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58.夢中なときほど無茶をする

(えぇい、他に使えそうなものもないし、仕方ない!)


 寝台に座っているのを幸いと、私はシーツをぐしゃぐしゃっと丸めた。


「いいから話を聞きなさーい!」


 剣で打ち合う二人に向けて、シーツを放り投げる。うまいこと広がってくれたシーツは、思惑通り、二人の間に距離を作ってくれた。


(とりあえず、ライを止める!)


 テオさんが、子孫繁栄(?)のために、私を生かすつもりなのはさっき聞いた。それなら、背中から切られるようなことはない……はず! 信じていいよね、テオさん!

 そんなやぶれかぶれな思いで、双剣を構えたままのライの手首をぎゅっと掴む。顔を見上げれば――ちょっと人間から離れつつある形相になっていたけれど、中身はライだし、うん、大丈夫。


「アイリ! 邪魔をするな!」

「ごめんなさい、私はテオさんの思惑に乗りたくないの!」


 鎖っぽいもやもやを掴んだつもりで、そいや、と剥がす。粗方むしったところで、今度はリュコスさんに近づいて同じことを繰り返す。


「困ったな、それは困るよ。僕の計画が全部崩れるじゃないか」

「どうせ、ライに対して、テオさん自身を憎むようにとか暗示をかけていたんじゃないですか」

「当たりだよ。ついでにリュコスにも記憶の一部を封じた上でアデライードに尽くすように仕向けていたんだけどねぇ、それまで解いちゃってどうするの」


 長剣をまだ構えたままのテオさんは、私を強く睨みつける。どこか飄々とした表情しか見せなかった彼の仮面を剥いだ瞬間だ。


「これじゃ、リュコスがアデライードを裏切る素地もできちゃったし、安心して当主の座を継がせられないじゃないか」

「それなら、テオさんがライのサポートをすればいいじゃないですか」

「イヤだよ。僕は彼女のいない世界なんて、もうどうでもいいんだから。とっとと殺してくれないと困るよ」


 暗示の解けた衝撃か、それともテオさんのセリフによるものか、隣のライが息を飲む音が聞こえた。


「そんな勝手な感傷で、ライを親殺しにしないでください!」


 テオさんのセリフに頭に血が上った私は、彼を怒鳴りつけると、彼の真正面に立った。テオさんの右手にはまだ長剣が握られていたというのに。後から考えれば、このときの私は危機管理意識が仕事をしていなかったのだと思う。


「伴侶のいない世界? あなたと伴侶の血を引く息子がいる世界の間違いでしょう! とっとと目を覚ましなさいよ、この死にたがりの弱虫が!」


 本当に後から考えれば、怖いもの知らずだったのだと思う。それだけ、私は怒り心頭だったんだ。実の父に追われていたライ……アデルの苦悩を知っていたから。

 怒りに任せて振り上げた私の平手は、景気の良い音とともにテオさんの頬を張り倒した。


「いった……」


 ひゅう、と場違いな口笛を吹いたのは、きっとリュコスさんに違いない。


「当主の座を譲るとか譲らないとか、そういう話も含めて、一度しっかり親子で話し合ってください。あと、普通の人なら、自分の夫が子どもに親殺しをさせようなんて知ったら怒りますよ? 大事な伴侶だっていうなら、嫌われたくはないでしょう?」


 思いきり平手打ちをしたせいで、私のてのひらがじんじんと痛い。

 怒りが理性とか色々なものを凌駕してしまっているせいか、さっきからこめかみのあたりがズキズキとする。


「アイリ、大丈夫か?」

「あぁ、顔も落ち着いたみたいで良かった」


 私を後ろからぎゅっと抱きしめてきたライを見上げると、見慣れた眩しいご尊顔があった。叱られた大型犬みたいにへにょりと情けない顔をしているけれど、目も光ってないし、犬歯も伸びてない。うん、大丈夫。


「たぶん、ライもテオさんに暗示を掛けられていたと思うの。そのあたりの意図は、本人から聞いてもらうとして……、あの、迎えに来てくれて、ありがとう」

「アイリ、怖い思いをさせた」

「本当よ。切り合ってる人の間に突っ込むなんて真似、もうできないか、……ら」


 こめかみの痛みが洒落にならなくなってきた。なんか、目の奥がずっしり重い気がする。


「アイリ!?」


 こめかみや目の奥だけじゃなくて、頭全体がガンガンと痛む。なんで、と思う間もなく、私の意識は耐え難い痛みに負けて、ゆっくりと現実から遠ざかっていった。


「アイリ!」


 最後に見たのは、泣きそうな表情のライだった。


(そんな顔をしていても絵になるなんて、美形が過ぎるわ……)


 ライと一緒になるということは、常にこの顔の隣に立つということか、と思いながら、私の意識は闇に飲まれて消えた。



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