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57.『真実の瞳』

「ふざけたことをしてくれたな、くそ親父!」

「父親に対して向ける言葉じゃないよね。いつからそんなに口が悪くなったんだい、アデライード」

「御託はどうでもいい。アイリを返せ」


 怒りに顔を赤くするライなんて初めて見た。けれど、どうしてだろう。いつもより瞳が爛々と赤く輝いているように見えるし、口元から覗く犬歯が長く尖っているように見えるのは。


「あんまり感情的になると、姿が引っ張られるよ。常に冷静であれ、と教えただろうに」

「怒らせている元凶の言う言葉じゃないな。どうしてこんなことをしたのかはどうでもいい。アイリを返せ」

「……いいよ? だけど、今のアデライードを見て、彼女がどう思うかは知らないよ?」

「っ! いや、いい。アイリが俺を見て恐れても、アイリが無事に戻ることの方が大事だ」

「おやおや、ちゃんと損得勘定ができているね。うん、そういうのは大事だよ」


 完全に上から目線でライを煽っているは、やっぱり怒らせて自分を……なんだろうな。


「アイリ! そいつに何もされてないな?」

「あ、うん、だいじょ――――」

黙れ(・・)


 強い言葉に、私の喉がひきつる。そうだ。暗示にかかりにくいからと言って、暗示に全くかからないわけじゃない。

 はくはくと声なく口を開閉させる私を見て、ライの形相が怒りに歪む。


「お前、アイリに――――」

「ちょっと黙らせただけじゃないか。別に目を吊り上げる程のこともないだろう? もともと、僕たちはそういう仕事をして国に仕えてきたんだから」

「黙れ」

「汚れ仕事のために口を封じるなんて、仕事の延長じゃないか」

「黙れ!」

「おやおや、成長したことでいきがってるみたいだね。あぁ、成長した直後は、みんなそうなるもんだよ。力に酔うとでもいえばいいのかなぁ? 変に万能感があるんだよね」

「黙れって言ってるだろう!」


 激高するライを見ながら、テオさんが長剣の切っ先を私の方に向ける。


「成長したなら彼女は用済みだよね。処分しちゃってもいいかな」

「っ! リュコス!」

「はいこれどうぞー」


 リュコスさんがライに渡したのは、一対の双剣だった。鍛え上げられた刃がぎらり、と物騒な輝きを帯びる。


(ちょ、やめて!)


 私の喉はまだ仕事をしない。なんでこんな暗示にかかってるの! 暗示にかかりにくいっていうのはなんだったのよ!


「大丈夫だ。アイリ。安心してそこで見ていてくれ」

(だから違うの! テオさんはライに殺されたがってるんだからやめて!)

「はー、余裕だねぇ。成長してからちゃんと剣を振ったことある? 体のバランスが変わるから、成長前と同じには扱えないでしょ」

「やってできないことはないさ。――――リュコス、手を出すなよ」

「はいはい」


 一対一で戦おうとするライと、それに従うリュコスさんに、私は違和感を覚えた。

 普通、人質を取り返すために、というのなら一人が戦っている間に奪い返そうとするものじゃないの? リュコスさんも主の命令だからって、わざわざ危ない真似をさせる?

 どうして、と疑問を持ったのが引き金になったのか、私の視界にぼんやりと影のようなものが映った。ライとリュコスにかかる影は、凝視すると徐々に鎖の形をとった。


(鎖……? まさか、暗示が目に見えているとか?)


 いやそんな突拍子もない、と思っていたら、扉の向こうで倒れている使用人が目と口を覆うように黒い鎖でぐるぐる巻きにされているのが見えた。


(嘘でしょ……。それなら私の口はどうしてまだ声を出せないの)


 暗示が見えるなら、……と思って私は自分の体を見下ろす。自分で自分の口は見えない。でも、うっすらと鎖っぽいものが顎か首のあたりにまとわりついているのが視認できた。


(この邪魔なの、どかせる?)


 もうここまで来たら試行錯誤しかない。私は自分の喉のあたりに手をやって、掴もうとしてみた。不思議と感覚がないまでも、何かが掴めているようで、その手を自分から放すと黒い靄っぽい鎖も外れていく。


「っ、ライ! テオさんを切っちゃだめ!」

「何を言ってるんだ! あぁ、そうか、悪質な暗示をかけられているんだな? 大丈夫だ、すぐに解かせるから!」

「違うって!もう!」


 ガキィン、と隙を見て振り下ろされた長剣を、ライは両手の剣で受け止める。決して広くはない室内で、そんな大立ち回りをしないで欲しいと思うのは私だけ? 調度品が壊れる心配とかはないの?


(……って、そうじゃなくて!)


 たぶん、このまま切り合いを続けていたら、どこかでテオさんがわざと切られる。それだけは絶対に阻止しないと!

 ただ、それをどうやって阻止するかが問題なのだけど。

 何か使えるものはないかどうか、室内を見渡す。当主の私室、しかも寝室なんて、そんな物騒な道具はない。


(せめて気を引く何かがあれば、あとは強引にでも……!)



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