49.婚約者の話
「一言で表せば、押し付けられた婚約者だった」
そんなふうに、ライは話してくれた。
「押し付けられ……て? でも、前に最初に血を吸う相手は、相思相愛の方がいいって」
「ちゃんと俺の話を覚えてくれたんだな。ありがとう」
顔を隠していた手を下ろし、おそるおそる隣を見上げれば、微笑むライの顔があった。まだこの成長した美青年の顔に慣れなくて、眩しい。
「最初に婚約者として紹介されたときは、お互いに見た目が同じくらいだったから、そこから関係を育んでくれれば……という計算もあったのかもしれない。だけど、そうはならなかった」
当時を思い出しているのか、私に向ける瞳が、どこか遠くを見るようで、少し切なかった。
「貴族のご令嬢だったの?」
「確か伯爵令嬢、だったかな。もう覚えてない。ただ、家の内証があまりよくなくて、裕福とは言わないまでも没落の心配のない侯爵家に持ち込んだ、という話だったと思う」
話を聞く限り、本当に政略結婚なんだな、と思う。経済状況が悪いから、というあたりが特に。
「最初の顔合わせのときは、そんなに変な感じじゃなかったよ。相手の態度が変わったのは、何年か経ってからだったかな。それが侯爵家の仕事を知ってからだった、というのは後から知ったけど」
「それは……犯罪者を相手にするから怖くて、ってこと?」
私の質問に、ライは一瞬だけ目を瞠った。でも、すぐに笑顔に戻ると、なぜか私の頭を撫でてくる。
「そういうところも、本当にアイリが好きだよ」
「なんか、察しが悪いとか、出来が悪いとか言われているニュアンスなんだけど」
「違うよ。本当にアイリの気持ちが嬉しいだけなんだ。たぶん、考えもしないんだろうね。俺たちのことを気味が悪いとか言われることなんて」
「は!?」
思わず大きな声を出してしまったら、ライは「そういうところだよ」とさらに頭を撫でてきた。
「たぶん、あっちの方が普通の反応だよ。アイリが稀有なんだ。普通は、血を吸ったり尻尾が生えてたり首が取れたりするってだけで、耐えられないもんだよ」
「え、ちょっと待って!」
私は慌ててライの手を取った。――――脈はある、大丈夫。
手を伸ばしてライの首のあたりを撫でる。――――うん、ちゃんと繋がってる。
お尻のあたりをじっと見るけれど、尻尾が生えているような様子はない。
「アイリ?」
「ライの首が取れたり、ライに尻尾が生えてるのかと思って」
「あぁ、俺の話じゃないよ。そういう人たちも侯爵家の配下にいるっていう話」
「そうなのね。でも、別に無差別に人を襲ったりとかはしないでしょ? だったら別に構わないんじゃないの?」
「うん、そういう考えの相手だったら良かったんだろうね」
「だって、そんな外見とか特徴が違う人より、横暴な理由で去年までなかった項目の税金をむしり取っていく人の方が怖いって。少なくとも、あの村の人ならそういうわ」
「ふふ、そうなると、アイリが怖いのは貴族になるのかな」
「べ、別に貴族全員が怖いってわけじゃないからね」
「分かってる。横暴な貴族が怖いだけだよね」
また頭を撫でられてしまった。まるで子どもに「いい子いい子」をしているみたいで、ちょっと屈辱。
「話が逸れたね。向こうの家としては、是が非でも嫁いで欲しかったようなんだけど、当の本人がどうしても嫌だと、それこそ命を賭けるレベルで反対してね、結局、この話は流れたんだ」
「命を賭けるレベル……」
「あんまり聞いてて気持ちのいい話じゃないから、詳しい話は省くけど、ちょっと過激な本人の反抗があったから、侯爵家も跡取りは俺一人だから、形ばかりの嫁は困るっていう理由で婚約解消した」
「ちょっと過激な反抗……」
なんか色々と暈された気はするけど、確かにその反抗内容は聞かなくてもいいかな、と思えた。聞いたところでお互いに気分が下降するだけで誰も得をしないんだろう。
「それがリュコスの言ってた『元カノ』の話だよ。俺の方も歩み寄る必要があると思って、色々と贈り物をしたこともあったから、そんな表現を使ったのかもしれないな」
「贈り物?」
「ドレスとか装飾品とかね。最初は喜ばれたけど、仕事を知られてからは大した意味はなくなったかな」
あ、また遠い目をしている。
「ライ、一応確認したいんだけど」
「ん?」
「無差別に他人を襲ったり、むやみやたらに血を吸ったり、人を串刺しにして街道を飾ったり、……そういうことしちゃう?」
「しないしない」
「だよね。それなら問題ないよ」
私は、その『元カノ』みたいになったりしない、という確信が伝わるように、自信満々で胸を張ってみせた。
「……アイリ。そんな顔されると、俺はちょっと訂正しなきゃいけなくなるよ?」
「ん?」
「むやみやたらに可愛いアイリを襲うことはあるかもしれないから」
「んん?」
私が察するより先に、立ち上がったライが私を抱き上げた。
「完全に理解するのは難しいかもしれないけど、あんなに可愛いこと言われて可愛い顔を見せられて、そもそも元婚約者に嫉妬してくれてることも嬉しかったっていうのにさ」
「ちょ、ちょっと、ライ?」
「ごめんね、アイリ。でも、俺に襲われて?」
キラキラした笑みを浮かべたライに目が眩んでいる間に寝台へ運ばれ、私はそのまま「襲われて」しまったのだった。




