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60.父と息子の没交渉

(……ありえない)


 それが私の偽りない感想だった。

 私が意識を失ってから二日。つまり、二日の猶予があったはずなのだ。


「ねぇ、ライ。もう一度、確認してもいい?」

「あぁ」


 私は応接間でライと向かい合わせになって座っていた。テオさんも、一応同席という形なのか、部屋の入口近くの壁に寄りかかるように立っている。


「意識を失った私を連れて、ここへすぐに戻って来たのよね?」

「あぁ」

「そのときに、テオさんも一緒にここへ来たのよね?」

「そうだな」

「そこから二日間、私は寝たままだったのよね?」

「そうだ。すごく心配した」


 うん、状況は理解している。理解しているのだけど。


「それなのに、今後のことについてテオさんと一秒も話し合っていないということ?」

「そうだ」


 どうしてそうなる!

 私は大声でしばきたくなるのをぐっと堪えた。

 二日間も寝たきりだったというのなら、その間に親子間の溝も少しは解消しているだろう。と思っていた私は甘かった。テオさんの暗示があったとはいえ、この親子にはとんでもなく深い溝があったのだ。


「えぇと、テオさんは、ライやリュコスさんに暗示をかけて、自分をうまく殺した上で代替わりするように仕向けていた、で合ってますか?」

「うん、そうだね。君にあっけなくおじゃんにされたけど」


 本心の見えない微笑を浮かべたまま、テオさんが答える。


「ライは、それについてどう思っているの?」

「……別に、母が死んでもう何年経つか分からない。自分に置き換えれば『死にたい』と思うのも理解できる」


 そういえば、今更なのだけど。ライはいったい何歳なんだろう。ついこの間まで少年姿だったからか、お母さんが死んで何年経つか分からない、なんて言われると違和感しかない。

 私はちらりとテオさんを見た。うん、ライと並ぶとちょっと年の離れた兄弟に見えなくもない。


(あれ、もしかして、寿命も違う……?)


 本当に今更なことに気がついてしまったけれど、今はそれよりも大事なことがある。多分。後で絶対確認するけれども!


「そういえば、二人ともこの邸に滞在していて、侯爵家の仕事は大丈夫なの? テオさんはずっと王都の邸にいたのでしょう?」

「あぁ、王都の邸は交通の便が良かったから滞在していただけだから、気にしなくていいよ。むしろ、この邸にいるのが正しい侯爵家の形なんだ。重罪人の流刑地を管理するのがお役目だからね」


 重罪人の流刑地――まぁ、確かにそうなのだろう。重罪人が知能を奪われていたり、最終的にバラにされてしまうのが特殊なだけで。


(物は言いよう、とはよく言ったもんだわ)


 ちょっと遠い目になりながら、私は気を取り直してライに向き直った。ついでにその向こうに見えるテオさんにも。


「もう、中央との連絡以外、ほとんど侯爵家の責務はアデライードがやっているから、このまま結婚のお披露目でも何でもして、当主を継いでくれて構わないんだよ」

「そうしたら、テオさんはどうするんですか?」

「別に? 適当に余生を過ごすだけだよ」


 私は思わずじっとりとした目でテオさんを見てしまった。絶対に自殺する気満々だろ、この人。


「というか! どうして私が主導権を握って話をしなきゃならないんですか! そういうのは普通、親子水入らずで話すことじゃないんですか?」

「……俺は、くそ親父と話すことなんてない」

「だってさ」


 拗ねたライよりも、肩をすくめるだけのテオさんの方が、イラっと来た。

 私はすっくと立ちあがると、まっすぐにテオさんの前に向かう。


「何か?」

「場所が違うと思っただけです」


 テオさんの腕を掴んで引っ張ると、さっきまで私が座っていた場所――ライの向かい側の席に座らせる。私はライの隣に座り直した。


「ライ、テオさんは、私とライが両想いなのをいいことに、子どもをぽこぽこ作って欲しいんだそうです」

「は!? あ、いや、確かに一族の数は少なくなっているが、……え?」


 あ、ちょっと赤面しているライが可愛い。ささくれだった心が少しだけ落ち着く。


「それなのに、自分はとっとと奥さんのところに行きたいから、暗示で色々仕込んでいたんだそうですよ?」

「そう身も蓋もなくまとめられると、罪悪感が湧いてきそうだね」


 罪悪感が湧く、ではなく、湧いてきそう、という発言だ。絶対に罪悪感なんて持ち合わせていないだろう、というツッコミを飲み込んだ。


「息子であるライに全部押し付けて、自分だけ楽になろうって、さすがにおかしいんじゃないですか?」

「辛辣だね。王都の邸では、もっと当たりが柔らかかったように思うんだけど」

「すみませんね、ちょっと頭痛が残っているものですから。それなのに自分の都合しか考えないテオさんを見て、ちょっとイラっときてしまいまして」

「頭痛!? アイリ、やっぱり、もう少し休んだ方がいい。くそ親父との話し合いなんてどうでもいいから」

「二人だけで話してくれないから、私が休めないんでしょう」


 私の反論に、ライがぐ、と黙り込んだ。


「テオさん、まだ当主を続けてもらえませんか?」

「どうして?」

「知ってるかどうか分かりませんが、子育てはすごく大変らしいです。しかも、この邸は周囲から隔絶されているから、人手は多いに越したことはありません」

「……」


 す、と目を逸らされた。これは、子育てに参加しなかったタイプなのだろうか。


「ですから、隠居を決め込むのは、孫が何人か生まれてからにしてくれませんか」


 隣でライが「孫……? 俺の子か? アイリと、俺の……」とかぶつぶつ呟いているのは、この際スルーした。いや、発言は可愛いのだけれど、今はライに構っている場合じゃない。この死にたがりのダメ父をどうにかするのが先だ。


「子どもをぽこぽこ作って欲しいなら、相応の手助けをください」

「……」


 しばらく黙り込んでいたテオさんだったけれど、最終的には頷いてくれた。

 はー、疲れた。




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