第20話 大義と犠牲②【完】
パーティー会場に入ると、フォールズやリーヴィズに挨拶に来た人々に軽く挨拶を返し、その後、リーヴィズたちと一緒に、用意されている食事を好きなように、皿の上に乗せることにした。
私は、ハム、ソーセージ、キャビアが乗ったクラッカー、トマトのカプレーゼ、新鮮そうな魚を使ったゼビーチェを真っ白な皿に乗せ、ビールを手に日常を感じた。フォールズの皿の上にはナッツ入りのクッキーが乗っており、よほど彼はそれが好きなのだと思った。
彼はおそらく、そのクッキーを通して人間だった頃の一端を感じているのだろう。私はそう思いながら、機人というものの滑稽さを、それこそ機族たちと同じように感じてしまった。
「今回の仕事に、乾杯をしよう。特に、ジロー。責任ある立場にはないのに、よく手伝ってくれた。本当にありがとう」
フォールズの言葉に、私は、「ありがとうございます。地球の上で、未だに生かせてもらっているので、今回のことくらいはいつでもやりますよ」と言うと、彼は、「そのやる気を、これからもゾウちゃん相手に発揮してもらうことになるだろう。よろしく頼むよ。では、とりあえず、乾杯」と言い、私たちはシャムディを含め、4人で乾杯をした。
私たちは手に取った酒を飲み干すと、フォールズが、「悪いが、知り合いたちから声がかかっているから行かないと」と言い、リーヴィズも、「そうだな。俺も鉱山関係や金属加工の会社に関する人たちに挨拶がしたい」と反応し、ここで解散することにした。
「ちょっと皆さん、急ですね。お忙しいのは承知していますが、離れられる前に少しだけ時間をください」
そう言ってフォールズたちを止めたのは、また、シャムディだった。
「どうしたんだ。今、共有しないといけないことか?」
小出しに情報を出すシャムディの癖に、いい加減呆れてきたのか、リーヴィズが、機嫌が悪そうに返すと、シャムディは、「当然、そうです」と言った。
「じゃあ、少し時間を取ろう。大事なことは早い方がいい」
フォールズの言葉に喜んだシャムディは、礼を言うと、再び、時空の歪みから他の文明が来た場合のことを話し始めた。
「他の文明が来たとして、彼らが重要視するのは、日常なのか、非日常なのかを考えていただきたいのです」
「それは、日常だろう。たとえば、戦争なんてどこも同じだ。文化こそが違うのだから、日常だ」
「ですが、トルストイが言っているように、不幸には種類があります」
「それはそうだな。あと、よく考えると、日常が大切だとして、その日常をどこまで記録できているかも問題だな。特に、先進国と呼ばれた国にルーツを持つ人間たちは、様々な文化を持った部族を滅ぼしてきたから、もしかすると、それが罪に問われ、その代償として土地や資源を接収される可能性もあるかもしれない」
シャムディとリーヴィズの会話に、フォールズが、「念のため、この問題について想定対応をまとめておいた方が良いかもしれないな。分かった、考えておくよ」と言い残して、去ろうとした時、私は、フォールズを呼び止めた。そして、リーヴィズとフォールズの2人に同時に会うことも今後はないかもしれないので、今回の話し合いで再確認したいことを念のため聞いておいた。
「もし、未来を加速させるのに、反アンドロイド運動をしているような人間たちが邪魔になるのなら、やはりTBLに閉じ込めるという方針は変わらないのですかね」
リーヴィズが何かを言おうとしたところ、フォールズが彼を止めて、説明を始めた。
「人というのは、大きく、無慈悲な行動をとるためには、何らかの理由が欲しいんだ。で、運悪くと言っていいのか、今回はそれが見つかってしまった。シャムディ教授が見つけた時空の歪みというものがね。だが、文明全体が滅びるくらいなら、そうならないようにするために対策を打つことには大義がある。時代は、その大義を実現するために進んでいくことだろう。だが、それは、人の歴史の中で幾度となく繰り返されてきたことであって、今回も変わらない。決して、真新しいことじゃない。仕方のないことなんだ」
「では、アンドロイドが人間を奴隷にする可能性はどうでしょうか。ローマの文化財を守る際に、古代ローマの文化も守るべきだとして、当時存在した奴隷の存在を肯定したらどうするのでしょうか」
これにはフォールズは黙ってしまったが、代わりに、リーヴィズが端的に答えてくれた。
「ジロー。その時は、その時だよ」
それを言い終えると、リーヴィズは私からの反論を待つこともなく、そのまま財界の集まりに呼ばれていき、その直後に、フォールズとシャムディも、それぞれ彼らのコミュニティーへと戻っていった。
だが、当然、この日も個人投資家は、私以外にはいなかったので、私は適当に食べながら、この前の経済アナリストを探してみたが見当たらなかった。
私は仕方なく、一人でシャムディの話を考えていた。時空の歪みから他の文明が現れたとして、地球の何になら興味を持ってもらえるのだろうと。
実は、ゲームの攻略条件のように、多様な神話を持った民族それぞれを歴史上、尊重して未来を作っていくことこそが相手との交渉を上手く進める方法だったのではないか。宇宙の原理なんて分からない。だから、そのような原理で動いている可能性もあるかもしれない。
だが、もし、それが正解だとすると、既に手遅れの可能性がある。そんなことを考えながら、私は肉汁が溢れるソーセージを噛みながら、ビールを口に流し込んでいた。
「少し、お話しよろしいでしょうか、ジローさん。と言っても、私と話すことが迷惑になるかもしれませんが」
私がフォールズのために用意されたと思われる、各種クッキーが集められた場所の前で考え事をしていると、急に隣にポラストが現れ、話しかけてくれた。
「話し相手がいないので、困っていたところです。逆にありがとうございます」
どうやら、ポラストは、今回の一件で、少々問題があるという烙印を押されてしまったため、周囲から少し距離を置かれたと感じているようだった。
「助かります。先ほどまでは、インシュカラが気を遣って話し相手になってくれていたのですが、彼女と話をしたい人は他にもたくさんいらっしゃいますからね」
私は、ポラストの様子を見て、何だか、ポラスト自身が悪いようになっていることに申し訳なさを感じた。
おそらく、ポラストが行った仮想現実の中に創り出した未来を利用するという手法は、遅かれ早かれ、誰かが実行したはずのことである。それがたまたまポラストだっただけのことであり、そもそも、みんなが仮想現実というものの利用について、もっと積極的に問題点の議論をできていれば、ポラストの先回りも出来たかもしれないのだ。
このような先端技術と規制の問題は、歴史上にありふれているのに、人類というものは多くの場合、後手に回っているように思われた。
「シャムディが皆さんに、時空の歪みから他の文明がやって来る可能性について話しましたが、ジローさんは、他の文明は何を求めると思いますか」
ポラストの質問に、私は、先ほどリーヴィズとシャムディがしていた話などを伝えた。
「目的としては、その可能性は大いにあると思います。ですが、ジローさんご自身としてはどのように思われるかをお聞きしたいのです」
ポラストがなぜ、そのようなことを聞いてくるのか、私は理由が分からなかったが、単に、雑談として聞いてくれているのだと思い、私は本音を答えることにした。
「何も求めず、ただ、ふらっとやって来るというのもあると思います。それこそ、我々が、自分が知らない場所を求めて世界を旅するように」
その答えに満足してくれたのか、ポラストは嬉しそうにして、「私は、その可能性を思いつきませんでした。でも、ジローさんのいう通りだと思います。普通は、旅先のものを見たり、感じたり、食べたりすることが楽しみで、巡りますよね。それだけでいいのだろうな」と、最後は自分に言い聞かせるようにして喋っていた。私は、当然だと思うことを言っただけだったが、ポラストは職業病なのか、どうしてもストーリーというものを考えてしまうようであった。
「そういえば、先ほど会議の場で、秩序と平和のためにも、その時代に合った聖典を編まなければならないと仰っていましたが、それが一人一世界ということですか?」
私の質問に、ポラストは嬉しそうにしてから、「ええ、人間にとっての聖典、言い換えると、あるべき進む道としては、一人一世界を提示できればと私は考えています。あと、ジローさんや大統領が考えてくださったように、協力してくれる人間には、世界遺産で生活し続けて欲しいですね。それが他の文明が来た時に、役に立つことは間違いないでしょうから。しかし、アンドロイドや機人の中には、宇宙開発に重きを置く人たちもいるでしょう。その人たちには、I≠NI問題こそが、おそらくいつまでも追求できる、答えが出ない問題だと思うので、目指すものとしてはいいのではないかと思います」と答えた。
「そういうことですか。でも、どうして、聖典なんていう表現をされたのですか。やはり、リーヴィズが、一人一世界が宗教みたいだと言っていたからでしょうか」
私がそんなことを言うとは思わなかったのか、ポラストは少し困った表情をしてから、「いえ、そんな個人に対しての皮肉を言ったつもりはありませんよ。そうではなく、何と言うか、歴史に対しての皮肉のつもりで言いました。歴史上、様々な思想を根拠に、虐殺や破壊が行われています。思想は、本来犯してはいけない何かへの攻撃を正当化します。今回であれば、人間がどこに住み、どのような人生を送り、誰と生きるのかといった選択の権利を、TBLへの強制移住が実際に行われれば犯すことになります。ですが、それを物語の力で、まるで正しいことのように取り繕うことは可能なのです。ヴァーサフの一人一世界の思想が、どれだけ素晴らしいかを説く物語を、人々の間で流行らせれば、きっと人間は快く仮想現実世界に移住することでしょう。ただ、繰り返しになりますが、加速する未来を受け入れ、世界遺産やその他文化の守り手となってくれる人間たちを強制移住させることはありませんが」と教えてくれた。
「そうですか。何となく理解できたような気がします。つまり、聖典というのは、みんなを納得させるための物語だということでしょうか?」
「その通りです。そして、それは、いつの時代も必要とされています。ですが、個人的には、先ほどジローさんが仰ったように、世界が何も求めず、人々がふらっとした感じで生きているのが、自然な感じがします。なので、この先の未来にも、できれば、誰もが聞きたがるような物語ではなく、単なる日常がそこにあるといいですね」
ポラストは、そう言って乾杯を求めてきた。
私は、先ほど取ってきた白ワインの入ったグラスを手にして、ポラストのワイングラスと乾杯をした。薄いグラスが触れ合う音は、静かで凛としているが、心地よい響きがあり、まるで宇宙同士が外側に持つ薄い膜が触れ合ったときの閃光のように感じた。
このとき、私はこれから自分が、ゾウのミシェルだけでなく、彼女の出身地である世界とも交流することで、仮定歴史学などという二一世紀の人類史には存在しなかった学問への理解を深めていくことなど、想像すらできなかった。
そして、それ以上に、今後、仮定歴史学の専門家の一人として、ミシェルたちと共に他の文明と関わっていくことになるとは、この時は思いつきもしなかったのである。(完)




