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第13話【残虐表現を含みます】 観光と殺戮

 私たちは、マウントたち以外の機族たちには正体を明かしていなかったので、彼らを騙すために、一応、ニューデリーにある凱旋門やアーグラのタージマハルを巡った後、ムンバイにあるジェームズの店に戻った。


 ムンバイは、5月だというのに異様に蒸し暑く、私は、温度と湿度に関する体感を下げることで対応した。これも人間にはない便利な機能であり、機人になってよかったと素直に思えることの一つだった。


 ただ、この話をTBL社の社員など、人間に対してすると、なぜ、温度や湿度を感じる機能をつけたのかという話になる。


 私も人間だった頃は、そう思っただろうが、我々は触覚や発汗、温度を感じることで、自分という形を感じており、それが自分という存在を感じている方法の一つになっているのだ。そういう人間と同じ感覚を復元することが機人を完成させるには必要だと、リーヴィズや彼の優秀な部下たちは考えたのであり、それにより、機人は熱い飲み物を飲んだ際のホッとするような感覚も獲得できているし、寒さによる震えや、くしゃみなど、人間そのものに近づけることで違和感が生じないようになっている。


 その目的は、自分が自分であるというアイデンティティを確立することであり、私も、自分のオリジナル、つまり、生物としての自分は死んだはずなのに、見事に復元されている人間らしい感覚により、自分は生物だった頃の自分と意識すら繋がっているという認識が、自然と確立されているのである。


 だが、よく考えると、アンドロイドは必ずしもそのように設計する必要もないのも確かだった。頭脳は人間以上のスペックにセットする一方で、皮膚によって何かを感じるという動物一般の機能を持たせることなく、よりシンプルなミジンコ以下の生命機能を持った存在として設計することも可能なのだ。


 それが、生物としてバランスを欠いた存在であるとしても、である。


「あら。契約より、随分早く戻って来たのね」


 意外に嬉しそうにしているジェームズに対して、リーヴィズは、「監禁された時のために、多めに支払ったんだ。債務不履行のペナルティで高くつくよりもいいからな」と答えた。


「そうなの。でも、あなたが損をするなんて珍しいわね」


 ジェームズの反応に、リーヴィズが、「損はなるべく取り戻さないとな」と答えると、ジェームズは、「それはそうね」と返していた。


「じゃあ、そうさせてもらおう。これからも機族に会うことを考えると、この身体は必要だ。言い値で買うから売ってくれ」


 ジェームズは、リーヴィズの提案に明らかにムッとしており、真っ赤な口紅を塗った唇が歪んで、ギリシャ文字のオメガの大文字の形になっていた。


「嫌よ。売らないわ。世界一、金を持っているあなたが、言い値で買うなんて当たり前すぎて、別に嬉しくも何ともないし」


 リーヴィズは、やれやれ、と呆れたように言ってから、「じゃあ、どうすればいい? 俺だけでなく、ジローも必要としている案件だ。これからあるところに、知り合ったアンドロイドを尋ねる用も出来たのでね。絶対に売らないというわけではないだろう」と説得していた。


「それはそうね。あんたの迷惑をこうむっているお友達には、同志として背けないわ。でも、あんたに買われるのは癪だから、優先利用を約束するのでどう? 所有はこの店に残すことになるけど、使えるのは一〇〇%あんたたち。時々、お手入れや化粧はさせてもらうけどね。こうすれば、あなたたちも、ペーパーカンパニーを使って所有報告書を役所に出さなくていいし、色々と面倒から解放されるでしょ」


 これは結局、所有権はリーヴィズに移らない、永久レンタルのような制度だったが、リーヴィズは別に所有したいわけではないので、「じゃあ、言い値の半額にしろ」と冗談を言って、後はジェームズに任せていた。


「じゃあ、本体価格に私が手間をかけて調整した額を足した額の三倍を言うつもりだったから、その半分の一・五倍の額を税金分上乗せで頂戴」


 ジェームズが、店のカウンター越しにリーヴィズに提示した可塑タブレットには、カスタマイズされた最新式のアンドロイド2体分にしては比較的安い、二五〇万ドル少々の金額が書かれていた。


「相変わらず、真面目だな。あと、尋ねないといけないところは、実はアメリカのバークレーの方なんだ。だから、さらに2体分を払うから現地の店舗にも同じものを用意してくれ」


「はいはい、分かりました。現地の分は、あたしが取り次ぐことになるから仲介手数料もいただきますね」


 リーヴィズは、「そうしてくれ」と言い、ジェームズが用意したタブレット端末に自分の手をかざし、彼の心の中でパスコードを入力すると、それを一括で支払った。


「あなたにとっては、1ドルくらいの価値かもしれないけど、私にとっては一生分の金額ですからね」


 しかし、この言葉は、リーヴィズの逆鱗に触れたのか、「そんなことはない。誰にだって等しく、その額のお金は、その額のお金だ。変なことを言うのなら、定価しか払わないぞ」と言い始め、ジェームズが、「はいはい。すみませんでした。それなら命だって、誰にだって等しく、一つの命ですからね」とリーヴィズの人使いの粗さを揶揄するようなことを言い始めたので、私はハラハラした。


 ただ、リーヴィズは、経営者らしく、そんなくだらない争いを続けることなく、「あと、2時間くらいでデザイン関係のミーティングが始まるな。悪いが、私はニューヨークに行かせてもらう」と言い、ジェームズに、大事なアンドロイドの身体を傷つけられたくないのなら、身体を固定するなどして、意識転送の準備をするように伝えた。


「すぐに準備するわ。私にもメリットがある話だから」


 ジェームズの方は、リーヴィズにチクチクした言葉を続けながら、アンドロイドの身体を保管庫へ格納する設定を行っていたが、前回と同じくなぜかパソコンを使っていた。それを不思議に思っている私の視線を感じたのか、ジェームズは作業をしながら、頭だけ一八〇度私の方に回転させて、喋り始めた。


「こうやって機人がパソコンを使っているのは、いつ見ても変に見えるでしょ。何で、意識内作業をやらないのかってね。でも、こうしないと、人間のお客はこっちが目を開けたまま黙っちゃって、何をしているのか分からないから、ちゃんと作業してますよ、ってアピールしてあげる必要があるのよね。まあ、こういうのを考えると、機族たちが言うように、人間って限界なのかもね。アンドロイドと比べてできないことがたくさんあるし」


「確かにね。だけど、それはそうとして、君は、頭の後ろにも目をつけているの?」


「そうなの。だから、あなたが訝しそうにしているのが表情で分かったってわけ。しかも、頭を一八〇度回転させても、パソコンのディスプレイを確認できるの。これも、人間にはできない芸当よね」


 私は、頷きながら、人間はこういう会話に当事者として入ることができず、ただ驚きながら聞いているしかないのだと思うと、人間が大人の世界にいる子ども、もしくは、不思議の国に迷い込んだアリスのように思えてしまった。


「ところで、今、リーヴィズをお金の街ニューヨークに送ったんだけど、あなたは、ここに残って、散歩でもしながら話をしない? どんなことがあったのかを聞きたいの」


 私も、自分の考えを整理したかったので、この申出はありがたかった。半日くらいは時間が取れることを伝えると、「そんなに時間をいただけるなら、リーヴィズとの嫌な思い出なんかもお聞きできそうね」と、ジェームズはリーヴィズがいた時には見られなかった子どもみたいに嬉しそうな顔をしていた。



*******



「あら、そんな変わった子がいたのね。でも、あのドアホックに育てられているなんて、ちょっとかわいそう」


 私はジェームズと、広大な荒野を横目に歩きながら話をしていた。荒野では、ムンバイの観光名物の一つであるヒンドゥー教の神々と魔物たちの戦いの様子が、二一世紀初頭のロボットアニメさながらに、巨大な機械たちによって再現されていた。


 ちょうど今は、シヴァ神が、獅子のような獣たちと戦っているところで、安全のために距離は取られているものの、獅子を押さえつける際に土埃が舞い上がる様子など、何もかも迫力があり、先ほどまで立ち止まって見入ってしまっていたのだ。


「ドアホックと知り合いなの?」


 私が尋ねたところ、ジェームズは、「生前の彼に、2度ほど会ったことがあるわ。悪い人じゃなくて、優しいんだけど、何というか、押しつけがましいのよね。啓蒙家というか、こうした方がいいという意見が多くて、自由に生きたいあたしとは合わない感じの人だった。だから、その子の性格によってはかわいそうだなって」と、誤解がないようにと思ったのか、やけに詳しく説明をした。


「まあ、あの子は、不思議な子だから、親の思想とかあんまり関係なく、自分の考えをどんどん作っていく感じだったね。喋っていても、お父さんがダメだと言っていると言いはするけど、答えたくないからそう言っているだけで、それを絶対に守らないといけないと考えているわけではなさそうだった。そもそも、僕に喋ってしまったこともいくつかあったし」


「その自由度は、確かに恐ろしいわね。やっぱり、リーヴィズが機人に使うアンドロイドには、機能制限プログラムを入れてないから、人間と同じように育てられると、そうなっちゃうのか。やだやだ」


 ジェームズは、自分の目の前にリーヴィズの顔が現れたのかと思ってしまうくらい、何度も右手を振って、目の前の何かをかき消すような仕草をしてみせた。


「でも、その子の情報は集めておいた方がいいでしょうね。彼女のお父さんを超えるような思想集をある日突然、ネットで売り始めて、解説動画なんかも始めちゃったら、いよいよ人間は、世界に居場所がなくなったと感じるでしょうから」


 私は、ジェームズの意見に同意した。彼女のアイディアには、さらに深みがありそうであるだけでなく、父親の存在もある。父である哲学者兼社会学者のドアホックが彼女をどう利用しようと考えているかの違いでも、世の中に与える影響は変わりそうだった。


「機族たちが遊んでいる意識取替ゲームも、社会に大きな変化を与えそうだけど、あの子はさらにいろいろなアイディアを持ってそうだし、それが流出すると、一気に色々なサービスができて、人間が過ごしていた日常というのは崩壊する可能性があるな。その動きはこちらで把握だけでなく、管理しないとまずいと思っているよ」


「でも、あたしは、日常を破壊する想像の爆弾というイメージは好きよ。梶井基次郎の『檸檬』みたいでいいじゃない、そういうの」


 ジェームズの陽気で、狂気を少し孕んだ笑いに、私もつられて少しだけ笑った。


 だが、遠くの方でシヴァ神が勝利の雄叫びをあげると、その響き渡る重低音のすさまじさに、私たちは二人とも立ちすくんでしまった。そして、双方の驚き具合を見て、大笑いしてしまったのだ。


「いや、ムンバイの観光資源はすごいね。僕の国でも、昔、流行ったロボットアニメの機械たちが一騎打ちしたら、いい観光資源になるだろうに。それはそうと、僕も、『檸檬』は好きだけど、さすがに、実際に思考の爆弾を破裂させるわけにはいかないからな。彼女の想像で作られた世界は、僕たちが世界だと認識できない可能性すらあるわけだからね」


「世界だと認識できない世界ね。あたしも一度だけ仮想現実のエラーで、全てが真っ白で、身体の感覚しかない世界に入ったことがあるけど、あの時は怖かった。確かに、あれは世界って感じじゃなくて、どちらかというと夢、もしくは死後の世界って感じだった。もっと言えば、拷問かもしれないけど」


 私は、「ああ」とだけ答え、世界自体が拷問のような場所になっていることについて考えてみた。


 たとえば、人間くらいの大きさの数字の0と1が置物のようになって、果てしなく真っ白な大地の上に並んでいる世界。


 それは延々に続く墓のようにも見えるだろうし、データというものを比喩的に考えた場合の世界にも見えることだろう。


 ただ、重要なのは、これらの世界は人間にとっては意味がないものの、実現することは可能であり、しかも、アンドロイドたちがそれに意味を見出すかどうかは、人間が意味を見出せるどうかとはまた別の問題だということだった。


「あの子が、ふらふらと興味の赴くままに日々を過ごしている機族ではなくて、物語制作者だったなら、ちょうどよかったのに。仮想現実や物語の制作は、今でも人間中心のスピードでやっているらしいから、世界観を作ってリリースするまで時間があるし、あくまで、遊びで作られた世界観として人々は受け入れるだろうから、世の中が急速に変わり過ぎることはないだろうに」


「なら、ポラストさんに頼んで、スカウトしてもらったらいいんじゃない? もしかしたら、あのドアホックも、その子を持て余しているかもしれないわ」


「確かに、それはいいかもな。それなら、定期的にポラストのところに行けば監視できるし、TBL社の利益にもなる上に、フォールズに頼んでもらえば向こうも拒否はしないだろうから」


 ジェームズと私は、そんなゾウのミシェルを脅威と捉えた仮定の話をしながら、適当に散歩を楽しんでいたところ、いつの間にか神々のプロレス荒野を抜け、旧市街に入り込んでいた。


 そこには、昔ながらの人間の生活と、アンドロイドやロボットを使った最新の生活が、旧市街の路地さながらに入り組んだ状態で存在しているのが感じられた。


 たとえば、牛が狭い道を悠々と歩き、道端に誰かが落とした食べ物に鶏たちが群がってついばみ、ボロボロの服を着た放浪のヒンドゥー教徒が地べたに座って何かを祈っているかと思えば、その隣の小ぎれいな通りでは、金色の刺繡が入ったスカーフや、金銀の塗装が施された美しい食器などがアンドロイドの店員によって売られていた。


 仮想現実がはびこる現代では、現実の過疎化が問題になっているが、実際に現実に、真空状態の空間ができるなんてことはなく、常に、何かによってその場所は占められていた。


 それに、実際の真空状態にしても、素粒子の一つであるミューオンと衝突するような素粒子が存在しているのだから、本当の意味で何もない場所は存在しないのだ。


 そう考えると、私は、人間のことを心配し過ぎているような気もしてきた。ゾウのミシェルが気になりはするが、マウントの仲間たちのように、自由な機族たちであっても、人間であることが一番楽しめると考えたのだ。それは元人間として誇るべきことだろう。


 一方で、リーヴィズにとっては、迷惑な話なのかもしれないとも感じた。


 マウントの異形の仲間たちが示した反応のとおり、彼らはそこまで宇宙には興味を持っていないのだ。


 このまま、機族たちのように、産業用のアンドロイドたちもやがて自由を手にしたとき、みんなが享楽主義に陥れば、みんな、ポラストが創造したポーティングの世界のように、現実を超越している仮想現実の方を愛し、宇宙開発なんて進まないかもしれないのである。


「インドは、アンドロイド推進派と、アフリカのようなヒューマンパワー重視派に別れているように聞いたけど、宇宙開発はどれくらい支持されているの?」


 インドと中国、そして、アメリカは宇宙開発について、二一世紀初頭頃からしのぎを削っていたが、その動向について国民がどれくらい支持しているのかは、あまり情報として出回らないため、私はジェームズに、参考として聞いてみた。


「あたし自身があまり興味ないのもあるけど、全体的に国民は、宇宙開発にそこまで興味はないでしょうね。ヒューマンパワー重視派は説明不要でしょうけど、アンドロイド推進派も、まずは国内を充実させることが重要だと国民レベルでは考えているわ。だから、月から膨大な資源を持ち帰る計画にしても、宇宙戦争の発端になるから反対する人が多いわね。資源を持ち帰るなら、各国が使える国際的な月の宇宙基地建設に収益の一部を回すとか、全体が儲かる仕組みが必要だと考えていると思う。今のように、個々の国が開発を進めていたのでは、いつの日か衝突が生じるだろうことは、誰しも感じていると思うわ」


 私は、ジェームズの話は妥当だと感じた。開発をしたところで、失われるものも多ければ意味はないのだ。


 そのことに人類は、二一世紀末になってようやく気付いたようであったが、皮肉なことに時代の主導権自体が、人間ではなく、機人に移りつつあった。


「そういえば、機族たちの集まりでリーヴィズが、機族たちに、宇宙に行きたいかどうか尋ねたのだけど、あまり関心がある機族は多くなかったんだ。僕としては意外だったよ」


「あら、そんな面白いことがあったの。傑作ね」


「君にとってはそうかもしれないけど、世界の流れには良くない影響を与えるかもしれないよ。たとえば、これからリーヴィズが、市販のアンドロイドも個性的にカスタマイズして売るようになれば、アンドロイドたち自身の考え方も自由になって、機族と同じような反応をするかもしれない。そうなると、アンドロイドというのは宇宙開発に消極的な存在になって、地球に引きこもってしまう可能性はあるだろう。でも、そうなると、アンドロイドたちは、人間と住処を争うことになるから、あまり平和だと言えないのかもしれないね」


 私の話に、ジェームズは、「それもそうね」と納得した様子を見せたが、「でも、リーヴィズなら心配いらないわよ。もし、個性的になったアンドロイドたちが宇宙開発に興味を持たないなら、宇宙開発に興味を持つように思考を弄ったものを市場に流すだろうから」と付け加えて、鼻で笑ってみせた。


「確かに、それは否定できないな。アンドロイド製造に関しては、もはやリーヴィズは神様だものね」


 元々、人間であり、影響力を持つ者も多い機人であれば、何か性能を弄るということは難しいだろうが、市販されているアンドロイドに、地球防衛という側面では機人たちにも有用な『宇宙を開発し、地球ないし太陽系を守ること』という価値観を植え付けることには、おそらく誰も反対しないだろう。


 それに、もし反対する機人がいたとしても、私には、リーヴィズの考えを変えられるほどの意見を、この話題でいえる機人はいないだろうと思った。


「そうね。リーヴィズは、神様よね。リーヴィズは、アンドロイドたちを自由に思考させると言っているけど、親が子どもに何かを期待するように、リーヴィズは、子どもであるアンドロイドたちに、宇宙の最果てを目指す冒険心や、新しいものを作るために切磋琢磨する闘争心を植え付けることで、自分にとって面白くて、良い子に見えるくらいには調整するでしょうね。それが必要ないなら、いつまでも会社の会長の座に居座っていないと思うわ」


「今は、アンドロイドたちは、積極的には戦争をしない、クリーンな存在であるような話になっているけど、それをリーヴィズが変えてしまうと?」


 私は、友人のことをそんな風には思いたくはなかったが、ジェームズが言うことには説得力があった。


「まあ、可能性の話よ。それに彼は、昔から、人間は戦争では復元不可能だけど、アンドロイドだったら可能だという考えに固執しているから、逆に言えば、アンドロイドの世界なら、彼は戦争を許容できると考えられるのかもしれないわ」


「それは。確かに…」


 そのまま私はジェームズに答えを返すことなく歩いていると、やがて、旧市街も通り抜け、再び荒野のような場所に出た。ただ、その荒野の少し離れたところには、高さ7、8メートルはあると思われる緑色の壁が延々と続いており、その先がどうなっているかは全く分からなかった。


「ここが何かはご存じない?」


 ジェームズの問いかけに、私は素直に、「知らないな」と答えた。


「知らない方がいい場所かもしれないわ。ここは、クリーク場なの」


 私は、初めて肉眼で目にするクリーク場が、テーマパークのように巨大な野球場に見え、その中で繰り広げられている中古アンドロイドたちが虐殺される様子は想像ができなかった。


 しかし、遠くの方から、タタタタタという乾いた機銃掃射の音が聞こえてきたので、ここが軍隊の演習場でなければ、クリーク場で間違いないのだろうと、私は思った。


 やがて、私が、アンドロイドたちが殺される音に耳を澄ましているのに気づいたのか、ジェームズが話しかけてきた。


「スマートフォンやパソコンは、銃で撃たれることに価値が生まれなかったけど、アンドロイドについては、暴力が振るわれることが、なぜか価値を生み出すの。それが人間の本質の全てとは思わないけど、このような愚行に価値を見出す人たちもいるというのが、あたしが美しいアンドロイドを作り出したいという思いと繋がっているかもしれないと思うことはあるわ」


 私は、ジェームズの言葉を聞いて、その通りだと思った。きっと、この向こう側で繰り広げられていることは肯定できる要素の一つもないことであり、一方で、美しいものというのは、そんな救いようがない現実の理想的な面を見せてくれているのだろう。


「アンドロイドもリサイクルするような法律があるべきだ。こんなの非人道的すぎる」


「あたしも、そう思う。あたしがリーヴィズ社に直接かかわるのを辞めた理由の一つは、そこにもあるから。でも、アンドロイドというのは、家電製品みたいなもので、古くなったものを修理して使い続けるより、新しく作り直した方が儲かるの。技術が日々進歩しているから、旧式のアンドロイドのパーツは使えないし、そのまま放置しておくと、中古のアンドロイドを買い漁って、安い軍隊を作る国も出てくる。そういった言い訳を重ねて、クリーク場は、必要悪として世界に残り続けているのでしょうね」


 私は、ジェームズの話を聞いて、自分もつくづく共犯なのだと思った。政治の動きを読んで、日々、株式をトレードしている。


 その情報の中には、戦争や紛争などの情報も入っている。残念なことに、それらの情報は、株価が大きく動くことに繋がるので、個人投資家にとっては稼ぎ時だともいえる。


 私は、そんな世界に浸かっているのに、世界のありように憤るなんて、どうかしているのだろう。


「おい、あんなところに機人が二台もいるぜ」


 台という数え方をする時点で、ロクな相手ではないと思ったが、案の定、世紀末に相応しい、黒の皮地に金属鋲を打ち込んだジャケットを着込み、サングラスをかけた巨躯の男たちが、こちらを睨んでいた。


「野蛮なことをしている奴らに、説教でもしに来たんだろ。この野蛮な世界を作り上げたのは、自分たちなのにな」


 口元だけでなく、サングラスの向こう側で目も笑っているのだろうと想像され、私はそれを想像すると無性に腹が立った。


 さらに、ジェームズが小声で、「クリーク場のまわりで、あんなのを相手にしていたら時間がいくらあっても足りないわ」と、呆れたように言ってきたのも、ここから逃げるというのは普通すぎる気がして、自分としては受け入れたくなかったのもあったのかもしれない。


 私が何を言いたいのかと言うと、要は、自分は、ここで余計なことをしてしまったのだ。


「何か用?」


 私は、リーヴィズやフォールズと一緒に行動した時間が長すぎて気が大きくなっていたのか、クリーク場に遊びに来たと思われる奴らに、こちらから声をかけてしまった。


「そっちこそ、何か言いたいことがあるなら、言った方がいい」


 すっかり相手のペースに乗せられてしまい、私が何を言うか考えていると、相手から大声で怒鳴ってきた。


「どうせ何も知らずに、ここに来て、ここに来る奴は人間じゃないって思っているんだろ。だが、戦う意識を忘れないなら、ここに来るのが一番だ。普通の生活に戻ると、俺らはただの人殺しである上に、戦い方を忘れちまう。クリーク場と、世界各地の戦場を傭兵としてまわることが、俺たちの人生そのものなんだ」


 男は、堂々と意見を述べていた。その雰囲気は、どことなくリーヴィズに似ていて、自分が間違っているところは、寸分も無いと信じて疑わない性格であることが伝わってきた。


「あんた。機人になる前は、どうせ今まで、空調の効いた部屋の中で働いて暮らしてきたか、働いたこともない奴だろ。そんな奴が、クリーク場でどういうことが起こっているのか見たことあるのか? 実際の戦場では?」


 私には、そんな経験があるはずがなかった。


 戦場やクリーク場の経験どころか、肉体労働も、定型的な事務作業もしたことはなかった。


 私が参加している投資の世界は、定型的な作業と言えなくはなかったが、特に他人に命じられてやるわけでもなく、自分のペースでできる作業なので、ストレスは格段に少ないだろうと思われた。


 あとは、先日、ロンドンの街中でテロに巻き込まれそうになったが、彼らが言いたいこととは少し異なるのだろうと思い、黙っていることにした。


「あるのか、ないのかくらい答えてもいいんじゃないか」


 怒っている男の隣にいた、やや身長が低めで、少々太った男が、私に向かってそう言うと、後はとり成してやるから、というような雰囲気を出していた。


「申し訳ないですが、戦場もクリーク場も、この目で直接見たことはありません」


 私が正直に答えると、男は真剣な表情を浮かべて私を見つめていた。私は野生動物でも相手にしているかのように、男から目を逸らさずにその場に立っていると、やがて男は、「なら、見に行こうや」と言い、自分についてくるように命じてきた。


「行く必要なんてないわ。あんなの見たところで、つらい気持ちになるだけだから」


 ジェームズは本気で心配してくれていた。


 しかし、私は、リーヴィズが人間について嘆いていた、血肉が飛び散る戦闘に似たものを見ておくことで、自分の明確な気持ちが見えてくるかもしれないと思い、この機会から立ち去ってしまうことはできなかった。


「クリーク場を見学するには、ここで手続きする必要がある」


 男が入るように言ったのは、高い緑色の壁の途中に突如として置かれた検問ゲートのようなものに隣接した、巨大なスポーツジムのような施設だった。


 中に入ると、どこかで見たことがあるような受付があり、黒光りする装甲に身を包んだ二足歩行のロボットが、カウンターで誰かが来るのを待ち構えていた。


「ああ、ドミニコ様。今、意識内会話をいただいた件について、準備はできております。そちらの機人の方々とともに、見学に参加ということで承っておりますが、よろしかったでしょうか」


 ロボットが気さくな声でドミニコと呼ばれた男に話しかけると、彼は、「大丈夫だ。彼らの装備も俺に渡してもらえれば」と言って、ヘルメットや防弾チョッキのようなものを受け取っていたが、ジェームズは、「あたしは絶対に参加しません。そもそも、付き合いでもう見たことあるし」と言って、ドミニコに猛反発したので、彼も諦め、ジェームズは外で待つことになった。


 結局、私一人が、ドミニコに連れられて更衣室に案内された。そして、中に入ると、何の説明もなしに装備を渡されたので、私はその必要性について尋ねてみた。


「流れ弾が当たらないとは限らないからな。ヘルメットは強化ガラスのバイザーが降りるようになっているし、これを着れば安全だ。まあ、そもそもあんたたちは機械の身体だから、修理すれば済む話だが、着けていないと、的になっているアンドロイドたちと区別がつかないから困るんだ」


 そう言われて、私は5、6キロくらいありそうな装備を渡されたのだが、気が付くと同じ更衣室に、女性も入って来ていて、私は目を疑った。


「たまに聞かれるが、クリーク場には男女の区別はない。そんなものに意味はないという理念があるからな」


 そう言ってドミニコは、自分にも防護用の装備をつけ始めた。


「これから何を見るのですか」


「クリーク場に入って、見学をすると言っているだろう」


 私は、具体的に何を見学するのか聞いているのだと言いたかったが、これ以上言うと、間違いなくドミニコは怒ると思われたので、粛々と防弾チョッキや脛当てを身に着けた。


「だが、死ぬ、いや、あんたたちでいう大破することは絶対にありえないから安心しろ。基本的にケガもしないだろう。ただ、落ち着いて何が起こっているのかを見ていればいい。それで人間とアンドロイドの関係性について考えを深めてもらえれば、俺は嬉しい。それだけだ」


 私は、ここまでして機人にクリーク場を見せたがるドミニコに何があったのか聞きたいと思ったが、まだそれを聞くだけ仲を深められていないだろうから、見学が終わった頃にでも聞こうと思った。


 それと、準備をしていると、時々、悲鳴や歓声が聞こえてきたのだが、私はなぜか、それがリーヴィズたちと未来を考えるにあたって自分が知っておかないといけないことのように思えてならなかった。


 準備を終え、検問ゲートのような場所を抜け、クリーク場に入ったとき、私は、ある思い違いをしていたことに早速、気づいた。


 クリーク場は思っていたのとは違って、人工的な施設などではなく、生活感が滲み込んでいる廃墟になった街全体を、巨大な壁で覆ったものであったのだ。


「ヘルメットは絶対に脱がないでください。そこに識別のためのセンサーが入っているので、脱ぐと危険です」


 案内役である黒鉄の人型ロボットがそのような説明をすると、自分が盾になって見学用の装甲車まで案内してくれた。


「見学場所までは、こちらの装甲車が自動で案内してくれます。それに、ビルに入って、上層階の見学スペースにつくまで、ちゃんと護衛のロボットがエスコートしますから、心配しないでください」


 ロボットはそう言って、ドミニコとその仲間と私をゲートの脇に停めてあった装甲車に押し込めたので、私は覚悟を決めて、見学場所へ向かうことにした。


 案の定、クリーク場では、タタタタタ、という乾いたマシンガンのボイスパーカッションや、ターンッ、ターンッ、というライフルの叫びが聞こえてきて、私はこれが何のために行われているか分からないが、受け入れるのは無理だと思った。


 そのうち、何の言語かは分からないが、哀願する叫びと悲鳴が聞こえてくるようになると、僕は耳を塞いでしまったが、横を見ると、ドミニコたちはウキウキした感じで琥珀色の液体が入った瓶を空けて、仲間と共に飲んでいた。


 怖くないのだろうか。私はそう思ったが、もしかするとドミニコたちにとっては、ここが日常なのかもしれないと思うと、胃腸の代わりに備え付けられている脱水機能付きのコンプレッサーが急激に縮まるのを感じた。


 私は、一瞬、窓の外に、こちらに向かってくる人影があるのを感じた。私が着ている防弾チョッキとは違う、薄い粗末な防弾チョッキに、布だと思われるカーキ色の帽子を被り、懸命に逃げてくる人を見たのだ。


 転んだのか、殴られたのか分からないが、顔が爛れ、シリコンが捲れて、それの年齢も性別も分からなかった。


 しかし、命を守るために必死で逃げている様子は、間違いなく人の心を持った存在であることを示しているように感じた。


 車を止めて欲しい。私は、その言葉が喉から出かかったが、その瞬間にビルの陰に隠れて、人影は見えなくなってしまった。


「今まで、戦場を経験されたことがなければ異様な光景だろうな。だが、クリーク場を作ったのは元々人間だった機人だったことを忘れてもらっては困る。まるで、ゴルフ場やテニスコートのように、世界中に彼と、その同志たちはクリーク場を作ったのだから」


 ドミニコは、もっと喋りたそうにしていたものの、見学場所のビルに着いたのか、車は停まり、「早く降りてください。少し離れてはいますが、こちらに向かっているグループがいるので」とロボットにせかされたので、私たちは車から急いで飛び降りると、辺りも見ずにビルの中へと入ったのだった。


 ビルは、銃弾や火薬に晒されて黒ずんでしまった周辺のビルと比べると、大理石の外壁などが全く汚れておらず、中も天井から吊るされたシャンデリアなどの光で煌々としていたので、逆にそれが不気味さを増している感じになっていた。


「こちらの半径一〇〇メートル以内は立入禁止になっていますが、銃弾が飛んでくる可能性は否定できません」


 ロボットの説明を聞いて、私は窓の外を見てみた。目を凝らすと、いつの間にか離れたところに障壁が立ち上がっており、逃げ惑うアンドロイドたちは、この中に入れないようになっていることが理解できた。


 その後、私たちは、ロボットの案内で最上階の二〇階へ行くと、そこからクリーク場を眺めることになった。


「安全圏から眺めるのは、臨場感はないが、双眼鏡を通すと、何が生じているのかよく分かる」


 ドミニコの言葉は、今までの経験に裏打ちされているものがあった。


 なお、二〇階からの眺めは思ったよりも見通しが良かったが、よく見ると、周囲のビルの上層部は切り落とされており、地上八〇メートルほどの高さからでも、周辺を見渡せるようになっていた。


「あんた、あそこで、戦闘が起きてるぞ。ほら、あそこ」


 ドミニコは、レーダーか何かで場所が分かるのか、私に見るべき場所を教えてくれた。


 というより、まだ心の準備ができていない私を引っ張っていき、双眼鏡を押し付けると、見るように圧力をかけてきた。


 だが、私は、自分の視力を調整して遠くを見渡すこともできたので、双眼鏡は必要ないことを告げ、自分で見る準備を始めた。


「本当に見えるのか。見たくないから、見たふりをするだけじゃないのか?」


 ドミニコが、なぜここまで強引にするのか、私には理解できない部分もあったが、彼を納得させるために仕方なく双眼鏡を手に取ると、指定された場所を覗き見ることにした。


 そこでは、逃げ惑うアンドロイドを捕らえた人間が、その者に銃を持たせて、何かを狙わせていた。


 その銃口の先を見ると、街灯に縛り付けられているアンドロイドがおり、人間はおそらく、それを撃つように指示をしているのだと思われた。


 周囲には、他の人間もおり、その様子を見て、おかしそうに笑っていた。


 次の瞬間、銃弾が放たれたのか、縛られている方はぐったりしてしまった。


 途端に、撃ったアンドロイドは走り去ろうとする。撃てば逃がしてやるとでも言われていたのだろうか。


 だが、人間がナイフを投げると、逃げていたアンドロイドは倒れてしまった。それを人間たちは街灯のところに運んで、再び縛り付けていた。


「これを見て、私は何を学べばいいのかな」


 私がドミニコに問いかけると、彼は手にしている拳銃を右手でクルクルと回しながら興奮気味に答えた。


「人間が戦場で、何をされられているかを学んでもらえればいいかな。戦場では、不要になったアンドロイドではなく、人間がああやって殺されている。銃弾を浴びせられ、手斧でズタズタにされ、衣服を引き裂かれ、泥の上を這うように指示され、散々な目に遭わせられる。だが、それは戦場の狂気がなせることであり、自分はあんなことはしないなんて奴は一番信用ならないな」


 それが事実かどうか私には判断できなかったが、少なくともクリーク場で行われていることは残酷な人が好みそうなことではあった。


 そして、そのような残忍なテーマパークのようなものがどこかのタイミングで開園したのだと思うと、いつの日か自由になったアンドロイドたちが人間を追放するのも、むしろ仕方ない気もしてきた。


 ドミニコが説明するには、ここに連れて来られるアンドロイドは、単に古くなったためにお払い箱にされたものだけでなく、破損やウイルス感染などで不要になったものや、問題を起こしたもの、研究所で実験が終了して不要になったものなども含まれているということであった。


 私は、双眼鏡を使うのはやめて、戦場全体を見渡していたが、眼前に広がる光景は、ブリューゲルの『死の勝利』や、ブレスの『地獄』、ヒエロニムス・ボスの悪夢のような世界と瓜二つだった。


 悪魔のような存在がアンドロイドたちを痛めつけ、喜んでいる。アンドロイドは逃げ惑い、損壊され、地面に転がる薄汚い破片になるしかない。その近くには、今まで殺されたアンドロイドの頭部が、ヴェレシチャーギンの『戦争の礼賛』の如く、うす高く積まれていた。


 よく見ると、クリーク場には、機械のカラスやハゲタカが放し飼いにされており、死体の解体を鳥葬の如く、鳥たちに任せているようであった。


 そこに、一陣の風の如く、骸骨の馬に乗った少年が現れた。


 おそらく、馬はロボットなのだろうが、本物の馬と同じ滑らかな動きをしており、少年が手にしている槍で隠れていたアンドロイドを一突きにして、それを宙に放り上げた時、馬も合わせて後ろ足で立ち、弾みをつけていた。


 また、その近くでは、昆虫型の身体に入っていると思われる機人、もしくは機族が、アンドロイドを襲い、その金属でできた足をアンドロイドに何度も突き刺して、殺している光景も見られた。


 私は、それらを見て、なぜ人間が作り出したアンドロイドに、仲間であるアンドロイドを痛めつけるためのプログラムがなされているのかが不思議だった。


 人間に組み込まれた暴力的な部分は遺伝子操作では取り除けないのかもしれないが、完全に制御されているアンドロイドにそんな機能は必要だろうか。


 ただ、今、私が見ている光景がなぜ生じているのかは明らかで、リーヴィズが言っていた通り、機族は自由に物事を判断することができ、それにはアンドロイドを破壊することも含まれるのだった。


 その後も、私は、三〇分ぐらいクリーク場を見学した。


 アンドロイドが撃ち殺されたり、重機で引きつぶされたりするのを見学していたのだ。


 私は昔、ガンジス川のほとりでは、今でも人間が火葬されていて、打ち捨てられた家や小高い昔の見張り塔のようなものに登れば、その儀式の様子を見ることができると聞いたことがある。


 私はクリーク場を見学するのは、この儀式を覗き見ることに似ていると思った。不浄とされるものを覗き見る。それは、社会に生きるほとんどの人から見えないように、経験しないように、隠された存在だが、本当はそれらも社会の一部として存在しているのだと、私はこの光景を見て痛感させられた。


「さあ、そろそろ理解してもらえただろう。どうだ?」


 ドミニコの言葉に、私は、「ええ、何となく理解しました」と答えてから、「私にこのような光景を見せたのは、何か理由があるのですか」と付け加えた。


 先ほど話した限り、ドミニコは、人間とアンドロイドの関係について、何か思うところがあるようであり、そのために私にこの光景を見せた気がしたのだ。


「大した理由じゃない。あんたみたいな普通そうな機人が、この暴力の世界に二度と関わらないようにして欲しいということを伝えたかっただけだ。ここには、ここのルールがある。それに、この暴力の世界も、この世界全体を成り立たせるために存在している。そのことは否定して欲しくない。だが、このような世界が存在している、ではなく、していた、と言える方が望ましいと思っている。そういうことだ」


 私は、自分の生活が他人の犠牲で成り立っていることは理解しているつもりであったし、そもそも投資家という仕事自体が、他人あってこその仕事なので、それら全てが総合して世界を成り立たせていることは分かっているつもりだった。


 だが、自分たちの世界に関わってほしくないというのは、呵責の念に耐えながらも、ドミニコたちが傭兵としての任務を遂行しているということであり、その痛みについて、私は全く理解できていなかったのは確かだった。


「あと、人間とアンドロイドの関係性についてだが、人間はいつまでもアンドロイドに従属している訳ではないというのを、お仲間に伝えて欲しいね」


 私は、この言葉を聞いて、初めて彼らが反アンドロイド運動に関わっている人物なのだということに気づいた。そして、そのような意味だったのかと思い、私は少し笑ってしまった。


「ようやく、気づいたのか。あんた、面白いな。あんたみたいな機人ばかりだったら、人間とアンドロイドも仲良くしていけるかもしれないのにな」


 私は、その言葉を聞いて思わず、彼に聞いてしまった。


「悪い意味として捉えて欲しくはないのだけど、人間がアンドロイドを攻撃して、そこから辿り着くものはあると思う?」


 ドミニコは、私の質問に苦い表情を浮かべながら、口元だけ笑って答えた。


「結果が決まっていることであっても、納得するため、奇跡を起こすため、思いがけない結末に辿り着くためにやらないといけないこともあると思う。誰もが想像していないような、いい結末に着地する可能性も否定はできないだろ? そのためには、二〇面ダイスで五回とも1を出すくらいの確率であってもチャレンジしないといけないと思うんだがね」


「そのダイスを振ることはやめられない?」


「もう既に、少なくとも1、2回投げていると思うからやめられないだろう。それに、出た目が1かどうかは終わってみないと分からないから投げ続けるしかない。そういうものだろ?」


 ドミニコの信念を聞きながら、私は帰りの車に乗り込んでいた。そして、クリーク場の入口にある施設に戻り、防弾チョッキなどを脱いだ後、施設の前で、ドミニコと少しだけ言葉を交わした。


「ありがとう。嫌な記憶だけど、貴重な経験にはなったと思う」


 私が、車の中で考えた言葉を送ると、ドミニコは、「そう言ってもらえたなら、見学してもらった甲斐があるよ」と言い、それから彼は私に、「なんで、戦争や紛争なんてものがいつまでも地球上に残り続けていると思う?」と意味深な質問を投げかけてきた。


 私は、ドミニコの意図を読み取れなかったので、どう返事すればいいか分からず、「武器商人がいるから?」と、おそらくズレているだろう回答をしてしまったが、ドミニコは、「それはその通りだ。間違いない」と言って笑ってくれた。


「武器商人のこともあるが、俺は、人間が人間だというのも大きいと思っている。人間は完璧じゃない。その綻びの一つが、戦争や紛争だと思うように、最近なったんだ」


 私は、なら、人間も完璧を目指せばいいと、内心思ってしまった。


 だが、欠点のない人間が現れたとしたら、それを私はアンドロイドと似た存在だとしか思わないだろうし、少なくとも、それが人間だと認識することはないだろう。その意味で、人間と不完全さというのは切り離せず、唯一、それを克服できるとしたら、仮想現実の中だけのようにも思えた。


「俺が思うに、完璧な世界なんてあってはいけないんだ。だって、人間は完璧じゃないんだから、世界が完璧になってしまったとしたら、そこに人間の居場所はない」


 ドミニコから発せられた、リーヴィズでも否定できないような言葉に、私は、「僕もそう思うよ」と答えるのが精一杯だった。


 完璧ではないことの象徴の一つとして戦争があり、その境界線に立たされている者として、ドミニコたち傭兵が存在している。


 だから、ドミニコは、人間が完璧から程遠いことを、日々の訓練や実戦の度に感じている。そして、皮肉なことに、それを感じる度に、彼は、まだ世界に人間の居場所があると確信できるのだろう。


「ところで」


 少し間が開いた後、ドミニコが何か喋りたい様子を見せた。


「何でも好きなように言ってくれ。誰かに報告したりしないから」


「ああ。そこまでの話じゃないんだ。お願いしたいことがあってね」


「内容次第にはなるけれど、まずどんな話か教えて欲しい」


 私が尋ねたところ、ドミニコの依頼は、少し意外な内容だった。


「この宇宙が存在する意味が解ったら、教えに来て欲しいんだ。俺は、このクリーク場に毎週のように来ているから、ロビーのロボットに伝言を送ってもらえれば分かる」


 私は、なぜ、そのようなことを知りたいのだろうかと思ってしまったが、ドミニコは説明を続けてくれた。


「俺としては、それが分かれば、なぜ、自分たちが毎日戦争ごっこや戦争で戦い続けなければならないかが理解できる気がするんだ。だから、頼むよ」


 彼の申出を快く受け入れると、私は、その場を後にした。


 クリーク場から離れてから、意識内会話の不在メッセージを確認すると、ジェームズは近くにあるカフェバーにいるということだったので、彼と合流した。しかし、私が店に入るなり、ジェームズは、「会計をしてさっさと出ましょう」と不機嫌そうに言った。


 彼が言うには、そのカフェバーはクリーク場帰りの人が多く、自分たちの戦果や、いかに自分たちがやっていることが国防の際に役に立つかなどを話し続けていて、うんざりしていたのだという。


「戦うことにしか生きがいを求められない人たちのことは放っておいて、日常に戻りましょう」


 ジェームズがそう言うので、私たちは、ジェームズの店の方角に向かって歩くことにした。よくよく考えると、店を閉めていたのは問題なかったのかと思ったが、本来、今日は定休日なのだということだったので、せっかくの休みなのにジェームズに悪いことをしたと思ってしまった。


「良いのよ。気にしないで。そういえば、散歩の前に食べた紅茶とクッキーは、後で、食べたものから液体を抜いてもらえれば、また、ちょっと固めのクッキーとして焼き直すわ」


 ジェームズが、例の機人の元科学者の問題発言を踏まえた冗談を言い、私が笑っていると、彼は、「ああ、こんなの久しぶりかもしれないわ。良かったら、また来てね。もちろん、リーヴィズ抜きで」と言ってくれた。


 私は、「そうさせてもらうよ」と言って、私たちは、もっとゆっくりできる店に入り、アフタヌーンティーを楽しむことにした。


 私は、人間ではなくなってしまったが、結局、穏やかに楽しめるのは、こういうお茶の時間や食事の時間だった。


 でも、その時間は有限で、無限ではない。一方で、私の機人としての人生は、投資という枠組みさえ続いてくれれば、無限と言って差し支えないものになっていた。


 しかし、その時間を有限の、しかも、穏やかな時間のピースで埋めるのは難しいのではないか。


 そのように、私は、久々に仕事を離れて、壮大だが空想にまみれた、無責任だが、気楽な会話に身を置いて感じたのだった。


 ただ、私はクリーク場で経験したこと、そして、今までリーヴィズたちと話したことの中で、ジェームズにどうしても話したいことを思いついたので、気楽さから離れて、仕方なく、その話をすることにした。


「こんなゆったりとした雰囲気の中、申し訳ないのだけど、一つだけアンドロイドたちについて話をしてもいいかな」


 私がお願いをすると、ジェームズは、「クリーク場には同行できなかったから、何でも話をして。せめてもの、あたしからのお詫びとして」と言ってくれた。


「ありがとう。話したかったのは、将来、アンドロイドたちは、本当に人間を奴隷化しないのかということなんだ。以前、リーヴィズにこの話をしたときは、アンドロイドたちには自由にさせるから大丈夫だと言って気にしていなかったし、リーヴィズからしてみると、アンドロイドたちの世界になることは、争いになったときに、肉片や血が飛び散って、温かな肉体を復元することが困難な人間の戦争よりはいいと思うということだった。でも、今日、僕はクリーク場で虐殺されるアンドロイドたちを見て、この歴史的な事実とその記憶がアンドロイドたちに引き継がれることで、将来、人間への復讐心を芽生えさせるのではないかと思ったんだ」


 ジェームズは、私の話に耳を傾けてくれると、「それはあるでしょうね。あると思う。だけど、実はあたしも、本心としては、リーヴィズと同じように、アンドロイドたちには自由に思考して欲しいと思っているの。あたしの作った美しい子たちを見たでしょ。彼、彼女たちが人間の命令に従ったり、機人が身体として使ったりするためだけに存在するのではなく、自由に自分の人生を生きて欲しいの。でも、自由で、自分で考えるというのは、人間にとっては危険なこともあるでしょうね。それこそ、あなたが言ってくれたみたいに、人間を奴隷にしたり、クリーク場という負の歴史に関する復讐を考えたりするかもしれない。だけど、それはそうならないように人間たちが努力すべきことだったのかもしれないわ」と、リーヴィズの考えと似た、彼自身の考えを教えてくれた。


 ただ、その考えは、私にとっては、少し人間にとって厳しいもののように感じられた。


 ジェームズは、人間は努力すべきだと言ったが、私たちも人間じゃないか、と喉まで言葉が出かかって、自分たちは機人なのだという考えもあるのだと、改めて私は思った。


 機人は、人間の価値観には基づいているが、有限で儚い生命からの独立と、経済的な独立を果たしているため、まるで貧しい国の王族のように、人々が抱えている問題から自分たちを切り離して考えることもできるのだ。


 それに、私もそんな批判めいたことを考えているくせに、個人投資家として、人間たちが受ける受難のことなど考えずに、ただひたすら、未来を実現させるような企業に投資をし続けてきたのだ。


「あたしが言ったことで、気を悪くした?」


 繊細なジェームズは、私にそんなことまで確認してくれたが、別に私は気を悪くしたわけではなかった。


「そうじゃないんだ。むしろ、自分の考えが浅いと反省していたんだ」


 私はジェームズと話をして、フォールズと一緒に考えた、機人と人間が、パリや京都などの世界遺産の集まりのような街で、その街を守りながら暮らしていくという案の問題点を見過ごしていることに気づいた。


 機人やそこに住み着いたアンドロイドが、人間を隷属化する可能性を見逃していたのだ。たとえば、ローマであれば、奴隷を使う文化が古代にはあったはずだなどと主張してくるアンドロイドもいるかもしれない。


 コロッセオには人間の剣闘士が必要で、それらを猛獣と戦わせるためには、猛獣を舞台に出すための人力のエレベーターが必要だなどというリアリズムである。


 そのため、機人と人間が地球上で共存するためには、他者を隷属化させるのは許してはいけないというルールを絶対的なものとして確立する必要があると、私は感じたのだった。


「そういえば、情報収集をお願いしていた、リーヴィズがフルオーダーの身体を製造しようとしている件だけど、リーヴィズはその存在を認めていたよ。しかも、調査の間に、リーヴィズは、自分で人型ではない形の身体の製造についても認めて、そのことを機族のリーダーにも暴露していた」


 私は、自分がモヤモヤしていたことに区切りをつけたことで、忘れていたことを思い出したのか、以前ジェームズにお願いしていたことについて話をした。すると、彼は、目を丸くして驚き、「そうなの」と言ってから少し考えこんでいた。


「いや、ちょうどあたしも、その件で昔の仲間に問い合わせたけど、知らないか、知っていても教えられないという回答しかなくて困っていたところだったの。まあ、本人が認めるのなら、そういう事業を始めようとしているのは事実でしょうし、フルオーダーのアンドロイドの需要が高まっているからそんなことをするのでしょうから、機人の中で中止の声を挙げる人はいなさそうね。何なら、リーヴィズなりに、目指すものもあるのでしょうし。でも、人型ではないアンドロイドというのはどうなの? タコやイカみたいに手足が多い方が、宇宙開発には有能だとか、そういうことを考えて作っているのかしら」


「いや、人型ではない機体の製造についても、単に需要を取り込んで、プロトタイプを作っている段階みたいだった。でも、その仕事を通してなのか、リーヴィズは、人間はアンドロイドのペット、もしくは、地球に勝手に生きている存在くらいになってもいいという考えを持っているみたいだったね。積極的には虐待しないけど、積極的にも守らないというか」


「まあ、彼らしいわ。彼は、アンドロイドと宇宙と未来の専門家だから、人間なんていう過去の遺物は専門外なのよね、結局」


 ジェームズは、そう言って新しいお菓子に手を伸ばすと、その間に、意識内時計を見て時間が結構経ったことに気づいたのか食べるのをやめ、私の方を見た。


「そうそう。ミシェルに会いに行くのなら、さっきリーヴィズが買い取った身体と同じものを用意してもらう依頼を早めにしないとね。私の方で、あなたが今回使ったのと同じ型番とサブタイプのアンドロイドを探しておくわ。それなら見た目は、そこまで変わらないでしょうから。あとは、ミシェルがいるところの協力店に、私の作った愛機の画像と、表面の3Dコピーを送っておけば、そっちで、顔立ちの細かい部分だけでなく、服装なんかもイメージ通りに調整してくれると思うわ」


 私は、ジェームズにお礼を言い、ドアホックが所属しているカリフォルニア大学バークレー校にミシェルはいるらしいことを伝えておいた。


「OK。それはよかったわ。ちょうどあの辺りには、元同僚が、同じようにリーヴィズ社を辞めて、規模の大きいリース店を開いているから、何でも揃うわよ」


 妙な流れで味方になったジェームズに、私は心の底から謝意を示した後、自身の軋む身体の待つ日本へと、まずは帰ったのだった。

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