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第09話 再会 

 我々がムンバイに意識転送したのは、機族たちの集まりの二日前だった。ムンバイからニューデリーへの移動は、飛行機を使えば半日もかからずに行えたので、念には念を入れての対応だった。


「あーら、いらっしゃい。あたしの理想郷へ」


 私が自宅から意識転送を行い、目を覚ましたところ、そこは床が土になっている古びた部屋だった。錆びた鉄でできたような左側の壁には工具が吊り下げられ、右側の机の上には分解されたアンドロイドの頭部が無造作に置かれており、いかにも二〇世紀的な修理工場の雰囲気が醸し出されていた。


 しかし、その一見質素な部屋も、よく見ると、工具も机も高価なブランド製で品の良いデザインをしており、趣味の要素も加えられて作られた部屋であることは明白だった。


「二人とも起きているかしら。覚醒しているのなら、返事をして」


 声の主は、目の前で楽しそうにこちらを見ていた。その姿は、化粧をした道化師という感じで、手足が異様に長細く見え、悪夢の中で観る映画のキャラクターのような造形をしていた。


「ああ、起きている。大丈夫だ」


 私が、声がした方を振り返ると、そこにはリーヴィズが予約した、三〇代のフランス系の美女をイメージしたアンドロイドが椅子に座っていた。だが、リーヴィズは、頭痛がするのか、頭を押さえながら、話しかけてきた人物に対応していた。


「あなたが、店のオーナーですか」


 姿のせいで、相手がどういう立場なのか判然としなかったので、私が尋ねてみると、その人物は、「オーナーというより店長ね。ただの雇われの」と答えてから、「ところで自由に喋っているところを見ると、あなたたちは機族なのよね。機人なら普通、スペースマインドを使うから回線速度なんて気にしないし、企業や人間に働かされている産業用のアンドロイドがわざわざこんなセクシーな身体を使いたいって注文なんてしないだろうし。それとも、あなたたちは機人で、インドの屋内はスペースマインドだと電波が悪いと思った?そう思ったなら安心して。スペースマインドを使う場合は、意識転送による通信構築が適切にできるよう、屋上でやるから。このビルは古くて、屋上は洗濯物を干すエリアになっているの」と、慣れているのかスラスラと説明してくれた。


「ありがとうございます。でも、私たち、機族なので、スペースマインドは使えないんです」


 私は、口調を女性っぽくしないといけないことをリーヴィズに知らしめる喋りをしつつ、自分たちが機人ではないことを店長に伝えておいた。


「あら、そうなの。でも、最近は、機族にもスペースマインドを使わせている人も多いから、御主人様におねだりしてみた方がいいわよ。二人ともすごく綺麗な身体に入ったから、この辺りでホワイトアウトに陥ると、酷い目に遭うでしょうから」


「それは怖いですね。でも、ちゃんと、ホワイトアウトエリアの最新版を視覚表示するように設定してきたので、大丈夫だとは思います」


「それならいいけど。あまり無理はしないでね」


 店長はそう言うと、少年のアンドロイドの頭部が乗った、作業台とおぼしき机の横まで移動し、最近、機族がSNS上で、人間専用機と揶揄して話題になっていたパソコンを使い始めた。


「あらあら」


 私は彼が、何の画面を見ているのかは分からなかったが、それなりに驚いているようなので、どうしたのか身を乗り出して見ようとしてしまった。


「そんなに慌てなくても、教えますよ。私が聞きたいのは、あなたたちが接続しているサーバーについてね。これって、どういうこと?」


 通常、サーバーとの完全な接続を構築する際でも、サーバー側の情報はブラックボックスになるので、なぜサーバーのことを問題視するのか、私は疑問に感じた。


 もしかすると、ハッタリで脅しているだけかもしれないと思い、私は何も答えず黙っていたのだが、店長はさらなる事実を突きつけてきた。


「黙っているのはいいけど、これがヤバい案件じゃないかは、私も雇われの身だから聞かないといけないの。このサーバーって、機人の中でも、最高位の人たちが使っているサーバーじゃない。確か、月と火星と、小惑星帯に、定期的にバックアップを取っていて、絶対に死なない千人イモータル・サウザンドとか言われている人たちが使っているのよね。でも、なんで、あなたたち普通のアンドロイドが…」


「なぜ、そんなことを知っている」


 リーヴィズの怒りのこもった低い声に、私は、彼が全く女性を演じようとしないどころか、身分を隠すこともやめていることに驚いてしまった。しかし、店長の返しには、さらに驚くべきものがあった。


「知っているに決まっているでしょう。あたしのこと忘れたの?」


 私は話に全くついていけなかったが、二人の間では、まるでトップクラスのアンドロイドたちが競う卓球かのように、激しい会話の応酬が始まっていた。


「ああ、その姿を見たときに、思い出していたよ。それはいいとして、さっきの発言は、当社の機密漏洩だぞ。辞めたからって許されるわけではない」


「あたしは仮想現実で出会った人から聞いた噂話をしただけで、それが事実かどうかは知らないわ。それに、私は辞めたのではなく、辞めさせられたのよ。あたしは、美少年や美少女、愛らしいキャラクターを作り続けたかったのに、兵器開発に回されたら辞めるしかないじゃない」


 リーヴィズは、鼻で笑うと、「ところで、どうして私だと分かっていたんだ。接続しているサーバーの情報は、何重にも暗号化しているから、すぐに解けるはずがないんだが」と話題をそらした。


「悪いけど、ここに来た時の口調でバレバレよ。それに、メッセージの文章も、何となく嫌な感じがするのよね。あたしの記憶は、あなたに敏感なのよ」


「そうか、それはよかった。じゃあ、ジェームズ、研究所に戻ろう。お前に作って欲しいパーツがあるんだ」


 私は、このリーヴィズのセリフを聞いて、リーヴィズは相変わらず人に対しての扱いに無理があると感じてしまったが、ジェームズと呼ばれた店長の怒りの顔はリーヴィズの無神経さを遥かに超えた凄みがあった。


「あんたは、どうして、毎回、毎回、そうなのよ。人の気持ちってのを考えたことがないでしょう。人間以外の知的存在を見つけて、存在するのかどうかも分からない銀河連邦に地球文明を加盟させて、宇宙の秘密を解明すれば、あんたは自分のどんな罪も全て許されると思っている感じがして気持ち悪いの。あたしは、あんたとは違うの。同類だと思わないで」


 それを聞いたリーヴィズは、さすがに申し訳なさそうな表情をして、「思いがけず、本当に優秀だと思ったメンバーに会えたから嬉しくて。つい引き戻そうとしてしまった。悪かった。でも、君の籍は会社に残しているし、実は給料も、いなくなってから今までの分を積み立ててある。だから、戻りたくなれば…」と言ったが、「もういいって言ってるでしょ」とジェームズに一蹴されてしまった。


「隣の部屋を見れば、私がいかに満足しているか、理解できるわよ。見ないと帰さないから、さっさと行って」


 リーヴィズは、ジェームズにぐいぐいと腕を引っ張られていたが、「自分で行ける」と一旦抵抗してからは、大人しく従っていた。何となく忘れられている私も、その後をついて、隣の部屋に行くと、そこには簡素な下着だけを身に着けたアンドロイドたちがずらずらと並べられていた。


「美しいでしょう。顔も、瞳も、耳も、身体のラインも。この子たちは、全て私が作ったの。ビジネス用に作られたアンドロイドたちではできない、人間の形への愛着があるからこそ、この細やかな造形を作ることができるのよ」


 私が保管されているアンドロイドたちのうちの一体に近づいて観察したところ、塵一つ付着しておらず、非常に大切にされていることが伝わってきた。部屋の片隅に高級ホテルにあるようなふわふわのバスタオルが置かれていたことから、私はそれらが毎日、丁寧に拭かれているのだろうと想像した。


 その後、私は、部屋に置かれた一〇〇体以上のアンドロイドを見て回ったが、ジェームズがいう通り、それらの顔は全てが美しいものの、一つ一つ全く違った顔をしており、人の美しさに情熱を注ぐ彼の生き様が感じられた。


 特に、印象に残っているのは、様々な美しい顔の写真がピンで留められている巨大なコルクボードだった。いくつかのボードを繋いで作られたそれは、5メートルほどの幅があり、その上に無数の写真が留められていて、それ自体がジェームズの記憶を表しているように私には見えた。


「でも、作り続けることができてよかったじゃないか。これは、君にしか作れないよ。君が使っていたスマートグラスからの情報や、メッセージのやり取りの記録などをかき集めて、君を機人として復活させることができて、本当に良かった」


 コルクボードの前に立ったとき、私はまたリーヴィズが余計なことを言ったと思ってしまったが、ジェームズは、その言葉には激しい反応はせず、会話は穏やかに続いていた。


「そうでしょうね。確かに、あなたにもらった栄誉とサーバー利用料無償の措置のおかげで、機人になった今でも、自由気ままにこんなことをしていられるのよね」


「ああ、そうだ。そして、これからも自由気ままにしていられる。良かったじゃないか」


 私は、後でリーヴィズから聞いたが、ジェームズは優秀な技師だったものの、心が不安定だったらしい。そんな彼が、隠れて好きだった男性の研究員から、ジェームズの作っているアンドロイドについて、「君はよっぽどアンドロイドが好きだから、ここまでできるんだな。精巧すぎる。僕にはできないよ」と言われ、さらに、陰で自分が人間よりもアンドロイドに親近感を感じている異常者だと言われていることを知って、ショックを受けた。


 そして、その件で不安定になったジェームズと上司などとの間に揉め事が起き、部署移動が生じたことで、彼は自殺をしてしまった。


 だが、遺書に、「機人になりたい」と書いてあったため、リーヴィズが才能を惜しんで彼の機人を作ったところ、機人のジェームズは自分の姿を、道化師のように化粧をしてリーヴィズを驚かした挙句、そのままどこかに消えたということだった。


 ただ、後で私がリーヴィズに、本当にそんな遺書が存在したのか尋ねたところ、「存在したさ。ジェームズの記憶データの中には、間違いなく、遺書をしたためるときの様子が残っていた」と、ジェームズの記憶データとされるものの一部を誰かが勝手に作った場合でも当てはまるような、やや曖昧な回答が返ってきた。


 結局、何が本当なのかは藪の中だったが、リーヴィズがジェームズに固執していた件は、人というものを、宇宙開発を完成させるゲームにおける駒として見てしまうリーヴィズの哀しい性質を、私に突きつけてきた。


 私は、彼が、魅力的な星座や天の川を見せてくれる存在ではあるが、近づけば近づくほど暗闇と冷たさが広がる宇宙だと思うことにし、適度な距離で見ているのが大事だと思うことにしたのだった。



*******



 ジェームズは、リーヴィズにとことん自身が作り上げた作品について紹介した後、リーヴィズに付き合わされている私には休憩が必要だと言い始め、紅茶を淹れてティータイムにすると繰り返し主張した。


 私は、これ以上はリーヴィズの方も気まずいだろうから何度か断ったのだが、さすがに5回目でOKを出し、それに合わせてリーヴィズも観念して、ティータイムに付き合うこととなった。


 ジェームズが用意してくれた紅茶は薫り高く、その風味だけで、雄大なヒマラヤ山脈と、その麓で行われる伝統衣装を来た人々の茶摘みの風景が、私の意識の中にぬくもりとともに広がった気がした。


「何でも相談してね。嫌なことがあれば、いつでもメッセージしてくれていいから。私も、この人が宇宙のためには必要だと思っているけど、一人ひとりのためにはならないと思っているから、周りにいる辛さはよく分かるの」


 私はリーヴィズがいるところでリーヴィズの愚痴を言うわけにもいかないので、ジェームズに機族について聞くことにした。


「それなら、最近、機族の中で脱人間というキーワードが流行っているらしいの。ちょっと気持ち悪いわ」


 ジェームズが言うには、ある進歩主義的な機族が、人間の歴史の中で食べ物を捨てている国もあれば、飢餓で苦しみ、人が餓死している国もあることを批判し、やはり人間は愚かだから、より新しい形に作り変えなければならないと、機族の集まりで話したのだという。


 その話を自分が飼っている機族から聞いた、脱人間に批判的な元研究者の機人は、食事を無駄にしていないということを示すために、機人の食事タンクにストックされた食糧から水分を抜き、小麦粉に練り合わせてパンにして、貧しい人間たちに振る舞うアイディアを自分の機族に伝えたらしい。


 これには当然、批判された機族側から反論が出た。その批判合戦が盛り上がる中で、機族たちは、そもそも人間が持つ、食べ物で栄養を得るという行為自体が、電気で動いている自分たちにとっては滑稽なことに気づき、食事という文化自体を否定する発言をするようになったということだった。


「なぜ、そのような情報を、ジェームズ、お前が持っている。機族の奴らは、自閉的で、機族同士の付き合いを重視するから、機族を所有していない機人のお前と、会話をする機会はないだろうに」


「それはそうだけど、あたしの仕事は美しいアンドロイドをレンタルすることだから、機族も最近までは、かなりの頻度で借りに来ていたの。でも、脱人間の話題が彼らの中でブームになってからは、食事だけでなく、セックスや人間の身体の形なども批判の対象になってきて、以前ほどは借りに来なくなった気がするわ」


 この話に、私はショックを受けた。やはり、自由に発言するアンドロイドの中で、文化も姿形も人間から脱するという話が進むのは、どう考えても文明の中に人間を残すという人間保護の方向性とは真逆だったからだ。


 これでは、人間そのものだけでなく、やはりアンドロイドに引き継がれている人間の形すら残らないのかもしれないと、私は自身の予想の範囲を超える未来像に、寒いものを感じ始めていた。

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