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07.馬車の中

「主人の邸まで随分と時間がかかりますから、お眠りになっても構いませんよ」


 御者席に面した小窓から、使者が顔だけ覗かせて忠告をしてくれた。


「お気遣いありがとうございます。ぜひ、そうさせていただきます」


 もう一人――全身甲冑の人は護衛役なのか、馬車と並走する形で馬に跨っている。というか、一言も喋っていないのだけど、ちゃんと中身……入っているのよね? 空っぽの鎧が動くなんて話、怪談か何かで聞いたことがあるのだけれど。

 そんな益体もないことを考えていたら、ぴしり、と鞭の音が耳に入った。ほどなく馬車がゆっくりと動き出す。

 外観から予想していたよりも広く感じる車内で、私はようやく一人になれたことに、大きく息を吐いた。そして、手元に置いていた額の裏側を手で探る。前面と背面をつなぐネジを指先で緩めてぱかりと開けた。


「良かった……。これだけは絶対に渡したくなかったもの」


 この額は、叔母夫婦の元に来てからしばらくして、近所のお兄さんに教えてもらいながら作ったものだった。額が随分と厚くて不格好に見えるので、叔母夫婦からは、たかが子供の落書きを収めるのに、木材を無駄遣いして勿体ない、なんて言われたけれど、むしろ誉め言葉だ。額の中に空洞があるなんて思いもしなかったろうから。

 絵姿を外し、外枠を振ると、ころん、と小さな指輪が転がり出てきた。しばらく入れっぱなしにしていたから、随分と銀の台座が黒ずんでしまったけれど、埋め込まれた深い赤色の石の輝きは失われていない。

 この指輪は、親友――アデルとの友情の証だった。


『いつか必ず会いに行くから、これは約束のしるし』


 アデルが街を離れなければならなくなって、お別れを言われたとき、これを持って待っていて欲しいと言われたのだ。子供の頃だったし、赤い石も台座も単なるガラス玉とメッキとしか思っていなかったのだけれど、これを見た母から「こんな綺麗なものは、誰かが欲しがってしまうかもしれないから、大切にしまっておきなさい」と真面目な顔で言われたので、小さな巾着に入れて首から提げていた。叔母夫婦に引き取られた後も肌身離さず提げていたけれど、私が決して見せようとしない「友達からもらった大事なもの」に興味を示したマリーの目から逃れるため、この額縁の中に隠していた。


(あのタイミングで、お兄さんに額縁の作り方を教わらなかったら、きっと見つかって取り上げられてしまったわね)


 そういえば、あのお兄さんは誰だったんだろう。まだ村に来て間もない頃だったし、あれから顔を見ていない気がする。でも、あの人は私とマリーの力関係を把握していたようだったし……?


『隠したいものがあるなら、ここに入れられる。小さいものに限られるが』


 口下手で、必要なことだけしか話さない。そんな印象しか記憶にない。あれから姿を見ないのは、どこかへ引っ越したのか、それとも最初から村の人ではなかった、とか?

 そこまで考えたところで、どうせ答えの出ないことだと切り替える。大事なのは、手元にこの指輪があるということだ。

 黒ずんだ台座をスカートの裾で拭くと、少しはマシになった。


(ごめんね、アデル。あの街で待ち続けられなかった。でも、絶対に戻る。ううん、むしろ、私の方からあなたを探すわ――――)


 長い黒髪の、私なんかよりずっと美人だった大事な友達。理屈じゃない。ただ、会いたくて仕方がなかった。



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