駆け抜け!人類アンチ種族神 序章②
※この小説は、連載中の『人類アンチ種族神』のこれまでのあらすじをダイジェスト形式でまとめたものです。
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
かつて人間として絶望の中で死んだ彼は、神として転生し、お台場の上空に居城を出現させた。
本来、この世界の神は異なる次元に存在し、姿を見せることなく干渉するものである。 だが、彼は違った。自らの存在を人間に誇示し、恐怖を刻み込むことに固執したのだ。
彼は空中の居城に立つと、世界への宣戦布告として最初の配下を生み出す。 指先から放たれた無数の黒いモヤは、瞬く間に濃縮され、翼を持った人型の怪物へと姿を変えた。
◆ ◆ ◆
その頃、高校生配信者のミナトは、秋葉原のメイド喫茶で看板娘コトハとコラボ配信を行っていた。
「あはは、今日はいい天気ですねー!」
あざとく笑うコトハの猫耳カチューシャ越しに映る青空。その一点に、黒い“シミ”のようなものがぽつりと湧いた。 コメント欄が『あれ何?』『合成?』とざわつき始める。 ミナトは「どうせゴミか何かだろ」と乾いた笑いを漏らした。――その楽観が凍りつくまで、三秒もかからなかった。
◆ ◆ ◆
同時刻、渋谷スクランブル交差点。
就活帰りの大学生・蒼井隆司は赤信号で立ち止まり、ハンカチで額の汗を拭った。
突如飛来した怪物は、交差点の中央で息を大きく吸うと、ゴゥッ! と高熱の炎を吐きだした。
「……マジかよ」
――紅蓮の炎が横断歩道を薙ぎ、観光バスが爆裂した。 焦げたタイヤの甘ったるいゴム臭と、肉の焼ける異臭がマスク越しに突き刺さり、隆司の肺が拒絶反応で痙攣する。 ガラス片と砕けたアスファルトが雨のように降り注ぐ中、隆司は反射的に走り出した。だが視界の端には、まだ“現実”を飲み込めずスマホを掲げたまま立ち尽くす人々がいた。
逃げ惑う阿鼻叫喚の群衆の中に、一組のカップルがいた。
女はヒールのまま走り、靴先でガラス片を弾くたびに足首が赤く染まっている。多くの破片が散乱する路面をヒールで走る彼女は、次第に彼氏から遅れていく。 『もっと! もっと速く!』 彼氏が叫ぶ。だが、スニーカーを履いた男と同じ速度で走れるはずがない。
彼氏は何度も彼女の腕を引き、振り返っては迫りくる黒い怪物との距離を測っていた。繋いだ手は冷や汗で滑り、指先が小刻みに震えている。『大丈夫だ、俺がいる!』と叫ぶ声は裏返り、優しさという仮面の下で、剥き出しの恐怖が脈打っているのが隆司にも見えた。 ──もう限界だ。
その時、逃げる群衆を無差別に襲っていた一体の怪物が、ふと二人のほうを向いた。 猛禽類が次の獲物を見つけた瞬間を思わせる、氷のように冷たい視線。
彼氏の喉がごくりと動き、その瞳に〈自分の末路〉が映ったように揺らいだ。 刹那、恐怖が理性を追い越した。
彼氏は繋いでいた手を、邪魔なものを排除するように強く振り払った。
「っ?!」 「悪いッ!」
その反動を利用し、彼氏は動物じみた加速で群衆の渦へ溶け込んでいく。それは謝罪とも拒絶ともつかない、生存本能だけの行動だった。
見捨てたのか──?! 隆司の胸に稲妻のような憤りが走る。同時に、助けへ踏み出そうともしない自分の足が恐怖で路面に縫い留められている事実が、避けがたい自己嫌悪を連れてきた。
「待って! お願い、置いていかないで!」
ヒールで踏みしめる硬質音と、か細い悲鳴。 直後に響く骨の砕ける音、肉の焦げる臭気。 隆司は耳を塞いでも鼓膜の奥でその音が反響し続け、喉の奥から胃液が逆流した。
◆ ◆ ◆
この神が生み出した怪物の正式な名前は誰も知らない。 それでもSNSのハッシュタグで、誰かがその名をつけた。
『ガーゴイル』
それが、この黒い怪物の名だ。 この日――大都市東京は、紅の奈落へと落ちた。
◆ ◆ ◆
東京を瓦礫に変えた神は、さらに3体の特別なガーゴイルを生み出した。
近接戦闘特化の個体、ベルガン。 索敵支援特化の個体、サーチ。 そして、全軍の指揮を執る参謀個体、ヴァロン。
彼らに与えられた最初のミッションは、妻を殺したトラックの運転手を捜すこと。そして、事実を捻じ曲げた弁護士を捜し出すことだった。 神の能力をもってすれば、特定の個人を発見するのは容易い。これは復讐であると同時に、産み落とした怪物たちの『狩り』の初陣でもあった。
数日後、サーチがあのトラックの運転手を発見した。
神はベルガンとサーチに冷徹な指示を出す。 「あの人間は、トラックで潰して殺せ」
神は神でありながら、人間として生きた怨念を忘れてはいなかった。単純には殺さない。意趣返しを込めた死を与えることで、内なる怒りを昇華させようとしたのだ。
ベルガンとサーチは、運転手を望みどおりの形――鉄塊による圧死――で葬り去った。能力としては優秀と言ってよい。 だが神は満たされてはいなかった。
ーー簡単すぎた。もっと、苦しみを。私が味わった地獄と同じだけの絶望を与えねばならない。
やがて弁護士も発見された。 神は前回の反省を踏まえ、彼にはより入念な意趣返しを用意する。
名付けて、「絶叫の法廷」。
神は、弁護士の家族を一人一人、被告として即席の法廷に立たせた。 弁護士にはその弁護を命じる。だが、彼が口を開こうとするたびに肉体的な苦痛を与え、決して弁護の言葉を紡がせない。 かつて神が人間だった頃、真実を封じられ、金と権力でねじ伏せられた理不尽な裁判の再現である。
「罪なき者を殺すのか、と問う眼だな」
神は弁護士の絶望的な視線を受け止め、冷たく言い放つ。
「私の妻も、罪などなかった。奪った者は、奪われる覚悟を持つべきだ」
神は彼のすべての家族を処刑すると、最後に弁護士へこう告げた。
「お前だけは殺さない。だが覚えておけ。お前に守るべきものが再びできたとき、この法廷は何度でも開かれる」
絶望に発狂する弁護士を置き去りにし、神と眷属たちはその場を去った。
復讐は完遂された。はずだった。 だが神の中には依然として黒い渦が感情を押し上げてくる。 一方で、種族神として「人間族を守ろう」とする本能が、神の完全な暴走をかろうじて押し留めていた。
神の生み出した怪物は東京都を焼き払った。だが、他県へは流れ込むことはなく、破壊と守護がせめぎ合う繊細なバランスのもと、新しい絶望の世界が幕を開けたのだ。
この未曽有の状況に、防衛大臣である真田は頭を抱えていた。 地下や建物に隠れて生き延びた人々。錯綜する情報。政府の官僚も多数が死傷し、機能不全に陥っている。
それでも「説明責任」という言葉で、安全圏にいる他の議員たちは真田を追い立てる。 ついに、運命の説明会見が開かれることとなった。




