ひまわりと、海2 痛み
あのとき、僕はどうして一歩を踏み出せなかったんだろう。
あの夏、二人――風花とアヤカさんと過ごした時間は今もずっと心の奥にある。照りつける夏の日差し、潮風のにおい、気持ちよさそうに風に揺れるひまわり。小さな風花の手を握り、飽きずに眺めていた海に沈む夕日。あのとき、それらすべては輝いていた。
今でも僕は、南の島にあるこのちっぽけな小屋で絵を描き続けている。外の世界を恐れ、人と接することを避けて、ただ一人、現実から逃げ続けている。
アヤカさんは東京で、うまくやれているだろうか。風花はそろそろ小学生になるはずだ。二人はどうしているだろう。僕は何も知らず、ただ思いを馳せることしかできない。
僕が通っていた美術大学は、東京のはずれにあった。大学の仲間たちは、ここは全然都会じゃないとよく話していた。それでも僕は、人が多く、車も多く、海のないその街にはどうしてもなじめなかった。この島で、バイトをしながらこのままひっそりと朽ち果てていくなら、それでもいいのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えてもいた。
「ハルは、まだ絵描いてるんだ。変わらないね」
縁側で冷たい麦茶を口にしながら、なつみが言った。彼女は高校の同級生だ。お盆で帰ったついでに様子を見に来たという。「ハルは深海魚みたいな生活してるって、みんなが言ってるからさ」彼女は笑った。深海魚か。なるほど、うまいことを言う。「心配してるんだよ、みんな」その目は、淡い青色の海に向けられていた。
高校を出ると、みんな進学や就職で島を離れる。そのまま帰ってこないことのほうが多い。なつみも東京で、デザイン関係の仕事をしているという。
「まあ、心配というより、半分は嫉妬、かな」なつみは目を伏せた。「ここは居心地がいいし、ハルみたいに好きなことだけやって暮らせるなら、そのほうが幸せかもね」
その通りだ。僕は充分幸せに暮らしている。幸せ……それなのに、どうしてこんなふうに痛みを感じるんだろう。このままではいけないと、つねに誰かから責められているような感覚。必死に抑えつけようとして、それでも湧き上がってくる焦燥感。
「そうそう。イラストレーターの仕事があるんだけどさ、来ない? 東京」
――ハルくんは、どう思う?
アヤカさんが僕に求めていたもの。僕が見て見ぬふりしたもの。僕の腕に、彼女のぬくもりが蘇る。消えない痛みとともに。すべては遅すぎるかもしれない。でも、何かに導かれるように、僕はなつみのくれたその言葉にしがみついた。
東京へ――。僕はついに海の底から浮上し、あの都会へ行く。彼女を探しに。