昼の雑音とため息
読んでくださりありがとうございます。
今回の話は、翔琉の日常の延長。
大学という“人の多い静けさ”の中で、
彼が感じている小さな違和感を描いています。
学食のざわめきは、昼になるといつも同じ音をしている。
トレーがぶつかる音、笑い声、紙パックのストローを刺す音。
耳の中で全部が混ざって、もう雑音みたいになっていた。
学食のざわめきの中、向かいには多田仁と湯浅広大が座っていた。
「なあ聞けよ、仁マジでやばいって」
広大が笑いながら言う。
「昨日、彼女の家行ったんだって」
仁はドヤ顔でコーラを飲む。
「お前がいちいち言うからバレるんだよ」
「言ってくれって顔してたじゃん」
そんな軽口を交わしながら、
ふたりの笑い声が響く。
俺も笑って、唐揚げ定食の白米を口に運ぶ。
味はよくわからなかった。
「お前もさ、彼女作れよ」
仁が箸を止めて言う。
「いや、そういうのいいって」
「なんだよ、冷めてんな」
広大が笑いながら、
「東京来てからモテ期くるって聞いたけどな」
「そんな都市伝説ねえよ」
そう返しながら、俺はスマホをポケットに押し込んだ。
通知が来てたけど、見る気にならなかった。
「そういや今月やべえんだよな」
広大が急に真顔で言った。
「ちょっと金貸してくんね? 五千円だけ」
「……いいけど」
「助かる! すぐ返すから」
財布からしわくちゃの五千円札を出して渡す。
渡した瞬間、胸の奥で何かが小さく沈んだ。
“なんで俺、断れないんだろうな”
そう思いながら、笑って見せた。
食堂を出ると、昼の光が強すぎて目を細めた。
キャンパスを抜ける風が頬に当たる。
遠くでサークル勧誘の声がして、
近くのベンチでは誰かがギターを弾いている。
音が全部重なって、
自分だけ少し離れた場所にいる気がした。
午後の講義室は薄暗く、エアコンの音が単調に鳴っていた。
教授の声、ノートのめくれる音、ペンの擦れる音。
どれも同じリズムで、心には何も残らない。
“この教室の音はうるさいのに、
俺の中はずっと静かだ。”
窓の外で風が揺らした木の葉が、
ほんの一瞬だけ耳に届いた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
今回は翔琉の日常の中の小さな“違和感”を描きました。
次回、夜のバイト中に“きっかけ”が落ちてきます。
静かな生活の中に、少しずつ“音”が入り始めます。




