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人類アンチ種族神Ⅰ 《異変》

晴天の秋葉原・歩行者天国 日曜日 午後二時二十三分


高校生配信者のミナトは、メイド喫茶の看板娘コトハとコラボ撮影をしていた。


この時間帯は、秋葉原でも外国人観光客と買い物客が混ざり合い、もっとも混み合う時間だ。

ミナトは自撮り棒と撮影用の反射板で人ごみにわずかなスペースを作り出して、ライブ撮影をしていた。


この日の配信は、コトハの勤務するメイド喫茶を紹介するリアルタイムライブで、コメントをミナトが拾いコトハにポーズの指定をしていた。


「コトハさん、次はにゃんこ大戦のポーズをお願いします!ライブはかなり盛り上がってます!」


ミナトの言葉にピースサインを返すコトハが映ると、コメント欄は《かわいい》《尊い》《いいね×100》とハートの絵文字で埋まる。

ミナトはスパチャの通知が雨のように鳴るスマホ画面に笑みがこぼれていた。


そのとき――。

コトハの猫耳カチューシャ越しに映る青空の一点に、黒い“モヤ”がぽつりと湧いた。

「え、なにあれ?」 ミナトはズームを二段階。

――《ドローン?》《ゴミ袋?》《なんか増えてね?》《上見ろ上!》《もっと拡大できる?》《やばくね?》――

コメントが一転してざわつく。ミナトは乾いた笑いを漏らした。どうせ合成ネタだろ――その楽観が凍りつくまで、三秒もかからなかった。


モヤはにわかに濃度を増し、翼を持つ人型の影へ変質。

影の顔に当たる部分には真っ赤な爬虫類のような目が現れ、漆黒の怪物が誕生する。

しかも一体ではない。あっという間に三メートル級の怪物が無数に形成され、東京上空へ蜘蛛の子のように散っていった。


◆ ◆ ◆


渋谷スクランブル交差点。

就活帰りの大学生 蒼井隆司あおいたかし は赤信号で立ち止まり、ハンカチで額の汗を拭った。

大型ビジョンにはミナトのライブが転載され、“黒い怪物が増殖中” のテロップが踊る。

「今時の生成AIは何でもありかよ……」と苦笑した直後、頭上を覆うほど巨大な黒影が現れ、空気が氷水に変わったように冷えた。


影は凝集して羽ばたき、真紅の口腔を開く。

ゴゥッ!――炎が横断歩道を薙ぎ、観光バスが爆裂。焦げたタイヤの甘いゴム臭がマスク越しに突き刺さり、隆司の肺が拒絶反応で痙攣する。

ガラス片と砕けたアスファルトが雨のように降る。隆司は反射で走り出すが、視界の端にはまだ“現実”を飲み込めずスマホを掲げたままの人々がいた。


炎が消えた後、交差点の映像はモニターが故障したかのように五秒だけ無音になった――誰も叫べず、誰も瞬きを忘れ、ただ心臓の鼓動だけが街を支配する五秒間。

そして次の瞬間、地獄がリスタートした。


◆ ◆ ◆


逃げ惑う群衆。


隆司の視線が、歩道橋の影から飛び出してくる若いカップルに吸い寄せられた。

女はヒールのまま走り、靴先でガラス片を弾くたびに足首が赤く染まる。危険な路面をヒールで走る彼女は次第に彼氏から遅れていく。『もっと! もっとはやく!』と彼氏が叫ぶ。 だが、どう見てもスニーカーの彼氏と同じ速度で走れるとは思えない。そんな思考が隆司の脳裏をかすめた。 彼氏は何度も彼女の腕を引き、振り返っては黒い怪物との距離を測っていた。その手は汗で滑り、指先が小刻みに震えている。『大丈夫だ、俺がいる!』と叫ぶ声は次第に裏返り、優しさという理性の下でむき出しの恐怖が脈打つのが隆司にも見えた。──もう限界だ。


その時、逃げる群衆を襲っていた一体の黒い怪物が二人のほうを向いた。猛禽類もうきんるいが次の獲物を見つけた瞬間を思わせる、氷のように冷たい視線で彼女を捕えた。

彼氏の喉がごくりと動き、その瞳に自分の末路が映ったように揺らいだ。恐怖が理性を追い越し、指が彼女の手をはじくように離れる――謝罪とも拒絶ともつかない曖昧な振り払いだった。


見捨てたのか──?! 隆司の胸に稲妻のような憤りが走る。同時に、助けへ踏み出そうともしない自分の足が路面に縫い留められている事実が、避けがたい自己嫌悪を連れてきた。


隆司と彼氏の視線がわずかに絡む。「すまない」と口が動いた気配だけ残して、彼氏は肩を半回転させ、動物じみた速度で群衆の渦へ溶け込んだ。

「待って! お願い、置いていかないで!」

ヒールで踏みしめる硬質音と、か細い悲鳴。直後に響く骨の砕ける音、肉の焦げる臭気。隆司は耳を塞いでも鼓膜の奥でその音が反響し、喉の奥から胃液が逆流した。


◆ ◆ ◆


秋葉原。


ミナトのライブは瞬時に炎上し、コメント欄は阿鼻叫喚あびきょうかん

――《やばい》《秋葉だけじゃない渋谷も燃えてるぞ!》《黒い怪物多すぎ》《ガーゴイルじゃね?》――

“ガーゴイル”という単語が怒涛の勢いでタグ化されていく。


「嘘だろ……これ、現実?」

ミナトがコトハへ視線を戻した刹那、黒い怪物が彼女を掴み無機質に天高く連れ去り――無慈悲に放り捨てた。

声にならない悲鳴がライブ音声に乗り、十万を超えた視聴者へと響き渡る。


ミナトの手が震え、カメラがブレる。スマホのバイブが狂ったように鳴り、“配信停止”を促す通知が点滅する。

秋葉原駅前ビルの壁面にも怪物が着地し、コンクリートを爪でえぐる金属音が街のBGMを侵食した。

ミナトは本能的に物陰に身を隠す。


この怪物の正式な名前は誰も知らない。

それでもSNSのタイムラインはこう決めつけた――

『ガーゴイル』――それが、この黒い怪物の名だ。


――都市は、奈落へ落ちた。

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