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EP.1「その鳥、狂暴成りて」

気分転換で始めたシリーズなので更新も他より一層気分次第になる


11/19:描写を所々修正、加筆しました。

1



 ビル群の美しい煌めく夜景が、横浜の海に反射している。

 今日は金曜日。時刻は深夜0時を過ぎている。それでも灯りは消えることはなく、道路を走る車も僅かだが渋滞を作っている。

 横浜港の敷地にある積まれたコンテナが列を成して整理されており、その内の一つ…『キリシマ海運』のロゴが塗装された白いコンテナの上に、一人の女性が立っていた。仁王立ちして両腕を胸の前で組んでいる。

 一見中学生と見間違う様な幼さを感じる、愛らしい顔立ちをしている。だが、華奢な体躯を黒いタイトなタンクトップ、黒革のレザージャケットとホットパンツで包み、更に黒革のライディングブーツを履いた姿は、夜の闇に溶け込みながらも、優雅な白鳥ハクチョウのように優美だった。セミロングの滑らかで美しい黒髪が潮風に揺られ、宝石のような輝かしい紫の瞳が、鋭く遠方を睨む。視線の先には、鮮やかにライトアップされた横浜ベイブリッジがそびえている。

 そして、首にかけた銀色の細いチェーンペンダントの先には、銀色の小さな白鳥のペンダントヘッドが付いており、月明かりに照らされるとキラリと鮮やかに反射する。

 耳に掛けた黒いイヤホンに、声が流れてきた。

〈__”麗華お嬢様”、今どこですか?〉

 クールな冷たくも、どこか優しさを感じる声音の女性の言葉に、麗華お嬢様と呼ばれた彼女はイヤホンに付いたボタンを人差し指で静かに押して応答した。

「なんでもありませんわ。ただ街を眺めてただけ…それにしても、いつ見ても綺麗な景色ですわね、この街は…」

〈その綺麗な街を守るためにも、麗華お嬢様にはキチンと仕事をしてもらわないと…。

 今、”鷹野”から連絡が入って…”ターゲット-1874a”が送り込んだ傭兵集団が、横浜港に向かっている、と…〉

 麗華の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。一見すると優しい顔のはずなのに、温もりを感じない。

「あら、わたくし達の誘いに釣られてお越しになられたのね…それなら、丁重にお迎えしなければ、”白鳥聖翼団”の名が廃りますわ」

 そう言いながら彼女は、レザージャケットに隠された、肩に掛けた革のホルスターから、サプレッサーとフラッシュサイトを装着した、シルバーフレームのスプリングフィールド・アーミー1911を取り出し、セーフティーを解除してスライドを引き、弾丸を装填させた。

 横浜港の正面入り口の方角に振り向いて視線を移すと、彼女は口角を上げ、通話の相手に、囁く様に言った。

「さぁ…”パーティー”の幕を開きましょう…」

 そう言って通話を切り、コンテナを一つ一つ軽やかな動きで飛び降りていき、華麗に地上に降り立つ。

 そこには、磨き上げられた美しい光沢を放つボディを魅せる、白色の日産・GT-Rが止まっていた。

 彼女はそのGT-Rの運転席に乗り込み、エンジンを掛ける。LEDのヘッドライトが闇夜を切り裂き、V6ツインターボエンジンが、まるで獣の咆哮の様な重たいエキゾーストノイズを上げ、彼女がギアを入れてアクセルを踏むと、タイヤをスピンさせて勢いよく発進し、横浜港の入り口へと向かっていった…。



2



 日曜日の午前11時前。

 快晴の青空の下、みなとみらいのビル群の中にそびえ立つあるビルの一階の野外の広場に、多くの人が集まっていた。多くはテレビや新聞などのメディア関係者で、アナウンサーの女性がカメラの前でマイクを片手に何か喋っている。

「こちら、”白鳥スカイタワービル”のエントランス前の大広場からお伝えしております。この後午前11時から、白鳥財団社長、”白鳥岳人”氏による、”新プロジェクト公式発表会”が開催されます。

 ご覧の通り多くの報道関係者が集まっており…」と、生放送のニュース番組に出演しているようだ。

 ”白鳥スカイタワービル”…みなとみらいのビル群の中でも大きな敷地を有し、階層は50階にまで及ぶ。白鳥という名に相応しい、綺麗な白い建物で、外装のガラスの多くは企業機密・プライバシー保護のため濃いスモークガラスが張られている。80年代末期のバブル経済期の頃に建設されたビルだが、新築の様な美しさを保っている。

 集まった報道関係者の中に、二人の男がおり、用意されたパイプ椅子に座り、一眼レフカメラや小型のボイスレコーダーを持ちながら、会見が始まるのを静かに待っている。

 一人は高校を卒業したばかりの様な若々しい青年”鈴木”。紺色のスーツに身を包み、落ち着きが無いように辺りを見回している。

 その隣に座っているのは彼の4つ上の先輩”竹田”。白いワイシャツに紅色のネクタイを締め、ベージュのスラックスと茶色い革靴を履いている。髭の手入れをちゃんとしておらず、一見すると40歳を過ぎた中年男性の様に見える。

 竹田は鈴木の挙動不審な様子を見て呆れた様な半目で彼に声を掛ける。

「おい…少し落ち着け…」

「す、すみません…こういう場に来るのは初めてで…緊張しちゃって…」

「はぁ…」


 竹田が左腕に付けた腕時計が、午前11時を示すと、ビルの入り口から、黒いスーツの男女、セキュリティーポリスに囲まれた二人の人物が姿を現し、待機していた報道関係者達は一斉にカメラを向け、シャッターを押し始める。

 最初に現れたのは男性…色が落ちてきた黒い髪をオールバックにしており、顔にはところどころ皺ができて渋い顔立ちをしている。だが足腰はしっかりしているようで、背を真っ直ぐにし、脚の動きもキレが良い。濃い紺色のスーツも渋い顔に合うように整えられている。

 それを見た竹田は、鈴木にだけ聞こえる声量で呟いた。

「”社長さん”がおいでなすった…相変わらず姿勢が良いな~。もう50代後半に入ってるんだぜ?あのオヤジ…」

「社長さん…ってことは、あの人が”白鳥岳人”さんですか…」

「あぁ…」


 そして、次に現れたのは、一人の女の子だった。

 黒いセミロングの綺麗な髪を靡かせ、美しい紫の瞳はカメラのフラッシュでより輝きを増す。顔立ちはどことなく幼く、背丈も岳人に比べるとやや低い。それでも、凛とした表情で堂々と足を前に進めている。細く華奢な体つきをしている様に見えるが、グレーのパンツスーツによって現れる身体のラインは、何人かの男の視線を釘付けにした。

 彼女を視界に捉えた鈴木は、我が目を疑って呟いた。

「なんだあの子…社会見学の中学生?」

 それを聞いた竹田は、ジトっとした横目で彼を見て言った。

「バーカ、ありゃ社長の娘の”白鳥麗華”だ…今年でもう20歳になる。”次期社長の最有力候補者”だ」

 それを聞いた鈴木は、喉の奥から込み上げる素っ頓狂な声を抑えながら驚愕して言った。

「あっ、あんな華奢な女の子が…!?」

「言うな…俺も最初は自分の耳を疑ったよ…だがそれが事実だ。あと数年…ひょっとしたら今年中にも、あの子が財団のトップになる」

 鈴木はそれを聞いて唖然としながら、麗華を目で追った。

 岳人は大広場に設置された壇上に上がり、セキュリティーポリス達は一度彼の周りから散り、後ろに立って警戒を続ける。

 麗華…そして彼女の一番近くで護衛をしている、赤茶色のロングヘアーに青い瞳をし、黒い縁の眼鏡を掛けた、背の高い黒スーツ姿の女性が、壇上の下で、綺麗なフォームで立つ。

 壇上にはマイクが立ててあり、岳人の後ろには、大型の薄型モニターが設置されている。

 岳人はマイクの軽いチェックをし、正常に動作することを確認すると、小さく咳ばらいをしてから、顔のイメージにピッタリと合う低く渋い声音で語り始めた。

「皆様、本日はご足労頂き、誠にありがとうございます」

 そう言うと、報道関係者達は盛大な拍手で返す。

「…皆様、ありがとうございます。

 えー…今回の会見は、白鳥財団の歴史に大きな1ページを刻む一大プロジェクトを、皆様に初めて、お伝えするために設けさせていただきました。

 早速、ご説明いたします」

 そう言うと、岳人の後ろのモニターが映像を映し始めた。画面には、『白鳥財団 新プロジェクト構想「横浜大改装プロジェクト」』とテロップが表示される。

「「横浜大改装プロジェクト」。

 我々白鳥財団が、横浜市と協力し、”もっとより素晴らしい、より美しい街に改革する”ことが、一番の目標となっております。

 白鳥財団には、多くの協定企業が参加しております。世界的シェアを誇る某自動車企業N社、IT・AIの技術開発を担う「スパイダー・ネット・ヴィジョン」通称「SNV」、我が財団の技術を大いに活かせる素材を海外からの輸送を担う「キリシマ海運」など…。

 彼らの技術力と、我々白鳥財団の力で、市民の皆様が、より暮らしやすく…市外県外、果ては海外からやってきた観光客の皆様が、より街を美しいと感じてもらえるような街にしていく所存です。

 その内容の一例を、皆様にいくつかご紹介致します」

 岳人の後ろのモニターが、これから語る内容に合った画像や映像に変わっていく。

「まず、N社の車両技術と、SNV社のAI技術を融合し、完全自動運転の路線バス構想を提案。人手不足が社会を圧迫し、バスの運行も次第に減ってきている…この構想が実現すれば、人手を可能な限り削減し、余裕ができれば運賃の値下げ、利用者が増加すればバスの台数を増やすことが可能です。学校や職場に通う方々、観光で各地を訪問する方々が安心して利用できるよう、計画を進める方針です。

 次に、その技術を用いて、キリシマ海運主体による配送の効率化も図ります。自動運転トラックによる安全でスムーズな配送、誤配送などのトラブルを解消し、配送先に素早く、大事な荷物をお届けできるよう、計画しています。

 次に…」

 と、それからいくつかの計画の内容を語っていった。

「最後に…このプロジェクトの完遂は、かなりの年月が必要になると想定されています。

 そのため…私が最後までこのプロジェクトを指揮できる可能性は、あまり高くありません。

 そこで今回、このプロジェクトを引き継げる、頼もしい人物を紹介します」

 岳人はそう言って、壇上の下で立っていた麗華に視線を移す。麗華はそれを見て小さく頷き、壇上に上がり始めた。

 マイクの前に立ち、咳払いをせず、そのまま語りだした。咳払いをせずとも、愛らしく澄んだ高い声音が綺麗に発せられた。

「皆様、お初にお目にかかります。

 わたくし、白鳥財団次期社長候補の一人、”白鳥麗華”と申します。皆様、以後お見知りおきを」

 麗華がそう言うと、会場はざわつき始める。皆、鈴木が思った様なことと同じようだ。

 その反応に、彼女は気を落とすことなく、むしろより口角を上げて、話を続けた。

「皆様のお気持ち、よく理解しております。

 私の様な、華奢で幼いような容姿の小娘に何ができるか、とお思いでしょう。

 ですが、わたくしは、”白鳥一族”の血筋から生まれた一人の女…その血に恥じぬよう、皆様の期待を大きく裏返す様な、素晴らしい成績を上げて見せますわ!」

 そう言って彼女は、ニッコリと笑顔を見せた。

 会場の誰もが、唖然とした表情で黙り込むが、誰かが拍手を始めると、それに釣られ、皆彼女に拍手を送った。



3



 新プロジェクトの発表会が幕を閉じ、報道関係者達が皆それぞれの所属会社の拠点に帰っていった頃には、午後12時半になっていた。

 白鳥スカイタワービルの上階、麗華達の自宅でもあるこの階の一室で、麗華はあの眼鏡を掛けたSPと共に着替えをしていた。

 麗華はフリルの付いた純白のブラウス、襟に黒く細いリボンを巻き、ブラウスの上からコルセットの役割も担う黒いスカート、薄い黒のストッキング、黒革のローファーを履き、そして白鳥のペンダントヘッドが掛けられた細い銀色のチェーンペンダントを首に掛け、会見で入れていた気合と肩の力を抜いて一息吐く。

 SPの女性は黒スーツを脱ぐと、腰に細いベルトを巻いた白いワンピースの上から、美しい艶を出す黒革のダブルライダースジャケットを着て、スラっと長い美しい脚は黒革のロングブーツに包む。

 着替えを終えると二人は部屋を後にし、SPの女性が麗華に声を掛ける。

「麗華お嬢様、お疲れ様でした…」

「”真緒”もお疲れ様ですわ。ずっと見張りをしててお疲れでしょう?少し休んではいかが?」

 真緒と呼ばれた女性は、丁寧に断った。

「いえ、まだ仕事がありますので…」

「そう…あまり無理をして、身体を壊さないようにしなさい。でないと…”聖翼団の仕事”をいつも通りにこなすことはできませんわ」

「……分かってます」

 二人はしばらく歩いていくと、広い一室に辿り着いた。

 大きく長い白いテーブル、その周りに背もたれの付いた座り心地の良さそうなキャスター付きのイスが並べられ、既に何人かの人物が座って、二人を待っていた。

 一人は、赤いレザージャケットとレザーパンツ、黒革のライディングブーツという恰好の、金色の少しワイルドな雰囲気がするミディアムヘアーに、輝きに満ちた緑の瞳をした、スタイルの良い外国人女性。退屈そうな顔をしながらイスに座りクルクルと回転している。

 一人、は白いタンクトップの上にグレーのフライトジャケットを着、タイトな青いジーンズと黒いスニーカーを履いた、男前な顔立ちをした、紺の瞳のクールな日本人女性。タンクトップには、彼女の鍛え上げられた腹筋の割れ目が薄っすらと浮かんでいる。手にはかつて第二次世界大戦時に活躍した日本軍のパイロット”菅野直”についての内容の文庫本を開き、真剣な眼差しで静かに読みふけっている。

 最後にもう一人は、白いワイシャツに赤色のネクタイ、前のボタンを開けたグレーのスーツジャケットを着た、薄らと紫がかった滑らかな黒髪ショートヘアに、どこか虚空を据えている様な濁った瞳をした、暗い雰囲気をしつつもハンサムな顔立ちの男性。座って背を丸くしながらノートパソコンのキーボードを打ち込んでいるが、それでも長身だと分かる程身体が長い。

 麗華は彼女達に向かって、両手を腰に当て、やや大きめな声で言った。

「皆の者!今帰ったわよ!”ハンナ”、”鷹野”、”松倉”!」

 麗華がそう言うと、ハンナと呼ばれた、イスに座ってクルクル回っていた女性は、表情を一変させ、パァッと明るい顔をして、イスから降りて麗華に駆け寄ってきた。

「レイカ~~!!おかえり~~!!」と麗華に抱きつき、力強い頬ずりをし始めた。麗華は全く動じず、完全に慣れた様な面をしている。

 鷹野と呼ばれた、文庫本を読んでいた女性は、本から顔を上げ、麗華と真緒を見て「おかえり!」と、ハスキーな元気の良い声で二人を迎えた。

 松倉と呼ばれた、ノートパソコンを弄っていた男は、即座に身体を起こして二人…特に真緒を見て、虚ろな瞳を輝かせ、彼女に駆け寄った。

「おっかえり~真緒さぁ~ん!」と、麗華に抱きつくハンナの様に飛び掛かろうとしたが、真緒は片手で彼の顔を押さえつけ、自分に触れようとする松倉の手を近づけないようにした。

「相変わらずしつこいわね松倉くん…」

「いいじゃないですか~、同じ”チーム”のメンバーなんですから~」とニヤニヤしながら松倉は答える。

 鷹野は文庫本を閉じてテーブルに置き、二人に歩み寄りながら、あることを伝え始めた。

「”表のお仕事”が終わった後で悪いが…ちょっと耳に挟んでもらいたいことがある」

 それを聞いた麗華は、未だに抱きついてくるハンナの後頭部を優しく撫でながら、「何かしら?」と鷹野に尋ねた。

「”コマキ・ホールディングス”…コード名はえっと…何だっけ…あ、”1874a”がまた動き出したみたいだ。

 この前の”パーティー”で、大金叩いて集めた傭兵を全滅させられたのに、だ…。アイツら、絶対新プロジェクトの妨害をしてくるぞ…」

「あらあら…往生際の悪いゴキブリさんだこと…」と、麗華は冷めた目で言った。

「幸い”偵察班”が連中を監視してる。何かあればすぐに知らせが来るはずだ」

「そう…では、私達は”次のパーティー”に備えて、色々済ませておかなくてはなりませんね。丁度お腹も空いてきたところですし」

 そう言って麗華は、ハンナに抱かれながら部屋を後にした。


 食事に向かう前。ハンナに一度離れてもらい、麗華は同階の奥にある、父である岳人の部屋に一人で向かった。

 ノックをし、岳人が室内から「どうぞ」と言うと、麗華は岳人の部屋に足を踏み入れた。

 清掃が行き届いた清潔で整った部屋。窓際のデスクの横には、スーツやコート、帽子を掛けるためのダークブラウンの高価なポールハンガーがあり、岳人は会見で着ていたスーツのジャケットを脱ぎ、ハンガーに掛けながら皺を直していた。

「お父様、会見、お疲れ様でした」

「あぁ…麗華もご苦労様。緊張しただろう?」と岳人はジャケットの皺を直し終えて、ネクタイを軽く緩め、デスクの隣にある革椅子にゆっくりと腰を落ち着かせる。

 岳人の言葉に、麗華は「フッ」と笑って返した。

「あれくらいでへばっていては、今後の仕事で優雅に立ち振る舞うことはできませんことよ」

「ははっ…それもそうだ」

 お互い穏やかな笑みを浮かべてそう話していたが、麗華はスッ…と真剣な表情に切り替えて、父に言った。

「…コマキ・ホールディングスが、まだ悪足掻きを続けるご様子です。今夜、”最後通告”として、奇襲を仕掛けますわ」

「…そうか。相変わらず、しつこい連中だな…」そう言って岳人はネクタイを解き、丁寧に三つ折りにしてからデスクの上に置いた。

「とはいえ、まだ連中は、実行に移してないのだろう?今奇襲を仕掛けるのは、早くないか?」

「お言葉ですがお父様…少しでも動きがあった以上、不測の事態が起きる前に処罰を下すべきですわ。

 それが、”白鳥流”のやり方でしょう?」

 そう語る麗華の凛々しい顔を、岳人は静かに見つめた。

「…分かった。ただし、怪我はするなよ…」

 それを聞いた麗華は、また穏やかな微笑みを見せ、「分かっております」と伝えた。

 麗華は軽く頭を下げてから、岳人の部屋を後にした。

 彼女が部屋を出る際、首に掛けていた白鳥のペンダントヘッドが、一瞬キラリと光り、岳人の瞳に映った。

 静まり返った部屋で、岳人は一人、デスクの上に置かれた写真立ての中の一枚の写真を見つめた。

 まだ髪が濃い黒だった頃の岳人、まだ4歳だった頃の無邪気な笑顔をしている幼き麗華、そして…今は亡き、妻”美咲”と自身の父”康晴”、麗華にとっては祖父に当たる人物が映っており、背景は白鳥スカイタワービルの、クリスマスのための装飾が付けられたロビーだ。麗華は美咲に抱きかかえられている。

 美咲の髪色は栗色の茶髪なのに対して麗華は滑らかな黒髪と、一見すると親子には見えないかもしれないが、顔の輪郭や、目の形、瞳の輝き方が、お互い似ている。髪色は父である岳人譲りなのだろうと分かる。

「…笑顔は母親に似て、血の気の多さは爺さんに似たな…フッ…血は争えん」

 そう呟いて、岳人は椅子と共に周り、窓の向こうに広がる横浜の景色を一望した。



4



 やがて、日は沈み、夜になった。

 午後10時。

 白鳥スカイタワービルの屋上には、ヘリコプターが待機しており、プロペラを回していた。

 黒いラインの入ったグレーのタイトなワンピースの上から丈の短いダークグレーのクロップドパイロットジャケットを着、黒いロングブーツを履き、頭にはパイロット用のゴーグル、腰には小さめの工具などを押し込んだ黒いウエストポーチを巻き、左耳にイヤホンを付けた鷹野が、ヘリコプターの操縦席に乗り込み、機体を宙に浮かせ、彼女が課せられた目的を果たすための場所へと向かっていった。

 地上では、あの革コーデの麗華が、GT-Rに乗り、高速道路を駆け抜けていた。的確なタイミングで車線を移り、次々と一般車達を追い抜いていく。

 それに追従するのは、真緒が運転している、彼女の着ている黒革ジャケットにも負けない程美しい黒いボディの日産・フェアレディZ RZ34型。純正オプションの低いリアスポイラーを装着し、ホイールはレース向けの6本スポークホイールを履いている。

 真緒は耳に掛けたイヤホンのボタンを押し、麗華を呼んだ。

「麗華お嬢様!もう少しスピードを落としてください!」

 すると、麗華は少し声を荒げながら応答した。

〈もたもたしてたら奴らに出し抜かれてしまいますわ!しっかりついていらっしゃい真緒!〉

 そして麗華は更にGT-Rのアクセルを踏み込んだ。

 真緒は呆れたように溜め息を吐いて「まったく…」と呟き、彼女もまたアクセルを踏み込んだ。

 すると、ドリンクホルダーに入れたスマホを介して、フェアレディZのナビに松倉からの着信を知らせる画面が表示され、真緒はハンズフリーで応答した。

「松倉くん、どうしたの?」

〈あ、真緒さん。今、ターゲット1874aのメインターゲット、”駒木芳樹”の邸宅に、怪しい車が数台到着。駒木はどこかに移動するみたいです〉

「そう…分かったわ。尾行してちょうだい」

〈了解です〉

 通話が終わり、麗華と真緒は駒木の邸宅がある方面に向かって走り続け、松倉達からの続報を待った。

 一方、ハンナは深紅のフルフェイスヘルメットを被り、ピカピカに手入れされたバイク、ハーレーに跨り、街中を走っていた。バイクの車体には、邪魔にならない場所に、何か長い物を包んだ布が巻きつけられている。

 ハンナは渋滞の列の横を、車体スレスレで走り抜けていく。そのおかげで、麗華達よりやや先を行っていた。

 ハンドルに付いた通信機のボタンを押し、バイクを操縦したまま松倉と通話する。

「こちらハンナ!コマキってのはドコに向かった?」

〈え~っと…あっ、今駒木を載せた車が路地を抜けました。そのまま走っていけば…あ~…恐らく、東京方面。三人はそのまま駒木邸宅方面に向かって、東京方面に乗り換えてください。ハンナさんはっと…GPSは…あぁ、そこか。そのまま真っ直ぐ行って、〇〇町で右折して東京方面へ〉

「リョーカ~イ!!」

 ハンナのバイクは松倉の指示通りのルートで走り続けた。



5



 駒木芳樹。”コマキ・ホールディングス”の社長。現在49歳。薄毛頭で、グレーのワイシャツの上に黒いネクタイを締め、白いスーツに身を包んでいる。スーツの上からでも、彼がそれなりに太っているのが分かる。

 彼が今乗っているのは、黒塗りのトヨタ・クラウンの後部座席。運転しているのは、彼が雇った、傭兵の一人である、細身で黒スーツ姿の男。懐に掛かっているホルスターには、グロック19の銃底が、車体の振動に合わせてジャケットから見え隠れする。

 クラウンの前を走るのは、黒塗りのアウディ・Q7、後ろを走るのは同じく黒塗りのBMW・X5。それらの車には、防弾ベストを着て、AK-74などのライフルを隠し持った傭兵の男達。

 先日、麗華達に部隊を一掃されたというのに、懲りずにまた傭兵を雇っているようだ。

 三台の車の、少し離れた位置で尾行をしている車が居る。

 黒塗りの日産・グロリア Y33型グランツーリスモ。純正の見た目で、少し前なら覆面パトカーと見間違われるかもしれない。今となってはネオクラシックカーに近い年式になっており、逆に覆面パトカーだと怪しまれない。

 運転しているのは松倉だ。三台を尾行しつつ、随時情報を麗華達に送っていたのだ。

 彼は、”元刑事”…尾行の技術は、その頃に培った経験による賜物だ。

「はてさて、どこに行くのかねぇ駒木さんよ…」と呟きながら、前を走る三台の車の後ろ姿を見つめる。

 その上空を、鷹野が操縦しているヘリコプターが旋回している。四台の車を尾行しているのだ。万が一松倉が見失っても、これなら鷹野が三台の尾行を続けられる。幸い駒木達はヘリコプターの音に気づいてないようだ。


 その後、三台は郊外にある、廃れた工場の敷地に入っていった。松倉は敷地に入らずそのまま直進し、少し離れた場所にグロリアを止めて降車し、双眼鏡を使って敷地の中の様子を伺う。

 駒木達の車は、倉庫の中に入っていった。そこは本来、何も置かれていない空の場所のはずだが、真新しい木箱などが積まれている。

 車が停車すると駒木達は降車し、木箱に歩み寄る。

 傭兵の一人がX5のトランクからバールを取り出し、木箱の蓋をこじ開ける。

 箱の中には、C4プラスチック爆弾や、AKの予備弾薬・弾倉、サブウェポンとして隠し持ちしやすいグロック26などが収められていた。

 それを確認すると、駒木は懐からスマホを取り出し、何者かに電話を掛けた。電話の相手はすぐに応答した。

「…俺だ、駒木だ。

 ”調度品”の確認を済ませた。傷一つない。協力に感謝する」

 そう言うと、駒木は通話を切ってスマホを仕舞い、再び箱に歩み寄り、一挺のグロックを手に取った。

「クククッ…白鳥財団め…この前はとんだ災難に遭わされたが、次はこちらも本気でいかせてもらうぞ…!」

 そう言って、暗黒で邪悪な笑顔を浮かべ、気色の悪い笑い声を上げた。


 その時だった。

「あら、そう簡単にいくかしら?」

 と、どこからか声がした。その声は間違いない…白鳥麗華の声だ。

「なっ…!?白鳥の小娘!?何故ここに!?一体どこに…!?」


 その直後、駒木の周りを取り囲んでいた傭兵の二人の頭部に、一気に風穴が開いた。防弾ベストは、頭などカバーするワケがない。

 頭を撃ち抜かれた二人は地面に倒れ、駒木は狼狽え、他の傭兵達が辺りを見回す。

 そして次の弾丸は、頭上から放たれた。AKを構えて警戒していた三人の傭兵の脳天に、45口径の弾丸が撃ち込まれ、更に横から、9㎜口径の弾丸が二人の傭兵を襲った。

 瞬く間に五人の傭兵が倒れ、自分が今危機的状況に陥っていると確信した駒木は、手に持ったグロックのセーフティーを解除し、スライドを引いて装填した。

 だがその銃は、斜め横から飛んできた45口径弾によって弾かれ、駒木の手から離れ、床に落ちて破損した。

 彼らは45口径弾が飛んできた方を見る。壁際の二階部分の足場に、麗華が立っていた。片手で構えた1911の銃口に、硝煙が立っている。

 そして麗華は、彼らに向けてニッコリと微笑んだ。その笑顔は、愛らしいのに、どこか恐ろしい、不穏な雰囲気を漂わせていた。

「ごめんあそばせ、駒木社長。

 貴方には申し訳ありませんが、これ以上白鳥財団の邪魔をするのであれば、貴方を始末しなければなりません」

 麗華がそう語っていると、駒木達の横の、月明かりによって出来た濃い闇の中から、サプレッサーとフラッシュサイトを装着したシグザウエル・P226を両手で構えた真緒が、ゆっくりと姿を現した。

 二人を見て駒木は、額に青筋を浮かべ、激昂した。

「ふっ…ふざけるな!!財団のガキ共め!!」

 彼がそう言うと、生き残った傭兵達は、二人に向けてAKを乱射し始めた。

 二人はそれぞれ、素早い動きで弾丸を避け、麗華は足場から飛び降り、綺麗なフォームで着地し、そのまま倉庫の奥に向かって駆け出しながら、1911を傭兵の一人の頭部に狙い発砲した。弾丸は一人の傭兵の右目を撃ち抜き、弾丸が後頭部まで貫いた。

 真緒は木箱の陰に飛び込み、近くにあった木箱を肘打ちで破壊し、グロック26を手に取り、装填し、P226との二挺持ちに切り替えた。木箱の陰から突然上半身を露わにし、麗華に銃口を向けている二人の傭兵の心臓と頭を撃ち抜いた。

 駒木は生き残った傭兵に囲まれながら、クラウンに再び乗り込み、運転手はクラウンをバックさせ、倉庫からの逃走を図る。

 真緒がクラウンに向けて発砲するが、クラウンは防弾仕様なのか、標準の9㎜口径弾はあっさりと弾かれてしまう。

 倉庫を出たクラウンはバックターンして車道側に向き、勢いよく発進した。

 だが前方から、ハーレーに乗ったハンナが現れた。

 クラウンが向かいからやってきてると知ると、ハンナは両手をハンドルから離し、バイクに巻きつけた布を剥ぎ、その中に隠していた物を手に取る。マットブラックのピストルグリップをした、レミントンM870だ。既にシェルが装填されており、即座にクラウンの運転手を狙い、引き金を引いた。

 真緒の9㎜弾よりも強力な、散弾の嵐が、クラウンのフロントウィンドウを突き破り、運転手の顔や首を抉る。

 クラウンは運転手の絶命で制御する者を失い、ハンナのバイクとすれ違うと、そのまま路肩に寄っていき、山積みにされた木製パレットや廃棄物が詰まった麻布の山に乗り上げ、勢い余って横転し、火花を散らしながらコンクリートの地面を滑走していった。やがて錆びたフェンスに辺り停止する。

 生き残った傭兵達が乗ったQ7とX5は、ハンナをバイクごと撥ね飛ばそうと、ハンドルを切って真正面からハンナに向かうが、ハンナは勢いよくUターンし、来た道を戻っていった。

 そして代わりに、上空から鷹野のヘリが降りてきた。ハンナが通り抜けると、鷹野はヘリを二台の行く手を塞ぐように着陸し、機体の左右に取り付けた30㎜機関銃の銃口を向けた。

 二台の運転手は恐れをなして急停車し、バックして裏口から出ようとした。

 だがバックしていくと、突然後方に何かが投げ落とされた。それが、あの木箱に入っていたC4爆弾だと知るのは、車体が爆弾の真下に来て、そのまま勢いよく炸裂した時だった。

 投げつけた張本人である麗華は、炎に包まれて宙を舞う二台を悠々と眺め、「あら、思ってたより強力ね」と呟いた。

 宙を舞った二台は、勢いよく地面に叩きつけられた。これでは生還した者は居ないだろう。

 横転したクラウンの後部座席から、飛び散ったガラス片で怪我をした駒木が這い出て、一人逃走を図る。

 だが、来た道を戻ってきたハンナが後方から迫ってきた上、松倉が運転するグロリアが、敷地の出入口に塞ぐように停車し、松倉が降車し、懐からベレッタM92FS INOXを構え、駒木の行く手を阻んだ。

「ノンノン駒木さん。逃げちゃダメよ」

 駒木は立ち止まり、辺りを見回す。そして逃げ場がないと確信すると、その場に弱々しくへたり込んだ。

 やがて、麗華と真緒が、彼のもとまで歩み寄ってきた。

 酷く弱った駒木に、麗華は嘲笑う様な声音で声をかけた。

「あらあら駒木社長…せっかく新しく雇った傭兵の方々があっという間に殲滅されてしまいましたわね…なんなら、鷹野と松倉くんの見せ場もそんなに無いまま終わりましたわ」

 駒木は麗華の方に振り向いた。彼は完全に青ざめている。

「クソッ…!!一体何が望みだ!?」

「望み?そんなの決まっているでしょう…もうこれ以上、二度と白鳥財団に逆らうことがないようお願いしに来たのですよ?」

「っ…こんなことして__」

「「ただで済むと思うな」、ですか?

 残念ですが駒木社長…これ以上私達に抵抗するなら…」

 麗華は立ち止まり、1911の銃口を、駒木の眉間に向けた。

「っ……!!」

「もう殺すしかありませんわ…ひれ伏して命乞いをする時間は差し上げますわよ?」

 麗華は少し待ってみたが、震える駒木が何も発さないと分かると、ゆっくりと引き金に人差し指を掛け、指に力を入れ、引き金を引いた。

 …だが、発砲は起きなかった。

「あら…そういえば弾が切れておりましたわね。うっかりスライドを戻しておいたのでしたわ」

 そう言って麗華は1911の弾倉を抜き、ジャケットの内側に隠した予備弾倉と交換し、弾丸を装填し、再び駒木に銃口を向けようとした。

 すると、駒木は倒れていた。泡を口から噴き、気絶している。

「あら…つまらない人」

 麗華、そして真緒達も、各々銃を仕舞った。

「麗華お嬢様、あの木箱の品はどうします?」と真緒は尋ねる。

「わたくし達でありがたく頂きましょう。こんな屑共に使われるより、わたくし達が使う方がよろしくてよ?」

「…いいんですかそれ」と、松倉はジトっとした目で言う。

「このままあの品と共に駒木社長を警察の方々に押し付けても、わたくし達のことも話して厄介なことになりますわ」

「…それもそうですね」

 麗華は鷹野のヘリに歩み寄り、木箱の品々をヘリに積んで輸送できないか相談する。流石の鷹野も「全部は無理」と言うので、可能な限り麗華達の車などに分散させ、運ぶことになった。



6



 数時間後。まだ夜は明けてない。

 ある高層ビルの上階にある、暗い一室。

 赤い革椅子に座り、横浜の街を一望しながら、ワインが入ったワイングラスを片手にしている男が居た。部屋が暗く、顔は見えない。

 彼の隣には、一人の女性が立っている。彼女は月明かりに照らされ、容姿が分かる。ダークブラウンの長い髪を束ねて顔の左横に回した、真っ白な肌をした華奢な女性。黒と白を基調としたゴシック調な服に身を包んでおり、彼女のグレーの瞳は、あまり輝きが無い。静かに佇むその姿は、まるで人形の様だ。

「駒木は完全に折れたようだな」

 男はそう言って、ワイングラスに口を付け、ワインを口に含んだ。

 窓から横浜の街を見つける彼の後ろに、一人の女性が立っている。天井の僅かな灯りが、彼女の姿を現せる。銀色のロングウェーブの髪に、氷の様に冷たい蒼い瞳をした、キレ目で凛々しい顔立ち。すらっとした身体は、タイトな黒いパンツスーツに包まれている。

「駒木が”運び屋”から調達した品は、白鳥財団が押収したようです。現場はもぬけの殻…先を越されました」と、銀髪の女性は落ち着いたトーンで伝える。

「そう落ち込むでない…むしろ良いじゃないか。白鳥財団…いや、”白鳥聖翼団”の武力が強化されたということだ。

 ”遥”…より燃えると思わないか?強敵に立ち向かうということに…」

「…そうですね、”お爺様”」

 お爺様と呼ばれた男は、椅子から立ち上がり、窓に歩み寄り、ワイングラスに残ったワインを飲み干し、地上に目線を移した。

 彼が窓に近づいたことで、月明かりで男の容姿が見える。

 真っ白な髪を左右に分け、遥よりも黒に近い蒼い瞳は濁り、見つめていると呑み込まれそうになる。色黒の肌には皺が目立ち、彼が高齢の男だと判る。濃紺のワイシャツの上から白いネクタイを綺麗に締め、更に濃く黒に近い紺のスーツに身を包んでいる。ただ、身体の皺に劣らず、足腰はしっかりしており、窓の前に立つ姿勢は、整列した軍隊のように真っ直ぐだ。

「いずれ、あの”雛鳥達”と、再び”晩餐会”を開くことになる…。

 我々も、彼女達を迎え入れる準備をしなくてはな…」

 そう言って彼は、不敵で、冷酷な笑みを浮かべた。街を見下ろす彼は、まるで全ての物や人を嘲笑うかの様な表情だった。

 彼らが居るビルの地上の正面入り口にある石板には、筆書体風に「黒嶺会こくりょうかい」と大きく刻まれている。

続きは気が向いたら

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