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09.到着、別世界

ゆさゆさ、ゆさゆさ


「アイリ様、失礼いたします。お邸に到着いたしました」


 体が揺さぶられている。普段、寝起きスッキリの私にしては珍しく瞼が重かった。体もどこかだるさを感じている。


「慣れない馬車での移動でお疲れかもしれませんが……っつーか、このまま起きなくて無防備なまんまだと、味見したくなっちゃうんだけど、いいかなー?」


 ぺろり、と舌なめずりの幻聴に、私の危機管理意識が仕事をする。気づけば、跳ね上げるような勢いで瞼を持ち上げていた。


「……」


 目の前にいたのは、黒髪黒目の青年……要は、至極丁寧な扱いをしてくれていたはずの、使者その人だった。


「あ、起きちゃったか、残念」


 文字通り目と鼻の先にあった彼の顔を、私は無言のまま手で押しやった。なに、これ。だれ、これ。


「随分と、イメージが違うのだけれど」

「あれね、外向きなの。肩凝るんだよね」


 にかっ、と人好きのする笑みを浮かべた青年は、馬車から出ると、外から私に手を差し伸べた。


「お手をどうぞ、アイリちゃん」


 慣れない馬車で寝たからではなく、精神的な理由で頭痛がする。だけど、なんとなく弱みを見せるのも癪な気がして、動揺を内側に押し込めた。

 浅く腰掛け直し、外で待つ彼に手を伸ばすと、くん、と引っ張られるようにして馬車の外に足を踏み出した。


(うっ……)


 目の前にどどんとそびえる豪邸に、腰が引ける。こんな大きなお邸を、今までに見たこともない。正視できずに目を逸らすと、綺麗に整えられた庭園が視界に入る。背後には一直線に伸びた道と、かなり遠くに鉄の門扉。

 少しばかり、ちゃんと脱走できるのか、と不安がよぎる。


「ようこそ、我らが主の住まう城へ」


 使者が仰々しく頭を下げてきた。今更取り繕われても、わざとらしくしか見えない。いや、絶対にわざとだ。


「あれ? びっくりさせちゃった? そんなに硬くならなくても大丈夫。ご主人様は敵じゃない女の子には優しいから」


 それは、敵と男性には厳しいということの裏返しだろうか、と私は裏読みをする。少なくとも、婚約相手としてわざわざ迎えに来るくらいだ。最初から邪険に扱われることもないはず。


「じゃ、さっそく部屋に案内するね。――――あとはよろしく」


 使者の代わりに御者席に座っていた男が、小さく頷き、空っぽの馬車を走らせていた。積んでいた私の荷物は使者が持っている。馬車の中に持ち込んでいた両親の絵姿の入った額も、いつの間にか彼の手にあった。


(御者席の人、帽子を深く被っていたせいで顔も見えなかったけど、あの人もきっと使用人の一人よね。一緒に村まで来てた甲冑の人も姿が見えないけど、あの人も使用人。……いったい、何人ぐらいこの邸で働いているのかしら)


 自分が場違いな場所に紛れ込んでしまったことを自覚しつつ、私は足を動かした。

 白壁の豪邸の中に入ると、あまりに別世界のような内装に頭がくらくらした。継ぎ目も見えない真っ白な壁、細工のみっちり施された燭台、階段の手すりもピカピカに磨き上げられていて、触るのすら躊躇われる。

 半歩先を歩く使者は、足取りも軽そうだというのに、私はいつになく足が重かった。けれど、来て早々に階段で躓くような失態は見せられないと、何とか後をついていく。


「はい、到着。ここがアイリちゃんのお部屋だよー」


 案内されたのは、予想を遥かに上回る場所だった。この邸に到着してからというもの、その高級感に驚き疲れていたけれど、それでもまた驚かされた。

 最初に目に飛び込んできたのは、マホガニーの木枠に乳白色の革張りがされたカウチと、天板がガラスでできたローテーブル。どういう技法か知らないけれど、天板には見事なバラの花が彫り込まれていた。ローテーブルには小さなレースのクロスと花瓶が置かれていたので、うっかり爪をひっかけたりしないよう気をつけないと、と自分に言い聞かせる。

 案内されるがままに続き部屋になっている奥の部屋を覗くと、そこは寝室になっていて、村で自分が使っていた部屋ぐらいの大きさのベッドがドン、と据えてあった。あれ一つで四人ぐらい寝られるんじゃないかと思ったのは流石に口に出さない。


「どう? 気に入ってくれた?」


 私の反応を面白がっているのか、必要以上に朗らかな声で尋ねてくるのが、どうにも癇に障る。


「正直、使うのが勿体ないとしか……」

「ふぅん? まぁ、気に入らないっていうわけじゃないなら、ゆっくり休んでよ。オレっちは無事に花嫁様をお連れしましたーって報告しなきゃなんないから」


 ゆっくり休めるはずもない、と思いながら、私はそのまま退室しようとする使者に慌てて声をかけた。


「私にはとても分不相応だけど、私の部屋だというのなら遠慮なく使わせていただきます、と伝えてもらえます?」

「はいよー。あ、何かあればそのベル鳴らして? すぐメイドが来るから」

「あ、あと、あなたの名前も聞いていないのだけど」

「ん? あぁ、オレっちはリュコス。でも、先に名乗ったってバレると主が怖いから、黙っててくれると助かるかな」


 ひらひらと手を振って去っていく使者――リュコスを見送り、私は大きく息を吐いた。慣れないことだらけで、知らず息を詰めていたらしい。

 ちらり、と最後に言われたベルを見る。チェストの上で銀のお盆に恭しく載せられたベルは、うっかりすると割ってしまいそうなほど繊細に見えて、触るのにさえ勇気が必要そうだった。


「……どうしたものかしら」


 服の上から、首に提げた指輪に触れる。その固い感触に不思議と気力が湧いてくる。


「アデル、待っていてね。絶対に会いに行くから」


 決意を口にし、窓辺に近づく。眼下に広がるのは、先ほど圧倒された広い庭園だ。遠くに見える鉄の門扉より、塀の代わりに整えられている緑の壁――生垣の方が突破しやすいかも、と考える。

 空を見上げれば、まだ青い。となれば、間近に行って確認した方がいいだろう。


 ここで、私は違和感に気が付くべきだった。村に使者が来たのは、私が一仕事終えた後だったのに。それから、馬車の中で気怠く感じる程の時間を寝て過ごしていたというのに。どうして空がまだ青かったのか、と。次期侯爵の邸が、いったいどこに建てられているのかを、もっとちゃんと考えるべきだったのだ。



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