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第17話 宇宙の衝突 或いは、罪と功の連続性

 しかし、そのガヤガヤした雰囲気の中、ある機人が、「法律案に目を通されているところ申し訳ないが、少し私の話も聞いて欲しい」と言って、手を挙げた。それは、予定にはないことだったので、むしろ、フォールズやリーヴィズの方が驚いていた。


「シャムディ教授。急にどうされたのですか」


 リーヴィズが、シャムディに尋ねたところ、彼は、「大事な話なんだ。悪いが、アスメラダさん、私にも全員に資料を送信する権限を付与して欲しい」と、申し訳なさそうに言っていた。


 私は、春に会議に参加したとき、自分だけが場違いな人間だと思った際、全員の顔と肩書をネットで照合した。


 その際、引っかからなかったということは、宇宙物理学を専門にしているシャムディ教授は、今回、誰かからの招待を受け、何らかの都合で参加しているものだと思われた。


 しかも、教授の姿はポラストの現実汚染の実態くらい驚くべきものだった。彼は、先日、バークレー校で偶然出会った際の青年の姿とは異なり、フットワークの軽そうな色黒の老人の姿をしており、長い銀髪を後ろで束ねていた。その上、アロハシャツを着こなしている佇まいは、まるでハワイで観光とサーフィンをした後に、ここに来たような雰囲気を醸し出していた。


「申し訳ございませんが、事前にデータのチェックをしたものだけを送る決まりになっておりますので」


 アスメラダが本当に申し訳なさそうにすると、リーヴィズが、「なら、私の方でデータをウイルスチェックするから、チェックが終わったものをあなたから、全員に展開してもらえるかな」とアスメラダに言い、シャムディにデータを送らせていた。


 1分もしないうちに全員に展開されてきたシャムディのデータは、開いてみたところ、星々が浮かぶ宇宙を捉えたもののようだった。


 しかし、非常に遠い場所なのか、美しい自然の造形などと並べられているような銀河の写真とは異なり、ぼやけた赤と黒と白のコントラストで出来た、論文などに掲載されているような粗い画像だった。


「先に結論だけ言わせてもらうと、ポラストを助けてやって欲しいということです。彼が行っている仮想現実内での未来制作も含めてね」


「シャムディ教授。なぜ、そのような結論になるのか全く理解できませんが、まず、この画像の説明から順に行っていただけないでしょうか」


 インシュカラが、多少怒気をはらんだ声色で言うと、シャムディは、「事務総長、お久しぶりです。宇宙探査関係の予算を国際的に抑えることを審議した会議依頼ですね」と、冗談っぽさの中に恨めしさがこもった口調で返し、説明へと戻った。


「では、こちらの画像ですが、これは、宇宙のある部分について、重力レンズで観察された結果です。重力レンズというのは、遠くの天体から出てきた光が、途中にある銀河や銀河団、ブラックホールなどの天体の重力場によって曲げられて、あたかも凸レンズのように作用することで、遠くの天体が拡大されて見える現象です。ただし、質量が莫大な天体に光が曲げられると、遠くの天体から来る光は強く曲げられ、その天体の像は大きく歪んで見えることになります。しかしながら、今回確認された天体の歪みは、重力レンズ効果の歪みだけでなく、それとは別に、その天体付近に、より強力で、特徴的な時空の歪みが発生している可能性を示唆しています。その特徴的な歪みは、通常の重力場による歪みで説明できるようなレベルではないのです」


 他の機人たちも同じ様子だったが、私は、シャムディが何を言いたいのかさっぱり分からなかった。宇宙の果てで時空の歪みが発生するというのは何を意味しているのだろうか。


 もしかすると、この世界が仮想現実かもしれないという、TBLの話に戻っていくのだろうか。ただ、この世界が、現実であろうと、非現実であろうと、そこに生きている私たちが生きていくことに変わりはないので、何か違いはあるのだろうか。


「みんな理解できていないようだが、その時空の歪みというのが、ポラストがやっている仮想現実と関係があるのか?」


 リーヴィズも、さっぱり理解できないという感じで、シャムディに尋ねたところ、「一応、今から言いたいことに、理論的に関連する論文を、私は学術誌にいくつか出しているのですが、ここにお集まりいただいている皆様には、残念ながら読まれている方はいらっしゃらないようですね」と、肩を落としていた。


 どうやら、シャムディが間を開けたのは、自分の研究の一般的な認知度を確認するためだったようだが、あまりに専門的過ぎるのか認知度はゼロのようであった。


 しかも、シャムディはその少々遊んでいるような態度について、フォールズから、本当に重要なことを共有したいのであれば、時間も限られているから真面目にやるように指摘が入った。


「分かりました、大統領閣下。この時空の歪みというのは、宇宙の遥か彼方で、宇宙同士の衝突が起きている可能性を示唆しているのです」


「宇宙の衝突? 研究がなされていることは知っていたが、しかし、実際にそんなことが起こるのか?」


 リーヴィズにも詳しくは分からないことのようであったので、私が後で調べたところ、宇宙物理学の中でも、素粒子系の学問に比べると真剣に取り組まれてこなかったジャンルのようだった。


 しかし、今回、その数少ない専門家であるシャムディ教授の研究の成果が活かされたのだ。


「宇宙同士の衝突が実際に起こったことは、私も見たことはありません。今、お見せしているものなのかもしれませんが、今回、私が観測したものが本当に宇宙同士の衝突を確認したものなのかは、私も学者なので何の確証もなく断定はできないでしょう。しかし、私がシミュレーションしている限りだと、宇宙同士が衝突した際の時空の歪みに数値上、一致するので、可能性は高いと思います」


 宇宙同士が衝突する。その言葉を聞いて、ある者は宇宙自体が風船のように破裂して爆発するのを想像し、ある者は空いた穴から惑星の数々が吸い込まれてしまうのではないかなどと思ったようで、会場は軽いパニックに陥っていた。


 しかし、フォールズが、よく国会の場などで使われているのを見る、古びた木槌で机をカンカンと叩き始め、原始的な方法で場を静まり返させた。


「場が混乱するから、シャムディ教授は、衝突した際に何が起こると考えられるのかなど、一通りご説明されてから、間を置くようにしてください」


 シャムディは、色々と注文が多いことに辟易している様子だったが、やがて彼自身の中で納得させたのか、喋り始めた。


「衝突によって、何が起きるかは、断定はできませんが、宇宙が崩壊するようなことはないと思っています。まず、宇宙が膨張する際の強大なエネルギー、それは、質量を消滅させることで生じる核融合のエネルギーであり、広がる速度も光の速さと同等かそれ以上のため、凄まじいエネルギーになりますが、それが宇宙の外側にあるダークマターやダークエネルギーもしくは未知なる物質たちを次々に反応させて、宇宙は広がっていると、私は考えています。その場合、我々の宇宙が、相手の宇宙と衝突した際、私が計算する限りは、双方の巨大なエネルギーが衝突して、その衝突した部分だけ宇宙の膨張が止まるものと考えております。さらに、膨張が止まった衝突面部分には、衝突した宇宙同士を繋ぐ回廊ができる可能性があります。また、他の可能性として、衝突してきている側の宇宙が、極端に膨張する力の弱い宇宙だとしたら、我々の宇宙と衝突した場合、我々の宇宙がその小さな宇宙を飲み込みつつ、その場で核融合などが生じて、我々の宇宙が膨張するエネルギーが増すことになることが計算上確認されていますが、その場合も、今回観測したように、対等な衝突と比べると短いですが、今回観測されたような歪みを生じさせるでしょう。相手の宇宙の膨張する力が極端に強い場合は…、おそらく、この歪みを観測するよりも前に、こちらの宇宙が崩壊しているでしょうから、私がこの発表をしている時点で心配は不要です。それに、我々の宇宙は、その構成要素からして、まだ膨張が極端に弱い時代には達していないと思われます。で、衝突した部分の話ですが、衝突した宇宙同士の均衡が保たれるまでは、衝突面を中心に不安定な状態が続くと思われます。しかし、そのうち、衝突面のエネルギーは安定し、そこに素粒子がたくさん集まる豊かな地帯ができます。これが巨大な銀河を生成し、場合によっては、衝突した二つの宇宙が合体した後の宇宙全体の中心として機能する可能性があります。ちなみに、ここから先の話は、説明が面倒なので、私の論文を読んでください。あと、衝突してきている側の宇宙が、反物質で出来ている宇宙の場合は…ええと、その場合は、衝突すると互いが消えていくから危険か? でも、宇宙の始まりであるビッグバンの際に、物質と反物質が同量生成されたものの、それらが完全に対消滅して何も残らないという事態にはならなかったから大丈夫なのか?」


 結局、シャムディは、学術的な発見の大きさと、地球がどうなるかという会場の機人たちが知りたい点、さらには、自問自答タイムを上手く分離して喋れず、仕方なくリーヴィズが誘導のために質問をし始めた。


「宇宙同士の衝突が生じるとして、それが自然に生じたことなのか、それとも人工的なのかは判別できるのか? たとえば、超高度な文明によって、時空がこじ開けられている可能性はないのだろうか」


 私は、質問するリーヴィズの姿が、他の文明からの侵略どころか、他の宇宙からの侵略の可能性に心を躍らせているように見えた。


「その可能性は否定できません。何より、初めて観測される事象なので、比較対象がありませんから。ただ、速度から考えると決して速いものではないので、最大限に発達した文明ではないと思いたいですね。まあ、最大限のスピードが、この速さなのかもしれませんが」


「進行の速さを分析しているということは、宇宙間の回廊ができる時期も割り出しているのか?」


 ようやく事態を飲み込めてきたらしいフォールズの質問に、シャムディは、「歪みがどのレベルに達すると、宇宙同士を往来できるようになるかは、はっきりとは言えません。歪みの大きさが拡大しても、それはあくまで衝突面がそこに存在することを表すだけであって、回廊が生じたことにはならないので。ですが、ここ数か月観測した限りだと、早いと三〇年くらいの間に、素粒子から乗用車くらいの大きさが通過できるような回廊が観測できるかもしれません。あくまで推測の域を出ませんが」


「素粒子レベルではなく、宇宙船が通過できるようになるのはいつ頃なんだ。それこそ、光の速さで進行するような宇宙艦隊が」


 今度は、フォールズが、隔世の感のある発言をすると、シャムディがたしなめていた。


「大統領閣下。僭越ながら、宇宙人が艦隊を送って侵略に来るということは無いと思います。たとえば、何十光年も離れている文明が、仮に光の速さで艦隊を地球に送ったとしても、それこそ何十年も時間がかかります。その間に、そのような攻撃的な決定をしたその文明の指導者は政権交代により権力の座からは降ろされて、地球攻撃は撤回されるかもしれません。しかも、他の文明を攻撃するような独裁的な文明のトップが、信頼できる手勢を地球へと派遣してしまうことは、クーデターのリスクを高めるでしょう。なので、わざわざ物理的に戦力を送るようなやり方はしないと思われます」


「じゃあ、どのようなやり方を?」


 愛着のある宇宙艦隊による戦争というイメージを否定されたせいか、フォールズは不機嫌そうにシャムディに確認すると、彼は、「そうですね。ゲームでよく出てくるのは、星ごと破壊してしまう兵器でしょうか。たとえば、恒星を覆うようにして作ったダイソン球から集めたエネルギーを放射するレーザー兵器です。人間のDNAを破壊するための電子ビームでもいいかもしれませんね。これらであれば、乗用車が通過できる大きさの回廊があれば使用可能だと思われます。とはいえ、宇宙間の移動ができるような文明であれば、ブラックホールも記憶媒体として使い、銀河の一つ一つをエネルギー源として使うレベルを超えているでしょうから、私では思いつかないような兵器もあると思いますが」


「味気ないが、未来の戦争というのは一方的な虐殺なのか」


「一方的な虐殺である可能性は十分にあります。ただ、私と皆様の間での認識の相違があるようなので訂正したいのですが、私は時空の歪みを『観測』したに過ぎないということです。それは、この地球の周りに届いた光を観測したということであり、実際、重力レンズ効果の分を差し引いても、現地では既に、私が観測した状態から何千万年、何億年かの時が経っているはずですから回廊の形成どころではなく、宇宙自体が繋がっていると思います」


「なら、もう既に、虐殺の手が伸びてきていると?」


 フォールズが、なぜそんな重要なことを早く伝えないのかと怒りを含んだ口調で言った横で、リーヴィズが子どものように顔を輝かせ、興奮しながら自身のアイディアを、彼が大好きな紙のノートに書き込んでいた。


 おそらく、リーヴィズは、恒星を、エネルギー収集のための幕や囲いのようなもので覆うダイソン球について、試作の設計図を完成させていたため、早速その出番があると感じ、興奮しているようであった。


「それはないと思われます。私が観測した歪みが生じている地点よりも、より地球に近い宇宙空間を観測することは、時間的により現在に近い情報を観測していることになりますが、今まで、地球に向かってくる超高密度エネルギーの塊のようなものを、どの国の天文観測所も観測していないということは、攻撃の可能性が差し迫っているということは無いということになると思います。私は、それよりも、超高度な文明が取る手段として可能性が高いのは、自己複製探査機という、調査する場所の資源を使って自分と同じ形の探査機を組み上げ、さらにそれが自己複製していくという手段だと思います。この方法だと、どのような宇宙で、どのような文明が存在するのかを効率的に調べられます。そして、宇宙の向こうからやって来る文明は、調査後に必要に応じてコンタクトを取ってくる可能性が高いでしょう。しかし、先方との通じ合えるには、我々も高度な文明を築き上げる必要があると考えます。以上から、我々は、超未来の戦いに備える必要もあれば、超未来の存在とのコミュニケーションなどについての対応に備える必要もあるのです。私は、それを達成するために、ポラストを助けてやって欲しいと願っています」


 シャムディが、最初に結論だと言っていたことを繰り返したとき、その本意にリーヴィズをはじめ、何人かが気づいたのか、「それは使えるな」と言ったり、リーヴィズのように悔しそうな表情を浮かべたり、三者三様の反応をしていた。


「つまり、ルドが進めてきた未来世界構築を、ある程度認め、そこから有益な技術情報などを取り出して、現実に活かし、宇宙同士の衝突、さらには起こるかもしれない他の文明の到来や襲撃に備えるということですね」


 インシュカラが、冷静な感じで話をまとめると、シャムディは、「さすが、事務総長。私が言いたかったことを適切に表現していただき、助かります」と、少々照れ臭そうにしていた。


「いいえ。以前の国際会議の時とは異なり、お役に立てたようで何よりです。ところで、あなたの意見だと、他の文明の到来に備えて、未来を加速させることになると思うけど、その場合は、文明のスピードについて来られなくなった人間は、切り捨てられてTBLの中に送り込まれてしまうということなのかしら。それとも先ほど、フォールズがルドに説明してくれたように、人間は人間文明の遺産の守り手として生き続けることを想定しているのかしら。その辺り、教授はどのようなビジョンをお持ちで、このようなお話をされているのかを知りたいわ」


「それについては、まず、私は単なる学者なので、政治的なビジョンを語る立場にはないことを、念のため共有させていただきます。ただ、お答えしない訳にもいかないと思うので、個人的な意見を述べると、どこまで、人間文明とは離れた未来にしてしまうか、その調整の問題だと思います。他の文明が攻撃してくる可能性を考えて、戦力を宇宙中に分散させるというのであれば、街を破壊してでも、宇宙船製造のための工場を作るべきかもしれません。しかし、個人的にはそこまでする必要はないと思います。そもそも、他の文明が向こうの宇宙からやって来るのだとしたら、こちらの文化を見たくて来ているのでしょうから、過度に、我々の人間文化そのものを変える必要はないのではないでしょうか。ただし、技術革新は必要ですが」


「しかし、人間側が、世界は変わっていくのに、自分たちが置いてきぼりになっているように感じるかもしれません。その場合は、どうすればいいのでしょう。記憶でも消すのでしょうか」


 インシュカラは、自身が答えを出せなくて悩んでいるのか、大勢の機人たちの前で相談するかのように問いかけていた。しかし、シャムディは、これ以上、自分が答えるのは立場的に違うと思ったのか、会場を見渡すと、その様子を見てフォールズが回答を引き取った。


「置いてきぼりに感じたとしても現実世界に残りたいという人は、やはりいるのではないかな。それこそ、機人というものには反対していたあなたが、機人となって人間の心配をし続けているようにね。ただ、他の文明の襲来に備える動きや、地球文明自体を超高度な文明に近づけるために今までの社会の在り方から離れていく動きに対して、執拗な破壊工作などによって邪魔するような人間は、仮想現実送りにでもするしかないのかもしれないが。まあ、その辺りは実際に動いてみないとどうなるかは分からないのかもしれないね」


 フォールズの言葉に、インシュカラは一旦納得することにしたのか、「そうね、やってみないと分からないわね」と言って、自身からシャムディへの質問はクローズさせた。


 その後、会議では、シャムディへの質問が集中し、ポラストのことが少々忘れられた感じになっていたが、質問の波が一段落したところで、インシュカラが一同に静粛を求めた後、ポラストのことについてフォールズに尋ねた。


「結局、未来に関する仮想現実開発については、どのように対応するつもり? 制限をかけるということで、禁止まではしない。ルド・ポラストには、引き続きTBL社の最高物語制作者として残ってもらうけれど、作成しているものは新しく制定する制作調査委員会が内容を確認する。ただし、シャムディ教授の主張内容を吟味した後、仮想現実について、技術発展に寄与する内容は許可制にして許容範囲を広げる。そんな感じかしら」


 インシュカラの的確なルール素案の策定に、フォールズは、「とりあえず、その方向で進めよう」と答えると、そろそろ彼の頭が限界なのか、目をパチパチさせて、会議を散会させた。

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