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貸本屋:限界堂

作者: 春猫

えーと、別に魂が転生して別の人物にっていう創作を否定してるわけじゃありません。

自分自身でその手のものも書いてますしね。


ただ、こういう理屈というか設定を考えるのが好きなんで、その転生や憑依に関するメカニズムの理屈をそのまんま書いても誰も読まないだろーな、というわけで短編小説化してみました。

 「はあ、珍しいこと、何十年ぶりかしらね、お客さんなんて。」


 天井まで届く、本がぎっしりと詰まった書架の奥、レジの後ろの店と住居部分の境目に座布団を敷いて腰かけていたお姉さんは僕(=俺)を見てそう言った。


 奥にでも猫を飼っているのだろうか、猫の鳴き声が聞こえた。


 何十年ぶり・・・って、もしかして50円を「50万円」とか言うのと同じノリなんだろうか?


 ざっと見た限り、ほとんどがハードカバーで洋書の比率も高い。

 目的を持って訪れる客はいても、何気に通りがかりで入ってくる客はまずいないだろう。


 「ここ古本屋ですよね?」

 「うーん惜しい。ここは『貸本屋』だよ。」

 手近の本を抜き取って本の最後に鉛筆で書かれた値段を見る。

 「500万円?! 販売じゃないのに!?」

 「これでも良心価格なんだけどねぇ、キャッシュで買うって人が8億円の価格付けた本だよ、それ。」

 は、八億って・・・汚したり破損したりしないよう、慌てつつも丁寧に書架に戻す。

 

 「基本、写本づくりの為の貸出だからねぇ。マンガや小説貸すのとは違う値段がつくよねぇ。身分証明と保証人ない限り貸さないし。」

 「もう、それなら会員制でいいのでは?」

 「『ここ』は誰でも入れるけど、見つけられる人は少ないお店だからね。」

 「え?」

 「ここにどうやって入ったか覚えてる?」


 えっと、小学校終わってから家に鞄置いて、アキバ行って顔なじみのジャンク屋の兄ちゃんと話しながら面白そうなもんないか籠漁って、「オタクうぜぇ」と思いながらレゲーの店冷やかして、で、その後どうしたっけか?

 あれ? マジで思い出せねぇ。

 うわぁっ、ストレスたまる。

 煙草吸いてぇ・・・。

 

 考え込んでると、ぴとーっと額に栞が押し当てられていた。


 「武藤祐樹くん10歳、兼、大鳥真一さん31歳・・・ね。」

 げえっ! なんかバレてる?

 それ、魔法かなんかの不思議道具ですか?

 ・・・って、人を可哀想なものを見る様な目で見るのはヤメテぇ!


 「俗に『転生』とか『憑依』とか呼ばれてる現象ね。お気の毒さま。創作物なんかと違って『秘められたぱぅわぁ~が!』とかはないからね? ちょっと期待してるみたいだから言っておくわ。」

 

 うわぁ、恥ずかしい野望が!

 前世のおっさんの意識(自分ではまだ若いつもりだったけど、小学校一年の当時の自分から見ればおっさんだったし)が目覚めてから、少し(本当はかなりだけど)期待してたのに。

 

 「人間の魂が、記憶とかそのまんま別の人間に生まれ変わるって事はないから。」

 え?

 でも、僕、いや、俺、前世の記憶あるんだけど?


 「人間って3つの部分から成り立ってるの。『肉体』と『魂』は一般的に知られてるから説明しなくても分かるわよね?」


 あー、はい。


 「でもって、人間と動物との大きな線引となるのが、あとの一つ。私たちは『自我』って呼んでるけど、後天的な個性や知識の部分ね。肉体と魂をくっつける接着剤であり、魂を守るクッションでもあるの。まあ、それぞれが互いに影響しあうんで、完全に独立したものってわけじゃないけどね。」


 はあ、そういうのがあるんですか。


 「これは肉体の成長に伴い育って行くものなんで、子供から中年くらいまで成長してそこから少しずつ衰えていく感じね。個人差はあるけど、お年寄りが子供っぽくなったり、場合によっては自我がはっきりと保てなくなるのはそのせい。」


 ボケるとか、そういうのですか?


 「で、人が死ぬと魂が抜けだして、これは大きな流れに組み込まれてから、また別の新しい別の肉体へと転生するんだけど、肉体と自我は置いて行かれる事になるわ。魂に刻まれる大きな経験とか傷を除けば、個人的な知識とか感情は自我として置き去りになって、世界に拡散していき、やがて消滅する事になるの。」


 それと俺のこの状態にどんな関係が?


 「自我は普通拡散して消えるんだけど、特定の感情を核に固まる事もあってね。そういうのは『幽霊』とか『悪霊』とか呼ばれる事になるわ。だから、幽霊は『憎い』とか『恨めしい』とか『ひもじい』とか『寂しい』とか、単一の感情のみで動いてるでしょ?」


 幽霊って、成仏出来ない魂じゃないんですか?


 「仏教じゃ、本来、幽霊の存在自体否定してるわよ? 死んだ魂がすべて転生へ向けた大きな流れに組み込まれるって点で言えば『死ねば皆、仏』ってのは正しい言葉ね。で、話を戻すけど、子供は自我が発達していないってのは話したわよね? この発達してない状態で、拡散し切ってない『自我』に接触すると魂がそれを自分の自我と勘違いして取りこんじゃう事があるのよ。それが、いわゆる憑依とか転生とか言われるものね。」


 えっと、でも、俺、未来の知識も経験として頭にあるんですけど?


 「世界って、あなたのさっきまで居た世界だけじゃないの。もう数えるのが意味がなくなるくらい沢山あって、重なったり交差したり、すれ違ったりしてるのね。『魂の大きな流れ』って言ったの覚えてる? つまり、その流れは、そういった全部の世界の魂を合わせた流れ。で、それらのすべての世界の流れがシンクロしてるわけじゃなくて、全部が勝手にてんでバラバラに流れてるの。だから、あなたの居た世界より100万年前の時間の流れの世界もあれば、5000年後の流れの世界も同時に存在してるし、ビッグクランチから時間の流れが逆行してる世界すらある始末。ただ、魂が勘違いする程度、自我が似てないと憑依や転生にはならないから、人間に悪魔とか妖怪とかの自我が入る事はまずないわ。」


 つまり、どういう事ですか?


 「武藤祐樹くんの自我が育つ前に、大鳥真一さんの自我が取り込まれちゃったって事。パソコン好きそうだから、そっちに例えて言うと真白だった追記型のディスクにデータが書き込まれちゃったってことね。今更消せないし、そのまんまで生きてくしかないわね。武藤祐樹くんとして見れば、自分の個性を作る前に他人の個性が書き込まれちゃったというわけで、お気の毒さまと言うしかないわねぇ。」


 えっと、つまり大鳥真一享年31歳が生まれ変わった結果として俺があるわけじゃなく、武藤祐樹が自我を確立する前に大鳥真一の自我に接触したせいで、こんな事になってるというわけですか?


 「ん、そゆこと。ただ、まあ、大鳥真一の全データが書き込まれたって訳じゃないから、成長に従って武藤祐樹の部分が強くなって、そっちが主体になる事もあるわ。たまにあるでしょ、小さな子供がが前世の事語ってたけど、大きくなるに従ってその記憶が消えてって普通に成長していった事例。つまりは、これからの経験次第ってことね。よっぽど歪んだ人格でもない限り、知識面とかでメリットはある訳だし、そう暗くならないの。」


 いやー、とは言っても、自分が自分だと思ってたのが、何の関係も無い他人のものだったってのは・・・。


 「魔術とか超能力とかある世界の、それを持ってる人間の自我だったら、使えたかもしれないのにねぇ、秘められたパワー(笑)。」


 うっ、それは言わないで、小学生だし、セーフでしょ?

 てか、そういうケースもあるわけですか?


 「あるよ、ただ、悲惨なのはその手の自我が入ったのに、その存在する世界ではその力が働かなかったケースだねぇ。よくてリアル厨二病、最悪精神病院送りだね。」


 それ考えるとおっさんの自我でまだマシだったのか。

 考えてみると性別が違う自我が入るなんて事もあり得たわけだし。


 「性別違うのも大変みたいだねぇ、たまに来るお客さんでも居るけどね。ひねくれ回ってナルシストになってるけど『理想の男が鏡の中にぃ!』って。元の自我が腐女子ゲーマーなんで、リアル育成ゲームのノリで自己形成(外面)をしてるみたい。たくましいよねぇ。」


 なるほど、会ってみたいような、みたくないような。

 ・・・って、また猫の鳴き声?


 「おやぁ、ネココがお客さん居る時に起きてくるなんて珍しいわねぇ。」


 ふよふよと漂ってきたのは・・・本?


 猫耳と尻尾がついてますけど?


 「この子は魔道書よ。正確な名前を知るとSAN値チェックが必要になるけどね。魔道書ってのは魔導師が、それこそ魂を注ぎ込んで書いてるからねぇ。自我を持っちゃう子もいるのよ。で、そうした中でも強い自我を持った子に、死んですぐの魂が流れに取り込まれる前に入っちゃう事があってね。この子の場合は猫の魂が入っちゃったもんだから、この状態になったわけ。一番多いケースは魔導師本人の魂が入りこんじゃうパターンだから、この子のケースは珍しい例になるわ。」


 なるほど、だから俺にマーキングしてるわけですか。

 本の形はしているものの猫そのものですねぇ。


 「ほとんど寝てるんだけどね、この子は。ここに居る子たちは大抵大人しいいい子なんだけど、中には危ない子も居るからねぇ。店番のおねーさんとしては、ずっとここに居なくちゃいけないし、こう見えて結構大変なんだよ?」


 はあ、大変? なんですねぇ。


 「そうだ、ちょっとここに座って!」


 お姉さんが立ち上がると、自分が座っていた座布団を手のひらでポンポンと叩いた。

 肩に手をかけると、そんなに力が入ってる訳でもないのに有無を言わせない調子で俺をそこに座らせてしまう。


 「この子も懐いてるみたいだし。」


 太ももの上に猫耳の魔道書を乗せる。

 軽く手でなでると喉(どこにあるんだ!?)を鳴らす。

 てか、手触りが超絶いいぞ! この本。

 さらっとして、それでふわふわな猫そのものの毛皮の手触り。

 うわ、ずっと撫でてたいっ!


 「大抵の事はネココがなんとかしてくれると思うし、お客さんはまず来ないし。ってなわけで、留守番頼んだわね。どうしようもなくなったら、この栞に呼びかければ帰ってくるし。」


 シャツの胸ポケットに栞を入れると、お姉さんはあっという間に、追いかける暇も、それどころか声をかける隙すらなく、立ち去ってしまった。


 「どうすりゃいいんだ、俺は?」


 ネココと呼ばれてた本が、俺の膝の上で「ンナっ」と声を上げた。

発想の元ネタは、たしか夢枕獏のサイコダイバーシリーズだったかと。


まあ、他にも霊感、とか動物の方が幽霊に敏感とか、子供の頃霊感があったのに大人になるとなくなる、とか、その辺についての理屈付けも一応はありますし、この店やおねーさん自身に関する説明もしてないんで、あと一遍くらい同じ人物で短編を書くかもです。


ネココのフルネームはネココノミコン、この作品世界では最強級の魔道書です。

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