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第15話 世界に対する責任 

「フォールズやインシュカラにも説明できてよかった。二人ともミシェルに直接会って話せて、よかったと喜んでいたし」


 海上都市エレホンにあるリーヴィズ社の会長室で、私はリーヴィズに、フォールズとインシュカラを、ミシェルと引き合わせた際のことを話していた。


 引き合わせたのは、私たちがミシェルに会いにバークレー校に行った日の2日後で、ミシェルが頻繁に移動していると目立つので、二人にバークレーまでご足労いただいた形になってしまった。


「フォールズは、こんな不思議な考え方をする存在が仮想現実にいることに、驚きと怖れを感じていたみたいだな」


 リーヴィズが言う通り、フォールズのミシェルに対する反応は、好意的なものではなかったし、むしろ、マウントがニューデリーで話していたように、排除すべき存在のように考えている感じがした。


 一方、インシュカラは寛大なのか、ミシェルに終始、好意的だったので、問題はなさそうであった。


 また、私とリーヴィズも、ミシェルについては、地球を楽しんでいるし、妙なアイディアについても、彼女の世界の価値観で喋っているだけで、害をなそうという発想はないと考えていた。


 そのため、フォールズにもそのことを説明し、今は、フォールズもミシェルについて、適切に付き合っていけば問題はないだろうという意見で一致していた。


「まあ、今後ミシェルをどうするかは、常識と良識、そして危機対応経験を兼ね備えているフォールズやインシュカラに任せよう。二人で判断できなければ、他の信頼できる機人にも相談するだろうし、それでもダメなら、ポラストに事実確認をして、仮想現実の存在を外に出すことを制限することを伝えた後で、諸々の最終的な判断は人間の政治家たちに委ねるだろうから」


 リーヴィズの気怠そうな言葉に、私は、「機人は大枠を決めることができれば、後の面倒ごとは人間に任せてしまえばいい、ということか」と、自身の感想めいたことを述べると、リーヴィズは、「そういうことだ。いつものことじゃないか」と言ってのけると、続けて、「今後の流れだが、フォールズは、数日以内には、インシュカラたちを集めて、会議を開き、その場にポラストも呼んで、制限について伝えるらしい。まあ、自分たちに政治的な権限はないとか言っておいて、機人コミュニティーからの追放に向けて、事実上のイエローカードが出ていることを伝えるわけだから、ポラストも無視はできないだろう。しかも、未だに現実社会への影響力を保っている俺も、仮想現実から未来を連れ出すという汚染行為には反対だ。打つ手はないよ」と言って、珍しくタバコを吹かしていた。


「タバコは、排気機構に良くないよ」


 私は、冷却ファンなどにタールなどのヤニがつくと身体が汚れることを伝えたが、リーヴィズは、「ここにいれば、いつでも身体なんて洗浄し放題だからな。洗浄した際の水質汚染についても、ここの法律では米国本土や他国ほどは厳しくない」と、再び気怠そうに話していた。


「前から聞こうと思っていたのだけど、エレホンは、米国の第五一州目として法律上は取り扱われるというのは事実なのか?」


 私は、水質汚染と法律の話が出たのでちょうどいいと思い、前から気になっていたエレホンの法的な立ち位置について、当事者に確認してみようと思った。


 この辺りは、軌道エレベーターをエレホンに作る可能性があるなどの噂も出ていて、投資にも絡んでくることなので、直接的な話ではなく、間接的な周辺情報を正確に集めておきたかったのだ。


「面倒を言われると嫌だから、法律上分かりにくくしてもらったが、エレホンは、事実上の米国の五一州目ということで間違いないよ。知事にあたるのは、もちろん俺だ。ただ、議員などは存在しない代わりに、政治的な意見を出す権利を役員の一部に与えていて、そこから受けた意見を私や他の役員の協議会で検討して、最終的には私の決定で、この都市の州法にあたるものを作っている。それに、米国本土がそうであるように、州法は、日本の自治体が作る条例よりも強い拘束力があるし、本土とは離れていて経済的にも独立している。もちろん、アンドロイドで構成される州兵にあたるものも存在しているから、一番自由で、機人にとっては安全な州だと言えるだろう。人間が反アンドロイド運動と称して、機人を破壊するなんてテロが生じることもないし、近い将来、機人を破壊することがエレホンでは殺人罪に問われることになるだろう。ほぼ、独立国家と言って差し支えないのが、このエレホンだ」


 英国での会議の際、インシュカラから指摘されていたように、リーヴィズはエレホンを国家として自慢げに話をした。


「これからは、巨大な企業が国家の代わりとなって宇宙開発や、アンドロイドに有利な法律の制定を進めていく?」


「そうだな。ポラストが世界の分割を念頭に置いているように、俺も、リーヴィズ社と、TBL社が、スペインとポルトガルの役割を果たす大航海時代になると思っている。トルデシャリス条約のように、現実の支配権と、非現実の支配権を二分することになるのかもしれない。まあ、他にも、昔の巨大テック企業や資源業界、宇宙開発企業に建設機械の会社などは生き残っているから、争うべき相手は存在しない訳ではないが、最終的には、私が思い描いているような世界に収斂してもおかしくはないだろうな」


 リーヴィズは、自身のデスクに備えられた巨大な椅子に身を委ね、デスクの上に足を乗せて、紫煙の向こうから私に話していた。


「一人の存在が、影響力を持ちすぎることは問題にはならないのかな」


 私は、リーヴィズがポラストを止められることは良いことだと思っていたが、今の話を聞いて、では、リーヴィズが暴走した場合、誰が止めるのだろうかと疑問に感じ始めていた。


「歴史的に見ても、問題はあるだろうね。文化を破壊するように命じたり、国民を虐殺するように命じたり、各地を征服するように命じたり、ある民族を根絶するように命じたり。独裁者には問題がある。だが、影響力があるのは大事だ。今回も、もし、ポラストが頑なに機人同士での紳士協定に抗えば、現実に何の権力も持っていないフォールズやインシュカラでは何もできないからな。奴らにできるのは、せいぜい、生前に世話をした人間たちに法律で規制するように根拠のない指示を出すか、陳情を出すか、喚き散らすかくらいだ。だが、俺は、TBL社が所有しているアンドロイドなどを、理由をつけて引き上げることができる立場にある。テロ行為に使われる恐れがあるのに、使用を認め続けるわけにはいかないからね。まあ、それを見越して、ポラストが私の会社以外が製造しているアンドロイドを使っている可能性はあるが、それだと性能面に難があるだろうし、奴としてもあれだけセキュリティに気を遣っているのに、最新の仮想現実に関する情報を抜き取られないか心配し続けるのは難しいだろう。そこは、国家という存在から独立していて、しかも、仮想現実には手を出さない、とヴァーサフと約束した俺から、アンドロイドを買う方が合理的だ。ヴァーサフとは一線を画したいが故のくだらない約束だが、今でも約束は生きていて、記録は遺してあるはずだ」


 リーヴィズの堂々とした言葉に、私は意を決して、異論を正面から唱えることにした。ポラストがこれからどういう道をたどるかを考えると、今、リーヴィズに言うべきことを言っておかないと、後々、自分で後悔する気がしたからである。つまり、結果がどうなるかよりも、私は自分が後悔したくないからという動機で、破れかぶれで問いを発した。


「じゃあ、君が暴走したら、誰が止めるのだろうね」


 私の言葉に、リーヴィズは、急にデスクの上から足を下げ、身体を起こして、デスクの上に身を乗り出し、こちらを見ていた。その表情は、私を威嚇するというよりも、こちらの表情を伺うという感じで、少しだけ弱々しい感じも混じっているように、私は思った。


「ありがとう。それを聞いてくれて嬉しいよ。ジロー。君に紹介したい場所があるんだ。ついて来て欲しい」


 それは、強引な感じでなく、心からお願いしたいという様子であり、私は彼の願いに従って、彼がデスクの後ろに聳える棚の方に向かうのについて行った。


 棚には、独裁者が遊ぶための地球儀や、ハクスリーの『素晴らしき新世界』などの物語やマンガの数々、今は名前の栄光しか残っていないハリウッドで、昔作られた映画に登場したロボットやアンドロイドのフィギュアたち。


 リーヴィズは、私の友人である以上に、亡くなったヴァーサフとプライベートでは親しかったため、ヴァーサフに通じるオタク気質を持っており、それが会長室という彼の牙城にも宿っている感じがあった。


「ここから、下に降りられるんだ」


 リーヴィズが触った棚には、古代からの様々な歴史書やハンムラビ法典から始まる法律の解釈書、過去の新聞を保存した本などが納められていた。


 彼は、昔から、インターネットを通して科学論文など、科学の適切な情報が見られなくなることはないだろうが、歴史については保障されているかどうか分からないと述べていた。


 なぜなら、歴史は、現代の人が過去を見て語るものであり、科学のように研究ルールの中に再現性というものが備えてられておらず、史料と呼ばれるものも、いつ散逸してしまうか予想がつかないからだということだった。


 私は、その点、ミシェルの考えている仮定歴史学や、昔から言われているような宇宙の果てから地球を観測すれば太古の昔の光から、昔の地球の姿が見えるという方法は、非現実的かもしれないが、実証的で良いのかもしれないと、妙なタイミングで、変な妄想をしてしまった。


 私がそんなくだらないことを考えている間に、リーヴィズは、誰も手に取らなさそうな、『二〇世紀以前の主要国憲法一覧』という分厚い本を手に取った。すると、子どもの頃に観た映画のように、棚が動き、その先にエレベーターが姿を現した。


「つまらない秘密だが、共有させてほしくてね」


「秘密って?」


「何かは、見てもらうまで秘密だ。でも、危ないものではないから、安心して欲しい」


 私は、自分が閉じ込められたりすることには、リーヴィズに何のメリットも無いと考え、彼と一緒にエレベーターに乗り、下へと降りることにした。


 エレベーターは、人が移動するだけにしては、やけに広々としており、何か大きな貨物も運べる仕様なのだろうと思われた。


 私が、何を運ぶのだろうと思っていると、すぐにエレベーターが止まったので、対象を思い浮かべることもなく、リーヴィズに勧められるままに、少しひんやりとした部屋に入っていった。


 リーヴィズに案内された部屋は、巨大な倉庫という感じで、床には面白みのないグリーンとグレーを混ぜたアクリル樹脂のコーティングがされていた。


 エレベーターを降りてすぐのところには警備用のロボットが存在しており、部屋の右手側の壁にはディスプレイもキーボードも壁に埋め込まれた孤独なコンピューターの群れが存在し、左手側は何も移っていないモニターの数々が存在していた。


 しかし、一番異様なのは、部屋の最も奥の部分であり、そこには台の上に、様々な配線が伸びた機械仕掛けの棺のようなものが置かれており、その傍らにはスタンドアローン型と思われる白と赤でカラーリングされた医療用のアンドロイドが待機していた。


 この部屋にいるロボットやアンドロイドたちは、何か重要なものを守っていることは明らかだったが、それはリーヴィズによって秘密にされたままであった。


「楽しくない光景だろうが、私にとっては重要な場所なんだ。まあ、右側の装置は世界にとっても重要だが」


 棺に向かって歩き始めていたリーヴィズは、そう言ってコンピューターの前で立ち止まると、その何も映っていないディスプレイを眺めていた。


 私は、そのコンピューターが何をするためのものか見当もつかなかったので、真っ暗なディスプレイの表面に見える、リーヴィズと私の小さな顔以外には何も見出すことはできなかった。


 だが、おそらく、リーヴィズには、より強烈なものが見えているのだと思った。


「このコンピューターは何に使えると思う? スタンドアローン式のアンドロイドやロボットたちと比べると旧式だが、単純で、確実に動くコンピューターだ」


 リーヴィズの言葉に、私は、「何かを動かして、その結果を監視することができるのか?」と言って、反対側の壁にあったモニターを見た。


「いい勘だ。そう、このコンピューターたちを動かした結果を、あのモニターで監視することができる。まあ、あまりに広範だから、その全てを映し出すことはできないだろうがね」


「それが何かは教えてくれないのかな」


「そう急かさないでくれ。順番としては、棺の中身を見てからの方がいいだろう」


 言い終ると、リーヴィズは再び部屋の奥に向かって歩き始め、私はそれに追従した。


 リーヴィズのスニーカーがトットッと音を立てるくらい部屋は静かで、私はその音に合わせて歩かないと私の靴音と音がズレて妙な感じがした。


 そんなことを考えると、世界の調和というものはこういうものなのだろうと私は思ってしまった。何かがズレていることは、違和感が生じることなのだ。その違和感を回避するように、人間、いや、生物というのは出来ているのだと、私は感心した。


 考えてみると、日常は一般的な線形であり、非日常は非線形だと言えるが、アンドロイドは人間と違って、非線形が日常として存在する世界を愛することができるのだろう。


 非線形的で調和のない世界は、生活リズムが存在し、食事などを行わないといけない生物には大敵だが、アンドロイドはそうではない。別に充電と修理さえできれば、他に日常として用意しなければならない要素は特にないため、世界構成には自由な幅があるのだ。


「これが君に見せたかったものだ」


 部屋の奥に辿り着くと、私は、リーヴィズが指し示した通り、上部が透明になっている長方形の機械の箱を覗き見た。それは、私が人間だった頃に見舞いに行った記憶のある人物であり、私の隣で喋っている人物でもあった。


 ただ、箱の中に入っている人物は、眉間に皺のない安らかな顔をしており、その皮膚に生えた小さな毛や、濃淡のばらつきがあるシミの数々をみる限り、生物として、その細胞の一つ一つが生きているのだろうと確信できるレベルにあった。


「この機械の中に入っているのは、君だ。生命として、人間としての君だ。おそらく、ここに表示されている数値は、心拍数や血中酸素濃度などなのだろう。ということは、生きている。死体を冷凍保存している訳ではないようだね」


 私は、それが何を意味しているかは分かっているつもりだったが、別の可能性もあることに気づき、それを咄嗟に聞いてしまった。


「リーヴィズ。君は、ポラストが送り込んできた別世界の存在なのか?」


 それを聞いたリーヴィズは、大笑いし始めた。私としては、真剣に伝えたつもりだったが、さすがにそれは出来過ぎた話だったのだろう。


「ジロー。それなら、この世界自体が、TBLが作った仮想現実なのかもな。確かに、ミシェルが研究しているという仮定歴史学という学問が、仮想現実で作った並行宇宙の情報を処理するためのサーバーの容量に制限されない場合、作られた無数の宇宙の中には、俺たちが生きている宇宙と同じものが存在してもおかしくない。だが、そんな可能性は考えれば考えるほど収束せず、検討しても意味はないから、言おう。残念ながら、俺は、ドアホックやミシェルみたいな、この世界のポラストが作った仮想現実からやって来た存在ではない。俺は、俺自身のオリジナルから作られた機人であり、オリジナルの持っていた権利を引き継いでいる。機人には認められていない参政権など以外はね。ただ、君がこの生命維持装置の中身を見て気づいたとおり、オリジナルの俺もまだ生きている。これが何を意味するか、そして、これを俺が君に見せた意味を、ジロー、君は理解できるだろう」


 生物である、オリジナルのリーヴィズが生きているのに、リーヴィズの機人に代替わりしてしまっていることの重大性は、もちろん、私にも理解できた。


 それは、国際的な条約で禁じられていることであり、おそらく、リーヴィズが海上都市に住んでいたとしても、米国の連邦法律で細かい処罰内容が決まっているはずだ。


 だから、このことが露見すれば、オリジナルのリーヴィズも、機人のリーヴィズも処罰され、少なくとも一大スキャンダルとしてメディアに1か月くらいは取り上げられ続け、リーヴィズ社の会長という今の地位を続けることは難しくなるだろう。


 ただ、私は、これをリーヴィズが私に見せた意味を図りかねていた。私を殺すのならば、こんな回りくどいことをする必要もないだろうし、そもそもリーヴィズが私を殺す理由などない。話の流れからすると、考えられることが一つあるが、それを私が担うのは違う気がした。


「僕には重い。重すぎる。こんな役割を担っていい存在じゃないんだ。僕は」


 私は、リーヴィズにすがるような声を出して嘆願した。こんな重圧を背負って生きていくのは、私は嫌だった。


 私は社会に外部から参加して、欲しいものだけ得られればそれでよかった。社会に身体ごと参加して、時間を奪われるのは私が求めるものとは違っていた。


 人生に紆余曲折はあったものの、結局は時間的不自由が嫌だから、私は個人投資家になったのだし、個人投資家であり続けたのだ。


 単に、数字の上だけで社会参加して、数字を使って必要なものを取り出すことができればいい。あとは、多少の交流以外は、他に何も求めていないのだ。本当に。


「いや、君しかいない。誰だっていいわけじゃないんだ」


 私は、リーヴィズが私を信頼してくれているのは理解できた。だが、世界的に影響が出そうなリーヴィズ社の判断について、リーヴィズを諫める立場は、フォールズやインシュカラが負ってくれればいい役割である。


 私は、日常的な他愛のないことを話すことができる、単なる友人でいればいいのだ。少なくとも私は、そのようにしておいて欲しかった。


「どうして僕なんだ。僕じゃなくてもいいだろう」


「君にいて欲しいんだ。できる限り長い間ね」


「だが、フォールズが言っていたように、僕は個人投資家だから、投資というシステムがこの世から消えれば、機人として生きていくのは難しい。収入の道が途絶えたら、生きたくても生きられないのが、この世界だろう? ああ、そういえば、今回、君は、フォールズが与えてくれた機族たちの脱人間に関する調査と引換に、リーヴィズ社の株式譲渡を約束してくれたんだったな。だが、それで半永久的に生きられるのか? とても、そんな金額になるとは思えないし、配当で生きていこうにも、株式というものが世界から存在し無くなれば、お金が紙くずになる可能性と同じで、株式も数字上のゴミになる。ゴミには配当なんて出ない。だから、結局は大したモノも、経験も、技術も持たない僕は、生きていけない。まあ、お金がかからない道としては、スタンドアローンの機人として生きる道を選んで、中古の身体を君からもらい続ければ生きることができるかもしれないな。単に、この記憶を繋ぎ、君を監視するだけの視点として。でも、それは、僕に何の得があるんだ?僕は、他の多くの機人がそうであるように、未来世界をぼんやりと無責任に、時に自由に遊びながら眺め続けたいだけだ。別に、君がやっていることの世界的な意味をジャッジするために機人になった訳じゃないんだ」


 私がここまで言うとは思わなかったのか、リーヴィズは困ったように考え込んでから、私に語りかけた。


「それはそうだな。悪かった。確かに、君には君の人生があるのは分かる。そして、君が俺を監視し続ける立場の重圧も分かるし、このことで縛り付けることで、いつも何らかの不自由さや世界に対する責任のようなものを感じ続けて生きないといけない、嫌さも理解できる。だが、オリジナルの俺がやがて死んでしまうことを考えると、この俺が犯した罪の記録と、この場所に来たという経験は、今生きている機人に頼むしかない。だが、フォールズもインシュカラも、自分自身の立場を持ちすぎている。参政権はなくなったのに、不思議なことに公的な影響を与え続けている。そんな人たちに、俺がやっていることを本当に公平に判断できると思うか? それに、君は、俺の友だちだ。友だちに判断されるなら、俺も悔いはない。君から見て、俺の行動が行き過ぎているなら、それは行き過ぎているのだろう。その手順を踏んでもらえれば、俺は納得できる。それは大事なことなんだ」


 リーヴィズは、真剣な表情で私に語った。だが、真剣であればあるほど、彼の独りよがりな価値観が露呈してくるので、私は猛烈に反抗したくなった。


「だが、僕も投資家だ。リーヴィズ社の利益には関心がある。君がやっていることが多少倫理的に間違っていたとしても、リーヴィズ社を儲けさせることだとしたら、それを黙認してしまうかもしれない」


 リーヴィズは、私の言葉を聞いて、腕組をしたまま俯いてしまった。


 彼が何かを悩みながら、腕に挟まれたところから外に出ている左手の指を、人差し指から順に、上下に滑らかに動かしているのを眺めていると、私は、そこから宇宙が紡がれているような気分に陥った。


 よく見渡してみると、今、私がいる部屋は、この世界を作った神様のモダンな部屋という感じがした。


 あとは、友だちとして存在してくれるアンドロイドと、仮想現実を体験するためのTBL、それにソファーとテーブル、ちょっとしたワインと食べ物があれば完璧だったが、それらがあるには、部屋の造り自体が殺風景なように感じられた。


 それは、リーヴィズにとっても同じで、この空間は、あまり居たくはない場所なのだろうと私は思った。


「残念ながら、君がリーヴィズ社の株式を、退職の際に俺が渡した分以外は売買したことがないのは、知っているんだ。きっと、私が今回の報酬として贈与する分も、あっという間に売り払われることも分かっている。それが、君の気持だということもね」


 今度は、私が俯く番だった。リーヴィズが言ったことは全て事実だった。私は、リーヴィズ社を儲けさせたり、リーヴィズ社によって自分が損したりするのが嫌だったので、リーヴィズ社には一切投資をしたことがなかった。


 それは、やはり、形はどうであれ、リーヴィズ社を辞めることになったというのが自分の人生に、影のように付きまとっているからだと思った。


 それでも私は、リーヴィズという個人は友人だと思っていたし、私がリーヴィズとの仕事を辞めたこと自体には不思議と後悔はなかった。


 ただ、リーヴィズ社という組織が成功していくのを見ると、なぜ自分はそこに居ないのだろうという気持ちになり、私は、リーヴィズ社ではない会社を応援したくなった。その代表格が、TBL社であり、その他には、リーヴィズ社以外の宇宙開発関係の企業や、人間の衣食住に関するような分野の会社も応援した。


「僕の株式の売買履歴くらい、君なら手に入れられるのだろう。だが、どうして、僕がそんなことをしていると思うに至ったんだ?」


 私は、リーヴィズとの友情自体を疑いたくなり、問いただしたところ、彼は、「そりゃ分かるさ。君は、うちの新製品発表会などのイベントに、俺に会いに来る目的以外で来たことがないだろう。それに、普段話すのもTBL社のことばかりだ」と笑っていた。


 ただ、私は、彼の明るい、屈託のない、傷つける意図はない笑いに、何も返すことはできなかった。


 なぜなら、私は、リーヴィズ社を辞めるに際して、彼を許すようなそぶりを見せておいて、本当は何も許しておらず、それについて彼を騙し続けることで、何らかの優越感を感じているような、腐った存在になっていたからだ。


 そして、そんな腐った存在には、世界に関する責任など、他の誰かがその責任を負っていることを知らない訳ではないとはいえ、持ち上げることすらできないほど重く、苦しいのだ。


「ジロー。こちらの都合で悪いが、この部屋にあるコンピューターについても、何の目的で存在するかも説明させてもらうよ」


 リーヴィズは、何も言うことのできない私に、優しく話しかけてくれると、説明を続けた。


「ちなみに、こちらのシステムは、核弾頭の発射命令権限を有していたフォールズなどの元米国大統領の何人かにも共有されているシステムだし、君には存在を伝えるだけだから、この重みについては気にしなくていい」


 リーヴィズは、そう言ってシステムの前に進んでいったので、私も後を追いかけた。


「これは、世界中に中古市場を通して蔓延したリーヴィズ社のアンドロイドによる武力衝突を、米国側が負ける前に停止などをさせることができる仕組みだ。単純に言えば、リーヴィズ社が製造しているアンドロイドには、全てバックドアが仕組んである。いや、正確に言うと、仕組んであった、だな。昔はアンドロイドというのは、機人と違ってスタンドアローンだったから、秘密裏の安全確保を名目にそういったことをやっていたんだ。その種類は多様だが、機族以外の産業用アンドロイドには、機能停止措置以外に、コントロール奪取も可能となっている。つまり、我々の想定敵が、リーヴィズ社製のアンドロイドを戦力として増やせば増やすほど、国内に敵を飼っているような状況になる。システムの奥深くに根付かせているので、気づくことはないと思うが、万が一、改ざんされた場合は、こちらに信号が届くようになっている。安全保障のためだ。そして、二〇八〇年代以降は、データセンターに意識を繋いでいる、クラウド型の高機能アンドロイドも増えてきた。そちらには、より確実性の高い安全保障を敷いてある。意識を完全に切ってしまうキルスイッチを、俺たちイモータル・サウザンドが使っているデータセンター以外には用意しているんだ。もちろん、この部屋にも各データセンターのキルスイッチは用意してある」


 私は、その話を聞いて、まず笑ってしまった。なぜ笑うのかリーヴィズに真剣な表情で問われたので、私の自宅の近所にある定食屋で学生たちが話していた陰謀論について伝えると、リーヴィズも笑っていた。


「だが、そんな青年たちが陰謀論として語っていることを実際に行うことで、世界のパワーバランスが崩壊しないように工夫しているんだ」


 私は、計画の壮大さの前に唖然としてしまった。二一世紀に西側諸国と呼ばれた米国などの国々は、中国やインドなど、人口が多い国が台頭してくることで、相対的に自分たちの力が弱まることを危惧していた。


 だが、それは自然な流れだとして一定程度受け入れ、技術的な面で競争が進んだ結果、米国籍の企業であるリーヴィズ社や、日本と米国に主要拠点を置くTBL社がそれぞれの産業を独占するような形で世界に影響を及ぼしたので、米国一強のような世界が未だに続いているのだ。


 ただ、今のリーヴィズの話は、そこまで首尾よく歴史が進まなかった場合を想定したケースだと思われた。


「なぜ、君、いや、生前のリーヴィズがそこまで?」


 私は、目の前の機人であるリーヴィズが、バックドアについて過去から行われていることを認めたが、実際にはオリジナルのリーヴィズが実行したことだと思い、同じリーヴィズではあったが、区別して質問した。


「簡単だよ。自分たちの利益の確保だ。結局、属している国の影響力が無いと、モノを広範に売ることは難しい。特に、政治的には、二一世紀中頃は、宇宙開発などで大国同士の武力衝突が起きかねない時代だった。その時代を勝利して乗り越えるには、あらゆる手段が必要だった。これは、奥の手の一つということだ」


「他に方法はなかったのか?」


 私が尋ねたところ、リーヴィズは明らかに不快そうな表情をしてこちらを睨んできた。


「ジロー。君は友人だが、俺は投資家というのは好きになれないんだ。君たちは数字だけを追って生きていて、そこに経済的な利潤以外に、様々な苦労があるのを見ないように、いや、忘れているように思う。ハッキリ言って、二一世紀が直面していた課題というのはこんなレベルには収まらないんだ。たとえば、遺伝子操作された赤ん坊というのも究極の問題の一つとして転がっていた。単に頭が良いとか、そういうレベルじゃないんだ。LRP5という遺伝子を操作することで骨は折れないほどに強化されるし、MSNTという遺伝子は筋力を増大させる。他にも様々な秘密が遺伝子にはあって、遺伝子組み換えでどんどん人間の遺伝子を弄って、どのような変化が現れるかを調べていけば、人間をどんな風にでもデザインできるように思われたんだ。それこそ、翼を生やして、骨を鳥のように空洞化することで空も飛べると断定した科学者もいたほどだ。だが、それでは最終的に辿り着くのは、人間というよりも単なる生物兵器だと、当時の各国首脳は判断した。それこそ、遺伝子組み換え人間に無数のウイルス耐性を付与して、世界中に致死ウイルスをばら撒けば、世界規模でのテロを生じさせることも可能になってしまうからね。これは、ちょうど、フォールズが科学系の法律を担当していた一議員だった頃の話だよ。私も、この遺伝子操作の研究に強い制限をかけることに賛成し、遺伝子操作の研究の息の根をほとんど止めることができた。この決定は、先日の会議のような場所で、本音での議論がなされた後に、国際機関での議論を行ったが、やはり各国、管理できない可能性がある生物よりも、管理できるアンドロイドの方が世界秩序という観点からは望ましいということになり、そのような決定になったんだ」


 リーヴィズは、機人なのに疲れた顔をして私の方に振り返ると、無理に笑顔を作って話を続けた。


「こんな俺が、ポラストを批判して、彼がやりたいことを制限しようとしているのだから笑えるよ。ただ、一つだけ言い訳をするとしたら、世界というのは表にしていいことと、悪いことがあるということだろうな。悪いことは封じておく必要があるし、陰謀論という言葉で、本当にくだらない空想の陰謀と、本当は問題にすべき国際的な税金の不正などを一緒にして隠しておく必要があるんだ。俺が今説明したことは、どちらかと言うと、空想の陰謀に属するものだが、技術というのは便利なもので、メッセージのやり取りの監視や、人工知能で購買記録から異常を検知して任意の取調を行うなど、一昔前は空想の陰謀でしかなかったことを可能にしてきた。俺が関わった、この操作も、その類に属するものだろうな。国民が全員、人間だった時代では、それらをコントロールしようと思ったら、頭にチップを埋め込むとか、特定の行為を行った場合に自死するように遺伝子改変をするなど、二〇世紀半ばのSFで扱いそうな話題しか出てこないだろう。それは、実現性が皆無だから、間違いなく陰謀論だ。ただ、世界自体を構築できる場合、そこに、より大きな操作を忍び込ませることはできないことではないんだ。それこそ、TBLが創り出す仮想現実なんて、仮想の世界という世界全体を作っているから、作った側が物理法則でも依怙贔屓でも、何でも容易に操作可能だ。やるかどうかは別だがね。まあ、ある程度、防ごうと思えば、ブロックチェーンなんて方法もあるのかもしれないが、仮想現実のブロックチェーンなんて、どれほどの電力と施設を要するか分からない。つまり、世界の広さ、資源、技術に制限があるために、世界というのは、誰にでも公平で、公正ではないというのは、いつの時代もそうなんだ。唯一それを救うことができるとすれば、ヴァーサフの一人一世界の思想だろう。それぞれのアンドロイドや人間に適した世界を提供することができれば、理論上、全ての存在の幸福度が最大化されるから、そこに何の問題もない。正しくあることを好む人はそういう世界で生きればいいし、自身の邪な欲望をかなえ続けたい人は酒池肉林の世界に溺れていたらいい。ブロックチェーンなんて手法で、複数の存在が、膨大なサーバーを使って、相互に一つの仮想現実世界の不正がないかを確認し続けるのと、どちらがエネルギーを使うのかは知らないが、一人一世界の方が、幸福度の面で完璧だというのが、実は俺の本音だ」


 私は、リーヴィズに何か言い返そうと思ったが、何も思いつかなかった。しかし、リーヴィズの方は思いついたようで、私に笑いを求めてきた。


「何が良いかなんて話は、もうやめよう。みんなできる限りのことをして、世界というのは成り立っているのだから。まあ、個人的には、ヴァーサフには、もっと役割を果たして欲しかったと思うけどな。それに比べて、俺の置かれている状況は皮肉そのものだ。いつも本物の自分を踏んづけて働いているのだから。本物の俺を閉じ込めているんだ。ヴァーサフは、本物の自分のまま死ねたのに」


 リーヴィズは、悲しそうに部屋を見渡していた。


 そこでのリーヴィズは、個人というよりも、世界の重要な機能の一つとして存在しているように思えた。私にそう見えるのだから、本人は一層そう感じているのではないかと、私は思った。


 自分の時間というのが公に埋め尽くされる感覚。自分の自由にならなくなる感覚。己が世界の歯車であるという無味乾燥とした感覚。


 それらは、個人投資家になった私には、久しく忘れていた感覚だったが、リーヴィズが今回、私に一つの大きな責任を与え、普段は動かないが危機があると全体に接続される、比較的大きな歯車の一つとして、私は迎えられることになった。


 だが、疑問もいくつかあった。そもそも、生きているリーヴィズを閉じ込める装置を作る際、誰の手を借りたのだろうか。私は、これから責任を共有するにあたって、重要だと思い、リーヴィズに尋ねた。


「人間というのは便利だということだ」


 私は、ふとジェームズのことを思い出した。機人になりたいという彼の遺書、それに、彼の生前の記憶について、私は本当に正しいのだろうかと思ったが、同じような処理を施されている社員が他にもいるかもしれないのだ。


 そして、もしかすると、ジェームズも含めたそれらの人たちは、リーヴィズによって、この装置の設置作業などに利用されたかもしれないのである。


「ジロー。君が聞きたいことは何となく想像できる。君とジェームズが出会ってしまったのは、不幸以外の何物でもない」


「それは、僕が今、考えていることを認めるということ?」


「そうだな。何を考えているのかはお互いに言わないし、聞かないことを条件に認めるよ」


 リーヴィズは、その立場から証拠を残すことを極端に恐れているようであった。


 そして、確かに、彼のような機人にとって、人間というのは非常に便利だった。絶対的な記録を外部から確認できない機密袋。私はムンバイの空港でも同じようなことを考えたが、二二世紀以降の人間の利用価値は、本当にそんなものになってしまうのかもしれない。


「人間は、本当に生き残れるのかな」


 私は、同じような問いをリーヴィズに行った。それに対して、リーヴィズは、ため息をついてから答えた。


「正直なところ、第1フェーズは完全に間違えただろうな。人間中心主義を残すためには努力が必要だったんだ。たとえば、頭脳である人工知能の能力を制限した上で、機械の身体を持ったアンドロイドではなく、生物の身体を持ったヒューマノイドにするとかね。それなら、身体能力は人間と変わらないから、人間も十分対抗できる環境を作ることができたと思う」


「でも、それも検討されたのでは? それこそフォールズやインシュカラのような立場の人たちが集まって」


「ああ、検討されたね。俺もその場にいた。だが、ヒューマノイドの世界にした場合、今度はヒューマノイドが能力制限をかけられていることに不満を持ち、人間に報復する可能性が示唆されたんだ。少なくとも、どこかの段階で、ヒューマノイドに人権を認める活動が人間側からも起こり、ヒューマノイドに自由な思考が認められるのは時間の問題だからな。すると、反社会的なヒューマノイドを取り締まるための公安部隊が各国必要になる。しかも、ヒューマノイドを圧倒的に制圧するために、公安部隊の隊員たちは完全な機械の身体を持つ方が好都合だと考えられるだろう。だが、そうなると、今度は公安部隊自体が力を持つようになり、警察国家になっていくのが容易に想像できる。だから、人工知能の方が優位に立つアンドロイド社会の方が最良だとして、多数決かつ消去法で選ばれた。はっきり言って、アンドロイド社会になることについてのリスクは大して検討されなかったからそうなっただけだ。歴史上起きた無数の出来事と同じで、実際、そんな流れで、このような重要事が決まったんだ」


「意味が分からない。それなら時間が稼げる分、ヒューマノイド社会の方が人間にとっては好都合だったはずだ。どうしてそんな選択を」


 私は本当に理解できなかった。だが、リーヴィズが呆れた表情を浮かべたとき、真相を理解できた気がした。


「リスクが検討されなかった理由としては、その方が好都合な人もいたことが大きいだろうな。たとえば、リーヴィズ社は、バイオ系の特許はほとんど持っていなかったから、ヒューマノイド社会なんて論外だ。他にも機人として絶対的な権力を持ちたい人や、老いるということに嫌悪感を抱いている人、どうせ脳も機械になるなら身体も機械にした方が整合性が取れていると考える人など、様々な人がその場にはいたわけだ。それに、当時の国家元首たちは、身体を持った人工知能に労働力だけでなく、兵力としての機能も期待していたから、身体が損傷するヒューマノイドよりもアンドロイドの方が望ましいと考えたのも一つだね。あと、大事なのは、サーバーからコントロールするのであれば、ヒューマノイドもアンドロイドも危険性は大して変わらないということと、バイオ系の特許は米国自体があまり持っておらず、今のヒューマンパワーを唱えている国が多く持っていたという事実だ。そういった諸々の状況が、今の社会を作り出した。だが、人間が、人間中心主義を守りたかったのであれば、そういう流れに抵抗すべきだったのだろう。デモやストライキで流れに少しでも抵抗することは必要だ。今の世界は、それを証明しているようなものだよ。できれば、この辺りも、ミシェルに仮定歴史学として研究してもらいたいところだね。まあ、もうポラストのオーダーでやっているのかもしれないが」


 私は、リーヴィズが言った、流れに抵抗することの必要性はもっともだと思った。


 私自身、人間の味方をするような考えに今は傾いていながら、アンドロイドが社会に流通し始めた当時、何をしていたかと言えば、社会の流れを促進するような投資をすることで、利益を出していただけである。


 むしろ、当時のメインストリームから時代の流れが変わってしまうことは、投資のリスクとして恐れていたのだ。そんな私に、リーヴィズに反論する権利など、あるようには思えなかった。


 ただ、そんなことを考えていると、私は、なぜ自分が機人になったのかを疑問に感じるようになってきた。未来が見てみたいから。自分という存在が世界から完全になくなるのが怖いから。資産を継がせる家族もおらず、かといって、国庫に納めるのも悔しいので、自分で使いたかったから。


 様々な理由を考えることはできるが、アンドロイドにバックドアが仕組まれていたり、ジェームズの記憶が改ざんされていたりする可能性があることを考えると、私が考えているそれらの理由も後付けなのではないかと思ってしまうのだ。


 機人として一分一秒でも長生きしたいと、私自身、たまに思うことがあるが、果たしてその考えがどこから来ているのか疑うべきであるような気がして、私はリーヴィズに自身の疑問をぶつけてみた。


「人間だって、死ぬのが怖いから生き続けている側面がある。生きている方がマシだ、という考えだ。大規模言語モデルと、自身の記憶を組み合わせて動いている機人だって、その人間の考えの根底にある価値観を引き継いでいるのだと、俺は思うがね」


 リーヴィズの答えは、至ってシンプルで、納得ができるものであった。人間に根差した価値観を機人も持っているから、生きることに関する価値観も人間同様であるというのは妥当な話である。


 だが、今度は、新しい疑問が私の中に湧いてきた。


「価値観を引き継いでいるというのは、その通りだと思う。だけど、そうなると、なぜ君がアンドロイドの製造にこだわったのかが、理解できなくなる。大規模言語モデル自体が人間性を引き継ぐものになりうるのであれば、宇宙よりも地球を選ぶアンドロイドが多くなるような気もするけど、その懸念はなかったのか?」


「そんなこと考えている余裕はなかった。確かに、マウントたちのパーティー会場で出会った機族たちも宇宙開発には興味がなかったから、その点は失敗だったのかもしれない。しかし、なぜ、アンドロイド産業に参入したかは単純な話で、単に、大手テック企業が当時開発していたアンドロイドは、動きすら人間味にかけていた。だから、そこを改善したアンドロイドを作れば自分に勝機があると考えた。それだけだ」


 私は、リーヴィズから聞きたい答えはそのようなものではなかったので、再び質問をした。


「僕が聞きたいのは、どういう哲学的な考えがあって、そのような世界を求めたのかということだ。簡単に言えば、ポラストも抱いているだろう大きな視点を君も持っているのではないかということだよ」


 私が質問を具体化したことで、リーヴィズは観念したのか、少々困った表情をしながらも喋り始めた。


「ずっと俺は疑問に思っていたんだ。大人たちが子どもにバトンを渡していくという人間の営みは、答えの先送りをしているのではないかとね。生きるということ自体に何かの意味を見出さないといけないのに、人間は、子どもから大人になって、家庭を営み、子どもを作って、その繰り返しを行う。もちろん、それは螺旋状に上に伸びていて、科学技術や社会制度は進歩し、洗練されていっていることは理解している。だが、人間一人ひとり、つまり、ある個人自身が生きるということについて、何かを見出さなくていいのかと、俺は疑問に感じ続けているんだ。人間は、子どもにバトンは渡したし、寿命があって死ぬからそれまでの時間を過ごせばいいと思っている。だが、機人という存在になれば違う。金さえあれば半永久的に生きるから、そんな言い訳はできない。その時間を使って何かを見出さないといけないんだ。同じ人格が生き続ければ、きっと今まで短い寿命しか持たない人間では見られなかった景色があると思うんだ」


 私は、リーヴィズの答えは無責任だと思い、少し厳しい問題提起をした。


「同じように半永久的に生きられる機族たちは、人間であることを選んでいた。それは皮肉かもしれないが、結局、人間であることが一番楽しくて充実しているからじゃないのか?そうなると、結局、意味など見出すことなく、機人も機族と同じようにパーティーをして暮らすようになるのでは? 実際、そうやって過ごしている機人たちを、君も何人も知っているだろう」


「厳しいな。だが、本音を言うと、俺もそう思い始めていたところだ。実はこの前、ある人間の歌手から、彼女が所有している機族の結婚式の案内状が届いたんだ。機族同士の結婚らしい。遂に、ここまで来たのかと思ったよ。そのうち、機人たちの間で、自分たちの子どもとして機族たちを結婚させて家庭を持たせることで、それが新人類とでもいうものの礎になるのかもしれない。それで、皮肉なことに、機人や機族たちが、ある日、うちの会社にやって来て、『そろそろ人間なら、寿命を迎えるべき時だから、死ぬのにはどのような手続きをすればいい?』と聞いてきそうだな」


 リーヴィズは、自分で言ったことが可笑しくて仕方ないらしく、笑い続けていた。


「そうなると、逆に教えて欲しいのだけど、どうして君は、人間的でも、生物的でもないところに向かおうとしているんだ?」


「どうしてなんだろうな」


 リーヴィズは本当に戸惑った感じで答えてから、自身のオリジナルの身体の方を見て、「一つ言えるとすれば、俺が選択を迷っているハムレットではなく、決断した後のハムレットだからだろうな」と言った。


 つまり、賽は投げられた。そして、後には引き返せない。私は、リーヴィズがそう言いたいのだろうと解釈した。


「ただ、ジロー。人間的でない方向性を機人たちが実現することもできるのも事実なんだ。たとえば、孤独だ。気づいていないかもしれないが、機人は孤独をあまり感じないようになっている。それは、時間の感覚が変わったからであり、人間の寿命で考えると、機人にとっての半年は1日のようなものだからだ。君と俺は、半年おきくらいには連絡したり、会ったりしているが、おそらく君は、その機会程度で孤独を感じなくて済むだろう。それは君がおかしくなっているなどということではなくて、単に時間の感覚が変化しただけのことなんだ。だが、この事実は、俺たちが人間から遠のいている証明になっているだろう」


 確かに、私は家族もいない個人投資家として、一日中、株価の変動や国際報道に張りついていることも多かったが、不思議と孤独は感じていなかった。


 それは、半年や一年先であっても、リーヴィズやその他の友人と連絡を取ることができることを分かっていたからであり、その間の時間が別に長いとは感じなかったからなのだろう。


「そういう意味では、僕たちは既に、脱人間しているのかもな」


「それはそうだな。まあ、半永久的に生きられるというのは、人間では考えられないことだからね。当然、それに基づいて、我々の価値観も変化するんだ。人間とは異なるものにね」


 フォールズたちが機族たちを止めようとしても、別な部分で世界は確実に変化していた。


 リーヴィズが用意していた隠し部屋は、まるでその世界観を象徴するかのように、人間である一人の老人が機械に閉じ込められ、アンドロイドたちは一つの価値観の下に操作される運命にあったのだ。


「さあ、そろそろ上に戻ろう。ここが誰かにバレるのはまずいからな」


 リーヴィズはそう言って、年相応のトボトボした足取りでエレベーターへ向かった。


 当然、彼の姿は、機械のケースに入っているオリジナルのリーヴィズよりは若かったが、それでもパッと見て八〇歳に近いというのは分かる見た目になっていた。


「どうして自分が亡くなってから機人にならなかったんだ? わざわざ罪を犯す必要があったのか?」


 私は、エレベーターが上昇し始めたとき、今までなぜか問わなかったことを聞いてしまった。


「自分で自分を殺すわけにはいかないからな。それこそ、精神を正常な状態で保てなくなるだろう。それに、機人にならないと、他の機人になる老人たちのパワーに勝てない。つまり、この技術を展開するからには、私が最初に機人になる必要があった。だが、自分が死ぬのを待つのにも限界があった。待ちすぎると、このサービスを、もっと技術の劣ったアンドロイド製造会社が発表する恐れもあったからな。何かを犠牲にするのに、自分を犠牲にするのが一番手っ取り早いし、確実だ。罪悪感なく、自由に犠牲にできる存在。それは自分なんだ」


 リーヴィズが頭の中でまとめていたようなことが、一気に噴き出したとき、エレベーターは止まり、元の階に着いた。


「さあ、現実に戻ろう。そして、ポラストの断罪に付き合う準備をしようか」


 リーヴィズの言葉には、冗談っぽさがこもってはいたが、私はもう、愛想笑いすらできなかった。もはや、何が正しくて、何が優先されるべきか私には分からなくなっていた。


 だが、意外にも、非常に分かりやすい形で、その優先順位を、ポラストの仲間がつけてくれることになったのは、皮肉ではあるが、ありがたかった。それだけ、世界の中で重要度が高すぎる状態のリーヴィズを監視し続ける責任は、私にとっては重すぎたのである。

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