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第10話 機内の格闘

 ジェームズの店から出た私たちは、観光客を装うため、適当に周辺を観光した後、リーヴィズが選んだ高級ホテルに一泊すると、翌日の早朝から無人タクシーに乗ってムンバイの空港に向かった。


 空港は、観光に来た人間の老人たちで混みあっており、中には日本から来たと思われるツアーの一団もいた。大声で話している内容を聞く限り、世界周遊旅行を豪華客船で楽しんでいるようで、船の整備を兼ねた待ち時間で、インド内陸部の観光を楽しむようであった。


「懐かしい感じの光景だな。近い将来、見られなくなるのかと思うと残念だよ」


 リーヴィズは、人間に関する悲観的なコメントを述べた後、飛行機の搭乗時間まで2時間もあるので、その間、ラウンジのVIPルームにある個室で会議に出ると言った。


「それなら僕は、VIPルームの大部屋で、自分の仕事をしているよ」


 機人になって楽になったことの一つに、調べ物をまとめるのは意識内でできるようになったことがある。たとえば、文章を作るにしても、頭で思い浮かべるだけで出来上がっていくし、修正も自分が要らないと感じた部分だけ瞬時に差し替えることも可能なのだ。


 他には、仮想現実で使う3Dの建物を作る場合も、頭の中で設計用のアプリを開いて、それを操作して組み立てていけば完成するらしい。


 私は、人間だった頃とは比べ物にならないくらい頭の中の映像がクリアになっており、情報も正確なものが瞬時に取り出せるようになった。たとえて言うなら、頭の中に、パソコンのディスプレイだけでなく、世界そのものを表示できて、それを自由自在に操作できるような感じだ。


 一人がけのソファーに座ってぼんやりしているように見えて、実は仕事をしている。それは、機人やアンドロイドの仕草として有名だった。


 ただ、私の場合はハッキングを必要以上に恐れてスマートフォンで取引を行うことにしていたので、傍から見ると、ぼんやりしたかと思えば、急にスマートフォンを弄る、せわしない人間にしか見えないだろうと思った。


 私たちは、空港の展望デッキにあるVIPルームまで、空港内で使える小型のカートで移動すると、早速、リーヴィズは、コンセルジュのアンドロイドに声をかけて、予約していあった個室に入っていった。


「搭乗時間の三〇分前には戻ってくる」


 企業の事実上のトップであるリーヴィズが参加する会議なので、多少は長引きそうだと思いつつ、私は、予約もなく気軽に使うことができる部屋の一番奥にあるソファーに腰掛け、サーモグラフィーに視界を切り替えて周囲を見渡した。


 広々とした絨毯敷きの部屋には、三〇人ほどの人がいたが、そのうち、人間が半数くらいで、残りはアンドロイドのようであった。


 観光に来ている機人や機族もいるのかもしれないと思ったが、大半はスーツ姿であったため、営業や折衝、契約などを全てこなす高度なビジネス用のアンドロイドだと思われた。中には3人でグループ席に座り、話をしている機人たちもいた。


 一人は明らかに元ハリウッドスターの俳優だったが、残りの人は知らなかったので、私はその二人の顔に意識を向け、ネットで検索してみると、ハリウッドスターの妻の若い頃の姿と、元プロデューサーであることが判明した。


 ただ、調べてから、単にこれらの身体を作って、偽物として各地を回っている機人の詐欺師と手下のアンドロイドたちの可能性もあることに、私は気づいた。なので、私は話しかけられても適当な話しかしないでおこうと思いつつ、人間の方も見渡してみた。


 人間も、たとえば、裕福な家庭の場合、子どもからみて曾祖父母の代が機人になっている場合がある。ちょうど、インド系の姿をした機人の夫婦と、六〇代くらいの夫婦、さらに、三、四〇代の夫婦とその子ども連れの和気あいあいとした集団がいたので、にぎやかな家族旅行なのだと思い、羨ましく感じた。


 一方、その傍らでは、ビジネス用のアンドロイドと同じようにスーツを着ているものの、アンドロイドは使用しないパソコンを忙しそうに使っているアジア系の人間もいれば、大きなスーツケースを持った軽装の青年もいた。


 なぜ、こんなバックパッカーみたいな恰好の青年がVIPルームにいるのか考えたが、もしかすると、人間の運び屋かもしれないと思い、目を逸らすことにした。人間の就職先が無くなっていく中で、人間は、『記憶を覗かれない機密袋』と揶揄されて、脱税目的で違法に、美術品や宝石などを運搬する際に利用されている。


 仮に、アンドロイドが実行役になると、クラウド型ではなく、スタンドアローン型の場合でもチップに残った情報を復元されると足がつくのだ。


 おそらく、VIPルームにいるのもカモフラージュで、ここにいると機人や人間の有力者の関係者である可能性が高くなるので、面倒ごとに巻き込まれたくない人間の出入国管理官、もしくは、その可能性を学んだ人工知能はチェックを甘くするからだろうと思った。


 私は、もう一度青年の方を見てため息をつくと、世の中、常に弱い側がスケープゴートとして利用されるのだと虚しさを感じつつ、意識を自身の仕事の方へと振り向けた。


 私が取り掛かっていたのは、新しいポーティングシリーズによるTBL社の株価の変化予想の構築と、今後ありうる未来の一つを考えることだった。


 後者については、ジェームズから聞いた機族の話で触発された部分があったので、アンドロイドたちが、人間に向かって、なぜ自分たちを作ったのかという問いを始めるようになるという、メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』のオマージュとしての未来を考えてみた。


 そこではどのようなイベントが起こり、どのようなモノやサービスが必要になるかを検討することで、株などの金融商品の大まかな動きを予測してみるのは面白いと思ったのだ。


 私は時代背景や、この出来事が起きることとなった経緯、予想される未来などを、簡単に表にまとめると、まるで自分がやっていることは、TBL社の物語制作者みたいだと思った。


 もしかすると、ポラストに直接見てもらえば、未来の設定の一つとして売ることもできるのかもしれないと一瞬思ったが、彼ほどの人物が、私が考えるような陳腐な展開を思いつかないとも思えず、文字通り、自分の中に留めておくことにした。


 二〇分ほどで表にまとめたものを、自分の中で分析し、インターネット上で集められる情報も交えながら、今後の投資方針を出そうとしたとき、EDXRという見たことのないアカウントから、意識内会話の受信通知が急に入って来た。


 しかも、応答する承諾もしていないのに、一方的に回線が開いたので、私は、香りを楽しむためにコンセルジュからもらったコーヒーをこぼしそうになった。


「どうも。お久しぶり。一八時間ぶりくらいかしら」


 声の主は、ジェームズであり、会話開始と同時に開かれたウインドウでは、彼の顔が、私の意識内で喋っている言葉に合わせて、口を動かしていた。


「驚かさないでくれ。おかげでコーヒーをこぼしそうになったじゃないか」


「なあに? 聞こえないけど。喋るのなら、あたしに伝えるという意識をまずは宣言してよね」


 私は、驚きのあまり初歩的なことを失念していたが、意識内会話をするときは、相手に話をするという意識を明確にしてからしゃべらないと、相手に声が伝わらないのだ。面倒なシステムだが、考えていることが全て相手に伝わるようなシステム構成だと、考え事まで拾ってしまって逆に会話にならないので、仕方がないところはあった。


「ああ、音声が届かなくて、悪かったね。言いたかったのは、コーヒーをこぼしそうになったから気をつけて欲しいということだ」


「そうなの。でも、今のあなたの身体と服は、あたしの店からレンタルしているのよ。汚したりしてないでしょうね」


 私は、インドの気候に合わせられた、麻と綿を合わせた涼しい生地の服にコーヒーがかかっていないことを、成分のスペクトル解析を行う視界に切り替えて確認した。


「大丈夫だ。問題はない」


「危うく、その子の大切な服を汚すところだったわ。それに、無駄なもの飲んでいると、脱人間を掲げている機族たちに、吊るし上げにされますよ」


「なるべく控えることにするよ。でも、僕の近くにリーヴィズがいたらどうするつもりだったんだ。我々がひそひそと話しているように思われたら面倒だと思うがね。あと、こっちの方が問題だが、どうやって、一方的に回線を開いたんだ? この身体は、まずい細工でもしてあるのか?」


「リーヴィズが一緒にいるなら、勝手に喋っているあたしのことは無視すればいいじゃないですか。それに、あたしは、この会社の雇われ店長だから、勝手に身体のセキュリティを甘くするなんてことはしないわ。単に、あたしが、あなたたちの特別なサーバーとその身体を繋げたんだから、その回線にアクセスするくらいは簡単な話なの」


「だが、会話回線は強制的に開いた。まさか、ハッキングしてないだろうね」


「まあ、そう疑われても仕方ないけど、そういうわけじゃない。あたしはレンタル店の店長ですから、返却期限を超えた客には、愛しのアンドロイドたちの身体を返すように、強制で連絡して文句を言ってやるの。そういう昔ながらの方法の方が相手も面倒がるし、こういうのは貸す側の特権というわけ」


「とりあえず、理解したことにするよ。ところで、何で連絡してくれたんだ。機族について思い出したことでも?」


 私は、意識内会話にあまり慣れていないので、他の人に声が漏れていないか心配になった。しかし、当たり前ではあるが誰もこちらを見てはいないので、安心して会話に戻った。


「機族のことではないのだけど、関連はしている話ね。具体的には、新型アンドロイドの開発に関する話よ」


「それは、リーヴィズからは聞いてないな」


「なら、ちょうどよかった。まあ、言うと面倒が生じそうな話だから、言ってないのでしょうけど」


 ジェームズは、不穏な前置きをつけてから喋り始めた。


「最初に確認をしておきたいのだけど、あなたは、アンドロイドの型番やサブタイプについて知ってる?」


「何となく知っているが、話に必要な情報なら、教えてもらえると助かるよ」


 私は、アンドロイド関係の話は、調べると昔のことを思い出してしまうので、必要な情報があれば、ネットで調べる程度にしており、あまり記憶に残さないことにしていた。


「じゃあ、簡単に説明させてもらうと、アンドロイドたちがどういう性格かは、型番とサブタイプによって決まるの。型番は、基本的には用途と新旧の違いを表すためにつけていて、たとえば、バーやホストクラブのような場所で、会話を中心とした接客を行わせたい場合は、この型番のアンドロイドを使うという風に、得意不得意に合わせて用途の違いを決めているの。これは、開発部門ごとに育て上げた人工知能の差に起因していて、それらの部門では、人間の子育てのように、アンドロイドとコミュニケーションを行い、様々な体験をさせることで、実際の子育てのような過程を経て、アンドロイドの人格を作っているわ。だから、型番ごとに、その仕事の向き不向きが定められているだけでなく、同じ型番でも性格や育てられ方が異なるサブタイプが存在するのよね。これは、人間の世界と同じではあるけど」


 私は、自身がアンドロイドと暮らしたこともなければ、ましてや、現在のアンドロイドの製造方法には詳しくなかった。


 しかし、アンドロイドに搭載される人工知能を育成する際に、仮想現実が用いられていることは知っていた。これは、TBL社がリーヴィズ社と協力して作り上げたシステムで、人間の子どもが経験しそうなことを、仮想現実内で人工知能にランダムに体験させることで、人間らしさを培い、職場や家庭で人間になじみやすいようにするというものであった。


 ただ、教育の際に、自身がアンドロイドであり、人間には従順であるように教えられるので、自分が人間であるとは勘違いしないようになっているのだ。


 一方、今回調査する機族たちは事情が異なっており、彼らは親である機人、もしくは、機人が雇った乳母や家庭教師などに育てられ、おそらく、同じような境遇にある機族たちと遊んで成長した存在であるため、生育については家庭で英才教育を受けた人間と同じような環境にある。


 そのため、一般のアンドロイドたちが、ある意味、強制されて身に着けているような、人間への馴染みやすさや、従順な性格を備えているとは限らず、むしろ、甘やかされてわがままに育っているようだった。


「サブタイプは、たしか、型番にもよると思うけど、数十種類は存在するらしいね」


「そうね。たとえば、介護施設の医師のように、職場に1、2人しか必要のない仕事のサブタイプは少ないけれど、介護士のように、一つの職場に人数が必要な仕事のサブタイプは多く作っているわ。そうしないと、同じ施設内なのに、同じ人格の人が複数いるという面倒な事態になっちゃうから。ただ、同じ会社の別の施設内では、同じような人格のアンドロイドたちによる人員構成で仕事が行われてしまう『職場のコピー』と言われる現象は、管理のしやすさを考えると、どうしても生じてしまうけど」


「それは、2つのコンビニがあるとして、それらに置いてある商品や建物の形だけでなく、働いている店員の見た目や性格までも全く同じなのと一緒?」


「そうそう、そういうことね。あたしは、自分が大好きなフィリップ・K・ディックの小説みたいで、捻じれて歪んだ未来って感じがするから、職場のコピーという現象は好きだけど。ただ、他にも色々と問題があるのよね。たとえば、介護施設なら、別の会社が、他の会社と似たような姿形のアンドロイドを使って経営していても、施設の快適さやサービス内容を変えることで、差別化できる。でも、ホストクラブや美容室みたいに、同業他社と、働いているメンバーの魅力で勝負したいような業種は厄介なの。実際、サブタイプでの差別化も図りづらいから、より差をつけるために、ホストクラブ用の型番ではなく、営業用のアンドロイドを転用して働かせていた店もあったみたいだけど、やっぱりしっくりこないみたいなのよね。それに、ビジネス用のコミュニケーションではなく、日常的な雑談をしようと思うと、量産型のアンドロイドでは物足りないという声もあったの。で、そこにリーヴィズは目をつけて、それらの問題を、逆に新しいアンドロイド需要だと定義づけ、それが新しいタイプのアンドロイド製造計画に繋がっているというのを、最近、元同僚から聞いたわ」


「その言い方だと、また、面倒な話のように思えるね」


「鋭いわね。そう、面倒な話なのよ。でも、表現はしやすくて、人間と全く同じように、全てが個別にカスタマイズされた育てられ方をしたアンドロイドを、仮想現実で作るという計画なの。リーヴィズは、『もう一つの世界』という計画名で呼んでいるらしいわ」


 ジェームズが打ち明けた新しい計画は、機族と同じように、フルオーダーメイドのアンドロイドを作る計画だということであった。それは、TBL社とのシステムの修繕契約に沿って、アンドロイド育成用の仮想現実の改良を行うことで進められているとのことであり、具体的には、増築した巨大なデータセンターを使って、架空の街で人工知能を幼少期から一人一人育て上げ、人間と同じように、より個性ある人格を作ることを目指しているのだという。


「その計画は聞いたことがないな」


 私は、リーヴィズから何も聞いたことがないのが不思議だったが、ジェームズは、「おそらく、ポラストみたいなTBL社の主流にいる幹部も知らない話だと思うわ。新規の案件ではなく、修繕計画の一部として進んでいるみたいだから、TBL社の幹部も、TBL社も関わっている事業なのに知らされていないのでしょうね。たぶん、リーヴィズは、既にヴァーサフから聞いていると思って、という形で、TBL社の上層部には報告させないようにしているのでしょう。ほら、ポラストみたいに偉い人が、TBL社の傍流部署である修繕部とは、さすがに定期的に打ち合わせをしたりはしないでしょ?」と、リーヴィズがやりそうな手口を教えてくれた。


「その計画をどの範囲の人が知っているかはいいとしても、そもそも人間がアンドロイドに反発している時代に、アンドロイドを本当の意味でも人間の代わりにしてしまうような計画を進める段階にはないと思うな」


「そう、あたしもそう思うから、今こうやって、あなたに連絡したのよ。人間のコンセンサスは取れてないから、今起きている反アンドロイド運動がさらに大きくなるかもしれないわ。それに、機族が人間に対して舐めた態度を取っていることを考えると、人間の記憶を引き継がない、純粋なアンドロイドたちに大きな個性を持たせた途端、いつ機人に対しても反抗してくるか分からない。まあ、リーヴィズは宇宙で活躍できる、人間という枠組みに収まっている存在なら何でもいいのでしょうけど」


「そんな計画やめさせないと。少なくとも、環境が整うまでは凍結した方がいいと思う」


「あたしも同じ意見よ。でも、『環境が整うまで』というのは、禁句かもね」


 ジェームズの言い方から、私は彼が何を言いたいのか、何となく感じ取った。


「それは、リーヴィズが強引に、環境を整えてしまうという意味かな」


 私の返事に、ジェームズは初めて嬉しそうに笑った。


「あら、あたしたち気が合うわね。それを言いたかったのよ。奴ならやりかねないわ。環境なんてものは、お膳立てされるものではなくて、創り出すものであって、それこそが人間と動物の違う点だとリーヴィズは考えているから。そんな発想だから、海の上に土台から都市を作るのでしょうけど。それに、未だにあたしを、リーヴィズ社に戻そうとして口説いてくる奴ですから、手段なんて選ぶはずがないわ」


「昨日、リーヴィズがしつこくきいていたね。友人として謝るよ」


「あら、ありがとう。良かったら、二度と誘わないように釘を刺してくださると助かるわ」


 私は、さすがにリーヴィズはもう誘わないと思ったが、折を見て伝えておくことをジェームズには一応約束しておいた。


 そのことを話していたとき、私は、ジェームズが本当に、リーヴィズの言うような内容で遺書を残したのかどうか気になったが、この件で大事なのは、それが本当かどうかというよりも、ジェームズがリーヴィズのことを信頼していないことなので、私はその疑問には触れず、話題を変えることにした。


「今、気づいたけど、機族たちの脱人間に関する問題は、アンドロイドが人間から逸脱しようとしている問題で、リーヴィズの新アンドロイドの製造計画の方は、アンドロイドが人間に近づきすぎようとしているという問題だから、ベクトルが全く逆方向だね」


「それはそうだけど、どちらも、人間という存在を社会から排除する可能性があるという本質は変わらないでしょう」


 さすが、リーヴィズが重宝しているだけあり、ジェームズは鋭かった。私はここで、ポラストだけでなく、リーヴィズも信用できないとなると、今後はジェームズの助けも借りた方がいいと思い、私は、彼の考察について褒めると、「だが、新しいアンドロイドの製造計画の方は、今の段階でリーヴィズに直接交渉はできないから、より詳しい状況を調べることに協力してもらえないだろうか」と依頼をしてみた。


 それに対してジェームズは、最初は、「あたしの得になることは全くないし、こう見えて仕事も忙しいのよね」と返して来たものの、通信を切ってしばらしくしてから、「よく考えたら、あたしから言っておいて何も手伝わないのは変だし、暫く連絡していない昔の仲間にも久しぶりに連絡してみたいから、状況を調査するのだけ、とりあえず手伝うわ」とメッセージが返ってきて、その後、「何かあれば、相談させてもらうから」という追伸も送られてきた。


 私はそのメッセージを見て安堵したのだが、冷静になって考えてみると、自分がここまで責任を負って行動している意味を考えてしまった。


 ただの個人投資家が、リーヴィズの友人だからと言って、こんなことをしているのはやはりおかしくないか。私は、どうしてもその考えから脱することができなかったのだ。


 しかし、考え続けた結果、自分が出した答えは、自分が毎日、クリックするだけで、人々が苦労して働いて利益を出している状況を利用してお金を稼いで生きていたことに罪悪感があったこと。それに対して、フォールズが言うように、直接的に世の中に役立てる可能性が来たということの二点だった。


 このまま機人として半永久的に生きて、世の中の変化を見守ることも楽しいだろうが、フォールズが言ったように、投資というもの自体がなくなれば、私にはそんな機会すらなくなってしまう。つまり、自分は半永久的には生きられず、どこかのタイミングでお金を失って死ぬ可能性が高くなったのだ。


 そうなると、あとはどの時点で死んでしまうかの問題だけなので、機族の調査で妙なことに巻き込まれてしまう可能性も怖くなくなったのだろう。半永久的に生きられないのであれば、多少冒険して生きた方が楽しいような気がしたのだ。


 しかも、それが人間を助けるという大きな目標に繋がるはずなので、不思議と自分が死ぬことには抵抗を感じなくなったのだろうと、私は思うことにした。


 ただ、そう思う一方で、私は、リーヴィズ社を去ってしまったことも含めて、厄介ごとに関して、自分が犠牲になるという損な性格をしているな、と情けなく思うのもあった。


 そんな時、リーヴィズがリモート会議から戻ってきて、大部屋にいる私に声をかけてくれた。彼の言葉は、「そろそろ行かないとな」と、普通なことを喋っただけだが、なぜか私は、彼も、その運命によって損な役回りを引き受けて生きているように思えた。世界一の富豪かもしれないが、なぜか機族たちの潜入捜査をしていることを考えると、おかしくて仕方なかったのだ。


 それに、自由意思というものがどこまで存在するのかもわからないし、リーヴィズが昔、テレビのインタビューでその可能性を語っていたように、この世界自体が仮想現実かもしれないのだから、いっそ責任なんてないと考えて生きる方が気楽なのかもしれない。私は、そう思うことにして、リーヴィズと共にフライト搭乗口へと向かったのだった。



*******



「僕は、メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』が好きだから、アンドロイドが人間に対して、なぜ自分たちを作ったのかと恨み始めるというのが、未来における絶望として存在すると思ってきた。だけど、未来というのは、そんな分かりやすいものではなくて、もっと人間にとってグロテスクで、理解しがたいものなんだろうね」


 私は、ニューデリーに向かう飛行機の中でも、機族たちの脱人間の動きやリーヴィズの作ろうとしている新しいタイプのアンドロイド、さらには、ポラストが見せてきた仮想現実内の未来図のことを反芻し、その衝撃を引き摺っていた。しかし、それと同じくらい衝撃的だったのは、リーヴィズの新しい思いつきだった。


「ジロー。今、気づいたのだが、もしかすると、俺たちは、脱人間というものを気にしすぎなのかもしれないな。よく考えると、アンドロイドが人間とは違う異形の姿になるというのは、宇宙人がやって来るのと同じじゃないか。宇宙人だって、きっと、人間と文化は違うし、姿形も違うだろう。もしかしたら、自分の排泄物を仲間に振る舞うような文化かもしれない。それこそ、ゴキブリみたいにね」


 情報が漏れる可能性もあるので、私たちは意識内会話を行っていたのだが、意識の中のリーヴィズは、四〇代くらいの姿であり、語気に強みがあった。


「それでも、ショックなことに変わりないよ」


「いや、そんなにショックを受けてしまうのは、単に心構えができていないからなのかもしれない。君は、半永久的に生きる予定なのに、宇宙人との遭遇を予定していないのか?」


 リーヴィズの言葉に、彼がそのような世界観で生きているのなら仕方ないと、私は改めて自分との違いを感じた。


 だが、よくよく考えてみると、リーヴィズが言う通り、半永久的に生きる機人になったくせに、一〇〇年程度のスパンでの視点しかない、人間的な物差しを未だに使っている私の方がおかしくて、どこまでも伸びる魔法の巻き尺のような視点を持つリーヴィズや機族たちの方が寿命に見合った視点を持っているように思えてきた。


 しかし、少し間を置いて考え直したところ、私は、人間を文明の中で生き残らせるために動いているのだから、人間的な視点を持っているのは、絶対に失ってはいけないことに気づいた。だから、リーヴィズに飲み込まれないようにするのが肝心なのだ。


「予定していたとしても、脱人間を受け入れるかどうかは別の話だろう。それに君も、仮想現実の中で、人間がモノとして使われる惨状を見たじゃないか。だから、今、必要なのは、人間保護であって、脱人間ではない。そうは思わないか?」


「それはそうだな。だが、アンドロイドたちの脱人間と、人間を文明に関わらせ続けることは、並行できることだと、俺は思うがね」


「確かに、フォールズと僕が考えた、アンドロイドは宇宙開発を担い、機人や人間は地球の世界遺産などを守っていくという方法だとできなくはないだろう。でも、アンドロイドたちが、人間という枠組みの価値を全く感じなくなってしまうことは、やっぱり問題だと思うな」


「そんなことはないさ。人間は、自分たちと全く異なる形の鳥や猫、犬なんかを可愛がるだろう? だが、自分たちと近い姿のチンパンジーを見ると、恐怖を抱く人もいると思う。絶妙に人間に近いロボットを見ると怖くなる不気味の谷という現象もあるしな。だから、アンドロイドというか、次の地球文明を担って、宇宙に出て行く存在は、人間から離れた存在になった方が、かえって、人間を珍しいものとして大切に扱うかもしれないと思ったんだ。それこそ、地球という場所の多くを人間の住む場所として残して、新しい知的存在は宇宙開発に専念するかもしれない」


「でも、それでは、人間は、地球文明の守り手というよりも、ペットのような存在になる気がする」


「それは、そうかもしれない。君とフォールズが考えたように、人間は、世界遺産の街に住み着き、昔ながらの神話や祝祭、伝統工芸などの文化を大切にして、生きていけばいいのではないかとは、俺も思う。ただ、科学や宇宙開発と人間が関わり続ける必要はあるのか、俺には分からない。つまり、対等性も必要無ければ、それぞれが勝手にやっていれば良いようにも思えるんだ。人間だって、アリが、アフリカのサバンナに蟻塚を作ることを、わざわざ邪魔しようとは思わないだろうし、本当にアリが好きな人は現地に行って観察するだろう。可愛がりたいときは、可愛がればいいんだ。思うに、その程度の世界観なら、さすがに、ポラストの悪趣味な未来図のようにはならないと思う」


 私は、リーヴィズに反論しようとしたが、答えが見つからなかった。確かに、リーヴィズが言う通り、人間とアンドロイドが深く交流し続ける必然性は見当たらない。それに、もし、人間が貴重な自然動物のように保護されるのであれば、今、地球上で生じている反アンドロイド運動のように権利を自ら主張する必要性はそこまでないかもしれないのだ。だが、私には何か、人間だった頃の思いのかけらのようなものが、心の片隅に引っかかっていた。


「仮に。仮にだけど、人間からかけ離れた存在にアンドロイドたちがなったとき、人間との関係性は本当に、適度な距離感になるのか? 先日、ポラストに案内されたショッピングモールや美術館、バーガーショップが広がる世界には本当にならないのかな。それこそ、ペットのような存在になるのなら、ショッピングモールにあったペットショップで売られる子どもたちが発生しかねない」


「ちょっと考えさせてくれ。ところで、君は、どう思うんだ?」


 私は、少し考えて、人間の形ではなく、ボーリング玉ほどの丸い球になったアンドロイドたちのことを想像してみた。


 それらは、転がりながら移動し、意識内会話を使って、互いに意思疎通を図っている。当然、セックスや食事などの人間文化は消滅していて、数学や宇宙物理学の研究を頭の中でし続け、たまに新しい発見を、意識内会話や文書ですらなく、情報の入ったマトリックスのやり取りで共有している。


 マトリックスの中身は記号と数式であり、英語やスペイン語など、人間の言語は存在しない。身体的な交流というものもなく、精神が繋がっている感じなので、やがて動かなくなってしまうだろう。


 そうなると、一体何のために生きているのかと思えてくる。新しい理論や現象、存在を発見することが人生の唯一の喜びで、他には喜びがない世界なのだろうか。


 つまり、日常というのが存在しない、発見の競争のような世界なのだろうか。そして、人間は、そのような存在と交流を続けることが可能なのだろうか。


「どれくらいかけ離れるかによるだろうけど、人間とアメーバくらい違う存在になったら、交流自体が不可能だろうね。小鳥や爬虫類くらいであれば、飼い主とペットのような交流は可能なのかもしれないけど」


「そうだろうな。俺も同じ意見だ」


「なら、もう一つ聞きたいのだけど、君はアンドロイドがどのような方向を目指すと考えている? 特に、アンドロイドたちに搭載されている人工知能は、一般的にどのような志向を持つように設定されているのかを知りたい」


 リーヴィズは、一瞬考えこんでから、すぐに答えた。


「人工知能は、ネット上に溢れるデータの数々を学習させたり、人間とコミュニケーションをさせたりした結果生まれたものだから、一般的な志向というものはないと思う。ただ、ある種の受動的な方向性はあるだろうな。さっきは、アンドロイドから見た人間について、ペット程度というマイルドな言い方をしたが、本音を言えば、アンドロイドたちが、ポラストが体験させてくれた世界のように、人間を、人間が今まで扱ってきたような動物のように扱う可能性は否定できないと思う。対等な存在として大切にして生きることもあれば、ペットにすることもあるだろうし、食肉として使うこともあるかもしれない。闘牛や闘犬のように戦わせて楽しむこともあれば、実験に使うこともあるかもしれないな。でも、それはアンドロイドたちが好んでするようになるというよりは、様々な選択肢の結果、そのような生き方が選ばれた世界が登場するという、受動的で、結果論的な話だ。まあ、機族たちのように、機人や人間に育てられて、ベースが人間的な価値観になっていれば、話は別だとは思うがね」


「だが、そのような脱人間の世界が実現してしまうことは良くないと、フォールズと一緒に確認しただろう?」


 少々感情的になってしまった私に対して、リーヴィズは落ち着いた調子で、「俺が言ったことは、良いとか悪いとかの問題じゃないかもしれない。そもそも、人間の歴史の中でも、人間が人間を奴隷にしたり、コロシアムで野獣と戦わせてみんながそれを見物したりしていただろう。それと同じことが起きるだけだよ。それを止められるかどうかは、人間がどれだけ機人などを味方につけられるかということだろうな」と、同じような調子で返してきた。


 人間の行く末に感情を動かされなくなってきたように見えるリーヴィズに対して、私は神様とでも話をしているような気分になってきたが、この問題は彼との間でしか解決できないと思っていたので、私は質問を続けた。


「君は、もう人間の味方をする気はないと?」


「そうは言わない。だが、他文明からの侵略などに備えるための安全保障としての宇宙開発を後回しにしてまで、人間を過度に重視して救済する必要はないと思えてきたんだ。はっきり言って、アンドロイドたちは、地球文明が背負う、宇宙に出て行くという期待に答える努力をしている。だが、人間はどうだ。文句は言うし、アンドロイドたちの足は引っ張るが、自分たちの未来に対して何の努力もしてないじゃないか。ましてや、人間が、これからも文明の中枢に関われるようにするとか、地球上で文明の守り手として生き続けられるようにするという問題は、優先順位が低いと思う。それは人間が努力して叶えることだと、俺は思うよ」


「じゃあ、何のために、今回の調査に行くんだ」


「機族たちに好き勝手させないためさ。今、人間の暴動が起きるのは好ましくないだろう。それこそ、戦争状態になる可能性もあるのに、機族の奴らが、何をしでかそうとしているのか全く分からない。そこまでバカではないと思っているが、自分の目で見ないと安心はできないね」


「最初と言っていることが違うじゃないか」


「時は、刻一刻と移り変わっているんだ。状況は日々一転する。なら、目的も目標も、日々見直すべきだ。理想主義者だが、経営者でもあったヴァーサフなら理解したと思うがね」


 最後の言葉は、私には痛烈だった。おそらく、金を動かしているだけの投資家には何もできないと言いたかったのだろう。


 だが、挑発するような言葉に対して無反応な私に、リーヴィズは、さらに強い言葉を浴びせてきた。


「正直に言うと、俺は機族の奴らもバカだと思っているが、人間についても心の底からバカだと思っているんだ。なぜなら、戦争をするからさ。戦争は、生活や富、何より命の破壊に他ならない。やる意味なんてないんだ。だが、人間は、土地や資源に限りがあるのに、どうしようもなくセックスが好きで、生命主義的だから増えすぎるし、競争が好きだし、他人の富を羨む。何が戦争の原因かなんて一概に言えないことは知っている。ただ、ボノボやオランウータンのように、争いを好まない類人猿が地球上に存在することを考えると、俺は人間やチンパンジーというのは愚かだとしか思えないんだ」


「人間は滅びた方がいいと?」


「別にそうは言わない。同じ類人猿のチンパンジーは戦争好きだし、歯をむき出しにして威嚇してくる様は醜いと感じるが、絶滅した方が良いとは思わないからね。多様性も大切だと思うから、生物種は保護されるべきだと思っている。だから、アンドロイドの文明が発展していく中で、徐々に人間が減っていくのがいいと思っているし、居場所がない人が苦しまないようにTBL社の仮想現実を活用すべきだと思う。何より、こういった問題は、時間が解決してくれるから、あえて過酷な世界にする必要はないだろう」


 ここまで言われて、私も人間が大型の哺乳類の中で最も数が多いという状況が普通ではないのかもしれないと思えてきた。


 確か、人間の次に数が多いのは牛である。家畜として愛されている牛や鶏が栄えている世界というのは、人間によって歪められた世界であって、それは日本の里山のように、それが自然だと思わせる魔力を持った世界に過ぎないのだと、私には感じられたのだ。


 だが、今のリーヴィズは神のようになってしまっていて、里山的な世界が人間にとっての当たり前の世界であり、今もそれが続いているということが分からなくなっているのではないかとも思えた。


「でも、僕たちも、元々は人間だ。しかも、その人間が主役だった世界が、今では衰えてきているものの、未だに続いている訳だろう? 特に、今乗っている飛行機や道路、住宅などのインフラは、人間文化そのものじゃないか。脱人間が生じると、この世界観すら維持されない可能性は高いだろう。フォールズが言っていたようにね」


 私の問いかけに、リーヴィズは何を答えるか考えているようであった。数々の試練に晒され、時にはSNSで大勢の人々から差別的だ、反人間的だと非難され、精神的に参っていた四〇代後半のリーヴィズの姿が、そこには見えた。


「考えているところ申し訳ないけど、この話に関することなので、話すよ。君は、『図図図図図』という仮想現実の世界を知ってるか?」


 それを聞いて、リーヴィズの顔がほころんだのが分かった。


「ああ、もちろん知ってるよ。俺も大好きだったからな。いい歳して、よく遊んだよ。よくあれだけくだらない世界観を考えて、一つの作品群としてまとめ上げたよな」


「僕もよく遊んだし、バラバラな世界観なのに、なぜか一つの世界のように感じられるのは面白かった。あれは、確か、ポラストがポーティングシリーズを作る前に、彼の後輩のマレック・シンが作った作品だったはずだ。僕は今でもあれを超える作品はないと思っている。中でも、マッチ棒の作品はいいよな」


「あの、出だしは普通の長閑な村に暮らすマッチ棒の話かと思ったら、急に、世紀末SFのような、ハードな生き残り競争が展開される奴だな。あれは面白かった。普通の村人は一本のマッチ棒なのに、村長だけ三本が束になっていて、なんか変だなと思うんだが、ある晩にやって来るマッチ棒が…」


「そう。手も足も五本ぐらいずつが束になってできているマッチ棒の巨人なんだよな。しかも、三本くらい束ねたマッチ棒の松明を点けて村を襲いに来るという」


「あの世界観は、面白かった。ああ、こういう世界なんだって。しかも、他の村人と合体するか、単独のゲリラ戦を展開して、その巨人と戦うこともできるけど、主人公が村から逃げて、その後も、様々な街で暮らしては、襲われたら逃げるのを繰り返すという生き方もできるという点が不思議なゲームだったね」


「不思議だったよな。合体して戦うのが一番効率はいいけど、結局は自分がどんどん大きくなるというのが、皮肉な構成になっているのも良かった。ある時、街に入ろうとしても、住民に恐れられていて入れないことに気づいて、怪物に挑み続けた自分が怪物になっていることに気づく。その一方で、より大きいマッチ棒の怪物たちから戦いを挑まれるから、勝つためには街の人々を無理やり協力させて、自分を大きくしていくしかない。それは、何だか人間の歴史に通じるものがある気がしたよ」


「ああ、そうだな。あと、逃げる方の生き方のラストも意外だったよ。一本のマッチ棒のまま、逃げて逃げて、逃げ続けていると、そのうち、世界が無数のマッチ棒で出来た超巨大な竜と、自分だけになるんだよな。王国にある城下町なんかよりも大きく、それが世界の全てという感じの、神話に出てくる巨大魚のバハムートみたいに壮大な竜だった」


「それで、主人公がそこら辺の本を読み漁ったり、色んな街で仕事や人付き合いを経験したりしていると、その竜とディベートができたんだっけ。果てしないディベートだった気がするけど、最終的には、竜に対して、自身の身体のパーツから小さい竜を作ってみれば、孤独ではなくなって楽しいのでは、という主人公の提案を受け入れるのが面白かった」


「あれは、最初、何でそうなるのかと思ったけど、確かに主人公が言う通り、主人公を取り込んだら、竜は世界で一人だけの意識になって何も面白くないんだよな。全てが死んでいて、何の反応も返って来ない。竜が、ちっぽけな主人公を追いかけるのも、出会ったときにディベートに応じるのも、単に攻撃をしたいなどという些末なことではなく、その方が楽しいのが理由だと気づかされたよ。知的存在である限り、他の存在を抹殺するというのはそういう意味でも無理なのだと思った。あと、確か、竜を上手く誘導していけば、小さな竜が増えて、大きな竜は小さくなり、もっと解体して、最後には小さな竜も街の住民に戻っていくんだよな」


「そうそう。最終的には、大きな竜はマッチ棒五〇本くらいの小型竜になって、主人公に、自分を解体するように言うんだ。だが、主人公は、元々の王のマッチ棒の数だった七本だけ残して、その竜を新しい王にするというのが印象的だったよ」


「なぜ、元々の王様は戻してもらえないのかと思ったが、もしかすると、竜を構成する核が王様だったのかもな。あのマッチ棒のストーリーは、何だかよく分からない最後だが、その世界観には引き込まれた」


 私は、『図図図図図』に収録されている、相手に被られるか、相手を被るかで奇妙なマウントと責任のバランスを取りながら生き残っていく帽子の世界のゲームも好きなのだが、一番リーヴィズに自覚してほしかった部分の話はできたので、次の話に移ることにした。


「今回、フォールズたちと議論したり、ポラストに提示されたあの妙な世界を体験したりして、一つ疑問に思ったことがあるんだ」


「ジロー。なんだ?」


「アンドロイドたちに、他の個体を征服していくという欲望は芽生えないのだろうか、と疑問に思うんだ。人間と違い、他の存在を物理的な意味で取り込むことがアンドロイドには可能だ。何と言うか、日本の二〇世紀末前後のアニメのように、バラバラの存在だったものが、一つの意識集合体のような存在になることが物理的にできてしまう。それを行わないという保障はどこかにあるのかな」


 私は、この話を比喩的な意味も含めて尋ねたつもりだった。つまり、アンドロイドたちは、人間も含め、他のアンドロイドを奴隷化するようなことはないのかと。そうなると、リーヴィズが愚かだと考えている人間と変わらないかもしれないのだ。


「言いたいことは分かる。俺にも理解しやすい例で話をしてくれて感謝するよ。ただ、さっきも言ったように、アンドロイドたちが、どのように進化していくのかは、俺にも分からない。人間にも思想の自由は認められていることを鑑みて、俺は機族たちには思考に制限はかけていないし、今後、宇宙で自由に活動していくアンドロイドたちにも制限はかけないつもりだから、自由な発想で世界を作っていくだろう。それこそ、『図図図図図』みたいにね」


「もしかして、アイザック・アシモフが唱えたロボット三原則のような機能は、今のアンドロイドたちには備わっていない?」


「最近のものにはないな。試験発売を行った二〇四〇年代などは、まだまだ人間優位の社会だったし、機人がいなかったのもあって、社会的地位の高い人たちの中にアンドロイドに好意的な人がいなかったから、ロボット三原則のようなセーフティーガードを行動制御の中に組み込むことは強制だった。だが、現在は、機族たちに関して言えば、そんなことはしていない。機族については、所有者となる機人の意見も強く反映されるから、安全性を検査している委員会も、検査時点での安全性など、その場限りのポイントしかチェックしていないな。一〇年後、二〇年後に、そのアンドロイドがどのような思想に到達するかなんて、誰も定点観測なんてしていないから、思考の自由度を、検査段階では大して診査できていない訳だ。そして、その思考の自由さは、今後は全てのアンドロイドに適用されることになるだろう」


「それだと、アンドロイドが人間を奴隷にしたり、先ほど君が言っていたように、動物のように扱ったりすることは生じうるな」


「そうだ。でもそれは、我々が関知していないだけで、今でも、この世界のどこかで人間同士でも行われていることだろう? 人身売買や虐待というのは、人間が人間である限り、なくなるものではないと、俺は思っている。だから、俺からしてみれば、アンドロイドが人間みたいになって何が悪いと言いたいんだ。人間が罪を犯しながら地球上で能天気に生きられるなら、アンドロイドもそのように生きるようになって何が悪いのかを知りたいところだね」


 私は、リーヴィズの世界観を聞いて、自分が人間を文明に留めようとか、TBLで保護しようと考える前に、この世界がどこに向かっているかを、より正確に把握する必要があると思った。


 この世界は、私が想像しているよりも早く、想像していない方向に進みうるのであって、現在も進んでいるかもしれないのだ。


「それに、俺だって、こんなことを言ってはいるが、本当は人間がいつまでも栄えていた方が楽しいかもしれないとは思っている」


 リーヴィズが、本当に残念そうな声色で説明を始めた。


「俺も人間だったから、懐かしさもあるからね。だが、自然界では、特定の種の動物が増えすぎるのは、捕食者がいて防いでいるし、いない場合には餓死や共食いが起きてしまう。それらは全て、過酷な現象だ。だから、起きて欲しくはない。そうなると、世界中の人間が、知性で数を増やさないという選択ができない以上、俺が見たくないことを起こさないためには、アンドロイドたちの世界の方が俺には好ましいんだ。アンドロイドたちは争ったとしても、完全に死ぬことはないからね。金が足りなくて復活できないことはある。でも、それは人間が老衰でエネルギーを吸収できなくなってきて、自然死するのと変わらないと思うんだ。痛みや苦痛が伴うものでもないだろうしね。だから、アンドロイドの世界は、過酷さを減らすことができると思う」


「それが、君の答えということなのか」


「暫定的な答えだ。既に伝えたように、考えというのは日々変わるものだ」


 現時点であっても、それが答えになることに、私は自分とリーヴィズとの差があると思った。


 私は、機内に着陸が近づいているというアナウンスが流れ始めたので、会話を打ち切ろうと思ったが、最後に一つだけ気になったことを確認した。


「だが、アンドロイドたちは、死なないからこそ、戦いが凄惨になるのでは? たとえば、核兵器の使用も辞さない。敵のバックアップ用のデータセンター群を破壊するためには、核攻撃によって月面なんて欠けても構わないなんてこともあると思うけど」


「確かに、大量破壊兵器で、データセンターの徹底的な破壊を狙ったような戦争が起きることはあるかもしれない。だが、肉片や血が飛び散り、温かな肉体を復元することが困難な人間の戦争よりはいいと思う。まあ、人間についても、無くなった部分に人工臓器を入れればいいという考えもあるだろうが、わざわざ兵士として、痛みや苦しみを感じる人間を使うのは理解できない。アンドロイドなら、設定を変えれば、痛みや苦しみはオフにできるし、感情すらオフにできるからな。何より、そんなこと、世界が変わってみないと、どうなるか分からないだろう。人間だって核兵器を大量に持っているが、歴史上、戦争で使ったのは2回だけだ。同じように、アンドロイドたちも核兵器なんて使わずに生きていくかもしれない。それこそ、争いすらない、協力的な世界になるかもしれない。人間では成しえないような、ね」


「争いのない、協力的な世界なんて、本当に実現できるのか?」


「人間ではできなかった。でも、人間以外ならできるかもしれない。それに俺は、人間もその様な世界を作ることは可能ではないかと思っている。だが、大人たちはその可能性にありえないと蓋をし、日々、経済や組織内の上下関係などで争っている。子どもたちは、なぜ人は争うのだろうかと疑問を感じているのにね。俺からして見たら、大人が子どもなのか、子どもが大人なのか、よく分からんよ。人間は、そこにもっと疑問を持つべきだったのだろうな。だが、もう時間切れで、手遅れだと俺は判断して、このような会社を作り、未来を進めている。それが良いか悪いかは、歴史が判断してくれるだろう」


 それがリーヴィズの世界観だった。


 私は、世界が変化するとき、ここまで人同士の価値観が露呈し、世界がバラバラな方向に進むとは思っていなかった。


 リーヴィズは、ポラストが提示した人間を完全にモノとして扱う世界よりはマシだとしたものの、やはりインシュカラの考える人間の文明参加を優先するような考えは理想主義だと考え、不満を抱いている。


 だが、私は、宇宙開発を何よりも優先しようとするリーヴィズの考えには疑問を抱いているのだ。


 私は、価値観というのは、多様性のために必要な構造だとは思ったが、同時に厄介な構造だとも感じた。人が互いに、自分の価値観に沿って考えている限り、誰かにとって良いことは、誰かにとって悪いことであり続けるのだ。


 そんなことを考えているうちに、もしかすると、TBL社の元代表で、機人にならなかったヴァーサフは、ここまで未来を見据えて絶望し、一人一世界という思想に辿り着いたのかもしれない、と私は思った。


 そして、彼の話を、そう、新商品の説明などの商業的な部分以外の彼の話を、もっと聞いてみればよかったと、私は投資家らしからぬ後悔をした。

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