残る音
読んでくださりありがとうございます。
今回は、エミと出会った翌日。
翔琉の中に残る“音の余韻”を描いています。
日常は同じように続くのに、
心だけが少し違う方向を向き始めます。
朝、目覚ましの音がやけにうるさく感じた。
いつもなら二度寝してから慌てて起きるのに、
今日は一度で目が覚めた。
夢を見ていた気がするけど、内容はもう覚えていない。
ただ、胸の奥が少しざわついていた。
原付きで大学へ向かう道、
信号で止まるたびに昨夜の会話を思い出す。
「音が聞きたくなったら、来なよ」
その言葉が風の音に混じって聞こえた気がした。
昼休み、学食の窓際。
**多田仁と湯浅広大**が、
いつものように恋バナで盛り上がっていた。
俺は相づちを打ちながら、
紙コップの水の中の気泡をじっと見ていた。
仁が「おい、聞いてる?」と言う声も遠くに聞こえた。
午後の講義、ノートの端に何気なく線を引く。
その形がギターの弦みたいに見えた。
音を出す気なんてなかったのに、
頭の中でコードの形を探していた。
バイトの時間になり、
ラーメン屋の裏口に入る。
湯気の向こうで川原さんがスープを混ぜていた。
「おう、今日も来たか」
「はい」
短いやり取り。
それだけで、昨日までの夜とは少し違って感じた。
閉店後、まかないを食べながらポケットの中を探る。
あの名刺が、折れ曲がったまま入っていた。
《BAR orbit》
“Emi”という文字が、ぼんやりと光に反射する。
スマホを開いて、地図アプリに店名を入れてみた。
検索結果が出て、駅から徒歩十五分と出たところで、
指が止まった。
“行く理由も、行かない理由も、
どっちもある気がする。”
画面を閉じて、名刺を財布にしまった。
そのまま、外の夜風に当たりながら煙草を一本吸った。
口の中に残る苦さの奥で、
昨夜の氷の音がまだ鳴っていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
第六話では、翔琉の中で“音の余韻”が残り続ける一日を描きました。
次回、彼は再び夜の街へ向かいます。
もう一度“音”を確かめに行くために。