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04.見知らぬ馬車

「あら?」


 家の前には、見慣れない馬車が停まっていた。

 見慣れないも何も、馬車が村を通り過ぎることすら珍しいのに、その馬車はドアのところになんだか立派な家紋入りの布を垂らしていた。


「何かしら……?」


 専用の馬車を仕立てる金のある貴族だの商人だのとは縁のない村だ。思い当たるふしなどあるはずもない。恐る恐る玄関のドアを開けることしかできなかった。


「た、ただいま」


 そぉっと中の様子を伺うと、重そうな甲冑に全身を包んだ男の人(?)が立っているのが見えた。置物じゃないのよね? ちゃんと人が入っているのよね?


「まぁ! アイリったら、ようやく帰ってきたのね! 遅かったじゃない。心配したわ!」


 顔を紅潮させた叔母が私に駆け寄ってくる。

 遅かっただの心配しただの、なんだか聞き慣れない単語に不穏な空気を感じたので、「すみません、帰る途中でザナーブさんに呼び止められて」と免罪符を振りかざした。こんなときぐらいしかアレの名前が役に立つときなんてない。


「ザナーブさんなんて放っておいて構わないのに。とにかく、こちらへいらっしゃいな」

(ザナーブさんなんて?)


 私は耳を疑った。ザナーブに見初められてからこっち、アレの名前をよいしょしまくっていたのに?

 いや、それよりも、こんな猫なで声の叔母と話したくない。こんな声は、アレとの結婚を勝手に承諾されたとき以来だ。嫌な予感しかない。

 叔母に引きずられるように居間に入ると、そこには緊張しきって肩が持ち上がったままの叔父と、黒髪の背の高い青年が向き合って座っていた。


「あの、お客様ですか?」

「おぉ、アイリ。随分と遅かったね。待っていたよ」


 私の声に気づいた叔父が、叔母以上の笑顔で出迎えてきた。本当に嫌な予感しかしないからやめて欲しい。

 促されるまま、叔父の隣に座ったところで、私はようやく客人の顔を真正面から確認することができた。

 黒髪黒目のその青年は、どこか人懐っこい雰囲気を持っていて、恐縮しつつも愛想笑いを浮かべてすり寄ろうとしている叔母夫婦を、珍獣を見るように観察しているようだった。私の姿を見とめると、「へぇ?」と面白がるような声を上げた。

 私はといえば、その人を見た途端、なんとなく犬っぽいな、という感想を持っただけ。加えて着ている服が高価なビロードだと知って、いったいどこの坊ちゃんだ、と思ったぐらいだ。あんな立派な馬車に乗って来たんだから、当然なんだろうけど。金持ちめ。


「そちらがアイリ様ですね。聞いていた通り、とても可愛らしい方だ」

「はぁ……」


 聞いていたって誰にだ。そもそも、誰ですか? そのツッコミを飲み込んで、私は曖昧な返事をする。まったく状況が飲み込めないから、どういう対応をするのが正しいのか読めない。


「落ち着いて聞いてちょうだい、アイリ。こちらの方は国王陛下の覚えも目出度いシュトルム侯爵様の使者様なのよ」


 叔父と二人で私を挟むようにとなりに座った叔母が、どこか興奮した声音で私に説明をくれた。


「使者様はね、アイリ。あなたを次期侯爵様の花嫁として迎えに来てくださったんですって!」

「はぁ、花嫁ですか……」


 事態を飲み込めない私の頭に浮かんだのは、「遠路はるばるごくろうさまです」というねぎらいの言葉だけだった。


「うふふ、アイリったら。まるで夢みたいで信じられないのね。無理もないわ」


 耳元で、まるで自分のことのようにはしゃぐ叔母の声が、ねっとりと気持ち悪く響く。

 そこでようやく頭の処理が追いついた。


「…って、花嫁?」



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