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63.一人で3回おいしい

「あのね? 人間は老いれば容姿も衰えるし、足腰も融通がきかなくなるし、しまいにはシモが緩くなったりするのよ。ただでさえ美形のライの隣に立つのは、ちょっと腰が引けるのに、よぼよぼになった私の隣に若々しいままのライの顔があるって考えたらね? ついでに、年を重ねた私が粗相をしちゃって、それをライが処理するとか考えたらね? ……最悪だって思うでしょうが」


 そんなことを思うままに並べ立てたら、ライの表情がストン、と抜け落ちた。いや、無表情の美形って怖いからやめて欲しいのだけど。


「アイリは、そうなったら俺をおいていく?」

「おいていくっていうか、おいていかざるを得ないというか。寿命が違うってそういうことじゃないの?」


 なかなかに表現が難しいね。「置いて逝く」「老いていく」どちらも同じことだけど。

 ダジャレにしたいけれど、さすがに不謹慎だな、なんてあさってのことを考えていたら、ライがとんでもない爆弾を落としてきた。


「母は……、老いを自覚したから自殺した」

「はい?」

「アイリもそうなるということ?」


 今度は私の表情がかちんと固まった。驚きと憤りと共感と、一瞬で感情がぐっちゃんぐっちゃんになる。


「待って。いや本当に待って。色々と初耳の話が多くて追いつかない。ちょっと十数えるくらいの時間を頂戴」


 こくりと素直に頷かれたので、私は頭をフル回転させて情報を整理する。

 つまり、老いた身で夫の隣に居たくないから自殺したってこと? 子ども放置で? 確かに若々しい美形の夫の隣に立ちたくないのは分かるけれど! けれどもさぁ!


「っし!」

「アイリ?」

「うん、大丈夫。整理はついた」

「やっぱり、アイリも――――」

「十年か二十年か、そのぐらいかけて、ライに介護される覚悟を養っておく!」

「……」


 あれ、何故かライに目を逸らされてしまった。私なりに考えて決意表明したつもりだったのだけれど。


「アイリは、それでいいの?」

「いいとか悪いとかじゃなくて、見方を変えてみればいいんじゃないの? 今はライの方が年上に見えるけれど、もう少ししたら同い年ぐらいになって、最終的には若いツバメを囲ったように見えるじゃない? 一人で三度おいしいっていうのもアリかな、って」


 まぁ、本当は色々な羞恥心をごまかすために後付けした理由だけれど。とりあえず、物忘れがひどくなったり、シモが緩くなったりしない努力が必要よね……。気合いで何とかなったりしないかな。


「はぁ、本当にアイリは……」

「なに?」

「アイリの考えが俺の上を軽々と飛び越していったり、思わぬ方向で道を開いたりするから、敵わないな」

「なんだか、あまり良い言われ方じゃない気がする言い回しね?」

「気のせいだよ。でも……うん、アイリを選んで良かった」


 ぎゅむーっと強く抱きしめてきたその腕に、私はそっと手を置いた。


「お母さんの気持ちも分からないではないのよ? ただ、残された側の気持ちを考えるとね。――――私も、残された側だから、さ」


 父母を失った日の喪失感は、今でもときどき私の胸を痛くする。自分の立っていた場所が、あっけなく崩れたあの日のことは、もう思い出したくない。日常がいかに尊くて、いかに脆いものかを思い知らされた。


「ごめん、思い出させた……」

「大丈夫よ。でも、そうなると、困ったわね」

「何が?」

「私がライを置いていくことが確定なのでしょう? テオさんみたく闇堕ちしない対策が必要よね?」

「闇堕ちとか言うなよ……」


 がっくりと肩を落としたライだけど、微かな声で「否定できないけど」とこぼした。

 とりあえず、老いても健康を保つ方法を考えることと、ライの闇落ち防止対策は必須かな、と考え込んでいる私は、ライの次の言葉をうっかりスルーしそうになった。


「俺と同じだけ生きられる方法があると言ったら、どうする?」

「老いに抗うには、適度な運動と頭の体操……えぇ? ライ、今なんて言った?」


 思わず聞き返してしまった私は悪くない。とんでもなく現実離れした提案をされたような?


「俺と寿命を共有する方法がある。……母は、その提案を拒否したらしい」


 そっと見上げれば、とても真面目な表情だった。私を担ごうとしているわけではなく、本当にそんな方法があるということなんだろう。まるで物語のように現実味がないけれど。


「提案を拒否した、ということは、デメリットがあるということなんでしょう?」

「あぁ」

「詳しく聞きたいけれど……、ごめん、そろそろ限界かも」


 すごく気になる提案なのだけれど、私の視界の端に映るジェインが、圧をかけている気がする。病み上がりの身で無理をするなと。


「あ、まだ頭痛が残っているんだったな。ごめん。確かに長く話し過ぎた」

「う、うぅん。いいの。寝てばかりで、私の方こそごめんね。仕事もあるんでしょう?」

「仕事は……くそ親父もいるから、そこまでは」

「そうなの? それならちゃんと話すっていう約束はお願いね」

「……善処……したくない」

「ライ?」

「前向きに検討する」


 まぁ、こういうことは焦っても仕方がない。私はライが退室するのを見送って、もそもそと横になった。


(寿命の違い、かぁ……)


 小説の中の吸血鬼なら、太陽に弱くなったり、吸血しないと生きていけなくなったり……って言うけれど、ライがピンピンしてるからなぁ。

 それでも、ライのお母さんが自殺を選ぶ程なのだから、よほどの代償が必要なんだろう。


(改めて話を聞くのは、ちょっと怖いかも……)


 そんなことを考えながら、私はゆるゆると睡魔に身を任せた。



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