37.知ってる吸血鬼と違う
「吸血鬼……って、人の血を糧にして、陽の光を浴びると灰になったりするアレ?」
「まぁ、吸血鬼はそんな感じだな」
「でも、ライは別に灰にならないし、普通の人と同じ食事をしてるわよね?」
「まぁ、太陽の下に出ても平気だな。食事も普通だ」
それのどこが吸血鬼なんだろう。私は首をひねって吸血鬼の特徴を思い出そうとしてみた。
「あ、もしかして人間離れした美貌とか、不老長寿とか、蝙蝠に化けたりとか!」
「美貌……は、褒めてもらってると思っていいのか?」
「もちろん! アデルもライも美人だと思ってるし!」
本心を口にしたはずなのに、何故かライは顔を隠すように額を押さえてしまった。そんなに的外れなことを言ってしまっただろうか?
「いい。本題に戻ろう。俺の父親が代替わりを阻止する手段の話だ」
「あ、そうね。そこから吸血鬼の話になったんだものね」
「今の俺は、たぶんアイリの記憶にあるアデルと年恰好はあまり変わってないはずだ」
「そうね。美少女が美少年になったぐらいで年齢は……、あ、アデルは黒髪だったけど、あれは染めてたの?」
「あぁ、髪色は追っ手の目くらましのために変えてたな。外見年齢が変わらないのは、俺たち一族は、この姿から成長するために血を吸う必要があるからだ」
「え? それならどうして血を吸ってないの? やっぱり吸血鬼と同じで、吸った相手を同族にするとか殺しちゃうとかそういうのがあるから?」
「いや、最初に血を吸う相手を厳選する必要があるからだ」
「厳選?」
それで私がライに選ばれたというなら、選ぶポイントは何なのだろう。美味しいとか美味しくないとか、若いとか食生活が果物重視とか? いや、私はそんなことないけど。ここに来るまでは粗食だったし。
「詳しいメカニズムはよくわかってない。相性の問題だとか、内包する生命力だとか、色々言われてる。だけど、唯一確かなのは、最初に血を吸う相手と相思相愛である方が、より成長時に能力が強くなる、んだそうだ」
「そーしそーあい」
予想外の言葉に、私は目を丸くした。能力、というのは、ライの家が職能貴族で、その職能を果たすための能力――多分、人間をバラにしたりするアレ――だろうという予測はつく。けれど、そこから相思相愛という言葉がどうにも結びつかない。
「要は、その先も共に歩む伴侶の血をもらった方がいいってことだ」
「は、んりょって、だって、アデルと会ったのはまだ――――」
あの時点でアデル=ライの実年齢が何歳だったのかは知らないけれど、少なくとも私の年齢は……
「ロリコン……」
「違う! 別にそういう趣味はない!」
慌てて否定するライだけれど、私としてはライの年齢不相応(だと思っていた)の色気にドキドキさせられて、そのたびに自分はショタコンじゃないと頑張って踏み止まっていたんだ。ちょっとした意趣返しぐらいさせて欲しい。
「別にアイリの容姿に惚れたわけじゃない。最初はその強い瞳に惹かれた。何回も会って話をするうちに、その心の在り様を愛しいと思った。年齢じゃない」
「……うん」
直球で言われるとさすがに照れる。思わず両手で頬を押さえてしまったのは致し方ない。
「あぁ、まぁ、とりあえず、だ。俺がアイリを気に入って、アイリも俺を好きになってくれれば、当代……父親を追い落とせる。それが気にくわないんだろう」
「え、でもだって、実の息子なんでしょう?」
「そういう親子の形もあるってことだろう。少なくとも、散々成長を邪魔されて、俺は父親に殺意しかない」
「そこまで……?」
「アイリと初めて会ったときだって、父の放った傀儡に追われていたときだった。アイリに出会って、アイリの存在を勘付かれないように、俺は一度、父親に下った。今も仕事を手伝いながら、追い落とす準備をしてる。本当なら、ある程度、追い落とす道筋を立ててから、アイリを迎えに行く予定だった」
それが、村長の息子だかと結婚する、と聞いて、全部おじゃんになったけどな、とライは締めくくった。
「そう、なんだ」
私はふむふむ、と頷いた。確かにあのときアデルは追われているみたいなことを言っていたような気もするし、あの顔色の悪い人間もかつて見たのと同じだというなら納得だ。
でも、まだ疑問は残る。どうやってライは私の結婚のことを知ったんだろう。そのときには既にミーガンさんも村にはいなかったはずだ。
そんなことを考えていたから、ライが不安そうに尋ねてきたのに、反応が遅れてしまった。
「……俺のこと、やっぱり怖いか?」
「ん? え? 怖いって言った? どうして?」
「だって、全然成長してなかったり、血を吸うって言われたり、普通の人間と違うから」
「でも、ライはライでしょ? 成長していないのは驚いたけど、それよりもアデルは女の子だと思い込んでいたから、そっちの方が驚いたし。それに血を吸ってるところを見たわけじゃないから、正直、現実味が薄いというか」
偽りない気持ちを伝えただけなのに、ライが突然、抱き着いてきた。勢い余ってベッドに倒れ込むことになってしまったけれど、ライは放してくれる気配もない。
「そんなことを言ってくれるのが、どれだけ貴重か分かってないんだ、アイリは」
「それは、私が鈍いとか考え無しとか、そういうこと?」
「違う。そんなアイリだから、俺がこの手を離したくないってこと。――――なぁ、血、貰っていいか?」
少しだけ体を離して、と言っても、押し倒した後のような体勢のまま、私を見下ろす赤い瞳は真剣そのものだった。




