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41.困ったときはシンプルに考えよう

 なんか、深く眠ったおかげか、頭はすっきりクリアになっていた。


(そっか、突き詰めてみれば、単純な話なのよね)


 なんか色々と難しく考えすぎていたのかもしれない。

 もともと、私はここへ次期シュトルム侯爵――ライの婚約者としてやってきた。今はまだ少年の姿だけど、私の血を吸えば成長するらしいので、倫理的にも問題ない。街にいた頃に仲の良かったアデルのことが気にかかっていたけれど、それはライだったから、もう再会している状況。


(それなら、別に考えるまでもないじゃない)


 ライがお父さんを追い落とすとか物騒なことを言っていることとか、ライだけでなくこの邸で働いている人はどうも人間じゃないこととか、色々あり過ぎてこんがらがってしまっていたけれど、余計なことを全部そぎ落として考えればよかったんだ、最初から。


 鏡台の前にすとん、と腰を下ろし、髪を梳かしてゆるく編んでまとめる。鏡台の鏡はライの監視ルートだと判明してからは、ずっと布をかけているけれど、村に居た頃は鏡なんて使わなかったから、別に構わない。むしろ、覗かれているかもしれない、と心配することの方が比重は重かった。

 ジェインを呼んで身支度することに慣れて欲しいと言われたけれど、やっぱりジェインは好きになれないので、一人で身支度してしまう。このあたりも、もしかしたら今後は改善しなきゃいけないかもしれないけど、そこはまだ保留で。


「……よし」


 気合を入れるように、軽く自分の頬を叩く。朝食のときにちょっと軽く話すだけ。うん、何も心配することはないし、気負うこともない。


 そうして臨んだ朝食の席、何故か壁で控えているリュコスさんが痛々しく頬を腫らしていた。


「えぇと、おはようございます……?」

「その駄犬は気にしなくていい。おはよう、アイリ」


 私の困惑を分かっているだろうに、すっぱりと切り捨てたライは、私の手を引いて席へエスコートしてくれた。


「気にするな、と言われると余計に気になるよね?」

「口が滑り過ぎたから、少し(しつ)けただけだ。犬の躾は飼い主の責任だからな」

「……ハイ」


 ライから有無を言わせぬ圧力を感じて、私は頷くことしかできなかった。まぁ、口が滑り過ぎたというなら、いつもの軽口が過ぎただけなんだろう。まさか、ライが暴力という躾を使うとは思わなかったけど、リュコスさんだしなぁ、としか思わない。二度も揶揄い交じりに壁ドンされた身としては、あまり同情の余地はない。


 今日の朝食も美味しくいただく。

 吸血鬼に近いと言っていた割には、別にライも普通に食べるな、と思いながら、もぐもぐと手と口を動かす。


「あ、ライ」

「どうした?」

「保留にしてた件なんだけど……、えぇと、朝食の後に、ライの部屋に行ってもいい?」


 かちゃん、とライの手の中のナイフとフォークがぎこちない音を立てた。


「アイリ」

「あ、うん」

「本当に? 承諾だと思っていいのか?」

「えぇと、うん、そういうこと、で?」


 しどろもどろになって答えると、ライが満面の笑みを浮かべた。美少年が笑み崩れるのって、本当に凶器だからやめて欲しい。いや、でもその表情をさせたのは私だから、咎められるべきは私になるのかな?

 正視できずに思わず目を逸らしてしまうと、壁際のリュコスさんがニヤニヤしているのが視界に入ってしまった。頬を腫らしたままで笑うとか、絶対痛いだろうに。


「うん、ありがとう。アイリ」

「どう、いたしまして、なのかな」


 その後も何となく落ち着かずそわそわしたまま朝食を終え、ニヤニヤ笑うリュコスさんと、相変わらず無表情のジェインに見送られて、私は足取り軽いライに手を引かれて、彼の部屋へと足を向けていた。


「もしかして、リュコスに何か言われたから?」

「あ、そういうわけじゃないんだけど、……あぁ、でも、答えを急かされた、っていう意味ならそうなのかな? でも、ちゃんと自分の意思で考えたから! 強制されたとかじゃないからね?」

「……嬉しい、アイリ」


 まだ部屋に到着してないのに、ぎゅっと抱きしめられる。私より背の低いライから抱擁されるのも、もしかしたらこれが最後? いや、そんな急成長するわけないし、徐々に大きくなるんだろうなぁ。


「あ、のね、本当に痛くないんだよね?」

「最初だけちくっとするらしいけど、基本的に痛くないはず。俺は吸われたことないから、聞いた話だけど」


 ライの部屋に入ると、何故か私は抱き上げられてしまった。


「え、ライ!?」


 リュコスさんやミーガンさんみたいに自分より大柄な人に抱き上げられるならともかく、私より背の低いライに持ち上げられると、非常に不安定な気がして怖いのだけど!

 私の心配をよそに、軽々と私を抱いたまま歩くライは、まったくふらつく様子はない。私は自分が決して軽くはないことを知っているだけに、驚かされた。


「そんな顔するな。俺だって浮かれてるんだ」

「浮かれて、って」

「もう何年も待たされたんだ。ちょっとぐらい浮かれたっておかしくないだろう?」


 確かに。疑うわけじゃないけれど、ライの話が全部本当なら、ライは私が子どもの頃からずっと待っていたことになる。年単位……うぅ、考えただけで気の遠くなる話だ。

 ソファに座らされると、ライは私のすぐ前に片膝をついて目線を合わせてくる。


「さっそくだけど、いいか?」

「あ、うん。首筋出しておけばいいかな。髪の毛が邪魔になる?」

「あー……」


 私が緩く編んだ髪をよけようとすると、何故かライが少しきまり悪そうな声を出した。


「悪い。そこじゃないんだ」

「首じゃないの?」

「小説にあるような吸血鬼と同じじゃなくて、あぁ、事前にちゃんと説明しなかった俺が悪い」

「それならどこから? 手首とか?」


 ライは首を横に振る。


「怒らないで聞いて欲しいんだが、あー……、できるだけ心臓に近い位置が望ましいとされていて」

「心臓……」


 私は視線を落とした。今日着ているワンピースの襟ぐりは、少しだけ広い。いや、そうではなく……


「……えっち」


 非難がましい私の声に、誤解だ、とライがすぐさま反論した。



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