光ラバ消エヌ
「光ラバ消エヌ」
午後の十時を超えた夜の闇の中に
二つの光が見えてくる。
二つの線状の光線は、僕と目が合うように僕に注視している。
僕の姿を見つけて僕を迎えにやって来る。
あともう少しで僕はあの光線と出会う。
光線に連れられて美しいどこかに導かれていく。
そんな運命の軌跡に邪魔ものが侵入した。
「ぶぶー」という負けた試合の試合終了を知らせるホイッスルのような音。
僕はとっさに首をそらした。
そらした首の真横を迷惑そうな表情をした他人が
犯罪者を睨むような目線を向けて通り過ぎていく。
後ずさりを覚えた足が、でこぼこの黄色い線を踏む。
僕の首は黄色い線の真上を少しはみ出していた。
サッカーでは、イエローカードが二回出されると退場処分になる。
この黄色い線はきっと二回も必要ない。
そんなことを考えているといつのまにかドアは開かれ
乗っていた他人が降りてくる。
ドアの前に立ち止まってしまっていた僕は
おじさんの舌打ちにはじまった
存在を否定するかのような視線の嵐に襲われた。
だがそんな視線に慣れてしまった僕は
ジムのサンドバックのように総てを受け止めて、すべてを受け流した。
そもそも僕が悪い。
嵐が過ぎ去ってから僕は席を探して座った。
僕にも座れる席があるのだから
社会なんかよりもずっと暖かい。
周りに座っている他人も
まるで無数の島でも広がるかのようにお互い距離をとってくれている。
僕にも席を用意してくれた社会よりも暖かいのりものは
その熱はすぐに冷めてしまったのか
あっという間に別れを切り出してきた。
運命よりも必然的に僕とはここで別れると決まっていたように。
もよりという名の一つのか細い運命だけで僕とつながっている駅に着くと
階段を降り改札から出る。
降り立つとそこは無数の他人が前後を歩く
薄暗い夜道
他人の二人組は幸せそうに話していて
それはまるで僕の過去であるようで
幸せな他人もそうじゃない僕も合わせて人間として共存させようとしてくるこの夜は
心底グロいものだと感じた。
幸せもそうじゃなさも感じずに、まるで自分は正しいかのように
そしてかけらも正しくもないかのように光っている街灯を見ると
不意に
心のタガが外れて
正しさも正しくなさも考えずに
声にもならない叫び声をあげる
そんな衝動が身体をめぐる。
そして叫び出した心の声は、
その叫びの大きさと強さにも関わらず
空間の一部に残る事もせずに地面に落ちて、沈んでいった。
音を立てることもなく。
歩いていく先には壁が見えてきて
コンクリートを纏う壁は表情を変えずにそこにずっとある
壁をよけるのがいやだった。
いつも壁をよけてしまうから
僕は壁に触れたことがない。
もしかしたら壁は通り抜けられるかもしれない。
いつもよけてしまうから知らないだけで。
少しずつ距離をつめながら
壁と向き合おうとした。
やめた。
壁は思った以上に硬い石を持っているように見えた。
近くに行けば行くほど
可能性は失われた。
幻想は拒絶され、現実の冷たさが増す。
壁に触れてしまえば、壁の温度に気づいてしまう。そんな気がした。
それがなんとなく、いつも通り嫌だから、
やめた。
こんなグロテスクな世界にあって人は
悲しく、儚い。
全てが幻想で、すべてが現実。
さっきまで息をしていたようななにかが
触れてしまえば冷たくなっている。
一度触れたものも
触れていない一秒でかたちも温度も一秒前とは変わってしまう。
暗い夜道を自分の明かりを頼りに出来ず
他人の明かりにたよって歩いている。
そのままずっと歩いた先で
明かりが消えていることに気づく。
寄りかかろうとしても、触れ合おうとしても
そこは冷たい壁とグロテスクな空気だけだと気が付く。
気づいて初めて
人は自分の愚かさを知る。
冷たさとグロテスクさに裸にされて、知る。
人は悲しい、淋しい存在である。
自分以外のなにもかもが
あるようでないような世界で
冷たい壁をよけ続けて
どこかへ進み続けて
そうやってたどり着いた場所は。
人は無意識にも幻想と現実の混ざったカオスの世界を生きている。
人はきっと悲しいんだ。
いつの間にか周りに他人はいなくなっている。
人は多分淋しく悲しい。
いや、もしかしたら逆なのかもしれない。
人は淋しくないかもしれない。
そんな孤独で、冷え切っている永遠の絶望をもってして
人は
悲しくないかもしれない。
人とは
うつくしいのかもしれない。
二つの光線に顔が照らされて、
そんな光に迎えられて
羽もないまま少し空を飛んで
僕は冷たい外壁の一部になるように
もう一度世界に降り立った。