05.お金の力はすごい
「えぇ、そうです」
答えたのは隣の叔母夫婦ではなく、使者様だった。
「わたくしめの主人は、ただ一人の運命の君を求め、手を尽くしておりました。そして、アイリ様。あなた様を見つけることができたのです」
使者の言葉を、私は胡乱な目で聞き流していた。はっきり言って嘘くさい。だいたいシュトルム侯爵様と言われても、そんな高貴な方と遭遇した覚えはない。
でも、これはあまり良くない流れだ。
私は、とっととこの村をおさらばして、アデルを探しに行く予定なのに、お貴族様の婚約者なんかになったら、逃げられない。お貴族様のお邸から逃げるのと、この村から逃げるのとで、どっちが簡単そうかと言われれば、間違いなく後者だろう。
「あの、でも、私、半月後に――――」
「アイリ、こんな良い話、一生にあるかどうかも分からないのよ」
ザナーブとの結婚の件を口に出そうとした私の声を、叔母が遮った。それだけでなく、私の手を強く握ってきた。要は「話すな」ということらしい。
そこで初めて、私は叔父の目の前に置かれた見慣れない袋に気が付いた。おそらくあれはお金だ。ザナーブとの縁談のために村長が来たときもそうだった。私はあのときと同じように――――売られるのだ。
「アイリ様。主人はあなたに一刻も早くお会いしたいと望んでおられます。どうか城へご同道願えませんでしょうか」
とても丁寧な言葉を連ねながらも、使者の瞳は笑っていた。断ることなどないだろう。頷いてしまえ。そう言われているようだった。
「えぇと、同道、というのは、今すぐに、というお話ですか?」
「はい。真に不躾なお願いで申し訳ありませんが、そもそも近々この家を出られる予定だったとお聞きしております。それが半月ほど早まったとお考えいただければ」
まるで決定事項を告げられているようだ。目の前の使者は何があっても私を「主人」のところへ連れて行く予定らしい。そして、私の保護者という立ち位置の叔母夫婦もそれを歓迎している。いったいあの袋の中にいくら入っているのか知らないけれど、叔母夫婦にとっては、村長の意向に背き、村八分の憂き目に遭ったとしても良いと思えるだけの対価だったんだろう。そもそもこのお金で村を出るつもりなのかもしれない。いや、下手をすれば、私に付いてくるとか言い出しかねない。
「アイリ、随分と前から荷物をまとめていただろう? それを持って行く先が変わっただけだ。何も変わらないよ」
叔父の猫なで声が、私に覆いかぶさるような圧力をかける。反対側に座る叔母の手が、ひときわ強く掴んできた。
ここで拒否を口にしたらどうなるだろう。そんな悪戯心が頭をもたげる。だけど、そんなことをすれば、この使者の前で泥沼劇場を繰り広げることになるだろう。
(でも、それなら……?)
この使者の雰囲気からして、きっと断れないだろう。それなら、私はこの機会を利用してやろうじゃないか。
「えぇ、そうですわね。おじさま、おばさま」
私はにっこりと微笑んだ。
「実の娘でもない私を、引き取ってここまで育ててくださって、本当に感謝していますわ。お二人がそうおっしゃるのなら、間違いはありませんわね」
従順を装った私の言葉に、二人の顔に安堵と歓喜が広がった。
「でも、おばさま? 一つだけお願いがありますの」
「お願い? なんだい?」
「おばさまに『預けて』いた母の髪留めと父の腕輪がありましたわよね? 形見の品と一緒にお嫁入したいと思うのですけれど、出してくださいますか?」
あれはあくまで預けていただけだ。まかり間違っても、マリーに与えたり、換金されるために渡したわけじゃない。
そんな思いをこめて、叔母をひた、と見つめた。