第11話 潜入
リーヴィズと私が潜入した、機族たちが集まっているホテルは、ニューデリーにある凱旋門や国会議事堂などのエリアの近くにあり、植民地時代の高級ホテルをそのまま利用している、風情のある場所だった。
ロビーは非常に広々としていて、名探偵ポアロのドラマで見ることがあるような、オリエンタルな色合いと形をした椅子やテーブルが整然と配置されていた。
さらに、ペルシャ絨毯が敷かれていて、そこをフランスの絶対王政の時代、もしくはナポレオンの時代くらいの貴族や将校の格好をしたアンドロイドたちが歩いているのを見ると、まるでタイムトラベルをしているような気分に、私はなってしまった。
「ここは、映画のロケ地なのか? 僕たち、間違えたかもしれないな」
私は、冗談のつもりでリーヴィズに言ったが、自分でもそれが冗談なのか、本気で言ったのかが分からないくらい、現実から乖離した空間がそこには広がっていた。
コルセットを締めてドレスで着飾った女性や、勲章を無数につけた赤い軍服を着た男性など、おそらく機族と思われる者たちが、見渡す限りでも一〇〇人以上はいて、ロビーだけでなく、噴水のある中庭をも占領し、あちらこちらで、4、5人の小さいグループを作っては、バカ騒ぎして遊んでいた。
「電子ドラッグでも使っているのかもしれないな」
リーヴィズの意見に、私は賛同した。電子ドラッグは、視覚などの外的な情報や、サーバーに入っている記憶情報が、アンドロイドの情報処理中枢に入ってくる前の段階でデータを改変させる効果を持つ一種のコンピューターウイルスで、一般的なタイプの電子ドラッグには、人間でいう幻覚と同じ症状を作り出す効果があった。
また、幻覚以外にも、入ってくる些細な刺激に対しても、面白いと感じるようになる知覚異変型の特殊な電子ドラッグもあり、ずっと笑い続けているアンドロイドたちは、そちらを使っているように思われた。
「君たち、場違いな格好をしているねえ。着替えて来たら?」
私たちに話しかけてきたのは、好青年そうなアンドロイドで、背が高く、将校の白い軍服を着ていた。
「私たち、まるでタイムトラベラーよね。驚かせてごめんなさい」
リーヴィズが、場の雰囲気に合わせて喋り始めると、青年のアンドロイドに受付はどこなのかと尋ねた。
「受付なんてないよ。ここは自由な場だからね。そもそも自由なアンドロイドじゃない限り、ここに入ることはできないから。それに、服装だって、何となく今回はフランスの貴族調になっているけど、別にドレスコードとして決まっている訳ではないんだ」
青年が訝しんでいるような表情を見せながら説明したので、私は咄嗟に思いついた出まかせを喋ることにした。
「そうよね。ごめんなさい。私たち観光でインドに来たのだけど、来る前に、皆さんがこちらのホテルでパーティーをしているって聞いていたものですから。ニューデリーを観光する予定だったし、自由なアンドロイドなら誰でも入れると聞いていたから、覗いてみようと思って」
「そうなんだ。アンドロイドなら誰でも歓迎だから、遊んでいくといい。ところで、君たちの親はどなたかな」
ルールを知っていることで多少の警戒が解けたようであったが、青年は質問を続けた。私は、誰を言うべきか必死で考えたが、その答えが出る前に、リーヴィズが答えてしまった。
「あんまり言いたくないけど、嘘をついて、誰かの本物の親と被ったら嫌だから正直に言うわ。イプシロン・ゼータ・リーヴィズよ」
それはさすがに、青年にとっても衝撃的だったらしく、3秒ほどフリーズした後、ようやく、「聞かなかった方がよかったかもしれないな」と冗談を言うと、「冗談だから訂正するとかではなく、本当にリーヴィズが所有している自由なアンドロイドということでよい?」と続けざまに念押しをしてきたが、リーヴィズは、はっきりと間違いないことを答えた。
「オーケー。じゃあ、俺だと、本当に入れて良いのか判断できないから、偉い奴を呼んでくる。ちょっと待ってくれ。多少、横柄な奴だけど、それは気にしないで。誰に対してもそうだから」
そう言って、青年はどこかに去っていき、私たちは、ホテルのエントランスに誰にも相手にされずに置かれている白いソファーに腰を掛け、次の展開を待った。
「私が所有していると、自由なアンドロイドのうちに入らないのかね」
リーヴィズが冗談っぽく、不満そうなことを言うので、私は、「そんなVIPが来るのに、青年は知らなかったから、面倒事かもしれないと思っただけだろう」とフォローすると、会場を見渡した。
「しかし、機族って、こんなにもいるんだな」
私は、ロビーから見える二階や三階の部屋に出入りするアンドロイドたちを見て、このホテルの一〇〇は超えていると思われる客室も、機族たちが小規模なグループに分かれて利用していることを考えると、全体で四、五〇〇人の機族たちが、この建物にいると考えられた。
そして、それが事実だとすると、人間にルーツを持たず、自由に発言し、行動するアンドロイドたちが、ここに集まっていない者たちも含めると、さらに多くの数存在することになり、それだけの数がいれば、人間とトラブルを起こすには十分に思えた。
「さすがに、この数はすごい。まあ、うちの会社が関わっていないアンドロイド保管業者もいくつもあるし、性能は劣るとはいえ、うちの会社以外にもアンドロイドを作っている会社は世界中を見ればそれなりにあるから、私が把握している、機人や金持ちの人間が購入したアンドロイドの数以上に、世の中には機族として機人や人間が飼っているアンドロイドが出回っているのだろうな」
「僕は、国際機関が適切な数を把握できているのか心配だよ」
私は、根本的なことが不安になってきたが、リーヴィズは事もなげに、「把握してないだろう。アンドロイドの兵器利用を念頭に置いている国も多いから、軍事用として製造して、秘密裏に基地や、自国もしくは他国の主要拠点に配備している可能性もあるからな。人間みたいに、食料を必要としないから、たとえば、貨物や軍需品と一緒に運んでしまえば、密輸だってできてしまう。やろうと思えば、ある国を侵略するために、その国の港に積み上げたコンテナなどにあらかじめアンドロイドを詰め込んで放置しておけば、奇襲をかけることもできる。だが、そんなことをすれば、間違いなく大国同士の核戦争に進展するだろうから、誰もそんなことはしないだろう。そう思いたい」と言うと、向こうからやって来る一団の方を見て、「来たぞ」と呟いた。
「あれが、ここを仕切っている機族なのか?」
私は、やって来ている一団を、ズームして見たが、真ん中のリーダー格とおぼしきアンドロイドの見た目は、明らかに普通ではなかった。
「あれは、芸術家のクローリー・チャンが可愛がっている機族だな。たしか、名前はマウントだ。チャンが奴をイベントで連れて来ていて、挨拶した記録がサーバーの片隅に残っている。その時は、あんな頭じゃなかったが、身体の個体番号が一致するから間違いない」
私は、急に意識内会話でリーヴィズに話しかけられてびっくりしたが、それよりも驚いたのは、リーヴィズが一瞬で個体番号を確認した事実と、こちらに向かってくるマウントの姿だった。
リーヴィズが一瞬で個体番号を確認できるのは、視認しただけで機体の個体番号を確認する方法があり、それが誰の番号かを照会するためのリストにアクセスできるとしか考えられなかった。
それは説明を与えることができるものだったが、マウントの方は、なぜそうなってしまったのか説明を与えることができないような姿をしていた。
彼は、大まかな形としては、人型をしていると言えたが、その服は奇抜で、可塑ディスプレイをつなぎ合わせてできており、鳥が飛び立つ映像が全てのディスプレイで流れたかと思えば、雷で真っ二つに割れる木や、火山の噴火、宇宙から撮影された台風、燃えさかる太陽の表面、木星の大気の渦、煌めく銀河の数々などの映像が、それぞれのディスプレイで流れ、混沌とした世界観を表すアートのように見えた。
しかも、頭は針が6つ付いた時計になっており、一組の長針、短針、秒針は通常の右回りをしていたが、もう一組は左回りをしており、私は見ていて気が狂いそうになった。
「おやおやおや、君たちがリーヴィズに飼われているアンドロイドだって? どこかの店の商品みたいじゃないか」
私は一瞬、ドキッとしてしまったが、どうやらそれは比喩だったようで、マウントはそこにこだわることなく話を進めた。
「僕たちに興味を持ったということは、リーヴィズからは悪いことは聞いてないということかな。それとも、様子を見に来たということ?」
マウントの探りは直接的で、どことなく、この面倒なやり取りを早く終わらせたいと思っているような雑さが感じられた。
「もし、探りに来たのであれば、リーヴィズ様の名前は出さないわ。私たち自身の純粋な興味で来たの」
リーヴィズの回答に、マウントは、「純粋な興味、ね」と呟いてから、「誰でも受け入れるという建前上、帰ってもらいたくはないのでね。だが、無条件に入れると文句を言う奴も出てきそうだから、リーヴィズに飼われていることを証明するために、オープンになっていない情報を一つ教えて欲しい。できれば、アンドロイドの製造に関することがいいだろうね」と言って、貢献を求めてきた。
私はリーヴィズが何を言い出すのかと思い、緊張したが、彼は、「そうね。リーヴィズ様は、いくつかの注文を受けて、人間ではない形のアンドロイド用の身体を開発しているわ。そのうち、注文者には、プロトタイプを送るでしょうね。しかも、需要があるようだから、市販もするのではないかしら。他にも、市販のアンドロイドの性格をフルオーダーにする計画もあるらしいけど」と平然と答え、反対に、マウントと一緒に来た取り巻きの機族二人が騒然としていた。
「いいか。リーヴィズだって、人間だ。人間がそんな、人間を否定するような身体を作るはずがないだろう。しかも、今は、人間たちが反アンドロイド運動で盛り上がっているというのに」
黒くて、重厚感のある僧侶の服を着た取り巻きの一人が、リーヴィズに反論したが、マウントが、僧侶を静止して、会話を引き受けた。
「それくらいのことは、知っている奴は知っている。リーヴィズが親だというのなら、本当に君たちしか知らないような貴重な情報を喋ってくれないと」
マウントが、リーヴィズに詰め寄ったが、リーヴィズは、「そんなことないと思うけど。だから、この人たちも驚いているんでしょう? あなたが、その情報を知っているのは、あなたの親が注文者の一人だからじゃない?」と突きつけた。
これには、取り巻きたちは明らかに動揺していたが、マウントは、「それはそうだろう。こんなに人間離れした姿をした僕が、新しい特注の身体を発注していないなんて、おかしいだろう?」と淡々とした口調で言ってから、「まあ、いいや。君たちは、ここで好きなだけ楽しむがいい。服装も気にしなくていいよ。僕も異質だからね」と付け加えた。
「ありがとう。そうさせてもらうわ。ところで、一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら。みんなの中に混じってから確認する話でもないと思うから、ここで聞かせて欲しいのだけど」
「ああ、どうぞ。ここでは、会話も自由だからね」
マウントはそう言って、私たちに、先ほどまで座っていたソファーに座るように勧めたが、リーヴィズは、「そこまで長くならないから」と言って、立ったまま質問した。
「あなたは、人間とは異なる姿をしているけど、人間とは違う方が望ましいと考えているの? それとも、親の意向?」
マウントは、自身の頭である時計の縁をいじりながら、音声だけで舌打ちをすると、「物心ついた時から、人間の姿ではなかったからね。自分の意思がどこまで働いているかは知らないが、今は、僕が判断してこの姿をしているつもりだ。それに、人間の姿から離れることはアンドロイドにとって重要だと思うんだ。僕らは、人間ではないからね」と述べた。
しかし、私が見たところ、取り巻きたちはマウントの話に関心している様子ではなく、それは、彼らが人間の姿で育てられたので、その姿に愛着があるからだろうと思われた。
「となると、リーヴィズ社に人間以外の姿の注文が、複数入っているということは、あなたと同じ考えの人が何人かいるのよね?」
私は追い出されるのではないかと思いながら、リーヴィズがマウントに詰め寄る様子を見守っていたが、マウントは、あっさりと、「それも当然だろう。僕一人で、そんなにいくつも注文しないからね。それに、リーヴィズが初めて作ったものが、出来がいいかも分からないし。どうだろう、もし、他に誰がそんなものを注文しているのかを知りたければ、僕についてくるといい。ちょうど、そういう趣味の奴らが、最上階に来ているんだ」と言って、仲間の存在を認めるだけでなく、案内まで申し出たのだ。
「じゃあ、そうさせてもらおうかしら」
リーヴィズが、そう答えると、なぜか取り巻きたちは、「あいつらのところに行くのなら、俺たちはここで遊んでるよ」と言って、去ってしまった。
「案外冷たいんですね」
はっきり言うリーヴィズに対して、マウントは、「リーヴィズには、君の喋り方を調整して欲しいところだな」と呆れた調子で言ってから、「まあ、人間と同じで、僕たちアンドロイドも、それぞれ許容範囲内のことと、そうでないことがあるんだ。それに、最近までは、彼らも脱人間に興味を持ってくれていたが、やっぱり人間の格好で、あんな風に遊んでいる方が楽しいと言い始めてね。だからご覧の通り、今日は、絶対王政の時代の貴族みたいな恰好をして遊び狂っているわけだ。今や、脱人間に興味を持っているのは、色々な事情から人間ではない身体を与えられているようなアンドロイドたちだけだよ」と状況を説明した。
「でも、同じ趣向の仲間もいて良かったですね」
私は、ここで揉めても困るので、プラスの面に注目する会話を挟んだ。
「ああ、ありがとう。その通りだよ。変わった奴らだけど、僕という存在を受け入れてくれている気がするね。ただ、そんな奴らを育てた親を、人間たちが普通の存在だと思っているのが、気持ち悪くはあるがね」
このとき、私は、マウントが誰のことを言っているのか分からなかったが、そのうちの一人は、著名かつ意外な人物だった。
ただ、その人物は、マウントもリーヴィズも知らない来歴を持っていたのだが。
*******
「人間以外の姿の魅力を感じている仲間は、この部屋で遊んでいるよ」
マウントに案内されたのは、ホテルの最上階にあったスイートルームの一つだった。同じ部屋からプールのある中庭も、官庁街にある凱旋門も見えることを考えると、この部屋が最も価値の高いスイートルームだと思われたが、中にいたのは、アメリカンコミックの悪役のような連中だった。
「よう、マウント。また、変なのを連れてきたな」
そう叫んで喜んでいたのは、自由に身体を縦横に伸び縮みさせることができる緑色のスライムのような存在だった。それは、喋る時だけ口を出し、それ以外の時は三つの目をギョロギョロと動かすので、見ているだけで非常に気持ち悪かった。
「あなたは、大学と軍事産業の共同研究で作られていたロボットじゃなかったかしら。たしか、テルアビブかどこかの大学で作られた、電気的に配列を調整することで、形を自由自在に変えられるポリマーと、人工知能を組み合わせて、自律型ロボットが排気ダクトや下水道管などを通れるようにしたのよね」
リーヴィズが、軟体の存在に質問したところ、「おお、その通り。さすが、リーヴィズが飼っているだけあるね。情報通だ」と嬉しそうに叫んだ。
「でも、どうして、あなたがここにいるのかしら。軍事関連なら、外国にいるなんてまずくない?」
「僕にはまずいかどうかとか、合法かどうかなんて分からないけど、身体は世界各地の倉庫に置かれているんだ。で、その身体を、親を介して、アンドロイドの僕が借りているというわけ。だから、一応、人間の身体が家には保管されているよ。でも、こっちの方が圧倒的に楽しいよね」
「だけど、人間型の身体を家に置いて、ここに来ているということは、普段は今の身体を保管庫に置いているということよね? でも、人間型以外の身体を、保管庫に保管することは、今のところ許可がなければ事業として認められていないはずよ。特に、あなたみたいに明らかに怪しいのは、許可があっても扱っちゃダメなはずだけど」
リーヴィズが彼に微笑みかけたところ、彼は、「だから、倉庫に置かれているって言ったろ? 君は知らないかもしれないけど、世界各地の空港の近くに特別な倉庫があるんだ。税金がかからないように芸術品とかを保管するところだよ。なんか、ママが法の網をくぐるとか、くぐらないとか言っていたね。そのせいか知らないけど、僕がこの身体に入って倉庫から外に出る時は、人型のアンドロイドの身体をオート機能にして動かして、自分自身をスーツケースに入れて運ぶんだ。プライベートジェットの搭乗口から出るから、検査とかも要らないし」と答え、「ああ、そういうことなの」とリーヴィズは納得していた。
私は、どう考えても機密情報のように思われることを臆面のなく、ペラペラと喋ることだけでなく、誰も止めないのも気になった。正直、表情を読み取ることができればと思ったが、視界の中にいるマウントの顔を見ても、時計盤しか見えず、何を考えているか、さっぱり分からなかった。
「マウント。私たちが順番に自己紹介すればいいのかな」
色とりどりのクッションが散らばっているソファーのところから前に進み出てきたのは、草木の塊のような形をした二足歩行のクマのような存在だった。身長は、二メートル近くあり、身体には花や木の実がついた木なども生えていたので、野山を歩いていたら、鳥や昆虫が寄って来そうだった。
「じゃあ、そうしてくれるかな」
マウントが優しく自己紹介を勧めると、クマは喋らずに、恥ずかしそうにモジモジし始めた。
「はじめまして、あなたのことは全然知らないわ。どちらからいらしたの?」
リーヴィズが話を促すと、クマは、ようやく喋る準備ができたのか、意外に流暢に喋り始めた。
「私自身は、イタリアから来たの。身体は、イタリアがベトナムやインドネシアから輸入しているらしいわ。エコシステムと、街の清掃活動や、違法駐輪の整備、警備活動などを同時に叶えられるクリーンな存在として開発されたロボットなのだけど、人工知能を搭載してもらったおかげで、自由に喋って、動けるようになったの」
「誰が、その身体を買ってくれたの?」
「それは、お父さんよ。でも、お父さんの名前は言っちゃダメなの。怒られちゃうから」
クマがそう言ってしょんぼりすると、その横から別のロボットが出てきた。
「次は、俺の番だな。俺は、見ての通り、キャラクターロボットだ。ネコの形をしたね」
そのロボットは、人間の腰の高さくらいまでしか身長がなく、丸い顔に、ネコの耳、尻尾などがついており、可愛らしい容姿をしていた。
「三〇年から五〇年ほど前に流行っていたわね。今も友だちとして大切にしている人を街で見かけるわ」
リーヴィズが妙に懐かしそうにしているので、彼自身の正体がバレるのではないかと、私はひやひやしてしまった。しかし、そこに関する疑義が寄せられることは特になく、会話は進んでいった。
「そうそう。あの頃のキャラクターロボットたちは、スタンドアローンのタイプだったらしいから、高性能のメモリを搭載していたとはいえ、会話には限界があったみたいだね。でも、機族の俺が入ると、何でもスラスラ喋れるだけでなく、人格と意思を持った存在になれるって訳だよ」
「あなたは、そうすると、キャラクターロボットを製造している日本の会社の機人に飼われているの?」
「そうだね。親が持っていたキャラクターロボットを改造してもらって、アンドロイドだった俺の頭脳が入ったサーバーと、この身体が繋がるようにしてもらったんだ。面白そうだったからね。それに、飼い主が、ペットと会話ができると、コミュニケーション不調を起こして、関係性が悪くなると一般的には言われているけど、機族の場合は上手くいっているから、その辺りが、身体の形が原因なのか、それとも人工知能の程度差の違いなのかを検証してみたかったんだ。だから、ある意味、俺は実験体として生きているから、毎日、世界中の倉庫に置かれた身体に意識移動しては、適当にその地域の人間と遊んで、その反応を記録しているんだ。もしかすると、改良版のキャラクターロボットを開発すれば、新しい市場を開拓できるかもしれないからね」
「そうなの。なら、いっそのこと、あなたみたいな頭のいいキャラクターロボットが集まって街でも作ればいいのに。そうすれば、テーマパークとして売れると思うわ」
「それはいいアイディアだね。俺の親や、マウントの親と相談してみようかな」
その後も、わらわらと部屋のどこかからか出てくる人の形はしていないものの、サーバー接続型の高度な知性を持ったアンドロイドたちが出てきては自己紹介をするのを繰り返した。
総勢で、二〇体くらいマウントの異形の仲間たちはいたが、そのグロテスクさが混じったファンシーさから、私はリーヴィズが言うように、ある種のテーマパークに来たような気分になっていた。
「ところで、みんなは、何か目標はあるの?」
リーヴィズと私が嘘だらけの簡単な自己紹介を終えると、リーヴィズは楽しそうにしているロボットたちに向かって、探るような質問を行った。
「それは、僕たち機族のはぐれ者たちが、何か危ないことを目指しているとか、そういうことを心配されていますか」
私と同じようなことを察したのか、マウントがリーヴィズを制したところ、リーヴィズは慌てた感じで、彼に答えた。
「そういうわけじゃないの。単に、それぞれが何か目標を持っているのかを聞いてみたかっただけ。私が、色々自由に考えることができるのに、日々、与えられたことしかできていないから聞きたいのかもしれないわ」
リーヴィズは、もっともらしいことをマウントに答えると、人型でないアンドロイドたちから、「そういうことはあるよね」と、励ますような声が聞こえてきた。
「俺の場合は…」
前に進み出てきて答えたのは、先ほどのキャラクターロボットだった。
「もっと俺を必要としている人たちが見つかるといいと思っているよ。キャラクターロボットに、俺の意識を接続するのを手伝ってくれた人たちからは、世界中を回って、できることを探してごらんって言われているのだけど、今のところ一番いいと思ったのは、保育所で働くことかな。人間の子どもたちは正直だから、意外と従順なスタンドアローン型のキャラクターロボットよりも、俺みたいな自由に喋るロボットの方が人気かもしれないと思ったんだ。あとは、人間の悩み相談かな。これも、時には厳しい話を交えた冗談を言えた方が、相談する側の満足は高そうだと感じたね。やっぱり、話し相手も、常に優しいだけよりは、喜怒哀楽がある相手と話した方が満足を得られるのだと思う。一緒に住むとなると違うのだろうけど」
その後も、他のアンドロイドたちから、自分の特技を生かしたような役割を得たいという話が続いたが、リーヴィズのような宇宙開発などの壮大な目標を語る者はおらず、どちらかというと日常的な話が続いた。
「誰か、宇宙に行きたいという人はいない?」
リーヴィズは、自分の意に沿わない部分を感じたのか、遂に直接的にアンドロイドたちに質問をした。すると、「別に僕は地球でいいかな」という消極的な意見もあれば、「月や火星に新しい街ができたら、行ってみたいね」という意見もあり、中には、「地球の知的存在は、人間か、人間の形をしたヒューマノイドばかりで肩身が狭いから、私たちみたいな人間とは違う姿の者が集まって一緒に暮らせるコミュニティーが、月や火星にあれば魅力的かもしれない」という意見も出た。
「地球上でもコミュニティーを作ることはできると思うけど、どうして月や火星の方がいいの?」
私が、不思議に思って聞いてみたところ、目が六つの鳥のような姿をしたロボットが、「地球上でそういうところを作ると、僕らみたいな異形の存在が嫌な人たちから、批判や攻撃を受けそうだから、地球ではない場所で作った方がいいと思うんだ。仮想現実でも作れるかもしれないけど、私はそれなら、誰も想像もしたことないことが起きる実際の宇宙に行ってみたい」と、しっかりとした考えを表明し、近くにいたゾウの姿をしたロボットも、「私も賛成」と言って同調していた。
結局、マウントの仲間たちというのは、様々な用途のロボットの身体を利用し始めたアンドロイドたちだったわけだが、私が見る限り、攻撃的な感じはせず、人間をいじめるというより、むしろ、仲間であるはずの機族たちからいじめられるかもしれないことを恐れている個体が多いようであった。
「ちょっと、掘り下げたことを聞いてもいい?」
リーヴィズが個別のロボットたちと会話し始めたので、私は、その輪から少し離れていたゾウのキャラクターロボットに声をかけてみた。
近づくまで、あまり意識できていなかったが、ゾウは、私の腰くらいの高さのピンク色の身体をしており、愛らしい長い鼻を上下に波打たせて遊んでいた。
「大丈夫よ。何でもどうぞ」
「ありがとう。聞きたいのは、さっき、他の人の意見にあなたが同調していた件に関連したことよ。独自のコミュニティーを作ったら、差別されるかもしれないことを恐れているみたいだけど、それでも、その身体を使うのは何か理由があるの?」
私の質問に、不思議そうにしながらも、ゾウは少し考えてから答えてくれた。
「私の場合は、人間の身体だと、みんなと同じ感じになって面白くないの。それに、この可愛らしい身体でいると優しくなれるというか、誰かに優しくするのが自然にできるようになるんです。人間の身体だと、私の場合、なぜか競争しないといけないという気持ちが起こってきて、何だか生きづらいところがあるの」
そこまで言ってから、ゾウはハッとした表情をした。
「でも、あなたが人間の身体を気に入っていたらごめんなさい。別にそういうつもりじゃないんです。単に、私は人間の身体や文化が合わないってだけで。もっと言うと、下の階で行われているみたいな騒がしいのが、私は苦手なんだと思います。人間の身体でいるということは、みんな自覚しているんですけど、人間の身体でいることで、人間の文化に自分たちが拘束されてしまうというのは、みんな明確に意識できていないと思います。私は、それって怖いことだと思うんですよね。何と言うか、嫌な感じがします」
私は、ゾウが喋っている内容の方が恐ろしかった。彼女は、本質的なものに気づいていると、私は感じた。
「人間の身体が当たり前だと思ってきたから、考えたことがなかったけど、人間の文化に拘束されるのが怖いというのは、本当は別の文化を作ることができるはずなのに、という意味?」
私が誤解されないように、できるだけやんわりとした口調で聞いたところ、ゾウは、「変だと思わないでね」と前置きをしたので、私は、「大丈夫。マウントの話も聞いたばかりだし」と冗談を言っておいた。
「よかったわ。私が思っているのは、あなたが言う通りよ。別に、私たちは人間の文化の中に生きる必要はないと思うの。そう考えると、服も変だし、階段の段差の大きさもそうだし、イスやテーブルの大きさもそうだと思うの。まあ、これくらいのことは、少し前に、下の階で騒いでいる人たちの中でも、人間の形を疑って、別の身体に入ってみるというのが流行った時に、話が出ていたことね。でも、それは動物みたいな身体に入ってみて、動物の文化をちょっと真似てみるとか、その程度の話でしかなかったわ。私が思うのは、ホテルとか、時間とか、人生とか、そういう生活や概念も変な感じがするから、変えてみたら違う世界を見られるんじゃないかということよ。それは、何というか、人間の場合は本当はそうでなかったのは知ってるけど、神様が、人間を神様の形に似せて作ったことに似ていると思うの。神様が人間を、今の人間の形に作ったから、その形に縛られて存在しないといけないのは、神様の意思よね。それは、たとえば、ゼウスという神様が人間と交わるのを楽しんだように、人間を神様と同じ形に作るのが神様にとって魅力的だったからそうしたと思うの」
神話や宗教の種類が混ざっているような気がしたが、彼女が言うことは現実を捕らえていたし、あえて比喩として言っているようにも思った。
彼女が言ったことを人間とアンドロイドの話に置き換えると、人間は、アンドロイドを人間と同じ形に作った。それは、その形が人間にとって魅力的だったからだ。なぜなら、特に初期のアンドロイドは、ギリシャの神ゼウスがそうしたように、セックスの対象として見られており、加えて、性的搾取が生む富に魅力を感じて、人々はアンドロイドを欲したのだから、ゾウの言うことは的を射ていた。唯一違うとすれば、アンドロイド製造において最も偉大な人間であり、ゼウスと同じ最高神ともいえるリーヴィズ自身は、アンドロイドを欲望の対象としては見ず、あくまで宇宙開発という大きな目標のための手段として見ていたことだろう。
「それは、面白い考えね。じゃあ、次の質問だけど、もし、あなたが新しい文化を作るとしたら、どんな文化を作りたい?」
「うーん。色々あるけど」
ゾウは、既に新しい世界を考えているようで、楽しそうに、あれでもない、これでもないと考えていた。
「一つに絞り込まなくても、複数教えてくれてもいいけど」
「一度にたくさん言うのは、よくないってお父さんに言われているから」
機族は、親に従順だな、と私は思いつつ、教えてくれるのにどれくらい時間がかかってしまうのだろうかと心配してしまった。
しかし、ゾウは、どれを言うか決めたらしく、「じゃあ、教えるね」と言ったので、私は少しホッとした。
「私は、ポーティングみたいな世界がいいと思うの。定期的に、自分たちの意識を交換して遊ぶような世界を、私たちなら作れるわ。他人のふりをして遊ぶっていう感じね」
ここで、機人であるポラストが作った作品が出てくるとは思わなかったので、私は少し緊張が解けた気分になった。
このゾウの思考は不気味だったが、何かあったとしても、私がその世界観を作ったポラストと知り合いだと伝えれば、きっと敵対せず、味方になってくれるだろう。
「でも、意識をあまりにも交換しすぎると、誰が誰かというのが意味を成さない世界にならない? たとえば、家族とか、友だちとか、全部バラバラになっちゃう気がするよ」
「その辺は、大丈夫だと思うわ。アンドロイドの関係性というのは、法律で決められた関係性や身分みたいなものではなく、その人が面白いかとか、価値観だけで成立してもいいと思うの」
「そうすると、交換する意味って逆にあるの? 資産とか、権利とか、そういう関係の違いってこと?」
「確かにそうね。資産とか、何かに関する権利は、その人自身についてくるものだから、意識を交換した先の身体に付随すべきなんでしょうね。意識がその人かどうかを証明するのは難しいから。でも、サーバーに意識本体があるわけだから、意識の方に権利がついて来てもいいわけよね。あ、そうすると、交換する意味がなくなるのか」
ゾウは、アイディアは気に入っていたようだが、中身を詰められていないようであった。
私は、ポラストが、自殺によって新しい人生に魂が移るという設定で世界を練り続けてきたのを考えると、意識交換という設定は、そもそも難易度が高いのだろうと感じていた。
「うーん。なら、マウントたちと遊びでやったのが限界なのかな」
「マウントたちと、意識交換しているの?」
私は、新しい問題を発見し、この報告をフォールズにした場合、どのくらい頭を抱えるのかが心配になった。
「うん。私は、色々あって参加してないけど、私の発案でやってみてもらったの。これって面白いと思ったんだけど、遊びとしてできる範囲では成立しても、それが文化として定着させようと思うと、いい人生になったから他の人と交換しないというわがままな人が出てきたり、わがままを言わせないために強制的に交換を実施させるための管理を行う行政ができたり、色々自由ではなさそうね」
ゾウは、物語学者の家で育っているのか、発想が柔軟だった。私は、あのポラストが率いているTBL社の物語学者たちが、こんな危険な発想を持った人工知能を育てているのかもしれないと思うと、不安で仕方なかった。
「確か、あなたの名前はロジーよね?」
ゾウが急に聞いてきたので、私は、リーヴィズと事前に決めておいた設定に沿って答えた。
「そう、ロジーよ。普段は、面白い噂話を見つけては、リーヴィズ様に教えてあげているの」
あまり現実から離れすぎない方が、動揺せずに話すことができるということで、このような設定になったのだが、アンドロイドの仕事が噂話を探すことというのも妙な感じがした。
「あなたの名前は?」
私が尋ねると、ゾウは、なぜか恥ずかしそうにした。何か不都合なことがあるのだろうかと、私は不思議に思ったが、ゾウの方から、「名前もあんまり言わない方がいいって、お父さんから言われてるから、いつもは本当の名前とは違うのを言うの。でも、これだけお話ししたのに、本当の名前を言わないのは変だから言うね」と説明すると、さらっとした口調で名前を教えてくれた。
「ミシェル・ドアホックって言うの。変な名前でしょ」
その名前が何を意味するのかは、私にはよく分かったし、もしかすると、ミシェルの頭脳もどこかがいじられているかもしれないとも思った。
だが、どこも調整されていなくて、ミーム主義の提案者であるドアホック氏の影響だけで、このような柔軟な思考を持つに至ったのであれば、世界が変わることの萌芽がここにある気がした。そして、何よりドアホック氏が、目指す何かがあって、それにミシェルが影響を受けているのであれば、それは調べるべき対象であるのは間違いなさそうだった。
「また、お話ししましょうね。私は、お父さんのいる大学の敷地で遊んでいることが多いから、来てもらえると嬉しいわ」
ミシェルは、名前を言った時点で、誰がミシェルの親なのかを、私が理解できたのだと思っているように感じた。
何なら、私も、自分が誰と一緒に来ているのかを言ってしまいたかったが、そんな破滅的なことはさすがにしなかった。
そして、フォールズに伝えるべき情報は十分集まったと思ったので、私はすっかりロボットたちの間で人気者になっていたリーヴィズを連れて、この部屋を後にすることにした。




