表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/68

56.おとうさんのけいかく

「君を巻き込んで悪いとは思う。できるだけアデライードに寄り添ってあげて欲しい。……まぁ、ちゃんとこの会話も忘れてもらうし、子どもをぽこぽこ産んでくれると、アデライードも楽になると思うから」


 荒んだ印象を振り切るように、再び笑みを浮かべるテオさんに、私は思わず立ち上がった。


「駄目だよ。ここまで聞いておいて逃がすわけがないだろう?」

「人の意思を無視した計画を勝手に話したのは、そちらのほう――――」


 どくん、と自分の鼓動が一際大きく聞こえた。しまった、と思っても遅い。私の視線はテオさんの赤い瞳に縫い留められたように動かない。


「大丈夫。ちょっと忘れたり、ちょっと心を後押しする程度だから」

(どこが大丈夫だっていうの!)


 そんなの許容できるはずもない。意志を捻じ曲げられるのもゴメンだし、性的に積極的になるとか恥で死ねる!

 けれど、私の体は動かず、視線はテオさんの瞳に魅入られたように凝視してしまっている。


(やだやだやだ……!)


 だいたい吸血を拒否するって何! そんな拒否反応とか見せたら、絶対にライが傷つく! そんなのはダメだって!


パリン


 グラスが割れるような音がした。いや、別に何も割れていないから幻聴だったのかもしれない。

 気づけば、私は動けるようになっていて、テオさんは目をこれ以上ないほど見開いていた。


「まさか……、いや、でも、確かに――――」


 茫然と呟くテオさん。何がどうなっているか分からないけど、とにかく体が動くなら、と私は廊下へ続く扉へと駆け出した。


「しまっ……捕まえろ!」


 私自身は大丈夫でも、物理的な力には抗えない。悲しいかな、邸に迎え入れられてからの運動不足を痛感する。

 食堂に控えていたメイドさん数名によって、私はあっさり拘束されてしまった。


「……まさか、いや、あんな話は眉唾だろう? 『真実の瞳』持ちなんて」


 何か呟きながら、テオさんはがっちり拘束された私の方へ近づいてくる。


「そんな情報は聞いていない。……は、本当にアデライードに付いたということか、リュコス」


 テオさんの手が私の顎をすくうように持ち上げ、至近距離で視線を交わさざるをえなくなる。覗き込んでくる赤い瞳に、全身がぞわぞわとした。


「うん、やっぱり暗示がかからない。困ったな。どうせ記憶も改竄できるからって、しゃべり過ぎちゃったな」


 どうしようか、と悩むテオさんの瞳が、再び妖しく光る。だけど、すぐに首を横に振り「うん、やっぱりだめだ」と零した。


「仕方ない。それなら――――」


 ドォン、と大きな音が響き、テオさんが顔をしかめた。重いものを叩きつけたような音が続き「予想より速い。まったく、誰も彼も僕の予想を超えてくるのはどういうことかな」と嘆息した。


「予定変更。こっちにおいで。君らは足止めよろしく」


 テオさんは私の拘束を解かせると、ひょい、と軽々と私を肩に担ぎあげた。

 私の体重を軽々と、という衝撃よりも、お腹に私の全体重がかかる衝撃に「ぐえ」と淑女らしからぬ声が出る。


「食堂を荒らされるよりは、僕の部屋の方がまだ痛みが少ない。最期まで付き合ってもらうよ」


 あぁ、ライに殺されるという基本方針は変わらないんだ、と私は遠い目になった。彼にとっての伴侶――ライのお母さんがどういう存在なのかは推測するしかないけれど、その人がもうこの世にいない以上、死にたがりなのは変えられないのだろうか。


(……本当に?)


 その最愛の存在の血を引くライは、どうでもいいの?

 なんだかモヤモヤする。ライは、父親のことを本当に憎むだけなんだろうか。父親に見て欲しかった欲求不満の裏返しということはないの? このままテオさんの目論見通りになって、誰が救われるの?

 本人でもないのに分かるわけがない。でも、私自身は、その結末は絶対誰も幸せにならない、と思っている。


(でも、それなら、私に何ができる?)


 分からない。なんか『真実の瞳』とかいうそれっぽい単語を出されたけれど、私はただ暗示にかかりにくいことしか分からない。それだけで、戦う力のない私に何ができる?

 テオさんの私室らしい場所へ連れ込まれ、荷物のように寝台に投げ転がされたところで、派手な振動と音がどんどん近づいてきているのに気が付いた。


「はー、どれだけ仕込んでいるんだか。詳細な場所までバレるのか」


 テオさんは壁に立てかけられていた長剣を手に取った。


「どうしてそんな物騒なものを部屋に置いてるんですか……」

「え? 単なる護身用だよ? こんな仕事をしてるとね、色々と恨みを買うもんだから」


 さも当然のように答えて長剣を抜き放ったテオさんは、にこりと笑った。


「大丈夫だよ。君には生きていてもらわないと困るからね」


 構えた剣の切っ先が扉に向けられるのと、扉が乱暴に開け放たれて、その向こう側にライの姿が見えたのは、ほとんど同時だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ