TIMER
「ドア」をテーマとした短編集の第一作、そして僕の処女作です。スリルをお楽しみ下さい。
早くこのドアを開けなきゃならない。
−残りあと10分。
まったく、訳が判らない。気が付けばここにいた。
もう何時間経った事だろう。
コンクリートの壁に囲まれた、まるで箱の様な部屋。窓さえ無い。あるものといえば、天井から下がった、60Wの電球。その光に照らされた、黒い鉄のドア。そして…。
赤いデジタルタイマーが動き続ける、爆弾。
…ドアは開かない。
†††
−残りあと9分。
なんの冗談だ?これは。
もう何度となく、僕は頭の中で悪態をついていた。その間も、身体は逃げ道を探して、世話しなく動き続ける。
見回す。走る。壁を叩く。
最初のうちは、爆弾をどうにかしようかとも考えた。が、やはりそれは恐ろしすぎる。離れているなら、もしかしたら大怪我程度で済むかも知れない。だが、目の前で万一爆発されたら…確実に僕は死ぬ。そう思い、僕は出来るだけ、爆弾の周囲に近付かない様にしていた。
それにしても、この部屋はなんだ?床も壁も、天井さえも、クレヨンで塗りたくったかの様に黒く汚れている。おかげで僕の身体は、まるで炭坑に潜っていたかの様な有様だ。
−くそっ。また口の中に入った。
だが、そんな事は気にしていられない。こうしてる今も、タイマーの表示は無機質に減り続けている。
−残りあと8分。
そもそも、なんでこんな事になってしまったのだろう?確か昨日の夜は何事も無く、いつもの様に眠りについたはずだったが…。どれだけ思い出しても、自分がここに連れてこられたのに気付いた記憶が無い。そこまで深く眠っていたのだろうか?
いや、それより、僕にこんな事をして、一体誰が喜ぶというのか。“復讐”という言葉は、もうかなり前に考えついたが、残念ながら、ここまで手間暇かける程の恨みを買った憶えは無い。たとえあったにしても、僕には時限爆弾に精通している様な、そんな物騒な知り合いはいない。だとすると…??
這いつくばって床を調べる。ここにも、逃げ道らしき気配はない。
−残りあと7分。
…これは…ホントに爆弾なんだろうか…。
少し前から、頭の片隅にあった疑問。いや、希望というべきか。僕は、部屋の真ん中で動き続けるそいつに目をやった。
タイマーからは何本かの配線が伸び、小さな黒い箱に繋がっている。箱には赤いランプ。そのすぐ隣には、葉巻の親玉の様な、細長い物体−多分ダイナマイトだ−が4本、束ねて設置されている。
ドラマとかでよく見る形、そのものだ。
だが、本物はこんな“爆弾です”みたいな形をしてるものだろうか?僕は恐る恐る、そいつに近づいてみる。
−残りあと6分。
ありえない。何なんだこれは!
僕はもう、恐慌状態になりかけていた。
爆弾が本物かどうかは、相変わらず判らない。だが近づいてみて、僕はそこに、もっと恐ろしいものを見つけてしまった。
指だ。人間の。
人差し指の、第二関節から先が一本、道端に落ちてる吸い殻の様に、爆弾の蔭に転がっている。作り物みたいに綺麗な爪と、赤黒く変色した切り口のコントラストがおぞましい。僕は思わず、息を呑んで二、三歩後ずさった。
沈黙。そして−。
「…うわあああああああああ!!」
僕の喉は、勝手に叫び声を上げていた。そして走り出す。
出なければ。一刻も早く、ここから出なくては。
爆弾が本物かどうかなんて、もう関係無い。間違い無く、ここにいたら恐ろしい事が起きる。僕はドアまで来ると、狂った様に拳や膝を叩きつけた。
金属を打ちつける轟音が、部屋中に反響した。
−残りあと3分。
どうしたらいいんだろう…?
しばらく僕は、真っ白になって座り込んでいた。気付けば3分も。
この状況では、2年にも3年にも相当する、貴重な3分。でも、もう打つ手が考えつかない。虚ろな目で見つめる拳は、ずたずたになって、鮮血に染まっていた。
−逆に、あの爆弾で死んだ方がましなのかな…。
もし、あの爆弾が爆発しなかったとしても、僕はもう、助かった自分を想像する事が出来なかった。思い描くのは、この仕掛けを創った張本人によって、爆発よりもっと悲惨な殺され方をする自分。あるいは、ここに閉じ込められたまま、餓死する自分。どちらにしろ、今よりもっと地獄だ。ならいっそのこと…。
僕は祈る様な気持ちで、爆弾に目を向けた。
−残りあと1分半。
と、その爆弾の奥−部屋の向こう側の角に、僕は信じられないものを見つけた。
長さ30cmはあろうかという、バール。
僕は自分の正気を疑った。なぜ?さっき見た時は、確かに何もなかった。一体どこから出てきた?
だが次の瞬間、僕はそれに向かって駆け出していた。
得体は知れないが、今はそれが、唯一の希望で有る事に変わりは無い。あのドアを開ける為の。僕はその冷たい金属棒を引っ掴むと、一目散にドアへ走り寄った。
−残りあと45秒。
渾身の力を込めて、バールをドアノブに叩きつける。ここが壊れれば、少なくとも鍵もバカになってくれる筈だ。
−残りあと30秒。
頼む、頼む、壊れろ!
哀願しながら、振り下ろす。
−残りあと15秒。
パキーン!
壊れた。
…バールの方が。
何なんだ。この不幸は。
−残りあと5秒。
もう、何も考えられなかった。呆然とバールを、そしてタイマーを見る。3、2、1…。
−ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!
…どうやら、地獄はまだ続くらしい。