する。水中という異様なフィールドで、黒髪を揺らめかせた異常種。

「っ!」

「おっとっと」

 僅かに状態を逸らせ、目の前を水の槍が通過する。そのままバク転のようにくるりと一回転し、笑みを見せる。それを憎悪の込められた目で睨む神殿の主。

(あの子、ミーナ族のはずなんだけどね。まったく、水中で負けたとあっちゃあ人魚の名折れだよ)

 マリンは下半身を見て分かるように人魚族だ。それに対し、目の前の少女はミーナ族という種族。本来ミーナ族は戦闘にはまるで向いていない。

 ミーナ族。通称『家の妖精』とも呼ばれ、争い事を苦手とし、家事手伝いを生業としているような種族である。魔物であるため僅かばかりながら魔力を持ち、魔法を使うことも可能だが、それでも些細なものだ。彼女たちは本来金色の髪と尖った耳が特徴の種族で、皆一様にその姿のはずだ。しかし目の前の彼女は違う。尖った耳は変わらないが、髪の色は見事なまでに漆黒だ。

「こ、のぉ! 早く、いなくなってよぉ!」

 彼女の怒りの声に呼応して水がざわめき、いくつもの槍が姿を現した。その数は十を超え、キッと睨みつけるのと同時に射出される。

「うわ、また増えた……。で、も」

 クスリと笑みを零し、人差し指を唇へと軽く当てる。

「水っていうのはね、一度固定しただけじゃあダメなんだよ? 例えば相手が自分よりも高位の水使いの場合――」

 ふぅ、と息を吹きかけるように吐き出す。瞬間、マリンの眼前に迫った槍は元の液体に還り彼女の周りを漂った。

「こんな風に、すぐ崩されちゃうのさ」

「……る、さい……うるさい!」

 少女が水に絡まりながら、怒りの声を張り上げる。同時に今まで神殿の奥で鎮座していただけの体が動いた。

「入って来ないでよ! わたしの、わたしだけの世界に入って来ないでよぉ!」

 握られた拳を打ち付けるだけの行為。しかしそれでも圧縮された魔力によって強化された一撃は水中にも関わらずかなりの威力を誇っていた。

「おおう、ガツガツ来るねぇ!」

 マリンほどではないにしろ、彼女の動きは中々の速さだ。軽く笑いながら素早く距離を取り、片手を一気に前に出す。すると水が振動し、先ほどの神殿の主のように水流が衝撃となって放たれる。しかし威力は比べ物にならない。

「くぅ……!」

 押し潰されそうになるが魔力の障壁によって威力は軽減される。それを見て、へぇ、と微笑んだ。

 異常種イレギュラーと呼ばれる存在にはいくつかの共通点がある。

 一つは外見。元の種族からかけ離れた姿、容姿であることが多い。もう一つは純粋な力量。それは魔力であり、腕力であり、戦闘力でもある。

 それで言えば、目の前の少女が異常種イレギュラーであることは確かなのだろう。

「ほらほら! そんな泳ぎ方じゃあ私には追いつけないよ!」

 水の槍を避け、近づく少女を翻弄し魔力を流し着々と描いて行く。人魚である彼女が使える、水中でのみ使える本気の魔法。マリンが認めた者にしか放たれることない、陣を使用した特殊魔法。

「こ、の――!」

 目を凝らせば見えるだろう。人の言語では有り得ない形の文字が透明な水に浮き出ているのを。しかし彼女は気付かない。戦いというものを理解できず、そもそも戦闘経験というものが皆無に近い神殿の主では、気付くことが出来ないでいる。

「惜しいねぇ、キミ。実力も才能も天下一品。あとはそれをちゃんと使えるかってことと、それから……」

 なにかを思い出すようにクスリと微笑んで、その場から加速して離れる。突然の行動に動揺して一瞬足を止める。

 それが、彼女の敗北を確実のものにした。

「私たちを見てくれる、そして、受け入れてくれる人がいれば、キミはきっとどこまでも強くなれる。それは私が保障してあげる。だから――」

 人差し指を向ける。同時に光を放つ魔法陣。

 神殿の主の眼前、そして前後左右に張り巡らされた陣がクモの糸のように逃げ場を奪う。

「っ!?」

 それに気付き、脱出を試みようとするも、全ては遅かった。放ったのは一言。美しき人魚による、一声だけの歌声が静かな水中に響き渡った。

「今は負けて、ね? 海の檻塚」

「ぁ――――」

 瞬間、魔法陣の内部に凝縮された魔力が光を放った。



「やれやれ、こんなもんでいいか。久しぶりに暴れられて結構楽しかったし、ふふ、ちょっとはマスターに褒めてもらえるかもね」

 先ほどまでの戦闘の痕跡を残し、神殿の最奥にてマリンが伸びをして漂っていた。彼女の眼下には魔法陣が縮小したものがあり、よく目を凝らして見ればその内部になにかがいるのが見えることだろう。小さな人形のような、人の形をしたなにか。黒い髪を持ち、幼い肢体は力なく揺れている。

 マリンが使用したのは人魚族専用魔法、海の檻塚。簡単に言ってしまえば、魔法陣の中にいる者を小さな水槽に封印してしまう術だ。大きさは関係なく、一度封じてしまえば縮小魔法でお手軽な大きさにまで変化可能だ。今の魔法陣は両手に乗る程度の大きさで、持ち運びには問題ないサイズである。

「さて、マスターを拾って帰ろうかな。まったく、マスターってば一人で行っちゃうんだもんなぁ」

 自分で放り投げといて随分な言い草である。そう突っ込む人物がいないため、ユーの無念は果たせないのだが。

「……ん?」

 ふと、水が揺れた。同時に神殿が軋みを上げた。

「あ、あーそっか。ちょっとマズッたかも……」

 神殿とは心だ。精霊に近い実力を持った魔物が作り上げた虚像に過ぎない。もし、神殿の主が死んだり、封印などされた場合には崩れてしまうのは当然のことだ。それなのにマリンはすっかりそのことを忘れてしまっていた。彼女の主であるユクレステならば別の考えがあったのかもしれないが、戦闘の邪魔だとばかりに放り投げてしまったのは失敗だったかもしれない。

「まあ、やっちゃったものはしょうがないよね? テヘぺロ? って、早く脱出しないと!」

 頭を掻きながら舌を出すマリン。すぐにそれどころじゃないと気付き、魔法陣を胸に抱きヒレを動かした。

 頭上からは崩れた岩の塊が落ちて来るが人魚の彼女にとっては止まっているようなものだ。するすると合間を縫って泳ぎ、水中回廊を泳いでいく。

「あ、いた。マスター」

「マリン!? よかった見つけた……ってそうじゃなくて一体なにしたんだよおまえ! 神殿が崩れてるんですけど!」

「んー、説明は後で。ほら、見た感じもう時間ないしねー」

「ガボッ! おま、襟を掴むな苦しい!」

 回廊の途中にユクレステがいるのを発見し、止まることなく彼の服の襟に手を掛ける。その細腕でよく、と思うが、人魚である彼女にとって水中にさえいれば人間一人運ぶのもお手の物らしい。崩れた罠の破片を魔法で弾きながら、壁に出来た亀裂を抜けて神殿の外へと脱出する。

「このまま一気に陸に出るからねー」

「…………!」

 首が締まって声を出すことも出来ないのだろう。ユクレステは最後の抵抗とばかりにマリンの手を叩いているが、やがて力なくダラリと垂れ下がった。それにも気付かず、マリンは頭上の光に目を向ける。

 今までいた場所は、太陽の光が遮られた暗い湖の底だった。そんな場所にいれば気が滅入るのは当たり前で、胸に抱く少女が陰気になるのは当然だろう。これから先はマスターの腕の見せ所で自分の出番はもうないだろうけれど、特に心配などしていない。なにせ彼は、マリンという人魚姫をも仲間に出来た魔物使いで――

「聖霊使いになるマスターだからね」

 水しぶきが上がり、光が乱反射する中、温かな風が彼らの肌をなでた。

初めての投稿です! 筆が遅いため次回更新まで間が開いてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします!

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