追放された真の聖女は伝説の聖獣と隣国へ向かう。転生ヒロインがシナリオ通りと笑う影で王国は静かに滅びる。いじめるなんて性格の悪い女のすることですと言われたが思いっきり跳ねて刺さっているのだが?
「ルルメーニ、貴様との婚約を破棄する!偽善者め!」
王宮の大広間にて第一王子・レマードの声が響き渡った。彼の傍らには、愛らしく首を傾げる少女キミカが寄り添っている。ルルメーニは冷ややかな床に膝をつき、泥を投げつけられたような屈辱の中にいた。
「殿下、私は神殿の浄化を……」
「黙れ!キミカはこの世界のシナリオを知っている。聖女の力を悪用し、彼女を陥れようとしていることも!」
キミカは前世で遊んだ乙女ゲームだと豪語する転生者。彼女は聖女の知識と称して現代の衛生概念や簡易的な魔道具を持ち込み、王宮の人々を懐柔した。
「ルルメーニさん残念です。レマード様をいじめるなんて、性格悪い女のすることですよ」
キミカが勝ち誇った笑みを浮かべ、耳元で囁く。
「加護全部私がもらっちゃうから。あなたは大人しく野垂れ死んで」
ルルメーニは国外追放を命じられた。魔物が蔓延る死の森の境界線。そこで彼女を待っていたのは死ではなく、地響きのような咆哮だ。
「……グルルル……!」
目の前に現れたのは神話にのみ記された伝説の聖獣白銀のフェンリル。王国の象徴でありながらここ数百年、誰の前にも姿を現さなかった守護獣。キミカはゲームの知識で聖獣は自分に懐くはずだと思い込み、騎士団を引き連れて追ってきた。
「あ、いた!聖獣ちゃんおいで!新しい主の聖女だよ!」
しかし、聖獣はキミカを一瞥もしない。それどころか彼女が放つ歪んだ魔力に不快そうに牙を剥いた。聖獣が跪いたのはボロボロの服を纏ったルルメーニの前だ。
「主よ……ようやく真の光を見つけた」
聖獣の言葉が、ルルメーニの脳内に直接響く。ルルメーニが銀の毛並みに触れた瞬間、今まで封印されていた真の聖女の力が爆発的に解放された。
「な、なんで!?聖獣はヒロインに従うはずなのに!」
キミカが悲鳴を上げる。ルルメーニが聖獣の背に乗り、空へ舞い上がると同時に王都を覆っていた結界がガラスのように砕け散った。
ルルメーニの力こそが国の生命線。キミカが持ち込んだ知識など、真の魔力による加護の前では砂の城に過ぎない。
「レマード殿下、キミカさんさようなら。あなたたちの望むシナリオをどうぞお一人で」
ルルメーニが去った直後、王都には暗雲が立ち込め、大地は枯れ始めた。
聖獣フェンリルの背に乗り、国境を越えたルルメーニ。たどり着いたのは峻厳な山脈に囲まれた獣人帝国ヴォルガ。人間たちの王国から野蛮な地と蔑まれたその国は、今原因不明の黒い霧に蝕まれ、深刻な飢饉に喘いでいた。
「止まれ人間の女……いや、貴様の背にいるのは……っ!」
国境を守る獣人の戦士たちが伝説の聖獣を見て震え上がる。そこに現れたのは獅子の黄金の鬣を持つ男皇帝レグラウス。
「聖獣を従えし娘。我が国に何用だ。奪いに来たかそれとも」
「救いに来ました。捨てた国ではなく必要とする場所をこの子が選んだのです」
ルルメーニが聖獣の頭を撫でるとフェンリルは喉を鳴らして肯定した。レグラウスは光景に目を見張り、剣を収めた。レグラウスに案内された帝都は、作物も育たず病に倒れる獣人たちであふれていた。
ルルメーニは静かに祈りを捧げる。キミカがゲームの知識で語っていた小手先の魔法ではない。大地の精霊と対話し、根源から浄化する真の聖女の力。
「満ちよ琥珀の慈雨」
杖を掲げると枯れ果てた大地から一斉に芽が吹き出し、黒い霧が霧散していく。病に伏していた子供たちが立ち上がり、毛並みが艶やかに輝き戻る。獣人たちは一斉に跪いた。「真の救世主が現れた」と。
「……信じられん。我らが何十年も抗ってきた呪いを一瞬で……?」
レグラウスはルルメーニの小さな手を取り、誓いを立てた。
「ルルメーニ殿。我が国の国母として迎えたい。貴女を害する者はレグラウスが全獣人軍を以て噛み殺そう」
「え?」
一方、ルルメーニを追放したレマード王子の王国は地獄と化していた。
「キミカ!作物が育たない!現代農業とやらはどうした!」
「だ、だって!土壌の魔力が枯渇してるなんて設定ゲームにはなかったもん!それにこの防壁なんで崩れるの!」
キミカが作ったコンクリート風の壁は加護を失った大地の震動に耐えられず崩壊。攻略したはずの騎士団たちは浄化の魔法が使えない彼女に愛想を尽かし、次々と離反していた。視線の先には隣国から流れてくる信じがたい噂があった。追放されたルルメーニ様が獣人帝国を楽園に変えたらしい
獣人帝国の国境。栄華を失い、泥にまみれた馬車が一台停まっていた。中から現れたのは、第一王子レマードと転生者キミカ。豪奢な衣装は汚れ、レマードの頬はこけ、キミカの自慢の髪はパサパサに傷んでいる。彼らが目にしたのは、死の荒野ではなく黄金の麦穂が揺れ、活気に満ちた獣人たちの楽園。
「な、なんだこの豊かさ。それにそこにいるのは……ルルメーニ?」
城壁の上に立つのは清廉な白いドレスに身を包み、眩いばかりの神聖魔力を纏ったルルメーニ。隣には山のような巨体を誇る聖獣フェンリルと肩を抱く皇帝レグラウスが並んでいた。レマードは門前で膝をつき、必死の声を張り上げた。
「ルルメーニ!会いたかった!全てはキミカの……女の甘言に惑わされた私の過ちだった!今すぐ王国に戻り、結婚してくれ。そうすれば貴女を王妃として迎えよう!」
キミカもまた必死な顔で叫ぶ。
「そうだよルルメーニさん!悪役令嬢としての役目はもう十分でしょ!?このままだと私の……王国の好感度パラメータがゼロになっちゃうの!お願い、戻って聖女の力で全部元通りにしてよ!」
二人の言葉を聞き、聖獣フェンリルが低く唸る。
「……主よ。あれが貴女を泥に沈めた者たちか。噛み殺しても良いのだぞ?」
レグラウスも冷徹な瞳で二人を見下ろした。
「我が国の宝を、よくもそれほど厚かましく呼べたものだ」
ルルメーニはゆっくりと城壁の端まで歩み寄り、静かに口を開いた。
「レマード殿下。貴方は王妃にしてやると言いましたね。ですが、今の貴方の国に座るべき椅子など残っているのですか?」
「それは……」
「民は見捨てられ大地は枯れ、騎士団も散り散り。貴方が守りたかったのは国ではなく王族としての体面だけ。今の貴方に私を雇う対価など払えるはずがないでしょう」
次にルルメーニはキミカを見据えた。
「キミカさん。シナリオと言いましたね。残念ながら私が今生きているのは、貴女の知る安っぽい物語の中ではありません。ここは現実です。……貴女が奪った私の家族、地位、名誉。それらをごめんなさいの一言で買い戻せるとでも?」
「そんな……!私、ヒロインなんだよ!?主人公に従わないなんてバグ!」
冷たく微笑んだ。
「バグで結構です。門番。その者たちを追い出しなさい。帝国の神聖な空気が汚れます」
獣人の戦士たちが一歩踏み出す圧倒的な威圧感にレマードとキミカは腰を抜かし、無様に地面を這いずりながら逃げ惑うしかなかった。
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