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35.ピースを繋ぎ合わせて

「……どうして」

「ん? 何か言った?」


 ぼそりと呟いた私の言葉は、しっかりライに聞こえていたらしい。


「イエ、ナンデモナイデス」

「そう?」


 にこにこと笑みを浮かべたままのライが、少しばかり憎らしい。

 話したい内容が内容なので、余人のいないところで……という意図があるから、それがライの部屋になったところまでは、まだいい。

 ただ、長椅子で隣に密着するように座って話をするというのは、ちょっと想定外なのよ。うっかり隣を見ようものなら、キラキラしい美少年フェイスがあるから! 美人は三日で飽きるという格言があるのに、どうしても慣れないのは、やっぱり妙な色気があるから?


「それで、話というのは?」

「あ、うん。えぇと、こういうことって、やっぱり順序立てて説明した方がいいのよね? ……となると、どこから話した方がいいのか」


 できるだけライの顔を視界に入れずに、話し始めた私だったけれど、続くライの反応に、思わず隣に目をやってしまった。


「別に結論からで構わないよ」

「はい?」


 真顔でライを凝視する。キラキラしい顔とか色気とかに反応する感情が、一気にどこかへ飛んでいった。


「あの、たぶんすごく突拍子もないことを言うから、混乱が少ないように最初から説明し――――」

「そういう組み立ては苦手だろう? 取り留めなく要領の悪い説明を聞くぐらいなら、結論から聞いた方が話も早いと思うんだ」


 ライの容赦ない評価に、思わず胸を押さえた。


(つまり、それは私がいつも本の感想を言うときに、『取り留めなく要領悪い説明』だと思ってた、ってことよね)


 地味に(へこ)む。いや、今は凹んでいる場合じゃない。


「えぇと、本当にその話し方で大丈夫? 後悔しない?」

「大丈夫だよ。アイリの話なら、どんな荒唐無稽なことでも汲み取れる自信があるから」


 そんな自信は持たないで欲しい。いや、まぁ、そこまで言うなら、私も腹を括るべきなのだろうけど。


「あのね――――」


 じんわりと私の手に汗が滲む。

 ライに対してお気に入りの本について語ったときの反応。ミーガンさんの証言。もはや夢か幻かと思うほどうっすらとしか残っていない記憶。リュコスさんの軽口の裏にあった焦り。ヒントなのかさえ疑わしいそれらの欠片を繋ぎ合わせて出た答え。きっと、そこまで的外れではないと思うけれど、少しばかり、いや、かなり? 常識外の結論だという自覚はある。


「ライ、あなた……」


 じっと隣の彼の顔を見つめる。僅かな反応も取り逃さないように。


「あなた……、アデル(・・・)よね?」


 婚約者として初めて顔合わせをしたときに、ライに捜索をお願いした親友の名前を、私は口にした。

 ライは驚いた様子で私を見ていたけれど、それも数秒のことで、すぐに微笑を取り戻した。けれど、どこか面白がるような感情が見え隠れして、私は居心地悪く少し身動ぎをする。


「アデル、というのは、アイリが探して欲しいという友人の名前だったか? 俺の記憶が正しければ、性別は女だったと思うけど」

「そうね。私もそう思ってた。でも、ワンピース姿が記憶に残っているというだけで、本当にそうだったかは確認してないの」

「それは……女装趣味の男、ということ?」

「違うわ。そうせざるをえなかった状況にあった、……のだと思う」


 少し語尾が弱くなってしまったのは、それが私のおぼろげな記憶頼りだからだ。けれど、アデルを追いかけてきたのは、この邸の周囲を徘徊する、あの顔色の悪い人と同じだった気がする。だから、アデルはこの邸と全くの無関係じゃないはずなんだ。


「アイリが考える、女装をしなければならなかった理由は何?」

「憶測になるけれど、追われていた、のだと思う」

「その根拠は?」

「うっすらとしか覚えていないのだけど、この邸の周りにいる人と同じ、顔色の悪い人たちを、私は街で見た。アデルとかくれんぼをしているときに」

「……なるほど」


 ライの赤い瞳が真っすぐに私に向けられる。なんだかいつもより、その色味が深みを帯びていて、引き込まれそうだった。ふわり、とお酒を飲んだときに似た酩酊感に包まれる。目の前のライの顔が、少し遠くなり、手指の感覚も布一枚挟んだように鈍くなって――――


「や、……だっ!」


 ぞわりとした悪寒に、思わず声を上げれば、五感がしっかりと戻ってきた。すると、何故か困ったように目尻を下げたライと目が合う。


「ほどけかけていた暗示を強化しようと思ったのに、だめだったな。さすがアイリ」

「な、にが、さすがなの。もう暗示はかけないって言ったじゃない」

「新しい暗示はね。誰も暗示を修復しないなんて言ってない」


 しれっと約束の隙を突くようなことを言われ、私はぎゅっと下唇を噛んだ。

 これが貴族のやり方だと言われれば、そうなのかと頷くしかないかもしれない。けれど、私の心は裏切られたという気持ちでいっぱいだった。


「いつかバレるかも、と思ってたけど、予想以上に速くて驚かされた。やっぱりアイリはすごいな」

「……何言ってるの」

「まさか抵抗されるなんて思わなかった。その生命力に満ちた瞳の為せる(わざ)なのかな」

「だから、そういう話じゃないでしょう! どうして私に暗示をかけようとしたの!」


 思わず声を荒げてしまった私に、ライは笑った。いつもと違う、少し悲しげな表情に見えた。


「アイリを守りたかったからだよ」




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