フルストーリー
1・・・乙女になりたい男
2・・・不気味な彼女
3・・・正体
4・・・歪んだ愛情
5・・・死神の小話
『ヴァルゴ・シンドローム』1
・乙女になりたい男
人生はクソゲーだ。
とある男はそう思っていた。男ばかりが金銭的にも肉体的にも精神的にも疲れる。
「女は楽で良いよな。ちょっとメイクしただけでチヤホヤされるんだから」
そして彼は仕事を辞め、実家に帰ってニート生活を送っていた。
そんなある日、母親から「少しは太陽の光を浴びなさい」と言われ、渋々部屋の外に出ると「そういえば蔵があったな」と思い、そこに避難した。その蔵は最近リフォームして空調が効いていた。
「暇だな」
そう思い、ふと蔵の中を物色していると、とある箱の中から甘い香りがした。その箱には「乙女座の悪魔」と書かれた書物が入っていた。中を読んでみると、どうやら乙女になれるらしい。
「これが本当なら人生ヌルゲーじゃん」
と思い、早速やってみる事にした。まず部屋を暗くし、床に一メートル四方の魔法陣を書く。その魔法陣は乙女座の星座に則った形にし、周りに古代ギリシャ文字を書く。そして自分の血を一リットル抜き取り、それを小瓶に分けて乙女座の星座の星の位置に置き、最後に古代ギリシャ語で呪文を唱える。この時、裏サイトで注射器を購入し、血は数週間に分けて抜き取った。すると突如、目の前が光に包まれ、魔法陣から絶世の美女が現れた。
「私と契約したいのは貴方ですか?」
「そうだ。美少女になれるってのは本当なのか?」
「そうです。誰もが羨む、絶世の美少女になれます」
「そうか。なら良い」
「では契約を交わしましょう。手を」
乙女座の悪魔は手を差し出した。男も手を差し出すと、乙女座の悪魔は男の手を握り締めた。すると体中に異常なまでに激痛が走り、体が縮小し、胸と臀部が少し膨らみ、声が高くなり、顔が絶世の美少女に変わった。
「こ、これ、は……!?」
これが貴方の姿です。
乙女座の悪魔は手鏡を元男の前に向け、元男の顔を見せた。それは外部の人間から見ると絶世の美少女だが、本人にはブスに見えてしまった。
「そんな……!?こんなの……話と違う……!」
「いいえ、貴方は絶世の美少女に成れましたよ。但し、その美しさが認識出来ないだけですけどね」
そう言って乙女座の悪魔は消えた。
「待て……!クソッ……!」
蔵から出ると、元男は自分の部屋に戻ろうとした。そこへ母親がやって来た。
「だ、誰ですか!?貴方は!」
「何言ってんだよ?母さん。俺だよ」
「知りません!息子の部屋に勝手に入らないで!」
「その息子だよ」
「何訳の分からない事を言ってるんですか!?警察に通報します!」
「はぁ!?」
五分もしない内に警察がやって来て、元男は逮捕された。免許証を見せ、自分はその男だと訴えたが、見た目があまりにも違い過ぎて拘留された。後に最低限の服と靴を支給され、釈放されたが、もうあの家には近付かない事を条件にされた。これからどうしようかと思って街を歩いていると、小太りの中年男性が声を掛けてきた。
「ねぇ、苺ホ別でどう?」
「は?何言ってんだオッサン」
「こんな時間に女の子一人じゃ危ないよ?オジサンとホテル行こ?ね?」
「キモいんだよ!オッサン!」
そう吐き捨てて元男はその場を去った。その場を去っても色んなオヤジから「苺」だの「ホ別」だのと声を掛けられ、その度に逃げ回った。しかしふと思った。
「そうか。俺は今、女なんだ……」
そう思うと、急に周りが怖くなった。どの男も自分を狙ってるように感じた。
「でも俺はブスだし……」
と思った。しかしさっきのオヤジ達の反応を見るに、自分は相当魅力的な見た目をしているのかもしれないとも思った。そこで家に帰れないなら、友人の家に一旦泊めさせてもらおうと考えた。とあるアパートの一室。ここまで来るのに何駅歩いたのだろうか。もうヘトヘトだった。藁にも縋る思いでインターホンを押した。
「はーい」
呑気な声が聞こえてきた。中から男が出てきた。
「!?な、ど、どなたですか……!?」
「俺だよ俺!美神優希だよ!」
「は!?何!?ドッキリ!?」
「違うって!本当に美神優希なんだよ!」
「人違いでは!?」
「違わない!お前、姫川彰彦だろう!?」
「そ、そうですけど……え、えぇ……?」
「兎に角今晩泊めさせてくれ!」
「あ、は、はい……」
彰彦は優希を部屋の中に入れた。そして緊張した面持ちでお茶を出した。
「ど、ドウゾ……」
「すまねぇ」
お茶を飲み、一息吐いた優希。そして彰彦は聞いた。
「あの、本当に優希なのですか……?」
「だからそう言ってるだろ」
「口調がそのままだな……じゃああの時の事、覚えてるか?」
「あの時?色々あるけど……初めて飲んだ酒で盛大に吐いて先輩達が後処理した後お前がカラオケ屋でグッスリ眠ってた話とか、映画館でトイレが間に合わずに漏らした話とか、後……」
「ダァーッ!もういい!もういいから!本当に優希なんだな……」
「だからそうなんだって」
「でも何でそんな姿に……?」
「乙女座の悪魔って奴と契約したんだよ」
「乙女座の悪魔?何だよそれ」
優希は語り出した。乙女座の悪魔。それは契約した者を絶世の美女に変身させる呪いだった事を。絶世の美女なんてのは真っ赤な嘘で、実際はこんなブスに生まれ変わると言った。ところが彰彦はそれを否定した。
「いや!いやいやいや!お前全然分かってない!お前、今絶世の美少女だからな!?」
「そ、そうか……?」
「そうだよ!今、お前だからって理由で我慢してるけど、知らんかったらとっくに襲ってるからな!?」
「そ、そうなのか……?俺としては史上最低のブスにしか思えなかったんだけど……」
「羨ましいわぁ~!俺もお前みたいな女の子になりてぇ~!」
「なっても良い事なんて一つも無ぇぞ」
「あるだろ!女の子になれたら女子風呂覗けるんだぞ!?ふと胸とか尻とか触っても痴漢にならないんだぞ!?」
「あー……でもこの体になってから性欲が無いんだよなぁ」
「いつからなったんだ?」
「つい昨日」
「じゃあまだ、だろ?これから性欲が生まれてくるかもしれないし」
「なのかなぁ……?」
「取り敢えず、俺とお前の好で一発、お願い出来ないかな……?」
「キモッ!お前までそんな目で俺の事見てんのかよ!?」
「冗談だよ、冗談!でもいつまでもそのままじゃいけないだろ?俺が保証人になってやるから、アパート借りろよ」
「すまねぇ……あ、でも俺、今、金が無いから……」
「それくらい貸してやるよ。将来返してくれればそれで良いから」
「マジですまん!」
「本当にすまないと思ってるなら一発……」
「だからキモいんだよ!マジで出て行こうかな……」
「冗談だっつの。じゃあその乙女座の悪魔とやらの契約を解除したいのか?」
「いや、うーん……どうだろう?本当に不便だと思ったら男に戻りたいかなぁ?」
「そうか。じゃあその書物を手に入れる所からがスタートだな」
「そうだな」
その日は一時的に彰彦のマンションに泊まり、風呂に入って寝た。風呂に入った時、加賀に映った自分の姿に「やっぱり醜いよな……」と思った。
『ヴァルゴ・シンドローム』2
・不気味な彼女
優希が乙女になって丁度一ヶ月が過ぎた。その間に彰彦が色々手を引いてくれてアパートの一室を借りた。ついでに家電も買ってもらった。そして優希が朝起きると、異常なまでに体の怠さ、頭痛、吐き気、下痢を起こした。しかも股から血が溢れていた。
それに恐怖を覚え、彰彦に相談した。すると「それは生理じゃないか?」と言われた。
「これが生理……!?女って毎回こんな病気みたいなものを月一で遭ってるのか……!?」
と女性の体の事を甘く見ていた優希はこの辛さに耐えられず、彰彦に縋った。彰彦は「大丈夫、大丈夫」と慰めてくれた。でも恋心とかは湧かなかった。
「後は明日とか明後日とかも続くかもしれないから気を付けてな」
そう言われ「えっ!?今日で終わりじゃないの!?」と優希は素直に驚いた。
「そらそうよ。それだけ女性の体ってのは複雑なんだから」
何故彰彦がこんなにも女性の体を知っているのかというと、彼は産婦人科医だった。今は風当たりが強くて男の産婦人科医はやや敬遠されつつあるが、それでも人柄が良く、近所では評判だった。
そして自分だけじゃこの辛さは分からないから、という理由で彰彦の彼女を紹介された。その彼女さんは美女だった。いや、見た目だけなら美少女とも受け止められる程の肌艶だった。彼女は親身になって優希を励ましてくれた。そんな彼女にいつしか恋心を抱いてしまっていた。しかしこの女性は友人の彼女。奪う訳にはいかなかった。
「大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃない……」
「女の体って不便だよねー。分かるよー」
「やっぱり女ってただチヤホヤされるだけじゃないんだな……メイクも簡単にはいかないし……」
「あら?貴方は別にメイクなんかしなくてもスッピンよ?」
「スッピンって、メイクして無かったらそうだろ……」
「スッピンの本来の意味知ってる?メイクとかしなくても美人って意味なのよ?」
「あー……そうなんだー……」
そんな会話をしつつ、彼女は優希を支えてくれた。
「ところで彼女さん……?」
「アルで良いよ」
「アルさん……女って、辛いね……」
「そうだね。信じられないけど、貴方も大変だったね」
その日は寝込み、翌日も寝込んで四日目でようやく復帰した。取り敢えずは働こうと思い、近所のスーパーでパートをする事にした。
最初は男達から持て囃され、気分が上がっていた優希だったが、次第に女性社員や女性パート、女性アルバイトから虐めを受けるようになってしまった。一方で、同じスーパーに最初からいたアルが結城をカバーしていた。「大丈夫。貴方が美し過ぎるから、その妬みだよ」と優しく諭し、優希はアルにまた少し惚れてしまった。
「ところで実家ってどこ?」
「あぁ、彰彦のマンションのすぐ側にアパートがあるだろ?そこから二~三km離れた所にある家だよ」
「あ、もしかしてあの大きい庭の?」
「あー、まぁ、恥ずかしながら、はい」
「あそこ蔵があったよね?」
「うん。よく見てるねぇ」
「目立つもん。それに昔、私そこに住んでいたから」
「あ、そうなんだ!?じゃあスレ違ってたかもね」
「かもねー」
場所は変わり、彰彦宅。彰彦は優希の実家に電話を掛けていた。
「はい。もしもし?」
「あ、もしもし?お久し振りです。姫川彰彦です」
「あら彰彦君?久し振りねぇ。元気だった?」
「えぇ、まぁ、ボチボチって感じですね」
「何か用?今優希は行方不明で捜索中なんだけど、何か知らない?」
「知ってますよ?」
「えっ!?本当に!?何処にいるの!?」
「俺の住んでるマンションの隣にあるアパートです」
「住所を教えて!?」
「その前に、一つお伺いしたい事があります」
「何?」
「乙女座の悪魔って聞いた事ありますか?」
「乙女座の悪魔?何それ?知らないけど……?」
「蔵に何やら儀式の跡があると思うので、ちょっと見てみて下さい」
「分かったわ。ちょっと待っててね?」
母親は保留音を流し、電話を置いて蔵に向かった。そこには禍々しい儀式の跡が残されていた。そしてそこに「乙女座の悪魔」と書かれた書物を発見した。それを持って電話を再び取った。
「あったけど……これと優希と何の関係が?」
「大有りです。今すぐそっちに向かうので、その書物を保管しておいて下さい」
「わ、分かったわ……」
彰彦はすぐに車を飛ばし、美神家に「乙女座の悪魔」の書物を取りに行った。家から出て来た母親は「乙女座の悪魔」の本は別の人が彰彦に頼まれてきたと言って渡したという。それはどんな人かと聞くと、女性だったとの事。少女のような幼げな、しかし妖艶な見た目だったという。彰彦は「まさかな……?」と思いながら母親を優希の住むアパートまで連れて行った。電話で優希に「今からお前のお母さんを連れて行く」と言ってアパートに待機させた。
アパートに着くと、そこにはあの時見た女性、優希が居た。
「この人は、この前の……!?」
「この人が優希君です」
「嘘よ!この変質者が息子だなんて!」
「嘘じゃないよ、母さん!俺だよ!優希だよ!」
「彰彦君!こんな洒落にならない悪戯は止めて頂戴!」
「嘘じゃありません。この人が優希君です」
「じゃあ証明して見なさいよ!」
「七月十五日生まれ!」
「え?」
「血液型A型!渋井大学卒!元看護師!趣味は園芸!特技はけん玉!」
「それって、私のプロフィール……?」
「三月二十二日生まれ!血液型B型!渋井大学卒!現役看護師!趣味は囲碁!特技はペン回し!」
「それは、お父さんのプロフィール……?」
「五月二日生まれ!血液型O型!渋井大学二年で中退!その後、すぐに出沢専門学校を卒業!介護施設サンフレアに三年勤務!それから二年間ニート生活!趣味は漫画!特技は無い!」
「それは優希のプロフィール……!?貴方、貴方、優希なの……!?」
「だからそうだって!」
「優希!」
母親は優希を抱き締めた。
「何でこんな姿に……?」
「乙女座の悪魔の契約だよ。それで女になったんだ」
「信じられない……じゃ、じゃああの本って……?」
「あの本は乙女座の悪魔に関する書物だったんです。だから理由が大有りだと言ったんです」
「そうだったの……でも彰彦君の事を言ってたわよ?」
「それは優希君ではなかったんですか?」
「えぇ……違ったわ」
「じゃあ誰だったんだ……?」
「なぁ、何の話?」
「取り敢えず中に入ろうか」
「あ、そうだな」
三人はアパートの部屋に入った。
彰彦は話した、さっき優希の実家に電話して「乙女座の悪魔」の書物があるかどうかを確認した。それを保管してもらい、彰彦が取りに行く予定だったが、誰かが彰彦の名を言って書物を持って行った事を。それを聞いて優希も彰彦も誰かが検討が付かない。だが自分達の近くにいる人物であると確信した。
その日は母親と眠り、彰彦はマンションに帰った。
翌日、優希と母親は荷造りした。その日の内に彰彦が軽トラックを持って来て、家電やベッド等を積み込み、優希の実家へ帰った。
アパートから実家までは距離が近かった為、パートは続ける事にした。そこでいつものように女性社員達から虐めを受けた優希。そこには必ずアルが出てきて庇っていた。更に生理用品を一緒に選んでくれたり、下着や私服を一緒に買ってくれたりとしてくれた。そんなアルに優希はドンドンはまり込んでいった。
アルとの昼休憩中、屋上でご飯を食べていた。食堂だとまた虐めを受けるかもしれないからだ。それを提案してきたのはアルで、いつもそうしていた。
「ねぇ、アルさん?」
「何?」
「何でそんなに俺に優しいの?」
「こらこら。外では『私』って言いなさい?」
「良いじゃないか。他に誰もいないんだし」
「まぁ、そうだけど。で?何だっけ?」
「何で俺に対してそんなに優しいんだ?」
「そりゃあ恋人の友人ですもの。大切にしなきゃ」
「それだけ?」
「うん。それだけ」
「……優しいな。アルさんは……」
「そんな事無いよ。当たり前をしてるだけ」
「凄いよ。アルさんは。そういうのを平気で言えるんだから」
「あら?馬鹿にしてる?」
「ち、違う違う!そうじゃなくて、えーっと、えーっと……!」
「ふふっ。冗談だよ。ところで本当に男に戻りたい?」
「出来る事なら……」
一瞬、アルの顔から笑顔が消えた。「えっ?」と思っていると。アルはケラケラと笑いながら「冗談だよ!」と優希の背中を叩いた。
「でも勿体無いなぁ、女の喜びを知ったら、きっと病み付きになるよ?」
「でも良い事ばかりじゃないし……生理は辛いし、男からキモいアプローチ掛けられるし、女性からは嫌われるし……」
「私は今の優希君の事、好きだよ?」
「えっ……?」
「女としての喜び、教えてあげようか?」
迫るアルの顔に、優希は目を瞑った。
「ぷっ。あはははは!冗談、冗談!そんなに焦らないで!」
「もー!アルさんったらー!」
「もう女の子が板に付いてきたね……」
「え?」
「じゃ、そろそろ休憩時間も終わるし、仕事に戻ろうか」
「あ、うん」
その日もアルに頼りつつ、優希は一日を過ごしたのだった。
『ヴァルゴ・シンドローム』3
・正体
アルと一緒に働いて半年。アルのお陰で女子社員達から優希への虐めは男性陣によって排除された。
ふと思った。
「アルさんってハーフなのかな?」
そういえば本名を聞いた事が無いなと思い、今度聞いてみようと考えた。
いつものように働いていると、店長から「馬郷くーん」という声がバックヤードから聞こえてきた。するとアルが「もう!店長!アルって呼んで下さいって言いましたよねぇ!?」とプリプリしながら店長室へと入っていった。
「馬郷?」
その苗字に引っ掛かった。そういえば幼稚園、小学、中学、高校で馬郷って苗字のハーフの男子生徒がいたなぁ、と。あれのお姉さんか妹さんなのかな?と思い、昼休憩に聞いてみる事にした。
「ねぇ、アルさん?」
「なぁに?」
「アルさんの苗字って馬郷?」
「そうだよ」
「私、幼馴染で馬郷って奴がいたんだよ。その家族なのかなって思ってさ」
「家族……うーん、家族っていうか、本人?」
「……え?アルって、馬郷って、まさかお前、馬郷アルフォンスか!?」
「あ、やっと気付いたー?もー、鈍いんだからー」
「お前、何でそんな恰好に……!?」
「私もやったのよ。乙女座の悪魔との契約を」
「何で!?」
「だって可愛くなれるって聞いたから」
「お前……どこからあの悪魔の事を聞いた?」
「昔、子供の時に優希の家に遊びに行った時に見たんだよねー。乙女座の悪魔の本。私、一度見たものは忘れないじゃない?だから高校を卒業したと同時にイメチェンしたんだー。可愛いでしょー?」
「お前……自分の事を鏡で見た事あるか?」
「あるよー?」
「醜いって思わなかったのか?嫌だって思わなかったのか?」
「私はナルシストだからねー。どんなに醜かろうと、私は私。それに、周りが褒めてくれるから自己肯定感爆上がりなんだよねー」
「……幸せな奴だな」
「そう。幸せ。だから女の喜びを知ったのよ」
「あの柔道部主将がこんな細身の美少女になるなんてな……逆に幻滅……」
「あら?私の事、好きになっちゃってた?」
「……五月蠅ぇ」
「良いんだよぉ?好きになっちゃって。本心はもう女の子同士で恋愛したいんでしょ?」
「んな訳……!」
アルことアルフォンスは優希に口付けをした。
「……ッ!?」
「じゃ、これからも宜しくね?優希ちゃん?」
その日、優希は仮病で早退した。
彰彦は今日はアルフォンスとのデートの日で、車でアルフォンスが住む家の前まで来た。アルフォンスは焚火をしていた。
「アルちゃん?」
「あぁ、アキ君。どうしたの?」
「いや、今日はデートの日でしょ?」
「あぁ、そうだったね。ごめんね。これが終わったらすぐに行くから」
煌々と照ってるその焚火をただジッと見詰めているアルフォンスに少し不気味さを感じた彰彦。そこに燃えカスがヒラリと舞った。その紙の破片が飛んできて、彰彦はそれを掴んだ。底には「座の悪」と書かれていた。
「ちょっ!?これ!?」
「そう。乙女座の悪魔の本。燃やしちゃった」
「何で!?」
「だぁって、勿体無いじゃない?折角女の体になったのに、その楽しみを味わえないまま生涯を終えるなんて」
「アルちゃん……?もしかして君も……?」
「そう。私の名前は、アル、アルフォンス。馬郷アルフォンスなの」
「ずっと……ずっと騙してたのか!?」
「騙してなんかいないよ~?ただ言ってなかっただけ」
「元の君はどんな姿だったんだ……?」
「え~?あんまり言いたくないんだけどなぁ~」
「男だったんだな?」
「うん。一応、柔道部主将だった」
「……オエッ!」
「あー、そうやって差別するのはLGBTに反してるぞ~?」
「俺は男を抱きたいとは思わなかった……!」
「あら~?でも優希ちゃんの話を聞いたら『襲いそう』って言ってたみたいじゃな~い?」
「アレは冗談で……!」
アルフォンスは彰彦に口付けをした。
「……ッ!?」
「男の体の事は、男の方が知ってる。良かったでしょ?私のテクニック」
「……クソがっ!」
「じゃあね~。将来安定だと思ってたけど、その分じゃEDになっちゃうかもしれないから別の男を探すから~」
そう言ってアルフォンスは去っていった。後を追おうとし、車で後を追い掛けていったが、高速道路で巻かれてしまった。
「クソッ!」
彰彦がパーキングエリアで一服していると、優希からメールが入った。
「あの女、アルは、馬郷アルフォンス。元男だ。」
と書かれており、柔道部の頃の写真も添えられていた。それを見て彰彦は無性に腹が立った。何故最初から言ってくれなかったんだと。しかし言われたらお付き合いはしていなかった可能性もある。知りたくなかった事実を改めて受け止め、彰彦はアルフォンスを追うのを諦めずにGPSを頼りに探した。
『ヴァルゴ・シンドローム』4
・歪んだ愛情
アルが馬郷アルフォンス、つまり元男だと知った優希と彰彦は彼女、いや、彼を追った。途中で彰彦と合流した優希は彼をGPSで追っていった。辿り着いた先はかつての彼の実家だった。
「わざわざ遠回りして何がしたいんだ?」
「私、怖い……」
優希は彰彦の袖を掴み、中に入っていった。そこは今でも電気、水道、ガスが通っており、薄暗い屋敷の中を進んでいくと、一つの部屋に電気が点いている事に気が付いた。息を潜め、ジリジリと近付いていくと、扉が勝手に開いた。中を恐る恐る覗いてみると、そこには幼い頃から最近のまでの優希の写真がズラリと無造作に貼られていた。よく見ると写真の横には付箋で「幼稚園年少時運動会」「中学校文化祭演劇」等の説明が書かれていた。
一瞬「ヒェッ!」と驚き、優希は彰彦の腕に抱き着いてしまった。すぐに離れたが、その場は気まずい雰囲気になった。そうしていると、扉の裏からアルフォンスが現れた。
「見ちゃったんだね……」
「馬郷!」
「アル!」
「引いた?」
「も、勿論……!」
「貴方には何も知らないまま女の子として過ごしてほしかった……」
「何でだ?」
「彰彦君には関係無い」
「……ッ!」
「何でこんな事をしてるの……?」
「私ね、幼い頃から優希君、いや、優希ちゃんの事が好きだったの」
「何で……?」
「貴方だけが私の事を見た目で判断しなかった。貴方だけが親が居ない私を受け止めてくれた。貴方だけが私の事を普通の友達のグループに入れてくれた。貴方だけが私の事を部活で褒めてくれた。だから好きになったの」
「それで女になったのか……!」
「そう。でも女になっても男を好きになる事は出来なかった。いや、好きになろうと努力した。だけど、貴方の事だけは忘れられない。この矛盾を解消するのは一つしかなかった。あの乙女座の悪魔と最後に少しだけ会話したの。あの時『貴方の大切な人も契約するでしょう』と言われたわ。そして貴方の性格を考えた上で貴方のSNSを見張ってて気付いたの。貴方はきっと仕事で失敗する。そして仕事を辞める。そして世の中を恨む。そして少年漫画が大好きな貴方は安直に女になりたいと思うようになる。そう読んでたの」
「でもあの蔵に隠してあった書物を見付けなければ、私は女にはならなかった!」
「いいえ。きっと見付け出すと思ってた」
「何故?」
「あの蔵をリフォームするように言ったのは私の会社。これはたまたまだった。でも近い内に貴方が実家に帰るとSNSで呟いていたのを見ていたのを思い出したの。そしてあの瞬間に思い付いたの。箱に貴方の好きな、香りの強い香水を着けた。つまり、あの箱は遅かれ早かれ貴方に、優希ちゃんに見付けられる運命だったのよ!」
アルフォンスは高らかに笑った。しかし怯まずに彰彦は言った。
「馬郷!悪魔契約の解除方法を教えて!?」
「そんなの聞いてどうするつもり?」
「私は男に戻るの!」
「もう無理ね。だってもう、女言葉が身に付いちゃってるじゃない」
「そんなの……!」
「女が男言葉を使ってもそれは個性として見られるけれど、男が女言葉を使うのは今の社会じゃ偏見で気味悪がられるよ?」
「……貴様ぁ!」
彰彦はアルフォンスを押し倒した。
「言え!教えろ!どうやったら悪魔契約は解除される!?」
「そんな事しても無駄よ。だって、悪魔契約を解除したら、一生子孫を残せない体になるんだもの」
「何だって!?」
「性器はあるけど性欲も、種も生まれない。そんな人生を歩むより、どうせ子供を望まないなら女同士で仲良くした方が良いでしょう?」
「そんな事無い!女は……女性は女性で辛い!私は、俺は……!」
「男だと辛いから女になる事に逃げたんでしょう?だったらもう男に戻らない方が良いんじゃないの?」
「……ッ!」
言葉が出なかった。確かに自分は男性である現実から目を背け、女性になる道を選んだ。しかしこんなに大変な思いをするとは思っていなかった。だがここでまた男に戻ってあの生活をするのかと思うとそれはそれで辛い現実が待っている事は否定出来なかった。だが、優希は言った。
「俺は……!男に戻る!だって、女性を経験したからこそ、男女共にを支える為の体を取り戻したいから!」
「女でも鍛えればそれなりの筋肉は着くわよ?」
「それでも限界はある。実際、介護の現場は男不足の部分がある。だから俺は元の生活に戻る!皆の支えになる為に!」
「……そう。じゃあ戻れば?男に」
「どうやって?」
「さぁ?それを知ってるのはこの世で私だけ。私が死ねば、貴方は一生私を想いながら死んで逝く!だからここでサヨナラよ!」
アルフォンスはサバイバルナイフを取り出し、自分の首に斬り付けた。溢れる血飛沫。アルフォンスは倒れる間際に「全てを手に入れられないなら、生きている意味は無い」と言って気を失った。彰彦はすぐに止血させ、優希に救急に通報するように言った。彰彦は「全てを手に入れるなんて無理だ!だが得ようとするその心が大切なんだ!死ぬな!アル!」と叫んだ。十分程で救急車は到着し、アルフォンスは集中治療室に入った。
手術後、アルフォンスは一命取り留めたが、目覚めるかどうかは五分五分だそうだった。個室の病室に移され、一ヶ月後、アルフォンスは目を覚ました。親が居ない彼の所に、代わりに優希と彰彦がやって来た。
「結城ちゃん……アキ君」
「アルちゃん……」
「目を覚ましたか?馬郷」
「どうして助けたの……?優希ちゃんは私の事を愛してくれないんでしょう……?」
「助けるに決まってるだろ。友達なんだから」
「友達……ふふっ、そうか。友達、か……」
アルフォンスは涙を流した。
「お願いだ。教えてくれ。男に戻る方法を」
「そうしたら本当に子供を残せなくなるよ?それでも良いの?」
「構わない。その分、恋人にはなれないがお前は俺の大切な友達だ」
「本当……?」
「あぁ。だから教えてくれ。契約の解除方法を」
「……分かった。教えてあげる」
「本当か!?」
「うん。至ってシンプル。もう一度乙女座の悪魔を召喚すれば良いの」
「それで?」
「『男に戻りたい』それだけを言えば男に戻れるわ」
「……そうか。分かった」
優希は席を立った。
「必ず、必ず私の所に帰って来て……?」
「勿論だとも。アルフォンス。いや、アル」
優希は病室を出て行った。
「結局、私は何も手に入れられなかった……」
「そんな事は無い。俺達が居る」
「でも、友達でしょ?」
「あぁ、友達だ。だからこそ、揺るがない絆がある。愛情とは、また別のな」
「……そう。それで良かったのかもね……」
「何でもかんでも一人で抱え込むなよ……優希だけじゃない。俺だっているんだから」
「……ありがと」
優希は家に帰り、再び同じ儀式をし、悪魔を召喚した。急激な血液の減少に体から力が抜けてしまったが、何とか乙女座の悪魔を呼び出す事が出来た。
「あら、貴方はこの間の?」
「俺を男に戻してくれ!」
「代償を得る事はご存じですか?」
「分かってる!だから、男に戻してくれ!」
「……分かりました。良いでしょう。手を」
乙女座の悪魔は手を差し出した。優希も手を差し出し、握らせた。するとまたも体中に激痛が走り、悶え苦しむと、姿が元の男の姿に戻った。
「これ、は……成……功……!?」
「はい。貴方は男に戻りました。一応代償のお話をしておきましょう。貴方は生殖能力を失いました」
「分かってる……!」
「忘れないで下さい?貴方はもう、雄としての力が無くなったという、雄を司る全ての能力を失ったという、その意味を……」
そう言って乙女座の悪魔は消えた。
優希は男に戻った姿で母親と再会した。パツパツの女物の服を着てお手最初躊躇われた優希だったが、すぐに着替えてもう一度母親の所へ向かった。
感動の再会後、優希は彰彦と共にアルフォンスの見舞いに行った。アルフォンスは非常に喜び、まるで学生のように、あの頃の青春を取り戻すかのように過ごした。
それから優希は心を入れ替え、再び介護士として復帰した。今度は女性介護士と女性入居者の事を気遣いながら。勿論、男性介護士と男性入居者の事も考えながら。
そして女性に対して非常に優しいとの事で女性入居者から気に入られ、女性看護師からは体調不良をすぐに察知してくれて嬉しいと好評になり、男性介護士からは恋愛相談を受けるようになった。
十年経ち、三十八歳を過ぎた頃から体は少しずつ衰え始めた。本来なら身体を維持するはずだった男性ホルモンの働きは失われ、筋肉、代謝、免疫、内臓機能までも徐々に低下していった。それは悪魔が告げた代償そのものだった。いざ命の灯が消えるその瞬間、優希は思った。
「あぁ、雄としての力が無くなったって、そういう意味か……」
と。死の直前、彰彦とアルフォンス、母親と父親が優希の手を握った。優希は最期の力を振り絞って「ありがとう」と呟いて息を引き取った。
墓に入る優希を母親と父親、そして彰彦とアルフォンスは見送った。アルフォンスは墓に黄色い薔薇を添えた。黄色い薔薇の花言葉は「友情」。
それは最後まで届かなかった恋への別れであり、新たに見付けた友情の証でもあった。アルフォンスは静かに墓石へ手を合わせ「ありがとう。優希君」と心の中で呟き、今度こそ笑顔でその場を後にした。
『ヴァルゴ・シンドローム』5(最終話)
・死神の小話
優希は目を覚ました。そこは暗い場所で、辺りには何も無く、先も見えない。だが地面はあるという不思議な場所だった。ボーッとする頭を抑えながら立ち上がると、自分にスポットライトが当たるように光が差し込んだ。そして向こう側にもスポットライトが差し込み、そこには大きな鎌を持ち、黒いフードを被った少年が立っていた。
「やぁ、君を迎えに来たよ」
「君は……?」
「死神さ」
「死神?」
「そう、死神」
優希はゆっくりと立ち上がり、深呼吸した。
「悪魔がいたんだもんな。死神くらいいるよな」
「理解が早くて助かるよ」
「俺は悪魔と契約した事がある。勝手に女になったり男になったり我が儘だった。俺が行くのは地獄か?」
「いいや。地獄じゃない」
「じゃあ天国か?まさかな」
「天国でもないね」
「じゃあどこに?」
「それは逝ってからのお楽しみ。まぁ詰まる所、天国も地獄もあの世では一緒なんだよ」
「ふぅん……?」
「さて、ここからは僕の仕事をさせてもらおうかな」
「仕事?」
「そう。仕事。ここでは君の願いを一つだけ叶えてあげる事が出来る」
「願いを、叶える……?」
「そう。生き返らせてくれ、なんてのは無理だけど、可能な範囲でなら何でも叶えてあげるよ」
「そうか。じゃあちょっと時間をくれ」
「良いとも」
優希は熟考した。その間、死神は煙草を取り出して吹かして待った、そして優希は思い付いた。
「記憶を消したい」
「記憶を?何の?」
「アルちゃんの」
「アルちゃん?」
「アルフォンス」
「アルフォンス……あぁ、馬郷アルフォンス君ね」
「ちゃん」
「え?」
「アルちゃん。彼は、いや、彼女はもう一人の女性だ。男じゃない」
「あ、あぁ、そうかい。で?どの程度消す?」
「彼女が元男だったって部分を」
「ちなみに何で?」
「それは言わなきゃいけないのか?」
「いや、個人的な興味」
「アイツの事を真剣に考えた時、やっぱり元男って感情が邪魔してな……今度は一人の女性として向き合ってみたいんだ」
「成程ね」
「あ、これは願いになるかもしれないんだけど……」
「何だい?」
「あの世があるって事は、輪廻転生とかは無いのか?」
「あぁ、そんな事か。別に願いじゃなくても答えるよ。無いよ」
「そうか。じゃあ皆あの世に来るのか?」
「うん」
「そうか。じゃあ記憶を消してくれ」
「分かった」
死神は鎌を一振りし、アルフォンスの元男という記憶を消した。
「どうだい?気分は」
「少しボーッとする……」
「そうかい。ちなみにアルちゃんは分かるかい?」
「アルちゃん?あの美少女だろ?」
「あぁ、なら良いんだ」
「アルちゃん。待ってるからな……」
死神は鎌を一振りし、光の階段と光の扉を出現させた。
「さぁ、君の願いは叶えた。あの世に逝ってもらうよ」
「あぁ。ありがとな。死神さん」
「これが仕事ですから」
優希は階段を上っていった。
「なぁ?向こうにも介護施設ってあるのか?」
「いいや?皆健康体さ」
「そうか。仕事どうしようかな……」
「何。介護だけが仕事じゃない、向こうでゆっくり考えて働きたくなったら働けば良いさ」
「そうかい」
優希は光の扉をくぐり、消滅した。
「最後にいやらしい願いをしてくるねぇ」
そう言って死神は鎌を一振りし、その場から消えた。




