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ボイスレコーダー記録より:2021/10/16

作者: 暇庭宅男
掲載日:2025/10/14

だってそうでしょう。


私ね、父親が軍隊だったの。旧陸軍でね、ロシアの軍に拘留されてね。そこでひどいことされたのかな、私が生まれてからも、ふとした時に顔色がさっと変わってね。母を殴り始めるの。

もう、何度泣いたかわからない。フミエ姉さんは止めてくれないし、正治(しょうじ)おじさんもただ宥めるばっかり。だあれも助けてくれなかったの。


学校でも、私目が見えなくてね。目が見えないのってお父さんからの遺伝なのよ。遠視なの。教科書が読めないの。視力検査じゃ分からなくてね、小学校の1年のとき、バカなんだって言われてた。2年になって、目が悪いのが分かって、眼鏡を買いましょうってなったとき、お父さん私になんて言ったと思う?


女の勉学の眼鏡なんだからおしゃれするな!って。そう言ったのよ。そういう時代だったの。女なんかって。そういう時代ね。ほんと今の人たちは良いわよ。恵まれてる。なのに今の人たちは勉強も私の半分も頑張ってないと思うよ。あんただって私の子供なんだから、勉強さえすれば東北大に受かってたの。頭脳は私に似てるからね、あんたはね。


それでねぇ、高校時代に、友達が大学に行くっていうの。神奈川に4年通うんだってね。だから私もいきたいんだって言ったの。そしたら家の中で賛成してくれる人いなかったの、ほんとうに誰もいないんだから!お父さんは怒るしお母さんは怒るし、フミエ姉ちゃんは高校出てサッサッとヤスオおじさんと結婚しちゃったからね。フミエ姉ちゃんはね、打算が利くの。ヤスオおじさんのことうまーく使ってね、自分は楽になるように立ち回ってるの。……本当だよ!あんたにはわかんないようにやってるだけ!女じゃないからあんたには分かんないんだよ。


そんなこんなでね、行きたかったところに行けなくて、短大に入学した。それでも勉強は楽しかったなあ。私がクラスで一番熱心でね、もう、熱心さで単位取ってたの。教授に言われたことあるんだよ。ヨシミさんは今期毎回一番前の席に座ってたから、単位あげるよって。でも、やっぱり周りに来る男がろくなもんじゃなかったなぁ。そういう時代だったのよね。男はろくでなしでもなんにも言われない時代よ。今だったらみんな見てる前でビンタよ!恥かかせてやるわ!そういうヤツがいたの。いっぱいね。そういうのに言い寄られるのが嫌で授業と勉強以外は、もうサッサッサーと帰っちゃって、勉強してたなあ。あと、ラジオを聴いてた。知ってる?まだ東京で米軍向けの英語のラジオをやってたの。スタンダップコメディを切らないでまるまる一本流したり、サイモンとガーファンクルとかそこで知ったのね。


でも楽しいときって続かないの。私のは特にそう。短大卒業したら結婚しろって言われてね、お見合いであんたのお父さんと結婚した。まあひどいものよ。お金稼げないこと稼げないこと。本当に仕事下手くそよ。信じられないくらい。沢田さんち知ってるでしょう。あの家は旦那さんまともに頑張って、奥さんはセドリック乗ってたでしょう。あんた知らないよねまだうまれてないし。今はランクル乗ってて。いいよねえ。それでね私なんてアルトに乗ってたんだから!今はポルテ!えーってなっちゃった、この差はなんなのってね。


それから姉ちゃんが生まれて、でも跡継ぎで男産めって散々言われてね、その次がお兄ちゃん。無理させられたの。鉄剤とか変なの飲まされて。だから生まれてきたお兄ちゃんは脳と心臓が正常じゃなかった。お兄ちゃんの2コ上にヒサシくんいるでしょう。あの子なんかすごい元気だったのにね、どうしてってね。だからね、私が苦しむのはお父さんのせいもあるの。あなたが喧嘩のときしょっちゅうお父さんの肩持つのは本当はおかしいんだからね。


それから10年くらいもう子供のことなんか考えられなかった。これ以上頑張れないって。でも、不思議だなあ。あんたが出来たのよ。その時ね、お母さん思ったよ、この子が私を助けてくれるんだ!って。

でも生まれたあんたはお兄ちゃんと同じくらい身体が弱かった。同級生にいるでしょう。ミチオくん。私の遺伝子ならあのくらいの子が生まれても良いはずなんだよ。ミチオくんはどうなったんだっけ、早稲田にいって?……留年したんだ?私がミチオくんの母なら留年させないな。やっぱりね、細かいとこで()()のある育て方するとそうなるんだよ。


でも弱いあんたを抱えてそっからお母さんは頑張った。不思議と頑張れたの。働きながら育てたんだからホントにすごいと思うよ。自分で。私があんたの立場なら頭上がらないな。

でね、そうやってちゃんと育てたからあんたもどうにか普通くらいにはなれたのよ。あんたのばあちゃんなんかなんにもしてくれないし、フミエおばさんも……、ほんとにうまいよね、嵌められたんだ。私が育児放棄してるって、今でも思ってる親戚いるんだよ。信じられない。ほんと嫌い、大嫌い。何も助けてくれなくて、自分だけ火の粉の来ないとこにいるんだ。


ねえ、戦争して親が亡くなったとかさ、病気でいつも病院にいる人とか、いるじゃない?

ああいう人たちってね、本当の不幸じゃないんだよ。ああやって世界の人たちに紹介されて、誰かに助けてもらえるからね、本当の不幸なんかじゃないの。

本当に不幸な人はね、不幸を不幸と扱われないで誰にも助けられずに人生何十年を()()()()()人なんだよ。私にはわかるんだ。あんたね、身近にそういう人間がいるっていうのは勉強なのよ。この世には助けないといけない人間がたくさんいるっていうことを勉強できたってこと。よく覚えておいてね。そして絶対忘れないで。


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母が統合失調症を発病するおおよそ1年前、ひと晩、約9時間にわたり、そういう趣旨で話が続いた。ボイスレコーダーが壊れて再生できなくなる前に繰り返し部分を省き内容を抽出した。


ちなみに母は、この直前に私が当時交際し、結婚を考えていた相手をここに書けないような失礼極まりない言葉で侮辱して破談させている。


私は学んだ。ヒトにはどうにも、心に欠けた部分をもって生まれてくる人間がいて、その欠落は生涯埋まることはないのだと。


母に対する底なしの憎しみの記憶。私の精神の中で最も濃い毒とおぞましい腐れた心の膿を、どうにかこうにかなだめて生きていけるだろうか。


まだわからない。でもこうして書いて昇華していると、少しばかり楽になるのを感じる。だからここは、なろうは、私のいちばん大切な薬のひとつなのだ。

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