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62/68

62.年の差なんて?

『ひとりなの? それなら、いっしょにあそぼう?』

『わたしに関わらないで。ロクな目に遭わないわよ』


 ライの記憶によれば、そんな初対面の会話だったらしい。残念ながら思い出せなかったけど!


「婚約者に拒絶され、くそ親父には命を狙われ、あのときの俺は今思えば、拗ねて行き詰って、それでも無為に死ぬことだけは選びたくなくて……まぁ、一言でいえば、面倒な状況になっていた」

「別にテオさんは命を狙っては……」

「そう思わせていただけ、というのは今なら分かる。あくまで当時の俺は、だ」


 確かに拗ねてもおかしくない状況……というか、本当に非行に走らないで良かったわよね?


「そんな俺に損得なく話しかけてきたのはアイリ、君だった」

「損得なく……って、単に遊び相手が欲しかっただけよ。近所の女の子たちとは、あまり趣味が合わなかったから、特にお気に入りの本について聞いてくれるアデルと一緒にいたかった、それだけで」

「それだけで、良かったんだ。そのときの俺は、それが欲しかった」


 ライが寝台に腰掛け、ぐいっと私の体を抱き寄せる。まるで包むように抱きしめられ、私は安心して体を委ねた。


「アイリが『真実の瞳』を持っているかも、という疑念が生まれたのは、少し経ってからのことだ。最初はただ、暗示がかかりにくいだけだと思っていた」

「……うん」

「だから、『真実の瞳』を持っていようがいまいが、俺はアイリを選ぶ。……どうか、信じてくれないか」


 懇願するような色を秘めた声音に、私は小さく「うん」と頷いた。


「ごめんなさい。いきなりよく分からない『真実の瞳』だなんて単語がでてきたから、自分でも、卑屈になっちゃってた」

「いい。不安にさせた俺も悪い」


 ぎゅ、と強く抱きしめられ、私もそっと腕を回す。

 言葉だけで転がされるなんて、私もちょろくなったものだ。でも、それも相手がライだから。アデルで、ライだから。


(……ん?)


 そこで、はた、と気が付いた。


「ね、ねぇ、ライ。聞いてもいい?」

「どうした?」

「ライは私と会う前に、その、元婚約者さんと婚約解消したのよね?」

「そうだな」

「……ということは? いや、えぇと」


 どうしよう、これってズバリ聞いてもいいのかな。もしもこれを、例えば村でお世話になっていた近所の『おねえさん』に言ったら、張り倒される質問なのだけど。


「何か言い淀むようなことでもあったか? 別に俺は気にはしないが」

「あ、あのね? ……ライって、何歳なの?」

「……」


 黙られてしまった。

 やっぱり、迂闊に年齢を尋ねるのは良くないよね? でも、そもそも外見からして年下だと思っていたけれど、何か急成長しちゃうし、そもそも元婚約者とのエピソードを思い返したら……ねぇ?


「以前、俺が自分のことを、吸血鬼に近い存在だと説明したのを覚えているか?」

「うん。でも、蝙蝠にはならないし、人間の血がごはんじゃないって」

「くそ親父を見て、どう思った?」

「……見た目、若いなぁ、と」


 何となく、答えを聞きたくなくなってきた。

 え? だって、吸血鬼って寿命ないわよね? ライもそうだってこと?


「年齢、という尺度であれば、アイリよりもずっと年上だ」

「……やっぱり」

「寿命という話なら、普通の人間とは比べ物にならない」

「……デスヨネー」


 なんだかじわじわとテオさんに悪いことをした気分になってきた。テオさんが奥さん――ライのお母さんを亡くしたのは、何年前なのか、具体的な数字を聞いていない。ライの外見年齢から勝手に判断してしまっていたけれど、それ以上の年数なのは間違いないだろう。


「アイリ」

「うーん」

「アイリ?」

「いや、待って。もう色々と処理が追いつかないの。いや、別にライが想像以上に年上なのは問題ないのよ? ただ、テオさんに悪いことをしちゃったな、とか、今度は私がライの外見年齢を追い越すのか、とか、本当に色々考えることがあり過ぎてね?」


 そうなのだ。

 テオさんだって、美形ということを差し引いても、外見年齢が若すぎる。だって、ライと並んでもちょっと年の離れた兄弟ぐらいにしか見えないもの。


(ということは、最悪、しわしわのよぼよぼになった私の隣に、変わらぬ美形のライが立つわけで……)


 やばい、どうしよう。軽く絶望できるレベルなのだけど!


「さいあくだ……」


 うっかり呟いてしまった単語が、あまりにも不穏過ぎたのだろう。気づけば私は寝台に押し倒されていた。両手を押さえられ、至近距離で私を見つめるライの顔がある。


「ライ?」

「それは、やはり、人外の俺とは一緒にいられないと、そういうことか?」

「へ? あ、いや、ちが――――」

「アイリも、俺を拒むのか?」


 ライの瞳が、徐々にその赤を翳らせていく。ぞくり、と背筋が凍るような悪寒が走る。


「ちがうから! いいから話を聞いて」

「駄目だ。俺は絶対にアイリを放さない」


 あぁ、もう、うっかり声に出した私もいけないけど、耳を貸してくれないライも悪い!


「だから……っ!」


 ごん、と鈍い音がした。視界が回る。頭が痛い。いや、元から痛かったけれど、今度は物理で額が痛い。

 いい加減に話を聞いて、という意味を込めて頭突きをしたけれど、思った以上に石頭だった。ライが。


「最悪っていうのは、ライに介護させちゃう自分の未来予想図のことだって!」

「介護……?」


 ライが茫然と呟いた。




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