変わらない日、変わった音
読んでくださりありがとうございます。
今回は、翔琉の日常が少しだけ変わって見える日です。
いつも通りの景色の中に、“音の違い”が生まれていきます。
朝の駅前。
いつもより人の声が耳に残る。
誰かが笑ってる声や、踏切の音、
カフェのドアが開いてベルが鳴る音まで、
全部が妙にクリアに聞こえた。
「なんかいいことあった?」
**多田仁**が笑いながら肩を叩く。
「え?」
「顔がちょっと違う。寝不足か?」
「いや、まあ……」
ごまかすように笑って自販機のコーヒーを買う。
缶を開けたときの“プシュッ”という音が、
小さく響いた。
教室の窓際、
ノートを取る手が止まる。
昨日、エミが言った言葉が
ふと頭をよぎった。
“音があるってこと自体が、生きてる証拠。”
何気なくポケットを探ると、
折れた名刺の角が指に触れた。
胸の奥が少し温かくなる。
昼休み、
**湯浅広大**が「また金貸して」と笑いながら言った。
「今度は三千でいいから」
「……先の分、まだ返ってきてないけど」
「あー、悪い悪い! 次こそ返す」
そう言われても、結局財布を開いてしまう自分がいた。
でも、前よりモヤモヤしなかった。
なんでだろう。
昨日の夜、エミが言った“音量を変えながら生きてる”って言葉が
妙に浮かんで、少しだけ笑えた。
バイトのあと、
ラーメン屋の裏口で煙草を吸う。
遠くの道路から車の音。
ビルの間を抜ける風の音。
どれも昨日と同じなのに、
聞こえ方が違った。
“音があるってことは、生きてる証拠。”
その言葉がまた心の中で鳴った。
そして気づいた。
たぶん俺は、もう一度あの場所に行きたくなってる。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
第八話では、翔琉の中で“音の聞こえ方”が少し変わりました。
エミの言葉が、彼の日常をゆっくりと塗り替え始めます。
次回、彼は再びBAR orbitへ向かいます。
そして、少しだけ踏み込んだ会話を交わすことになります。