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36.それって愛玩動物?

「守り、たかった? 私を?」

「そう。知らなければ、無理に顔を突っ込むことはないだろ? アイリは昔から、そういうところが危なかったしいから」


 何だろうか。このモヤモヤとした憤りは。


「つまり、私の予想は合っていて、ライはアデルで、女装していたのは、襲われていたからっていうこと?」

「そうだ」


 あっさりと、現実的でないと思っていた予想を是と認められてしまった。

 ライはやっぱりアデルで、あの顔色の悪い人たちに追われていて、危険だからと私は遠ざけられていて、今も――――


「ねぇ、ライ。私を婚約者という名目でここ連れてきたのはどうして?」

「それはもちろん、君に隣に居て欲しかったから。正直なところを言ってしまえば、街で一緒に遊んだあの頃から、攫ってしまいたいとは思っていた。でも、まだ君は幼かったから」

「……」

「君の両親が亡くなったときも、かなり悩んだ。でも、まだ俺の周りは物騒だったから。叔母夫婦の家であんな扱いを受けると分かっていたら、今回みたく強引にでもいいから引き取っていたのに。ごめん」


 あぁ、まただ。すごく癇に障ってしまう。大事に思われているのは分かる。けれど、ライの言い方では、私がまるで――――


「ねぇ、ライ。私はそんなに頼りない?」

「ん?」

「何も知らせずに守ってあげないと……って、それは、私を愛玩動物か何かだと思ってるってこと?」

「は? 何を言っているんだ? そんなことはこれっぽっちも」

「婚約者って、最終的にライの隣に立つ存在だと思ってたけど、ライにとってはそういうことじゃなかったってことなのね?」


 私はすっくと立ちあがった。

 そう、憤りの原因はそれだ。まるで私を役立たずのように扱って、まるで隣にいてくれればそれでいい、だなんて、侮辱されているに等しい。

 部屋を、ううん、この邸を出て行こうとした私の手を、ライが掴んだ。


「待って! 違う! アイリにそんなことは思ってない!」

「私の扱いがそう言ってるの」

「下手に動けばあいつに目を付けられる! それを避けたかったんだ! アイリを頼りなく思ってたわけじゃない! 俺がふがいないだけだ!」


 ライに力強く引っ張られ、立ち止まったところを後ろから抱きしめられた。背の高さの違いがあって、ライの顔が私の腰のすぐ上ぐらいに埋められる。


「アイリ。俺を置いてかないで」


 お腹の方に回された力強い腕と裏腹に、声は弱々しかった。


「……分かった。でも、今度こそちゃんと聞かせて? ライが誰から逃げていたのか、あれからほとんど成長していないように見えるのはどうしてなのか、叔母夫婦に引き取られた後の私の状況をどうやって知っていたのか」

「説明しないと、だめ、なんだろうな」

「当然よ。隣に立つって、苦楽を共にすることでしょ? 隠し事をするなとは言わないけど、話しておいてもらわないと困ることもあるわ」

「あぁ、アイリは本当に強いな。昔から変わらない……」


 背中にため息が落とされる。しばらく悩んだ様子だったけど、ライは「わかった。ちゃんと話すから、場所をちょっとだけ変えよう」と腰に回していた手を離した。


「こっちに座って」

「え……いや、その」

「いかがわしい意図はない。まぁ、やっていいならするけど。ただ、確実に他の誰にも知られたくない話だから」


 渋々とライが示す先――天蓋付き寝台の上におそるおそる乗ると、ライが手慣れた様子で四隅の柱に括られていたカーテンをすべて閉めた。陽の光が遮られて薄暗くなったけれど、顔が見えないほど暗いわけではなくて、少しほっとした。


「この邸だって、完全に安全とは言えない。どこに監視の目が付けられてるか分からないから。ただ、ここだけは絶対に覗かれないように対策を施してある」

「監視……? それに覗かれないように、って」


 私の疑問に、ライは自嘲気味に笑った。


「最初に俺の敵について教えようか。俺の父親だよ」

「え? 今の侯爵様ってこと?」

「そう。俺が力を付ければ追い落とされることが分かってるから、あれこれ妨害してくる」

「だって、代替わりは普通のことよね?」

「普通……ならな」


 ライが私の手をぎゅっと握ってきた。その手はすごく冷たくて、小刻みに震えているような気さえした。


「なぁ、アイリ。本当のことを言っても、俺を嫌わないでいてくれるかな」

「それは、言われてみないと分からないわ。例えば、もう10人も奥さんがいる、とかだったら嫌いになるかもしれない。例えば、ライの正体がゴキブリの化身だったと言われたら、思わず箒を引っ張り出して叩いちゃうかもしれない。でも、ライがアデルだったと分かっても、きっと事情があったんだろうな、って嫌いにはなれなかった。それぐらいに情は持ち合わせているつもりよ?」


 珍しく弱気になっているライを励ますように、私はライの手を握り返す。なんか、ゴキブリのくだりで、びくっと怯えられてしまった気がするけれど、ライもあの虫は嫌いなのかな。


「あぁ、ごめん。本当に俺は情けない。アイリが強いって分かってたのに」


 嘆息したライは、まっすぐにその赤い瞳で私を見つめた。


「俺は人間じゃない」

「え、まさか――――」


 私は青ざめた。冗談半分で言ったことが現実に?

 余程酷い顔になってしまったのか、ライは慌てて首を横に振った。


「違う違う。さすがにゴキブリじゃないよ。人間に近い、近縁種、だと思ってる」


 そこでいったん言葉を区切り、ライは一度だけ瞬きをした。


「たぶん、一番分かりやすい言葉を使うなら、……吸血鬼、かな」



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