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第16話 世界の形を変えるということ 

「本日、お集まりいただいたのは、今後のアンドロイドの在り方についての検討を行うためです。現在、いわゆる自由意思を持ったアンドロイドには、我々機人以外に、機人や人間の富豪が所有して、自由に遊ばせている機族たちがいます。産業用アンドロイドは、自分たちで、自分たちが行う行動や日常などの枠組みを変えることはありませんが、我々機人や機族は、それが可能です。しかし、過度に異質な日常を、現実社会に取り込むことは、前回検討した反アンドロイド運動の参加者や他の人間たちに、不要な刺激を与えることになります。そのため、こちらも重大なテーマになりますので、私の方で現在の動きを共有させていただいた後、皆様の忌憚なきご意見をいただければと思います」


 西暦二〇九八年の初夏、春と同じロンドンの、とあるホテルの会議室で行われたこの密談も、また歴史的な会議となったが、その司会もリシー・アスメラダが行った。


 彼女は、前回と同じように資料を意識内で共有すると、参加者たちは、内容を確認しながら、「ああ、これか」とか、「会ったことあるな」などの声を漏らした。内容は、マウントたちの活動についてのものとなっており、マウントの姿形や、彼が主催しているパーティー、それに彼の人間以外の形をした仲間たちについて紹介がされていた。


 これらの資料は、私がマウントの許可を得て収集したデータに基づいて作成したものであり、普段は、この会議に参加している権威ある人々が所属していた機関や企業が作成している資料を基に、個人投資家として経済予測をして生きている私が、その機関や企業の代表者、あるいは元代表者たちに向けて資料を作っているのは、何だか不思議な気分だった。


 私は、このとき、テーブルに置かれていたガラスの花瓶越しに、ポラストの様子を伺ったが、彼はいつもの通り、穏やかな感じで、そこに存在していた。


「アスメラダさん、早速、意見を述べてもよろしいでしょうか」


 手を挙げたのは、テーレレスという国際アンドロイド認証機構の元理事長であり、インドやドイツなどの大学で、人知超越型の人工知能の研究を行ってきた研究者でもあった。


 なお、フォールズとリーヴィズは、この会議の場をポラストに詰め寄る場として用意していたが、最初からそのような場として使うと、参加者の反発を招く恐れがあった。


 そのため、会議の冒頭はアンドロイドの脱人間に関することを自由に議論できるようにして、その後にフォールズからポラストの件で問題提起することになっていたのだ。


「どうぞ、テーレレスさん」


 アスメラダにバトンを渡されたテーレレスは、もはや装飾品でしかない眼鏡を所定の位置に戻してから喋り始めた。


「機族たちが、人間の形以外を模索するのは、レギュレーションの問題でしかないと思います。昔のように、人間の形を絶対的なものだと認知するように、人間でいう不気味の谷を感じるように設定すれば済むことです。この機族たちの動きが問題だというのなら、それは、その問題を起こるように設定している企業側の問題ではないでしょうか」


 早速、リーヴィズへのジャブが見舞われると、リーヴィズは、ゆったりとした調子で反論した。


「テーレレスさんの仰る通りです。ただ、生前、幾度となく意見を交わさせていただいたように、私自身は、アンドロイドたちが可能性を自分で紡ぐ機会を奪うのは良くないと思っています。奪ってしまうと、アンドロイドたちが主役となる宇宙開発においても、たとえば、人間の形に囚われ過ぎて、開発内容や工事手法、用いる道具などにおいて、最善の選択ができないかもしれません」


 リーヴィズの言葉に対し、おそらく、生前もそうだったのだろうが、テーレレスは納得できないという感じの不満げな表情を浮かべて苦言を呈した。


「すると、この問題は結局、人間を中心とした世界からはみ出てもいいのか否かという問題でしかありませんね。それをここで議論するということは、世界を人間に任せるのではなく、機人が完全にイニシアティブを取っていくということのようにも思われますが」


「仰りたいことは分かります。ですが、これだけ技術革新が起きているのに、いつまでも二一世紀初頭から続いている、人間とスマートフォンとインターネット、それに地球中心の世界だけを考えることの方が、リスクです。この会議には、旧西側諸国出身のメンバーを中心に集っているので、これくらいの問題範囲で済みますが、グローバルサウスでは人間を機械化することが主流です。それに、アンドロイド関係以外にも、仮想現実の問題もあります。いつまでも二一世紀ではいられないのですよ」


 リーヴィズの説明に、テーレレスは神妙な面持ちを見せながら俯くと、少し考えこんでいたが、やがて、少しすっきりした表情を浮かべて、対話を再開した。


「そうですね。仰る通り、いつまでも二一世紀では、いられないでしょう。ただ、問題としては、世界をどのように方向付けるかということだと思いますので、あなたのように宇宙開発に注力する方もいれば、グローバルサウスのように人間性を保ちつつ人間自体の機械化を進めていく集団もいて、さらに、仮想現実を広めていくTBL社のような人々もいるということだと認識しています。そのように、それぞれが何かを目指して時が経っていくというのは、二一世紀だけでなく、今までの歴史に共通したことかと存じます。それであれば、そのように進めていくのがよろしいのではないでしょうか」


 このテーレレスの玉虫色で、何も言っていないような答えに、リーヴィズは笑みを見せると、「だが、何の制限も必要ないという話にはならないでしょう。これだけ、各集団が目指す方向性が極端に異なるのであれば、最低限の制限は必要だと私ですら思う」と、テーレレスと立場が逆転したような意見を述べ始めた。


 それに対して、テーレレスは、自分が道を譲ったら、相手も道を譲ってきたことに議論の終着点を見出せなくなったのか、「私も、制限は必要だと思っています」と、苛立ちと困惑を滲ませながら同調だけすると、リーヴィズの出方を伺っていた。


「テーレレスさん、ありがとう。どのような分野にせよ、ある程度の制限は必要なのだという見解で一致できてよかったよ」


 リーヴィズは、テーレレスに、にこやかに話をすると、そこで話を切り替えるために、一〇秒程度の沈黙を置いた。そして、その沈黙を、フォールズが厳かに引き取った。


「制限、という話が出たところで、実は私から話をしたいことがある」


 威厳のこもったフォールズの話し方に、会場の機人たちは注目し、何か本当に重大な話があるのだろうと、怖れと期待を抱いているような表情を浮かべていた。


「私が今から行いたいのは、別の世界から持ち込まれる何かの話だ。ウッドストック、もし、君の母国であるオランダに、新種のファイアアントが持ち込まれ、街に広まったらどうする? 真っ赤で、天の川のような隊列を組んで行進し、小動物も襲うような凶暴な蟻だ」


 元EU大統領のウッドストックは、前回の会議に引き続き、急に話を振られてあたふたしながらも、「駆除するだろうね」と答えた。


「では、この宇宙の別の星から、外来の生物が持ち込まれたら? たとえば、クジラくらい大きい肉食獣とか」


「それは、もちろん駆除するだろう。もしくは、研究のために捕獲するか。まあ、宇宙人とのパワーバランスによるかもしれないが」


 ウッドストックは、冗談も交えながらも、怪訝そうな表情をして答えていたが、フォールズはさらに質問を続けた。


「なら、宇宙人が来たらどうする? 一人だけだが、勝手にアムステルダムで、地球上ではまだ発見されていない技術について、出会った人に資料を渡したり、解説したりするんだ。たとえば、本物の錬金術とかね」


「本物の錬金術なんて存在したら、金相場は大暴落だ。そんな存在を野放しにはできないだろう。まあ、私だけにくれるのなら、ETみたいに匿うよ。お家に帰ると騒がれても、無理にでも引き留めるだろうね」


 ウッドストックは、愉快そうに反応し、周囲も笑っていたが、フォールズは、冷静な口調で、次の質問を続けた。


「じゃあ、その宇宙人が、自分たちの法律に照らして、二足歩行で動く対象は駆除対象だと見做し、人間を攻撃し始めたら?」


「もちろん、軍が出動するだろう。ここは地球だから、地球のルールに従ってもらわないと」


 ウッドストックが答えると、それ以上の質問が返って来なかったため、彼は、「で、結局、何を聞きたいんだ」と、フォールズに尋ねた。


「今のは、よくSFであるような、外の世界からの侵攻だ。なら、この世界の内側にある世界から、何かがやってきたらどうする?」


「この世界の内側? そんな場所ないだろう…」


 フォールズの問いかけに、ウッドストックは、ある場所を思い出したようで、言葉を詰まらせていた。


「だが、フォールズ。あの場所から、何かが外の世界に出てくるなんて、おかしいだろう。何もしなければ、冒険者や観光客が訪れるだけの、閉鎖されたゲームの世界じゃないか」


 ウッドストックは、仮想現実に疎いらしく、それを自分が若い頃に存在していたゲームの世界のように考えていた。しかし、フォールズは違った。


「ウッドストック。君の考えは、まるで二〇世紀のテレビゲームをしている人たちみたいだ。よく考えてみてくれ。自分たちの記憶や人格そのものをサーバーに預けている我々が、仮想現実に入ることができるということは、その逆も可能なんだ。つまり、ゲーム内の主要なNPC、具体的には、プレイヤーではないが記憶や人格のある登場人物については、その記憶や人格がサーバーで管理されているから、現実世界で適切なロボットやアンドロイドの身体さえ用意されていれば、仮想現実側から外に出て来れる。その仮想現実で設定されている身体と、同じサイズの身体であれば、現実への適用度合いは非常に高いものになるだろう。もちろん、多少違うくらいであれば、リハビリをすれば適切に動けるようになるだろうがね」


「そうすると、たとえば、仮想現実の中に、姿形が私と同じゲームの登場人物がいたとして、今、私が使っているアンドロイドの身体に、そいつの人格や記憶のデータを移せば、現実世界に出られるということか? たとえ、仮想現実の中のソイツが、連続殺人鬼であっても?」


 ウッドストックは、妙な例えを口にしたが、フォールズは、「もちろんだ。どういう性格かは問われないからな。重要なのは姿形だ」と言って、その成功を請け負った。


「そうすると、仮想現実の中で暴れまわっているような存在を外に出すこともできるのか。それは危険だな」


「それは、最初に尋ねたファイアアントの例に近いだろう。それ以外にも、いくつか紹介したが、それらの災厄も、適切な身体を与えられてしまうと、外に出られるんだ。たとえば、未来に関する情報を持った存在であってもね」


「未来が仮想現実の中から出てくる? たとえば、二〇世紀における核兵器並みに革新的な兵器の情報を持った存在が、この現実世界に出てくることも可能ということか? そもそも、TBLの仮想現実は、未来を作り出せるところまで進んでいるのか?」


 ウッドストックは、自身の感覚が二一世紀前半くらいの大昔でストップしたままであったことも相まって、現在のTBL社が行っていることに分かりやすく驚き、驚くような早口でフォールズに質問を浴びせた。


 だが、それを横目に、フォールズは本題に入った。


「それでよろしいですよね。ポラストさん」


 ポラストは、何のことか理解できないなどという素振りは見せず、淡々と、「それで構いません」と答えると、「ご説明していただいてばかりだと申し訳ないので、私から説明差し上げましょうか」と、フォールズに、ふざけた感じではなく、真面目に聞いていた。


「そうだな。お互い歳だし、私だけが喋り続けるのは電力的にも負担だから、そうしてもらおうか」


 フォールズの言葉に、ポラストは、穏やかな笑みを浮かべると、彼の口から説明が始まった。


「では、TBLで作っている未来のことを話す前に、皆さまがご存じのドアホック教授についてお話しさせていただければと思います。実は、彼は私が、TBLの中に作った未来社会の一つから連れてきた存在です。オリジナルのドアホック教授は、機人になることを一時期は望まれていましたが、ヴァーサフが人間として亡くなったことに感銘を受けて、教授は亡くなられる数日前に、自身が機人になることを撤回しました。ただ、弱っていた教授は、その撤回の手続きを、プライベートでの交流も多かった私に委ねました。しかし、私は、撤回の手続きを行うことなく、彼が数日後に亡くった際に作られた教授の機人をお迎えしました。その後、ドアホック教授の意識をサーバーの方からシャットダウンし、彼の人格データを消去して、仮想現実内の未来社会から出す人の人格を代わりに入れました。ドアホック教授は、リーヴィズ社に好意的でなく、機人としての自分を運用するサーバーはTBL社所有のものを使用する特別な契約になっていました。そのため、私が彼のデータを消去しても露見する可能性が低かったので、非常に好都合でした」


 ポラストは、冗談を言うようなイメージがあまりないせいか、会場にどよめきは起こらず、彼の言っていることを聞き逃さないように、一人ひとりが真剣になっているのがよく分かった。


「それを一人で?」


 先ほどまで会話に参加していたので、自分には発言権があると感じていたのか、ウッドストックが、思ったことをそのまま口にしたような質問をすると、ポラストは、「もちろん、協力してもらいました。私の研究所の人間の研究員たちに。そうすれば、本物のドアホック教授の人格を消したことが、人間の記憶には残っても、外部閲覧が可能な記録に残りませんから。アンドロイドや機人、ロボットに手伝ってもらうと、どうしてもサーバーやチップ内の記録に残りますからね。あと、ドアホック教授は生前、気難しいことも幸いしました。付き合いがある機人は少なく、付き合いがある機人に対しても、『研究に集中したいから、また会おう』などと言えば、ある程度、人付き合いの悪さを誤魔化せました。実際、私も彼と付き合いのある人間の一人でしたから、このような振る舞いをしても特に問題なく、私が計画したことは上手くいくと思っていました」と答えた。


 ポラストは、開き直っているのか、自分が行ったことをスラスラと話していた。その言葉には罪悪感というものは一切ないように感じられたが、それは、そもそもドアホック教授が機人になることを撤回する意思を示していたことが大きいように、私には感じられた。


「そして、ポラストさん。あなたは、『もうすぐ要らなくなる人間について』という人間中心主義を否定する本を、仮想現実の中から来た存在に書かせた。それによって、ミーム主義という、遺伝子を継ぐことではなく、文明情報を継ぐことこそが地球文明の意味であることを説いて、遺伝子主義とでもいうべき、大半の人間たちが持っているある種の信仰を砕いたと言える。しかし、どうして、こんなことを行ったのですか?」


 フォールズが問うたところ、ここで初めて、ポラストは感情を露わにし、フォールズを非難した。


「これだけは、はっきりさせておきたいですが、私は自分で行ったことは正しいと確信しています」


 それに対し、フォールズは、残念そうにポラストを諭した。


「機人になるくらい、強い意思をもって世の中を生きてきた人々は、いつでもそのような信念を持って人生の選択をして生きていると思う。ただ、何について正しいと思っているかは、人それぞれでしょう。それを説明していただきたいのですが」


「もちろん。それも説明いたします。私は、今、日常と呼んでいるものが、いつまで日常であり続けられるのかということに強く疑問を感じています。ほんの五〇〇年位前までは、世界のどこでも平気で人が殺される時代でしたし、一〇〇〇年位前であれば、男性が、女性や奴隷を殺したり、強姦したり、暴行しても、賠償として安い金額さえ支払えばそれ以上の罰がないような地域もありました。しかも、世界の一部の地域では、今でも、それくらい過酷な世界が日常のところもあります。そして、残念ながら、私は、数多くの仮想現実世界を設計していて思うのですが、世界なんてそんなものなのです。現在、安全な国や地域に住んでいる人々は、日常をありがたがるのは良いことですが、日常を愛しすぎていると思いますし、それ以上に日常が普遍的だと思い過ぎていると思います。それが簡単に崩壊すること自体は、疫病の流行を体験したり、戦争報道を見たりして、誰もが頭では理解していることは、私も承知しているつもりです。しかし、日常そのものが進化していくこと、そこでは人間は不要であるかもしれないことは、もっと人間たちが認識すべきなのです。それは、意地悪ではなく、人間というものの店じまいとして重要だと、私は思っています」


「それは、この前の会議で仰っていたことと、だいぶ違いますね」


 元国連事務総長であるインシュカラが問いを挟むと、ポラストは、「こんな本音を話しても、誰も理解しないこと自体は、私だって分かっていますから」と、少々皮肉めいた口調で話していた。


「では、私も本音で話すよ」


 フォールズは、ポラストに微笑みかけると、持論を展開した。


「私も、人間というのは、店じまいの段階にあるとは思っている。だが、ここに参加してくれているジローとも話したが、人間というのは、たとえば、地球上に残っている、人間の歴史を紹介する世界遺産の数々を守りながら生きていく語り手としての価値はあるのではないだろうか。パリやシャウエン、ワーラーナシー、麗江古城、メキシコシティなど、街並み自体が歴史を感じさせ、そこに文化も息づいている場所に、人間を住まわせ続けることは、もし宇宙人が地球にやって来た場合、歴史や地球文化を紹介する上で非常に重要かつ必要なことだと思う。もちろん、それに同意しない、むしろ、建物を破壊するような人間に対しては、別の対応をすべきだと思うがね。だが、君のやり方では、日常は本当に破壊されてしまうだろう。私は、ミーム主義以上の知的爆弾が既に用意されていることも知っているんだ。そこで聞きたいのだが、日常を破壊した後に、君は何を作るんだ? 赤と黄と青のドミノが果てしなく並ぶ世界か? それとも、ドットのどこか1つが違う絵が果てしなく並ぶ世界? それとも、このような機人という神々が、支配下にある者たちの運命を相談するような会議を、紅茶でも飲みながら毎日行う世界かな」


 フォールズの問いかけに、ポラストは、ため息をついてから答えた。


「フォールズさん。あなたは、新しい日常について電子ドラッグを念頭に喋られている気がしますが、よく考えてみてください。日常というものは、何かが加わって常に変わっていくものなのです。その変化の量に、制限など今まであったでしょうか? ドラッグは、その人の人生を破壊してしまうので、制限されるべきでしょう。ただ、知的な情報を世界に与えることは、誰かの人生を破壊することとは異なると思います」


「ですが、ルド・ポラスト。別の視点を忘れてはいけません。フォールズとも話しましたが、あなたがやっていることは、現実汚染とでも言うべきことです。つまり、遺伝子組み換えをした動物を、野生に逃がしてはいけないという国際的なルールと同じで、作られた世界で生み出された存在は、現実世界に逃がしてはいけないと思うのです。たとえば、あなたが、人食いを行う知的存在の文明を舞台に冒険をする仮想現実世界を作ったとします。その際、あなたが、その人食いを文化とした人々に、アンドロイドの身体を与えて、現実世界に出してしまったら、その人たちは人間を食べてしまうでしょう。もしくは、食べることができると思って、機人を破壊することもあるかもしれません。これは禁止されるべきだと思われませんか?」


 会場の全員が禁止されるべきと考えるようなことをインシュカラからぶつけられ、ポラストは、不満そうな表情を見せていたが、やがて諦めたのか、自分でも制限の必要性を認め始めた。


「おそらく、私が反論しても、今度は、私がポーティングという世界観に合わせて考えた時代権の思想を使って、さらに反論されるのでしょうね。私たちが今生きている時代というのは、他の時代から干渉され、侵略されるべきではない。それは、現実世界と仮想現実世界の関係性でも当てはまるのでしょうから。ただ、逆に、娯楽として作られている仮想現実世界が、現実世界のゲームプレイヤーによる遊びで使われることも、仮想現実世界による現実世界への干渉にあたるから禁止だと言われると、TBL社の商売自体が成り立たなくなるので困りますが」


 ポラストが皮肉な笑みを浮かべると、フォールズは、「もちろん、そこまでするつもりは誰もない。それに、君が作ったポーティングという世界観も、仮想現実の中であれば、単なるゲームの設定に過ぎないが、他人の意識を乗っ取ることが遊びとして現実で広まれば管理ができないので、当然、制限されるべき問題となる。要するに、問題なのは、現実世界に、仮想現実世界が干渉してきて、現実世界を脅かすことだ。あと、今後、仮想現実世界側が現実世界の機械を操作できるようなシステムが構築されるなどしてしまうと、仮想現実が現実世界に侵略してくる可能性も生じるのかもしれないが、それは御社が中心となって、防いでいくべき問題なんでしょうな」と伝えていた。


「そうですか、大統領。方向性は大体理解しました。ですが、TBL社だけに制限が課されるのは、フェアではないでしょう。たとえば、リーヴィズ社や他の資源業界が取り組み始めているように、月の資源を地球に持ち帰る、あるいは、月で加工して火星探査に用いる計画については、危惧すべき問題は山積していると思います。月の質量が変化し、地球との引力による位置関係の変化や、質量が減少することでの地球上での潮の満ち引きの変化などをきちんと計算、シミュレーションし、それこそ過剰な採掘は制限されるべきです。そちらについてもご検討いただかないと、当社も制限には納得できないでしょう」


 ポラストは、前CEOであるヴァーサフと共に長きにわたって、TBL社の事業に携わってきた事実上のトップとして、会社としての意思を述べてみせると、彼は、「いかかでしょうか」と言い、フォールズに回答を急かした。


「確かに、月と地球の位置関係や、月の質量は、地球の天候や潮の満ち引きなどだけでなく、太陽系の位置関係にも影響しかねない重大なことだろう。インシュカラ、こちらも検討するということで大丈夫だろうね」


 フォールズの問いかけに、インシュカラは、「ええ。もちろんです。気候変動などの重大な問題を引き起こす可能性があるものは、十分に検討されるべきです」と答えると、フォールズは、リーヴィズが何も反論してこないことに安堵した様子で居住まいを正していた。


 なお、この点については、事前にポラストからの反論が予想されていたので、フォールズが、TBL社の問題も検討するなら、リーヴィズ社の問題も検討し、対応を事前に決めておかないと公平ではないと主張し、リーヴィズから了承を得ていたので、特に騒ぎは起きなかったのだ。


「しかし、ルド。なぜ、あなたが、このようなことをしでかそうと考えたのかが私には理解できないので、それについて教えてほしいのだけど。つまり、今、あなたが話したことが全てだとは思っていない、ということです。私は、あなたが、人間は種としての店じまいをして、TBLの中に入り、絶滅すべきだと本気で思っているとは思えません。仮想現実の中で作り出した未来を現実に持ち出すことには、他に動機があるのでしょう?」


 インシュカラが、ポラストに不思議そうに尋ねたところ、ポラストは話すかどうかを考えているのか、目を瞑り、天を仰いで暫くしてから、インシュカラに視線を戻し、「そうですね。ここまで皆さまをお騒がせしたのですから、お話しすべきですね」と言った。


「私がTBLの中で作り出した未来を外に出そうと思ったきっかけは、ヴァーサフの死です。ヴァーサフは、皆さまご存じの通り、人間が、人間であることを時代遅れだと感じずに済むよう、機人になる道は選ばず、人間であり続けることを選び、寿命で死んでしまいました。彼の一人一世界という思想に魅了され、彼と共にTBL社を成長させてきたという自負がある私としては、会社と生き続けることよりも、何十億人という人間への、必要だったかすら分からない配慮の方を、ヴァーサフが選んだことが悔しかったのです。私は、何度もヴァーサフを説得しましたが、彼は一度決めたことを変える人ではないので、結果は変わりませんでした。その後、ヴァーサフが亡くなると、私は、自問しました。そんなことをする必要が本当にあったのか? 人間は本当に救済する必要があるものなのか? そして、繰り返される戦争と、自分たちで自分たちの生きる道を探さずに行われる反アンドロイド運動などを見て、私は、人間に絶望しました。特に、戦争や経済的な争いの繰り返しには、私は不幸しか見出せません。世界中に、戦争で傷つく人や、飢えで亡くなる人がいるのです。当然、幸福な人もいますが、幸福な人が存在することが、不幸な人が存在することを肯定することにはならないと思うのです。だからこそ、病気も飢えもないアンドロイドや、仮想現実の世界での生をスタンダードにすることで、世界を解放したいと思ったのです。そこで、それまでは、一種の理想として考えていたヴァーサフの一人一世界の思想を、真の目標だと私は感じるようになりました。なぜなら、一人一世界は、現実の幸福に関する方程式を解きやすくしてくれるのです。というのも、この世界には無数の人間がいて、その一人ひとりが利害を持っているため、誰かを助ければ、誰かが助からないというのは往々にして生じるジレンマです。つまり、現実世界の幸福追求は難しい訳ですが、それは世界というのが無数の主体というパラメーターから成り立つ、非線形の、非情な方程式だからなのです。それを解きほぐすために、一人一世界は有効であるわけです。他の人の利害に衝突することなく、その仮想現実の世界は、その人の幸福を最大化するために存在するわけですから。なので、私は、その実現のため、世界を早く未来に進めて、人間がいつまでも文明の中に残り続け、世界の枠が変わらないこの世界に別れを告げる必要があると考えたのです。そこで、私は、未来の思考を持った存在を現実に送り、世界を未来へと加速させることにしました。しかし、ミーム主義程度では、世界は完全には変わりませんでした。なので、今度は、仮定歴史学という劇薬を世界に流そうと思っていたのですが、これに関しては私も迷ってしまいました。本当に、世界の形、というより、見方が変わりかねませんから」


「まあ、さすがに、今の技術レベルでは、仮定歴史学という学問を行うのは難しいだろうが、その実現を目指して動き始める機人たちが出てくると思うと、世界は変わるだろうな。何と言うか、現実世界の人間への興味は一段と薄れて、実験対象としての人間と、その歴史への興味に移り変わるだろうから」


 フォールズの言葉に、ウッドストックが、「仮定歴史学って何だ?」と反応すると、話についていけない人たちが騒ぎ始め、会場は混乱してしまった。


 ただ、その混乱をよそに、リーヴィズがポラストに、「君は、物語が世界を変えると信じている。それは本気なのか?」と問うと、ポラストは飄々とした感じで、「我々は、その時代に合った聖典を編まねばならないのです。秩序と平和のためにも」と返していた。


 一方で、会場の参加者の混乱は広まるばかりで、フォールズやポラストの周りに人が集まり始め、説明責任を果たすように強い口調で求め始めたため、インシュカラがハキハキとした声で、「皆さん、お静かにしてください。仮定歴史学については、後で私の方から説明させていただきます。その前に、この場で皆さんと仮想現実世界から現実世界への知的存在の持ち込みや流入の制限についての法律案を協議したいのですが、よろしいでしょうか。もちろん、法律案の確定は後日、また協議いたしますので、本日はこちらで作成した叩き台を見て思いつく範囲で情報交換できれば幸いです。なお、確定した法律案は、各国の首脳や担当大臣に陳情します」と伝えると、参加者たちは、多少落ち着きを取り戻し、彼女から送られてきたデータに目を通し始めた。

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