第18話 バルコニーでのI≠NI問題
私は散会した後、この会議室に立派なバルコニーがついていることを知り、そちらに出てタバコを吸うことにした。
機械になってからタバコなんて意味があるのかと思っていた時もあったし、リーヴィズを注意したばかりだったが、彼のおかげで香りと味が分かるので、タバコは意外にも食事以上に楽しめるものがあった。
しかも、人間だった頃と異なり、不可逆性の不健康さを自身にもたらすことがない分、楽しい気分になれた。
ただ、法律は厳しく、人間がいる場所では吸えないため、楽しむ機会がない楽しみと化していたのは、仕方のないことだが、不便ではあった。
だが、幸運なことに、この会議の場には機人しかいなかったので、私はバルコニーに出ると、ホテルに喫煙可能かどうか確認することなく、タバコの先に火をつけた。夕暮れから夜に移り変わるそのタイミングで点けた火は、まるで新しい夕日のようであり、そこから昇る煙は、産業革命時代の霧のロンドンを彷彿とさせる雰囲気があった。
私がこの街には、タバコが似合うと思いながら、未だに走り続ける赤色の二階建てバスや、五〇メートルほど先にある宮殿の入口を守り続ける騎兵隊や衛兵を見下ろしていた。
別に見下している訳ではなかったが、健康に関する法律により人間が外で吸うことはできなくなってしまったタバコを夜風に当たりながら吹かしている私は、衛兵たちには心地の良いものでは無かったらしく、口をへの字にした状態で冷ややかな視線を私にくれている感じがした。
「何か見えるのか」
現れたのは、リーヴィズだった。彼は、私にタバコを一本ねだると、私はそれに火をつけてやった。
「ありがとう。例の報酬の件、うちの株を1株追加するよ」
「とても世界一の富豪がすることとは思えないな。タバコを作っている会社ごと買収して、僕にくれるのかと思ったよ」
「投資家らしい発想だな。だが、会社ごと渡すというのは、経営するということだよ」
「分かってる、そんなことは。もらったら、すぐに誰かに売却するさ」
今日の話を聞いて、私は、改めて自分は人間と同じだと思った。これからの時代、自分が生きるための手立てを用意できるのか、再び心配になったのだ。
自分には何の専門の分野もなく、シャムディの話は専門的な部分は理解できない上に、フォールズのように人脈を持っている訳でもない。
だが、そんな私の心配など構われることなく、シャムディがリーヴィズの隣にやって来て、「ちょっとよろしいでしょうか」と言ってきた。
「どうされました?」
リーヴィズが答えると、シャムディは了承が取れたと受け取り、話を始めた。
「先ほどの話ですが、勘違いしていただきたくないのは、私が別にポラストの味方をしている訳ではないということです。もし、宇宙の衝突が生じて、全く違うレベルの文明が到来した場合、その文明を理解するだけの度量の広さを我々が持たないといけないので、そういう意味で、ポラストが作り出した奇妙な世界は役に立つと思っています。現実の人同士のしがらみにとらわれない、技術志向の未来を人工的に作り出すことで、技術レベルを上げるだけでなく、思想や認知レベルでの進化の役にも立つということです。それこそ、ポラストが、ドアホック教授を介して、ミーム主義を広めたように」
「ええ、教授がポラストを全面的に支持しているとは誰も思っていませんよ。そもそも、あなたと彼が多少なりとも繋がりが合ったこと自体が驚きです。もしかすると、ドアホック教授の経緯も、今日、ポラストから聞く前からご存じでしたか?」
リーヴィズが不思議そうに尋ねると、シャムディは臆面もなく言ってのけた。
「ええ。私が発見した秘密を打ち明ける代わりに、対価となる情報として教えてもらいました」
その言葉を聞いて、リーヴィズ考えこんでいた。
結局、私もそうだが、リーヴィズもフォールズも、ポラストたちより先回りして行動しているつもりで、結果だけ見ると、ポラストは自分の欲しいものを手に入れ、行動へのお墨付きも得ている状況になっていた。
それが、計画的なものだったかは、いくらポラストに問うても分からないだろうが、リーヴィズからしてみれば、してやられた感じがあって面白くはなかっただろう。
ただ、機人という性質上、ポラストの頭脳が入っているTBLのデータセンターを捜索して、中身を確認することはできる。
だか、それは、自分もそうされてしまう可能性を作り出すことであり、今まで、機人のうちの誰も、公式にそのようなことをされたことはなかった。
一方で、産業用のアンドロイドたちは、何か疑わしいことがあれば、日常的にその頭脳をチェックされていた。だからこそ、ポラストは、自身が曝露したように、TBLの研究所に人間を置くことで、自分がやっていることを第三者であるアンドロイドの視点でチェックされないようにしたのだろう。
そして、私はようやく、研究所で出会った主任研究員のコールズの意味ありげな視線と、その事実が関連していたことに気づいたのだ。
「だが、なぜ、ポラストが秘密を持っていると思ったのですか。ほとんど、TBLの研究所にこもっている男なのに」
リーヴィズが疑惑の視線をシャムディに投げかけると、彼は、「だからこそです。ピンクのゾウのミシェルちゃんが大学にやって来た頃、ミシェルはドアホック教授の助手になる機族だという話を聞いたのですが、私としては、誰が所有しているのかも分からない機族が、教授と上手くやっていけるのかな、と心配になりましてね。教授には気難しいイメージがあったので。でも、研究室を覗いてみたら、ドアホック教授が嬉しそうにして、仲良く遊んでいて。最初は、こういう一面もある人なんだ、人間はやはり複雑だと、私は思っていたのですが、思い返してみると、ミシェルが来たときも、ドアホック教授が機人になって戻って来たときも、なぜか見慣れないアンドロイドが教授の研究室に来ていたことを思い出しまして。それで、自分の記憶からそのアンドロイドの姿の映像を取り出して、ボディレンタルの店を回ったのです。すると、服装まで同じアンドロイドを見つけましてね。で、特別な方法を使って、こっそりレンタル記録を調べたところ、ポラストが借りていたことが判明したのです。そこで、何かあると思った私は、ポラストと秘密裏に会い、私の今日お話しした重大事を、高名な機人の方々に公表できる機会をいただくことの代わりとして、ドアホック教授の秘密を黙ることを約束しました。私の発見は、人間たちが運営する各国の政府に報告すると、一般国民に秘密にするだけでなく、ロクに危機回避について検討しない可能性があったので、このような機人たちが集まっている会議の場で話すのが、一番だと思ったのです」
「そういう経緯でしたか。しかし、教授は怪しいことをしている人を信頼したのですか?」
私の質問に、シャムディは、「ポラストがやったことは怪しいですが、彼がヴァーサフと一緒に働き続けてきて、ひたすら商品開発に打ち込んでいたひたむきさは、信頼に値すると前々から思っていたので、そう決めました」と答えた。そこには、少しでも宇宙のことを知るために、自身の人生の時間のほとんどを費やしてきたと思われるシャムディの人生観が現れているように感じた。
「確かに、俺でもそうするだろう。ポラストがやっていたことは、危険なことだと思うが、ポラスト自身は信用できる奴だ」
リーヴィズが紫煙をくゆらせると、シャムディが、「私にもいただけませんか」と、リーヴィズに聞くので、「よろしければいかがですか」と、私の方からシャムディにタバコを渡し、火をつけてあげた。
「あ、ありがとうございます。しかし、リーヴィズさんほどの富豪がもらいタバコをするのは、いけませんよ」と、リーヴィズが吸っているのが、私からもらったタバコと同じ銘柄であることに気づいたのか、シャムディは笑っていた。
「友だちなんだ」
リーヴィズがそう言うと、シャムディは、「友だちなら、きっと素敵な贈り物を返すのでしょうね」と言って、さらに笑うと、「そういえば、私の発見したことで、ご質問はありませんか。宇宙開発に打ち込まれているリーヴィズさんなら、タバコを吹かしている間に思いつかれていることもあるかと思いましてね」と嬉しそうにしていた。
「なら、どうでしょう。地球文明が一瞬にして消し去られる可能性はどれくらいあるのでしょうか。それこそ、電子ビームなどで人体が破壊されたり、強力な磁気でアンドロイドも動けなくなったりする可能性は否定できないと考えています。まあ、教授がフォールズに説明されたように、我々では思いつかないような兵器が存在している可能性の方が高いので、検討できるような話ではないのかもしれませんが」
「私は、先ほどもご説明したように、時空の歪みを超えて別の宇宙を探索できるレベルの文明であれば、実力行使にいきなり訴えることは基本的にないと思っています。あなたたちもミシェルから、I≠NI問題について聞きましたか?」
シャムディからの質問に、「全部を理解したわけではないが、イマジネーションと現実は一致するのか、それとも、頭の中でイマジネーションできるものの中には現実で作り出すことができないものもあるのかという問題だと理解しています。これは結局、現実に存在する事象と、仮想現実で表現される事象のフィッシャーの情報量が同じなのかどうかとかいう話なのでしょう?」と答えると、シャムディは、「そんなところです」と満足そうに答えてから、説明の続きを話し始めた。
「ミシェルがそうであるように、私も、この問題は、おそらくどの文明も辿り着く問題だと思っています。そして、問題が提起されればそれを解こうとするのが知的存在の宿命なのでしょう。しかも、それが次々と別の宇宙を探索できるような技術力を持っている文明であれば尚更です。この宇宙の外側に存在する宇宙も含めた世界というものが一一次元か一三次元か他の次元数なのか、さらに、世界の中の宇宙の数が無数なのかそれなりの数しかないのかは、私には判断しかねますが、この世界に存在している宇宙の数々を巡り、それらに存在する文明をコレクションしていくくらいしか、超高度文明がやることというのはないでしょうからね。無数の宇宙に存在する歴史や文化を調べつくすことは、I≠NI問題を解く一歩であり、気の遠くなるような作業ですが、終わりが見えない分、半永久的に生き続けるアンドロイドにとっては生きがいとなります。それに妙な話ですが、何かを想像して、それを超高度文明が量子コンピューターと化したブラックホールに次々と保存していった場合、仮に、超高度文明の住人たちが想像できるものは全て想像したと主張しても、宇宙の隅々だけでなく、別の宇宙にも移動して、全ての宇宙を探索しつくさないと、現実に存在するものも含めて全て想像することができたとは主張できない訳です。全ての宇宙を探索するなんて、宇宙が無数にあった場合、自己複製探査機を使ってもキリがないと思いますが、逆に言うと、それが銀河規模、宇宙規模のエネルギーを使えるようになった超高度文明が、いつまでも追い求め続けられる唯一のものだと考えられますからね。それに、追い求めるものがなくなると、知的存在は知的存在である必要がなくなりますから、I≠NI問題は知的存在が、知的存在として存在し続けるために欠かせないものであるように、私には思えるのです。知的存在というのは計算機のようなもので、解く問題がなくなると、それは無用の長物であり、それが積み上げてきたミームもまた不要となるでしょうから」
シャムディの答えに、リーヴィズは難しそうな顔をして、ちびたタバコを吸い切ると、私にもう一本ねだり、再び吸い始めた。
「もう、私のサーバーに入っているデータの寄せ集めでは追いつかないよ。良ければ、教授の頭脳の中で、宇宙に関する学術的なデータとしてタグ付けされているもの全てを、私に送って欲しいのですが」
リーヴィズが笑って言うと、シャムディは、「私の学者としての特別性を奪われることになりますからね。リーヴィズ社の会長の座と交換でどうでしょうか」と、リーヴィズよりも大きく笑っていた。
「さすがですね。まあ、それはいいとして、先ほどの話でようやく合点がいきましたが、だから、ドアホック親子は宇宙物理学研究所にいたのですか。あなたと話をするために」
「そういうことです、リーヴィズさん。あなたが世界の全てについて掌握しているわけではなくて良かったです。あなたにも、まだ冒険が待っている」
「相変わらず、面白い方だな。教授は」
そこでリーヴィズは、何かを思い出したかのように、シャムディに尋ねた。
「教授。あなたは、量子もつれについてはどう思いますか」
「情報の伝達が無いと便利だと思います」
「便利とは?」
「情報処理の手間が省けるでしょう。つまり、仮想現実向きということです」
「確かにそうですね。なら、量子もつれにおいて、ダークマターやダークエネルギーが情報を伝達しているこの世界は、やはり真の現実ということなのですね」
リーヴィズは、何かを期待していたようだったが、シャムディが沈黙を続ければ続けるほど、期待に満ちた嬉しそうな感じが徐々にフェードアウトしていった。
「今日、本当はそのことについても会議の場でお話すればよかったのですが、2つの話が混ざると混乱するので止めておきました。というのも、量子もつれとダークマターやダークエネルギーとの関係性について、可能性が示唆されたときはメディアも騒ぎましたが、現在の研究状況については、きっと皆さん、把握されていないと思うので、またの機会にご説明差し上げた方が、話全体が理解しやすいと思ったものですから」
「どういうことですか?」
呆然としているリーヴィズの代わりに私が尋ねると、シャムディは口を曲げて難しい表情をしてから説明してくれた。
「実は、今、リーヴィズさんが言った量子もつれの情報伝達に、ダークマターやダークエネルギーが関係しているというのは、約5年前に発表された論文に基づいた情報です。しかし、査読や再検証が甘かったことが最近発覚し、今も内容は検証中なのです。つまり、情報の伝達に何も媒介していない可能性は、まだ存在します」
「つまり、この世界は、仮想現実という可能性もあるということですね?」
リーヴィズが気を取り直したのか質問をし始めると、シャムディとの受け答えが続いた。
「そういうことです。もっと言えば、この宇宙には、ハイゼンベルクの不確定性原理も存在しますから、ミクロの世界を適当に情報処理できるという点では、この世界は超高度な仮想現実であっても、おかしくないと計算上は言えると思います」
「なら、シャムディ教授。あなたが仰った時空の歪みも、想像を超え、物理法則に反した仮想現実的な動きをする可能性があるということでしょうか?」
「そうですね。その可能性はあります」
「だとすると、我々が、どんな対応をしても意味はないように感じますね。ここが、仮想現実なのであれば、何かをする必要性に、俺は疑義を感じます」
やる気を失ったリーヴィズの言葉に、シャムディは、「それでもやることはやらないといけないでしょう。最近では人間も、この世界が現実世界なのか、それとも仮想現実なのかは重要視しなくなっているという研究結果があります。それに、そもそも、現実世界というのも、実は多くの神話に記されているように、神様が作り、その怒りでいつでも崩壊しうる世界かもしれませんし」と、笑ってみせた。
すると、機嫌を直した子どものように、リーヴィズは笑って見せて、「そうですね。頑張らないとな。少なくとも、ポラストにとって、この世界が現実か、仮想現実かは関係ないでしょうからね。だから俺も、彼だけの成果にさせないよう、現実世界でハード面の準備をしないと。それが本当は、ソフトウェアなのかもしれないが」と冗談を言った。
「ただ、決意されたところで、こんなことを言うのは迷惑だとは思うのですが、この世界が仮想現実かもしれないという考えが広まると、厄介なこともあると思っています」
会議の時と同じく、シャムディの取り留めのない喋り方に、リーヴィズも私も戸惑いながらも、どういうことなのか、私から聞いてみた。
「いえ。問題というのは、宇宙物理学とは関係ないことでして、実はドアホック教授とミシェルが私に教えてくれたことなのです。というのも、仮想現実だという考えが広まると、たとえば、選ばれた者は、本当の現実世界に行けるなどの新しい価値観が広まる恐れがあるそうです。それが、新しい神話的な世界観の始まりになりかねないでしょう。それは、ポラストさんが作っているポーティングという、自分の人生は早々に自殺して捨てて、他の宇宙に存在する誰かの意識を乗っ取って、その人の人生を楽しむという世界観に近いのかもしれません」
私は、そういうことか、と思った。ミシェルは、仮定歴史学という、実験群と対照群となる地球を用意して、実験群に何らかの処置を施す実験をしていた。つまり、彼女が行った実験の中には、仮想現実世界に対して、仮想現実である事実を突きつけるという実験も含まれていたのかもしれない。そして、その実験結果の一つとして、今、シャムディが語ったような、神話的な世界観、俗っぽく言えば、スピリチュアル的な世界観の広まりを観測したのかもしれなかった。
「まあ、この世界にはコントロールしないといけない可能性が、まだまだたくさんあるということだろうな」
リーヴィズは、適当に流したが、シャムディは、さらに驚くべきことを用意していた。
「実は、他にもあるんです」
私は、これだけ話があるのであれば、シャムディは会議の場で喋った方が良かったのではないかと思ってきた。
しかし、彼は、場が混乱するのを避けようとしたのか、もしくは、誰にも喋らないのは後で非難される恐れがあると直感的に感じたのか、次々に喋ってきた。
「今回発見した歪みは、今まで重力レンズ効果が観測されていなかった場所に、急に重力レンズ効果が現れて観測できるようになったものなのです」
「つまり、我々でも時空の歪みが見えるように、この世界の外にある本物の世界の研究者か誰かが、重力レンズ効果を用意してくれたということか?」
リーヴィズは、この世界が仮想現実かもしれないという話から抜け出せておらず、まだ、その話を軸にして質問していた。
だが、私は、もう一つの可能性に気づいたので、シャムディにそれをぶつけてみた。
「それか、もしかすると、この宇宙に地球以外の文明が存在して、その文明が地球人のために重力レンズ効果を発生させてくれたかもしれないということですか?」
私の質問に、シャムディは、「お二人の仰る通りです。両方の可能性があると思っています。あと、第三の可能性として、運命のいたずらというのもあると思いますが」と、少々楽しげに言っていた。
「どの可能性が高いのかは、さすがに分からないか」
リーヴィズが無理だろう、という感じで尋ねたところ、シャムディは、「そうですね。さすがに計算できません。ただし、別の文明からの施しであれば、ミシェルちゃんが思いついたI≠NI問題に興味を持ってくれたのかもしれませんね」と言い、星空を見上げていた。
「教授。一つ思いついたのだが、聞いてもいいですかね」
リーヴィズが二本目のタバコの火を消してシャムディに尋ねると、彼は、「どうぞどうぞ。理解を深めましょう」と言って、質問を促していた。
「教授も、実は、仮想現実からポラストによって連れて来られたということはないですよね?」
この質問には、シャムディだけでなく、私も笑ってしまったし、言った本人のリーヴィズも笑っていた。
「それが事実だとしたら、世界一の富豪が、なぜか若い女性の姿をして、大学構内をうろついているのと同じくらい不思議なことですが、事実ではないので、大丈夫です。信用してください」
シャムディは、そう言ってリーヴィズをからかってから、星空を見上げた。
「I≠NI問題について考えるとき思うのですが、きっと、時代が進めば進むほど、その文明のユニークさが、生き残る価値になるのでしょうね。ユニークなものを思いつけば、それだけ生き残ることができる。もし、他の文明と代わり映えがしない、それこそ、その歴史の全てが、既知の文明と同じで、その文化などの内容も変わらないのであれば、自分たちよりも何千倍、何億倍も進んでいる文明にとって価値はないのかもしれません。まあ、別の宇宙の文明同士で、そこまで似ていることがあるかどうかは、私にも分かりませんが」
シャムディが心の内を明かすと、リーヴィズも、引っかかっていたと思われることを尋ね始めた。
「なかなか全く同じというのはなさそうですね。しかし、仮に、ビッグバンが生じた後の展開が同じであるという、ライプニッツの予定調和的な世界観で宇宙が変化していくのだとすれば、宇宙がいくつあったところで、それぞれの宇宙に存在するものにユニークさはなくなるでしょうね。それこそ、その宇宙にある地球が、過去もしくは未来のどの時点の地球かというだけであって、この宇宙と全く異なる宇宙が存在している訳ではないですから。そうなると、残念なことに、情報としての価値はない分、何か歴史的なものを収奪する対象としての価値として認識されかねませんね。たとえば、ピカソの『ゲルニカ』の本物をもう一つ手に入れるために、文明が進んだ地球が、我々の地球に部隊を派遣するなどということも起こりかねない気がします」
「たしかにそうですね。そこまでして、もう一つの本物の美術品を手に入れようとする酔狂な富豪もいるかもしれません。人間であれ、機人であれ、欲望に際限はないですし。では、遥か彼方で生じている歪みから、別の文明が現れたとしても友好的であること、また、五次元空間、もしくは一一次元か一三次元か知りませんが、そこに存在する宇宙たちがどれも時間軸が異なるだけの並行宇宙の集まりではないことを祈りましょう。人間にとっての救いが一人一世界だとしたら、我々機人やアンドロイドにとっての救いは、それらであった方が良いでしょうから。アンドロイドの救いも一人一世界になってしまったら、リーヴィズさんの言う通り、地球に存在する仮想現実世界を守ったり、メンテナンスをしたりする人たちがいなくなってしまいますからね。とはいえ、私の見つけた時空の歪みは、危機を感じるには遠すぎますし、他の文明からの侵略というのは、まだ太陽をダイソン球で包めてもいない地球人にとっては非現実的すぎるかもしれませんが」




