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06.そもそも私のものだし

 ほんの僅か、叔母の口元が震えたように見えた。


「ま、まぁ、アイリ。これから侯爵様にお世話になるあなたに、あんな安物なんて……」

「父と母が遺してくれたものですから、ぜひ持って行きたいと思います」


 何度お願いしても、決して返して貰えなかった形見の品。取り返せるとしたら、この機会しかない。


「いいじゃないか、お前。アイリの言う通りだ」


 小さく歯噛みした叔母に、不穏な空気を感じ取ったのだろう。叔父が援護をしてくれた。使者の手前、妙なところを見せたくない、という保身だろうけど、なかなかいい仕事をしてくれる。


「わ、わかったわ、あなた。それじゃ、取りに行くわね。……使者様、失礼します」


 叔母の承諾に、心の中でガッツポーズを決めた私も、使者に声をかけて自室へ戻った。


(よしっ!)


 本当は、ザナーブのところへ嫁入りに行く前夜に、今のやりとりをしようと考えていた。でも、嫁入りが早まったのなら、決行も早めればいいと考えたのは正解だったようだ。

 母の髪留めは意匠の凝った銀細工で、母は私の嫁入りのときにつけて欲しいと、何度も幼い私に話してくれていた。それを叔母は自分の娘のためにガメていたのだ。父の腕輪は細工こそないけれど、上質な銀でできていて、何度も酒代に化けかけたところをすんでのところで食い止めていた。ときには酒代を私のへそくりで賄ったりもした。それがようやく手元に戻ってくると思うと、感慨もひとしおだ。

 私は上機嫌で寝台の下から脱走用ズタ袋を引っ張り出して、部屋の隅に置いておいた大きなカバンの底に押し込む。このカバンは村長宅に嫁入りする際に使う予定だったけど、今使わなくて、いつ使うんだって話よ。ズタ袋を隠すように、村長からの支度金で買いそろえた下着やら服やら一式を無造作に詰めていく。


「あとは……」


 改めて部屋の中を見渡す。ぼろっちい寝台と傷だらけのタンス。それだけで部屋の半分以上を占めてしまうようなこの狭い部屋ともお別れかと思うと、なんだか寂しい気分になるから不思議なものだ。


コンコン


 密やかなノックの音に、私は「はい」と行儀良く返事をした。予想通り、姿を見せたのは叔母だ。


「ねぇ、アイリ、相談なんだけど」


 部屋に入ってきた叔母の手に、見覚えのある木箱を見つけ、私はことさらに大きく歓喜の声を張り上げた。


「まぁ、おばさま! 持って来てくださったのね!」

「声が大きいわ、アイリ。その、この髪留めのことなんだけど――――」


 往生際が悪い。どうせ手放したくないんだろう。叔母はこの髪留めを気に入ったらしく、何かと眺めてニヤニヤしていたから。

 私はあえて叔母に要求を口にさせないように口を開く。


「えぇ、他でもない母から託されたものですもの。大事にします!」


 木箱をなかなか渡そうとしない叔母から、少し強引に奪い取ると、箱を開けて中身を確認する。記憶の中にあるのと同じ髪留めと腕輪がそこに収められていた。叔母は髪留めをマリーの結婚式に使い、腕輪をマリーの持参金に使おうとしていたのは知っている。酒代にしようとしていたのは叔父だ。


(これはあなたのものじゃない。私の母と父のものよ)


 私は叔母に笑顔を向ける。だけど、彼女はまだ諦めていないようだった。


「アイリ、あのね――――」

「ねぇ、おばさま。マリーのことなのですけど」


 叔母の言葉を遮り、私は箱を胸に大事に抱える。


「どうか、使者様から頂いた支度金を、マリーが結婚するときに使ってあげてくださいな。マリーにもきっと素敵な方が現れると思うの。私の嫁入り支度はもう整っているのだし、あのお金を使ってマリーに――マリーなら、そう、例えば、貴石をふんだんに使ったティアラとか似合うと思いませんか?」


 私なんかと違って、マリーはそういったもので飾らないと綺麗な花嫁になれないと思います。そんな皮肉を口にしたかったけれど、ここはぐっと我慢する。変にへそを曲げられても困る。穏便に。穏便に。


「そ、それもそうね。宝石を散りばめたティアラ……! 素敵だわ!」


 ようやく納得してくれたようだ。叔母の思い描いているティアラなんて、どれほどのお金がかかるか分からないけれど、それで私のことを忘れてくれるなら十分だ。ここで暮らした全てを恨んでいるわけじゃないけど、この人たちと縁を切りたいのも確か。下手にこちらに執着しないでもらいたい。


「さぁ、使者様をあまりお待たせしてはいけないわ。戻りましょう?」


 まだ夢見心地な叔母を部屋から追い出すと、私は取り返した木箱をそっとカバンの一番上に置いた。忘れ物がないかとぐるりと部屋を見まわし、慌ててタンスの上に飾っていた両親の姿絵を取った。親と死に別れた頃に自分で描いたそれは、お世辞にも上手とは言えない。でも、私にとっては両親をしのぶよすがだった。


「お父さん、お母さん。一緒に行こう」


 絵姿を入れた額だけはカバンには入れず、しっかりと手元に持ったまま、私も叔母の後を追うように居間へ戻った。



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