03.ドラ息子やっぱ無理!
「よぉ、アイリ。ちょっと結婚式のことで相談
あるんだけどさ」
畑から戻る途中の私に、またザナーブが声をかけてきた。そして、また私の肌にぞわりと鳥肌が立つ。
だが、ザナーブは遠慮なく距離を詰めてきた。本当にやめて欲しい。
「教会での結婚式の後、宴会騒ぎになるじゃん? あれ、二人でふけないか?」
口にした提案も、本当にふざけるな、という内容だ。下心を隠す努力くらいして欲しい。
私は何も気づかないふりをして、大袈裟に驚いてみせた。
「まぁ、ザナーブ。ふけるなんてとんでもない。お祝いに来てくれた人たちに挨拶するのは、大切なことよ?
「花嫁と花婿にはもっと大事なことがあるだろ?」
ザナーブの手が、ぐい、と収穫物の入った籠を持つ私の手を引っ張った。体勢を崩した私を、無理やり自分の胸におしつける。鳥肌が隠せないレベルの私は、ギリギリ耐え――――
「一日でも早く、孫の顔を見せるってことがさ」
「っ!」
耐えられなかった。私の手がザナーブの頬を叩こうとするのを、彼はすんでで止めた。
「そんなに恥ずかしがる必要はないって」
笑うザナーブの足を思いきり踏みつけてやろうとしたところで、無意識に手放してしまった籠が地面に落ちているのに気づいて、少しばかり冷静さを取り戻した。転がったお芋は後でまた洗おう。
「……ごめんなさい、びっくりしてしまって。でも、結婚すればいつでもそういうことはできるのだから、焦る必要はないと思うの。来てくれた方々への挨拶はそのときにしかできないし、そちらを優先した方がいいと思って」
「そんなの親父と兄貴に任せておけばいいんだって。どうせ、主役二人がいなくなったところで、誰も気にしないさ」
ザナーブの生温かい吐息が私の耳元にかかる。本当に気持ち悪いので、いっそ息の根を止めて欲しい。
「ねぇ、何をそんなに焦っているの?」
「別に焦ってないさ。退屈な挨拶が大嫌いなだけだ」
何とか取り繕いながら、私の頭はフル回転して、この状況から逃げ出す方法を考える。
「ねぇ、ザナーブ。私はあなたの家に嫁ぐの。嫁としては、できるだけ失敗はしたくないわ。だから、お願い。あなたの妻として、嫁として、きちんとさせて?」
こんな奴を見つめたくなんてないけれど、何とか視線をザナーブの顔に留めて、私は一言一言区切るように説得する。
「結婚するまでキスもダメ。結婚式の夜もダメ。君は本当に困った子猫ちゃんだね」
ザナーブの唇が私の額に押し当てられた瞬間、喉元まで競りあがった「ぎゃ!」という悲鳴を何とか飲み込んだ。
「ここはボクの負けってことにしといてあげるよ。たしかに君の言う通り、焦ることはないからね」
「えぇ、半月後が楽しみね」
私は寒気を堪えて、何とか甘い返事をすると、それじゃ、と彼に背を向けた。
(あぁ、本当に勘弁してよ)
無理。
あんなのと結婚するなんて本当に無理。脳みそのかわりにおが屑でも入ってるんじゃないの?
っていうか、会話もダメだわ。死ぬ。心が死ぬ。
絶対に逃げてやる。そのためのあのズタ袋だ。もう時間はない。決行はいつがいいだろう。できるだけ結婚式が近づいた方が周囲も浮ついて逃げ出しやすいと思って耐えてきたけど、そろそろ実行に移してもいいかもしれない。
私は、次の新月はいつだったろうか、と考えながら家路を辿った。