64. 次から次へと!
「や、元気?」
まだ重い頭を抱えながら、何とか食事を終えたところで、食堂にやってきた姿があった。
時刻は真昼を過ぎたあたり、もちろんライは寝ている時間だ。だというのに、だ。
(どうしてテオさんが起きているんだろう……?)
ライと同じ夜型ではないのか?という疑問が頭をもたげる。でも、よくよく思い返してみれば、仕立て屋の助手として潜り込んできたのは昼間だった。
「まだ本調子ではないですが、概ね元気ですよ」
「そっか、良かった」
単なる挨拶代わりだったんだろう。許可を取ることもなく、当然のように私の向かい側に座ったテオさんは、何故かじっと私を見つめてきた。
「あの……?」
食後の果実水を飲みながら、視線を感じるのは非常に居心地が悪い。
「別に、アデライードの顔に惚れた、という感じじゃないんだよねぇ」
「何を突然言い出すんですか」
「いや、普通はね? 僕にこうやって見つめられると赤面する女性が多いからね?」
「婚約者の父親にそんなことを言われても、反応に困ります」
私の答えがお気に召したのか、テオはふ、と笑った。
「なるほど。それなら理性的に話ができそうだね。僕が言いたいことは1つだけだ。アデライードから寿命に関する提案や、若さを保つ方法を教えられそうになったら、内容を聞かずに断ること」
「……はぁ」
どうしてこの親子はこうも仲が悪いのか。昨日、ライと話したのが何時頃だったのか分からないけれど、絶対にお互いに話をしていないことが確定した。
「そういうのは普通、私ではなくライに対して、その提案をやめるように言うものではないんでしょうか?」
「アデライードが今更僕の話を聞くとは思えないからね。それなら君に直接忠告した方が確実だろう?」
「寿命を共有する方法がある、という話だけは聞いてます。具体的な手順や方法についてはまだ、ですけど」
私の言葉に、「想定以上に早かったな」とテオさんが独り言ちた。
「君が思うより、人の枠をはみ出すということは障害が多いとだけ言っておくよ。他人からの目もそうだし、そうなるまでの代償も含めて、ね」
「奥様は、それに耐えられなかった、ということですか?」
「アデライードが話したのかな? まぁ、もともと強い方ではなかったからね。社交に出したのも一度だけ、それでも、その一度だけで打ちのめされてしまったから」
思わず、ごくりと喉が鳴った。そうか、一応侯爵だし、社交界とかに顔を出さないといけないのか。それは確かに怖そうだ。
すると、私の思っていることがバレたのか、テオさんが笑みを深めた。
「あぁ、変に憧れとかはないんだね。綺麗なドレスを着て、贅を凝らした食事をつまみ、――――その実、虚構と嫉妬と裏切りと、まぁ、どろどろしたもので煮詰めた社交界に」
「テオさんの言葉で、余計に行きたくなりました。私はマナー一つ知らない平民ですので、侮られる未来しか見えないです」
「僕かアデライードと一緒なら、ちょっかいかけられることはないと思うけどね? 基本的に遠巻きにしか見られないから。いや、たまに頭のネジの緩んだご令嬢とか未亡人が寄ってくるけど、すぐに追い返せるし?」
そう笑うテオさんの赤い瞳が物騒に輝く。それは暗示を使うということでしょうね。はいはい。
「そこは別に、そういう場に出なければならなくなったら、その直前に覚悟を決める話なので、構いません。寿命を共有する方法については、詳しく話を聞かないと何とも言えませんが」
「なるほど、ちゃんと自分で判断する、ということなんだね。その心意気は好ましいよ」
僕からの忠告はここまでだ、とテオさんは立ち上がった。だけど、食堂から出ていく直前、足を止めて振り返る。
「一応念押ししておくけど、普通の人間の精神は、長く生きることに耐えられるようにはできていない。あと、共有を為すための試練を越えられるかな?」
ひらひらと手を振って食堂を出るテオさんを見送りながら、私はどっと疲れを感じた。
(不安を煽るだけ煽って行ったわね。性格が悪いったら)
今後、義父と仰がなければならない存在に、もはやため息しか出ない。
すると、慌てた様子の足音が近づいてくるのが聞こえた。もしかして、またライが駆け付けてきたのか、と思えば、顔を出したのは全く別の人物だった。
「アイリちゃん、無事?」
「リュコスさん」
「ね、さっきまで性悪がここに来てなかった?」
「その性悪がテオさんのことでしたら、ここで話をしていきましたよ」
「あー、遅かったかぁ」
食堂の入口でしゃがみ込むリュコスさん。
(というか、以前はテオさんに仕えていたんじゃなかったっけ? それなのに『性悪』扱いなの?)
私は首を傾げた。テオさんの口ぶりでは、ライに仕えるように暗示を仕向けた、という話だったと思うのだけど。
「あー、ご主人様に怒られる……」
「もしかして、テオさんを近づけるな、とか言われてました?」
「そゆこと。昔っから、人の裏を掻くのが上手なんだから。はー……、報告したくないなぁ」
「別に何かされたわけじゃないですよ? 寿命の共有を持ち掛けられても頷くな、っていう忠告だけですから」
「だよねぇ。多分、ご主人様もそれを言われたくなかったんだろうけど」
そこで、ふと、気付いてしまった。リュコスさんの姿にすごく違和感があることに。
(え、……あれ、幻覚かしら?)
ちょっと自分の目がおかしくなっているのかもしれない。でも、確かに見える。リュコスさんの頭に三角の耳と、足の間から力なく垂れたふさふさの尻尾が。髪と同じ黒だから、ちょっと目立たなかったけれど。
「ん? あー、気付いた? ご主人様から、もう隠さなくていいって言われたから、隠すのやめたんだ。どう? かわいいっしょ?」
リュコスさんは自分の頭を指さす。ついでに尻尾が左右に元気よく振られ始めた。
「幻覚、じゃないんですねー……」
どうしよう、ちょっと遠い目になりそうだった。いや、現実は受け入れるべき? 確かに、この邸に人間がいないとは聞いていたけど、突然、こんな風に正体を露わにされてもね? 心の準備がね?
「あらためてよろしくアイリちゃん。ご主人様の下僕、人狼のリュコスでーす」
「はぁ、ヨロシクオネガイシマス」
片言になった私は悪くない。




