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38.吸われますか? はい/いいえ

(血? え? 今すぐ? ここで?)


 混乱したまま、私は目を何度もぱちくりさせてライを見上げる。だけど、ライはまっすぐに私を見つめていた。


「い、いくつか確認してもいい?」


 ほとんど時間稼ぎだったけれど、ライは構わないと頷いてくれた。


「まず、ライに血をあげたら、私もえぇと、仲間になるの?」

「アイリが考えているのは物語で読んだ吸血鬼だろう? アイリが同じ存在になってくれるなら嬉しいけど、でもそれは俺が血を飲んだだけじゃ人間のまま変わらない」

「そっか。あと、やっぱり痛い?」

「縫い針で刺したぐらいの痛みしか感じないらしい。詳しい理屈は分からないけど、俺の唾液が麻酔と興奮剤代わりになるって話だ」


 痛みがないのはありがたかったけれど、続くライの発言は爆弾に等しかった。


「こ、うふん、ざい?」

「言いにくいけど、媚薬に近いものらしい」

「び!?」


 媚薬と言えば、強制的にアハンウフンな気持ちになるやつだよね! 存在は聞いたことがあったけど、まさか実在するとは! って実在とは違うかもしれないけど! 薬じゃなくて唾液なわけだし!


「アイリ?」

「ごめん。ちょっと、えぇと、考えさせて?」

「そんな真っ赤な顔して、誘ってるとしか思えないんだけど」

「えぇと、そんなことをその顔で言われると犯罪臭いからやめて欲しいし、いやでも実年齢はって、そういう問題じゃなくてアデルが偽名だったってこととかもう、ぐしゃぐしゃだから、保留にさせてくださいおねがいします!」


 混乱の極みに陥った私に、何故かくすくすと笑うライ。


「うん、その反応で、アイリがちゃんと男を知らないことが分かったホッとした。ごめんね、そこも実は大事なんだ」

「? そんなことを言うってことは、媚薬は嘘?」

「あ、ごめん。それは本当」

「やっぱりダメなヤツじゃない……」


 私は顔を両手で覆って、蚊の鳴くような声で呻いた。


「ごめん。……ねぇ、アイリ。今日はこのまま抱きしめて寝てもいいかな?」

「はい!?」

「寝込みを襲うようなことはしないって約束する。でも、そろそろ俺も眠くなってきたし、アイリも寝不足なら丁度いいと思わない?」

「丁度よくないよね? このままライはここで寝て、私は部屋に戻ればいいだけだよね?」

「流されてくれないかー、残念。でも、抱き枕にするからごめんね」

「ごめんって……」


 私の意思をそっちのけで抱きしめてきたライは、そのままごろりと横になって目を瞑ってしまった。


(いやいや、冗談でしょ? そんなに早く寝れるなんて――――)


 私は抱きしめられたままもぞもぞと体勢を変えて、ライのほっぺを突いてみるも、反応なし。


「嘘、でしょ?」


 一瞬で寝られるなんてどんな特技なのか、いや、そもそもそれだけ疲れているところに長話をさせてしまった私が悪いのか。

 強く抱きしめてくる腕を動かすこともできず、悶々としたまま私もおとなしく寝ることにした。


(この手は……嫌いじゃない)


 相手も意識がないのなら、襲われる心配なんてしなくていいだろう、と。

 熟睡しているはずの真昼間に、リュコスさんに迫られたところを察知して乱入されたことなど忘れて、私も睡魔にまかせてゆるゆると瞼を閉じた。



☆彡 ☆彡 ☆彡



「……いや、寝過ぎでしょ、私」


 目を覚ましたとき、私のお腹はくうくうと空っぽを主張していた。それもそのはずだ、天蓋付きの寝台でカーテンを閉めているとはいえ、朝食後にライと話したときは、まだ薄暗いレベルだった。それが今や真っ暗だ。むくりと起き上がって左右を見ても、本当に何も見えない。カーテンがぴっちり締まってるというのは理由にならない気がする。


「なんかもう……ほとんど一日を無駄にした気がする」


 叔母の家にいた頃では考えられない事態に、思わず頭を抱えてしまった。


「別に無駄じゃないだろ」

「ひぇっ!」

「そんなに怯えるか? さっきまで一緒に寝てたくせに」

「ライ?」


 もしかして、この暗さでもライは見えているんだろうか。もしそうだとしたら、ちょっとうらやましい。


「やっぱり、アイリを抱きしめながら寝ると安眠できるな」

「え、ちょ……」


 ぐい、と引っ張られ、温かくて硬い何かが腰に巻きつく。いや、分かってる。絶対にライに抱き寄せられただけだ、これ。


「まだ寝ていたいな。そう思わない?」

「むしろ起きたい。お腹すいた……」


 しょぼん、と呟けば、ライの体が震えた。


「笑いたければ笑えばいいと思うよ。無理はよくない」

「うん、悪かった。そうだよな。昼食の時間なんてとっくに過ぎてるし、もう夕食の時間が近い」

「やっぱり……、さすがに寝過ぎたわ」


 ライの腕から逃れ、四つん這いで寝台の端に移動する。カーテンをそっと開ければ、窓の外は夕闇だった。なんかこう、罪悪感と空腹感がないまぜになって、涙が出てきそうだ。


「あぁ、今日の分の本はお預けね……」


 一日二冊と決めていたのに、とさめざめと呟くと、ライの爆笑が背中で聞こえた。

 そもそも私を強制抱き枕にしたのは誰だ。くすん。



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