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彼女の心と彼の本質

―――――――――――――――――――りぃん…りぃん、りぃん、りぃーん……りんっ。


 遠くから徐々に近付いてくる鈴の音。それは、あの人の来訪を告げる音。


「また、来たの?」


 苦笑しながら、外を見ていた視線を背後に移す。すると、不機嫌な雰囲気が広がった。


「悪いか?」


「いいえ。ただ、物好きだな、と思っただけ」


 機嫌の悪さを隠そうともしない声に、首を振って答える。本当に、連日連夜私の元を訪れるこの人は変わっていると思う。皆、私を忌避するのに。


「俺は人とは違う」


「ふふふ、そうね。貴方は、人とは違う」


 彼の憮然とした声に、私は笑う。笑われたのが気に喰わなかったのか、彼の纏う空気が更に不機嫌なものになる。


 そう、彼は人とは違う。皆、私を避ける。侍女も、兵も、民も、貴族も、王子も、王女も、王妃も、国王も。

 兄弟姉妹であるはずの王子と王女。両親であるはずの王妃と国王。彼らに忌避されても、何も感じない。元々、彼らに愛着などない。彼らとの、暖かい記憶など一つも持っていないから。

 でも、彼は、私を避けない。寧ろ、初めて此処に来て以来、毎日来てくれる。


「嫌味か?」


「事実よ」


 笑うと、何時の間にか目の前に移動していたらしい彼に手を取られる。その手を借りながら立ち上がると、彼の手が私の背中と膝裏に回り、抱き上げられる。私は彼の胸にもたれかかるようにしながら、彼に運んでもらう。


 彼に抱き上げられると、彼の黒い髪に付いている金色の鈴が目の前に来る。私はそれをつつき、鳴らして遊ぶ。


 最初は自分で歩くと言い張ったけれど、危なっかしくて見ていられなかったのか、今と同じ様に抱き上げられてしまった。それから数日の間は自分で歩こうしたけれど、問答無用で抱き上げられてしまうので、今は諦めた。


 それに、彼にこうしてもらうのは、嫌じゃないから。


「で、今日も語りか?」


 私を寝台に下ろしながら彼が言う。その声音は呆れていたけれど、私は気にしない。何だかんだ言っても、彼は優しいから。


「貴方の話は、とても面白いから」


「そうか」


 寝台の上で上半身だけを起こし、寝台の端に腰掛ける彼に笑う。


「てか、また閉じてる」


 彼は言いながら、私の瞼に触れる。


 彼に目を開く事を教えてもらってから、私の世界は広がった。それでも、この部屋から出る事は叶わないけれど。


 この部屋には、本棚と、本棚いっぱいの本がある。ただ、目を開ける事を知らなかった私には、無用だったもの。


 そもそも、本を読もうにも、私は文字を知らない。そう言ったら、彼は呆れながらも文字を教えてくれた。お陰で、彼が来ない暇な朝から夕方までは、一人で本を読んでいる。


 本の中で綴られているこの国の歴史や他の国の歴史や物語や考え方はどれも楽しくて、私は本が大好きになった。


 つまり、彼が来るまでは私は普通に目を開いている。


「癖よ」


「変な癖だな」


 最初の時のように、彼の指に促されて目を開ける。


 それでも、彼の前で目を閉じているのは、彼に構って欲しいから。寝台に運ぶのも、こうして触れてくれるのも。


 彼の温もりは、私を酷く安心させるから。


この部屋の本で、宗教の本がった。そこには、悪魔が悪いものとして書かれていたけれど、私は信じなかった。だって、彼は優しいから。


「ねぇ」


「何だ?」


 私の髪を一房手に取り、弄んでいる彼に声を掛けると、私の髪を弄ぶ手は止めずに彼が応えた。彼は、私の白い髪がお気に入りらしい。私からすれば、彼の黒い髪の方が綺麗だと思うのだけれど。


「他の悪魔も、貴方みたいに優しいの?」


 私が首を傾げると、彼の手が止まった。そして、私を見る。その目は、何言ってんだこいつ、と明らかに言っていた。目は口ほどにものを言うって本当なのね。それに、口で言われるより目で言われる方が傷付く。


「んな訳ないだろ。悪魔は等しく残虐だ」


「でも、貴方は優しい」


 彼の言葉は矛盾している。彼の言葉が本当なら、彼も残虐だと言う事になる。彼も、悪魔なのだから。


 でも、彼は優しい。毎夜私の所に来てくれるし、心配してくれるし、外の話をしてくれる。時折、外のものを持って来てくれる事もある。主に、本だけど。


「そう思うのか?」


 彼の紅の目が私を射抜く。


 私は、それを真っ直ぐに見返しながら頷く。


 私にとって、彼は唯一だから。きっと、私は彼に何をされても、彼を憎む事は出来ない。彼が、世界を教えてくれたから。彼だけが、私を見てくれたから。


 私の視線の先で、彼が笑う。違う、こう言う笑いの時は、嗤う、って言うのかもしれない。今までの穏やかな笑みでも、苦笑でもない、獰猛な笑み。


「違うな。俺の本質は強欲だ」


「強欲?」


 彼が私に覆いかぶさるように動いた。彼の両手が、私を挟むように置かれる。


 彼が動いた事で、寝台がきしむ。きしむ音と一緒に、鈴が僅かに鳴る。


 目の前に、紅が迫る。鼻が触れ合う程の距離に、彼の顔がある。私は顔を背ける事もせず、彼を見上げる。


「逃げないのか?」


 彼が不思議そうに言う。


「どうして?」


 私も、彼の言葉の意味がよく分からずに、言う。


 彼は言う。その目に、熱を孕みながら。


「襲うぞ?」

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