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戦争と要求

「襲うぞ?」


「どうぞ?」


 微笑みながら言うと、彼の目から熱が引いた。


「…………はぁー」


 少し間を置いて彼は私から離れて大きな溜め息を吐いた。私を囲っていた腕もなくなってしまった。


 彼が遠のいた事に落胆しつつ、彼の不可解な行動に首を傾げる。


 彼は片手で顔の半分を覆っていた。手で片方の紅が隠れ、もう片方の紅も閉じられている。それが嫌で、私は手を伸ばした。


「何やってんだ?」


 彼の瞼に触れ、指を上に滑らせると、彼が手を外し、目を開けながら言った。


「貴方が目を閉じるから」


「何時ものお返し、ってか?」


 私が言うと、彼が茶化すように言う。何がおかしいのか分からないけれど、彼の言う通りなので素直に頷く。


「綺麗なのに、隠すのは勿体無い」


 私が言うと、彼は驚いたように目を見開いた。


 紅がよく見えるのは嬉しいけれど、これは、可愛い、かな?普段は凛々しいから、ちょっと間の抜けた顔は新鮮。


「お前な……」


 彼はそう言って俯き、両手で顔を覆ってしまう。


「どうしたの?」


「あのな、襲うって意味、分かってるか?」


 首を傾げて問うと、彼は両手に顔を埋めたまま言う。


「子供、作る」


「ぶっ!!」


 私が言うと、何故か彼が噴き出した。両手で顔を覆っているのに器用だな、と思う。


 そのまま咽始める彼に、私は心配になる。何か喉に詰まらせたのかな?でも、何も食べてないし…。


 うろたえる事しか出来ない私と咽る彼。こんな時にどうすれば良いか分からない自分が恨めしい。


 私が戸惑っている間に、彼は漸く落ち着いたのか、長い息を吐いた。それは溜め息ではなくて、気を落ち着かせる為のもの。


 彼は片方の手で目元を覆う。空いた手は膝に置かれた。


「お前な、恥じらいはないのか?」


「子供を作るのは、いけない事なの?」


「…そうだな。お前に常識を求めた俺が馬鹿だった」


 私が言うと、彼は目元から手を外して首を振った。


 彼の言葉に、私は少しむっとしたけれど、それよりも、気になった事を尋ねる。彼の事を、少しでも知る為に。


「ねぇ、貴方が強欲って、具体的にどういう風に?」


 彼は先程、自分の本質は強欲だと言った。強欲とは、何かを強く欲する事。でも、私は彼から貰ってばかりだ。言葉も、本も、世界も、心も。


 逆に、私が彼にあげられる物は何もない。


「お前に会いに来てるだろ?」


「…それの何処が強欲なの?」


 頬に添えられた温もりに擦り寄りながら尋ねる。


 私に会う事が、強欲?


「お前に会いたいと思うのは強欲だろ?」


 彼の言葉を、私は理解できなかった。でも、


「じゃあ、私も強欲。私も貴方に会いたいから」


 私は彼の手に自分の手を重ね、笑う。


 彼の言う事はよく分からないけれど、それが強欲だと言うのなら、私だって強欲。私は、彼に会いたくて仕方がないのだから。


 会いたくて、構って欲しくて、話したくて、触れたくて、触れて欲しくて。


 会いたいと思っているのが私だけじゃなくて、彼もそう思ってくれているのなら、それはとても嬉しい。


「…お前、本当に俺の事怖がらないんだな」


「どうして怖がるの?」


「俺は悪魔だぞ?」


 私が首を傾げると、彼は私の手を振り解いて私の頬に触れていた手を離した。そう言った彼の眉間には皺が寄っている。


 私から離れた手は、彼の寝台の上に力なく置かれている。その手に、手を伸ばす。


「私も人じゃないみたいだから、一緒ね」


 彼の手を両手で包み、彼を見上げながら笑う。


 彼は自分を人ではないと言う。


 人は私を人ではないと言う。


 ならば、人ではない者同士、同じだ。強欲なのも、同じ。


 彼との共通点が嬉しくて、私は笑う。彼との距離が、縮まったようで。


「…お前は、人だ。俺達悪魔より、儚い存在」


 私の両手から、彼の手が抜ける。それと共に、彼の視線も、私から外れた。


 横を向いた彼の表情は、硬くて、冷たくて、辛そうで、悲しそうで。


「私に、貴方の傍にいる資格はないの?私が、人間だから、いけないの?」


 上半身だけ彼の方に乗り出して言う。そうしないと、彼の顔が見えないから。


「…そうだと言ったら?」


 彼を覗き込むと、紅が真っ直ぐに私を射抜いた。その色は仄暗くて、何を考えいているのか分からない。


 でも、人間だからいけないと言うのなら。


「私が、貴方と同じ悪魔になれば良いのよね?」


 人間じゃなければ、彼の傍にいられると言う事。彼の傍にいる為ならば、人間でなくとも構わない。寧ろ、人間である事に執着して、彼の傍にいられなくなる方が嫌だ。


 それに、人と悪魔では寿命の長さに大きな隔たりがある。それは、私がおばあさんになっても、彼の外見は今と変わらないだろう、と言う程に。


 人間を捨てる事で彼の傍にいられるなら、長い時を彼の傍で過ごせるなら。


 私は、喜んで人間である事をやめる。


「…そんな事は不可能だ、と言ったら?」


「嘘。本に書いてあったから、知ってる」


 僅かに眉を顰めた彼にそう返せば、彼は苦々しい顔になった。彼のその反応を見て、本に書いてあった事が本当だと確信する。


 本に書いてあったのは、人の体を悪魔に作り変える方法。外見や人格等はそのままに、人が悪魔になる方法。それには、異性の悪魔の協力が必要不可欠。


「…お前、それがどういう事か分かってるか?」


 苦々しい表情のまま、彼が言う。


「だから、どうぞ、って言ったよ?」


 笑いながら小首を傾げれば、彼が僅かに目を見張り、次いで溜め息を吐いた。その溜め息は、何かを諦めたかのようだった。


「お前は、王女だ」


「うん」


「つまり、どっかの貴族か他国の王族と何時か結婚する」


「?そんな物好きな人、いないと思うけれど?」


 私の見た目はこんなだし、王族だけど、現在の私の顔を知っている人はいない。顔も見た事もない相手と結婚したがる人はあまりいないだろう。万が一、自分の好みじゃなかったら嫌だろうし。


 例え、王族なら容姿などはどうでも良いと言う人がいても、私など娶らないだろう。私を娶ったとしても、王家の後ろ盾など期待できないのだから。


 つまり、私自身を望む人もいないし、私には政治的価値もないのだ。


「お前、今この国が戦争してるのは知ってるか?」


「魔族の国と戦争してるって、貴方が言ったのよ?」


「そうだったな。とにかく、この国は隣国と共同で魔族を倒したい訳だ」


「味方は多い方が良いものね」


「そうだ。で、協力する代わりに、隣国はこの国にある要求をした」


 要求…。お金とか?それとも、王女の婿に王子?逆に、王子の為に王女?その場合、私の兄弟姉妹のうち、誰が隣国に嫁ぐのかな。


 それよりも、どうして彼は急に戦争の話を始めたのだろう。戦争なんて、私には関係ないのに。私は、この場所で静かに暮らすだけ。この国が負けても、私は構わない。


 寧ろ、この国が負ければ、魔族がこの国に乗り込んでくれば、混乱に乗じて此処から出れるかもしれない。そうなったら、彼は私を連れて行ってくれるだろうか。


「お前だよ」


「え…?」


 つらつらと考えていると、彼の指が私を指した。


「隣国の王太子が、お前を正妃に望んだんだ」

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