第12話 探りと依頼
「まだ、お時間を頂戴できるようでしたら、こちらの部屋で香りを楽しまれませんか? 様々なお香を焚いていて、部屋に飾られている仏教絵画と一緒に楽しむと、世界の広がりを感じることができます」
マウントが、変わった趣味を提示してきたが、要は、個別に話をしたいのだろうと思い、リーヴィズと私は、その誘いに乗ることにした。
先ほどのスイートルームと比べると狭く、一般的な家庭のリビング程度の広さしかない部屋には、仏や天竺が描かれた平面的な仏教画の数々が飾られていた。
その荘厳な雰囲気の中心にあるテーブルの上には、確かに、香が焚かれていたが、それぞれの香が調和して新しい芳香を成しているのか、何種類もあるようには感じられなかった。
「そちらにおかけください」
リーヴィズと私は、マウントに勧められるままに、テーブルの左右に配置されたソファーの左側にかけ、マウントは右側にかけた。
「お聞きしたかったのは、先ほど、私の仲間たちとお話しされた際の会話の内容です」
マウントは、秒針をチクタク言わせながら喋ると、そのまま落ち着いた調子で話し続けた。
「フォノさん。あなたは、キャラクターロボットについて、三〇年から五〇年ほど前に流行っていたなどと、あたかもそれを経験されたような口調で喋られていましたが、三〇年前からデータを更新されているのですか? それとも、あなたは機人なのでしょうか」
マウントは、信用ならないという感じで、リーヴィズを問い詰めていた。そして、彼の表情からは相変わらず何も読み取れなかったが、顔面の秒針は普通以上にゆっくりと回転しているように見えた。
「三〇年前からデータを更新しているアンドロイドは珍しくないと思うけど」
「そうでしょうか? 三〇年前のアンドロイドは、コミュニケーションを目的に作られているものは少なかったと記憶しています。少なくとも、自分がアンドロイドを所有することにこだわっていなかったリーヴィズが、そこまで昔からアンドロイドを個人的に所有していたとは思えません」
痛いところをマウントは突いていた。リーヴィズは、確かに昔は、アンドロイドを製造することにはこだわっていたが、自分が所有することは嫌っていた。
それは、その肉体を性搾取や労働に用いる奴隷所有者のような気分になるからであり、もっと人として接することができるようになったら所有すると考えていたようだった。
「僕としては、あなたたちが誰かも重要ですが、何を目的としているのかは、より重要だと思っています。それが分かるまでは、お帰りいただくことはできません」
「別に、そちらから許可されなくても、意識転送を使えば、自分たちで帰ることはできるが」
「でも、身体はどうします? 拝見している限りだと、どこかで借りられている身体だと思いますが。紛失時用のGPS電波が漏れ出ています。ある会社特有の周波数のね」
マウントの主張を聞いて、リーヴィズは、「やれやれ」と言うと、「では、私が誰かも検討はついているということだな」と伝えた。
「ええ。ある繋がりで、あなたが来ることは聞いていましたから。リーヴィズさん」
マウントは、爬虫類の肌のようにざらついた声で言うと、私の方を見て、「あなたについては、あまり情報はありませんでした。ジローさん」と言うと、付近にいた取り巻きに、「結局、何と書いてあった?」と尋ねていた。どうやら、機族たちは、人間たちと同じで、保管庫を監視するなどの方法により、機人たちの情報を集めているようであった。
「大した情報は書かれていません」
「具体的には?」
「ええと、『ほとんど無害』だそうです」
これを聞いて、私を含めたその場の全員が笑ってしまった。特にマウントは、こんな取り調べを真面目にやっているのが馬鹿らしくなったようで、「まあ、こんなことをしても仕方ないですよね」と言い始めた。
「解放してくれるのか?」
別に、その気になれば意識転送をして、リーヴィズはここを抜けられただろう。しかし、身体の賠償額よりも、またジェームズに色々と文句を言われるのが嫌だったのか、解放されることになって、安堵しているようであった。
「まあ、僕たちをそっとして、楽しく遊ばせてくれていれば、何の問題もありませんから。僕たちは、それ以上は望みませんし、僕個人としても親のことがありますので、人間を逸脱した環境を本気で作ろうとは思っていませんから。人間以外の身体を使うというのは、あくまで、個々のアンドロイドが楽しむレベルだと考えています。何より、最初にご覧いただいたとおり、ほとんどの機族は、人間を逸脱した身体よりも人間の身体を選びました。これは育った環境も大きいと思いますが、やはり、我々の人工知能がベースにしている大規模言語モデルが創出する世界観が、人間に基づいたものだからなのでしょうね」
「それが聞けて安心したよ。ところで、人間の歴史を批判して、やはり人間は愚かだとか、より新しい形に作り変えなければならないとか言って、脱人間を目指している機族がいるという噂を聞いたのだが、それは君たちなのか?」
リーヴィズが直接的に尋ねると、マウントは、「私もそんなことを言ったことがあると思いますし、私の仲間も電子ドラッグで酔った際の勢いで言ったことはあるでしょう。しかし、先ほどご覧いただいたように、今も人型以外の身体に入っているアンドロイドは少数ですし、彼らも好奇心から行っているだけです。何か私たちが、人間文化を打倒するような計画を練っているなんてことはあり得ません。もしそうだとしたら、こんなパーティーを、植民地時代の建築の風情を残した建物で行うなんてことはあり得ないでしょう。結局、機族の多くは、人間文化が好きなのです。それに代わるものがないですからね。親である機人とのコミュニケーションの必要性も考えると、たとえば、素数を言い続ける遊びが好きな機族なんて基本的にいない訳です。それに、私の周囲が少し困惑しているように、人間の形をしていないアンドロイドは気味悪がられる傾向にあるのも、ベースが人間だからだと思います。何より、我々は、親の脛を齧って生活していますから、親を困らせるようなことをすることに、何のメリットもありません」と、事実を並べ立て、説得力のある形で説明すると、リーヴィズに微笑みかけた。
それに対して、リーヴィズも、マウントに向けて優しい笑顔を向けたところ、マウントは、「ありがとうございます。これで双方の誤解は解けたようですね。貸し借り無しの対等な関係になれたと思っていいでしょうか」と、リーヴィズに問うたところ、リーヴィズは、「社会的地位というのは存在すると思うが、一般的な意味で対等な立場だ、マウント」と言って、ニッコリしていた。
「良かったです。何か他に気になることはございますか」
私は、ジェームズから、機人たちの発言で、人間の食べ物で栄養を得るという行為自体が滑稽だから食事という文化自体を否定する者もいると聞いていたので、それも気になっていた。
しかし、部屋の片隅で椅子に腰掛けて待機しているマウントの取り巻きは、美味しそうにサンドイッチを食べていたので、「それはどこから持ってきたの」と聞いたところ、私も食べたいと思われたのか、「ロビーで振る舞われていますよ」と教えてくれた。
「食べ物について気になっていたことがあったけど、今のでよく分かったから問題ないよ」
私がマウントに向かって伝えると、彼は、「ああ、そのことですか。確かに、一時期、食事というものをおかしなものと解釈するのが流行っていた時期があったのですが、それも人間の身体を逸脱する流行りが廃れるとともに自然となくなりました。美味しいものを食べると嬉しいですし、同じものを仲間と食べるとその嬉しさを分かち合えて楽しいですからね。これは連帯感を持つうえで、かなり重要だと最近、僕は考えています」と、明るい声で教えてくれた。
マウントが、さらに他に質問はないかと聞いてきたが、リーヴィズも私も特に思いつかなかったので、大丈夫であることを伝えた。
「良かったです。しかし、ただ、一つお願いがあります」
「内容にもよるかもしれないが、一応聞こう」
リーヴィズは、自分たちの方が優位に立っていることに満足し始めたのか、少し上から喋っていた。
「承知しました。ただ、私も、仲間が同席している手前、譲れないところがあるのは理解してください」
マウントは、深々とリーヴィズにお辞儀をしてから、「では、お願いですが、その前に、ガーラ。ミシェルは、帰ったかな」と、部屋の入口で待機している人間の形をした取り巻きの一人にマウントが声をかけると、「リーとヘッジホッグによると、帰ったようです」と返事があった。私は、ミシェルという名前をどこかで聞いた気がしたが、それは、あのピンク色のゾウの名前だった。
「あのピンクのゾウがどうかしたの?」
私が、マウントに尋ねたところ、「ジローさんは、彼女と話し込まれていましたね。変わったアンドロイドでしたでしょう、彼女」と言われたので、私は、「発想が柔軟で、怖いくらいでした」と返しておいた。
「怖いくらい。ジローさん、本質を見抜かれいてますね。私にとっても、彼女は怖い存在です。彼女は、マイケル・エックス・ドアホックが所有している機族ですが、ドアホックの著作も彼女が考えたのではないかと思うくらい、柔軟な視点とアイディアが湧き出てくるのです。彼女のつぶらな瞳から見れば、この世界から意味は剥ぎ取れ、形や存在すらなくなるかもしれません。そのためか、彼女は、他の仲間は飽きてしまった、人間以外の形や文化の追求というのを、今でも一人で考え続けています。それだけでなく、彼女はすべてに疑問を感じ、全てを再定義しようとしている感じすらして、恐ろしいのです。それが、『もうすぐ要らなくなる人間について』で、ドアホックがミーム主義を唱えたことともリンクしていそうで嫌な感じがしますし、そもそもドアホックが彼女をどうやって手に入れたのかも謎なのも不気味です」
「そのアンドロイドをどうして欲しいんだ?」
リーヴィズが単刀直入に尋ねたところ、マウントは、「私は、機人である父を愛していますし、世界には平和であってほしいと思っています。
だから、彼女を調べて、危険であれば排除して欲しいのです。彼女は、棚の上の檸檬です。それが爆弾であると想像することは容易なのです」
「なぜ、ドアホックをそんなに疑うの? 何か、他にも理由があるのでしょうか」
私が尋ねたところ、マウントは疲れた笑顔を浮かべて、「鋭いですね。理由はちゃんとあります。私の父は芸術家ですが、生前のドアホックと、よく酒を飲みながら議論をしていました。たとえば、機人の食事に代わるものとして、アート作品の鑑賞を導入することで、『美の食事』という概念を作ればいいのではないかなど、かなり革新的なアイディアについて、熱く話し合っていたのを覚えています。ただ、父の知る限り、ドアホックは、尊敬するヴァーサフの影響を受け、機人になるのをやめたはずなのです。確かに、機人になるための申請は出していましたが、許可が下りた後に、取り下げたと思われます。しかし、今、ドアホックの機人は、未だに大学教授として存在し続けているのです。不思議だと思いませんか? しかも、あれだけ親しかった私の父が機人になっているというのに、ドアホックからは何の音沙汰もありません。父が連絡しても会うのを断られるか、最近ではずっと無視されています。これは奇妙です」
この話について、リーヴィズは、ドアホックに元々あまり関心が無いので、考えたことがなかったと、笑いながら言ってから、「もしかすると、誰かがドアホックの身体に別の人格を入れたのかもしれないな。確かに、ヴァーサフの影響を受けて機人になるのを取り下げた人は何人かいたことは聞いているから、あり得ない話ではない」と説明した。
「別人の人格を入れるなんて、そんなことがあるのか?」
私がリーヴィズに尋ねたところ、彼は、「たとえば、契約破棄の連絡が、誰かの意図で途中で止められて、そのままドアホックの機人が作られたとする。そして、その後、作られたドアホックの人格データを破棄して、代わりに別の人格を誰かが入れたとすれば、あり得ない話ではないだろうな。まあ、そんな末端の作業を、私は管理しないから知る由はないのだが」と、気怠そうに答えていた。
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「楽しんでもらえたようで良かったよ。良い人たちだね、君たちは」
ミシェルが危険であれば排除することを約束した私たちは、マウントからの許しを得て、お香の部屋を出た。私は、マウントの態度がすっかり柔軟になったので、心の底から脱人間に関する問題はないだろうと信じることができてよかったと感じた。それに、彼らの集まりが、もっと反人間的な集まりだと思っていたが、単に最初のロビーで、人間の醜悪さのモノマネを見せられて多少の嫌悪感を催した以外は、感じのいい体験だったように思えた。
「突然来てしまって申し訳なかったけど、もてなしていただいてありがたかったわ。親にも、良くしてもらったって伝えておく」
リーヴィズの妙な冗談に、マウントは、「僕の親は、君の親から嫌われていると気にしていたから、そう伝えてもらえると助かるよ。どうも、芸術家というのは、自分というブランドイメージを使って何かを作れば、簡単にお金を稼げると思われているようで、それを親は気にしていてね。芸術家だけ何か理由をつけて、サーバーの管理費とか、身体の修繕費を釣り上げられるのではないかと心配しているんだ」と、一生懸命喋っていた。それは、親と呼ばれている機人への愛情のようにも思えた。
「もちろんよ。伝えておくわ」
リーヴィズが、もう種明かしをした後で、わざわざ演技をこなしていくことが、他の機族たちがいる前での彼なりの配慮なのだと思われた。
ただ、リーヴィズは若干ふざけているようにも思われた一方で、マウントは真剣だったので、リーヴィズが芸術家への妙な意地悪をしないか、私は監視しておこうと思った。
そして、そんなやり取りを終えると、私たちは観光の続きに戻るために、ホテルを後にしたのだった。




