人類アンチ種族神Ⅳ 《復讐ⅰ 前編》
(Ⅲと関連性の高いシナリオですので、Ⅲ読了後をお勧めします)
黒い空を背景に、神は虚空へ右手を伸ばした。
「……エーテルを操るのも、懐かしいな」
その声には、ほんのわずかに、かつて人であったころの名残が滲んでいた。
神の視界に、青白い粒子が舞い上がる。
それはこの世界の根幹に触れる“力の種”——エーテル。
かつて神の子として修業していた時代、神はこの粒子の性質を学び、そして今、無限に生成する力を得ていた。
自然界にはほとんど存在しないエーテルを、神は“意志”だけで無から作り出すことができる。
エーテルは、神の創造を可能にし、神の命令で構成された存在を形作る基礎となる。
だがその本質は生命の源ではなく、創造物を物質化するための材料である。
エーテルを使って生み出したものは、死ねばすべてエーテルへと戻り、霧散する。
肉体も血も、存在の痕跡すらも、世界のどこにも残らない。
このエーテルは高度な科学を拒絶する。
ミサイル、レーダー、人工衛星、パソコンなど精密な機器であるほどに、エーテルはこれらの電子的な機能を狂わせる。まるで強力な電磁波のように。
ヘリや信号機などが誤動作していたのは、ガーゴイルとともに霧散してきたエーテルが一定の濃度を超えたためであった。
◆ ◆ ◆
神の手に集まる粒子。それは神の意志と同調したエーテルの核であり、神の内から発せられる指令に応じて、かたちを得ようと震えていた。
「次は……多少賢い者を創ろう」
今までのガーゴイルは本能に従う獣にすぎなかった。
だが今、神は“命令を遂行する”という、オオカミ程度の協調性をもつ特別な個体の創造を試そうとしていた。
神はベルガン、サーチ、ヴァロンの3体の創造を始めた。
濁った光の中から最初に現れたのは、筋肉の鎧をまとった屈強な男型。
——名はベルガン。格闘と破壊を好む粗暴な個体。
筋肉と神経にこだわっており、剛腕ながら緻密な手さばきが可能だ。
次に、滑らかな肌と流れる銀髪を持つ女性型。
——名はサーチ。遠距離索敵と感知に優れた個体。 動体視力や識別能力、高度な視力を持ち、さらに見たものを神やベルガン、ヴァロンに共有する視界共有能力を備えている。
最後に、沈黙と共に生まれた影のような存在。
——名はヴァロン。彼は計算し、制御し、判断する個体。
神が与えた命令の行間や、現在の状況を複合的に思考する知性にこだわっており、サーチとベルガンにエーテルを介して指示を出すことができる。
「命令だ」
神の声が、三体の創造体に染み渡るように届く。
「“あれら”を探し出し、殺せ。妻を殺した運転手。そして……それを擁護した弁護士を」
ヴァロンは静かに居城の執務室へと向かい、サーチとベルガンは、朝焼けの街へと滑り出した。
◆ ◆ ◆
——その頃、神の命令など知る由もない地上では、ひとりの運転手が逃走を続けていた。
それは、あの神災が発生した当日のことだった。トラックの運転手は仕事で東京都内にいた。
黒いモヤが怪物になって人々を襲い始めた光景を見た運転手は、本能的に逃げ始めた。
この判断が他の運転手よりも数分早かったことが、運転手をここまで生かしていた。
だが、大きな道はどこも事故や渋滞となっており、運転手はトラック仲間と無線で連絡を取り合いながら、まだ通れる道を選んで進んでいた。
しかしついに、多摩川をトラックで渡れる橋がなくなり、車両を捨てて徒歩で橋を渡ろうとしていた。
幸運にも、この地域にはまだガーゴイルは到達しておらず、多くの住民が我先にと徒歩で渡れる橋を使い、山梨方面へと逃げていた。
一人の女性が悲鳴を上げた。
「キャー!見て!あそこ!!!」
彼女の指先のはるか先、普段なら絶対に気づかないであろう距離に、1つの黒い点が8の字を描くように飛んでいた。
「鳥じゃないのか?」
近くにいた男性が口火を切ると、周囲は騒然とし始めた。
そして、初老の男がつぶやいた。
「襲ってくる気配がない……あれは、何かを探しているのか……?」
その黒い点の正体はサーチだった。 彼女は機動力を活かし、高高度から目標を探していた。 これまではトラックに乗っていたため、上空からでは認識できなかったが、車を降り橋の上を逃げる運転手を、サーチは容易に発見した。
「動きが変わった!!こっちへ来るぞ!」
誰かが叫んだ。